ぐったりとソファに寝転びながら、「そっかー、今日はクリスマスイブなんだなぁ」と思い出していた。
テーブルの上には、食べ終わった後の皿が3枚と箸。
帰宅して、とりあえず何か口に入れたいと思い、トマトを切って、小松菜とツナを炒めて、卵を焼いた。所要時間5分。
がっついて、ソファに横になった。
膝が痛い。動いた時に「うっ!」となって思い出した。
取材が終わって、打ち合わせのために事務所に移動した時、エレベーターの前で思い切り転んだのだ。
一緒にいたデザイナーさんが「あ、段差……」と言いかけて止まった。
段差なんてなかったからだ。
もうこれは特技と言えよう。段差もない、酔っ払ってもいない、それで年に2回は転ぶ。(そういう病気か?)
今朝もふらふらで起きて、滋賀まで取材に行ってきた。午前中に1件、午後に1件、その後、紙面の打ち合わせ。
移動中や昼の休憩も、すみません、失礼しますと謝りながら、パソコンを取り出して修正のやりとりが続く。
最近出していた10本くらいの記事がすべてデザインやクライアントチェックにまわり、一気に修正が返ってきているのだ。
修正といっても、一から文章を練り直すようなものではない。1、2カ所、言葉の変更があったりする程度のこと。
ただ、私の場合、「デザイナーに投げて、はい終わり」という案件はほとんどなく、デザインがあがってくれば、写真の位置から文字校正までやって返したり、自分でクライアントにチェックにまわさなければならなかったりで、原稿提出後の作業もやたら多いのだ。
特に、大手メーカーの案件は、たとえそれが消費者向けのコミュニティサイトの1記事であったとしても、ライター、設定、ビジュアル担当、校閲、それらをまとめるディレクターがいて、クライアントも何人も関わっている。
多いものだと、記事の確認メールを送るのに、CCが15人ついたりする。
このうち本当に内容を見ているのは、きっと5人くらいだと思うのだが。こういう無駄は本当に省いたほうがいいと思う。悪い風習だ。
たちが悪いのは、先方で必要な人が全員見てから戻してくれないパターン。
1回目、ちょこっと誤字があったくらいでよかったと思ったら、2回目に店のオープンの日付を修正。
もうこれで大丈夫だろうと思ったら、前の2回は完全にスルーしていた箇所をいじってくる。
そのたびに私は修正をまわしてくれたクライアントに返信⇒デザイナーに転送⇒修正確認⇒クライアントに返信という流れでメールのやりとりを行わなければならないのだ。
これ絶対、毎回「見ている人」が違うやん……とわかる。1回目広報、2回目営業、3回目製造やって、絶対。その視点で修正が入っている。
頼むから、全部署で見たものをまわしてほしい。
また、こんな時に限って、ある案件のクライアントの担当者が交代した。
おそらく若い人にバトンタッチしたのだろう。(前任者はそれこそいつもCCに入れないといけない)
で、こういう時のパターンだが、後任者は「仕事をしなければ!」という想いが強いので、前任者ならOKが出るような原稿でも、重箱の隅をつつくようなチェックをして、とにかく「何か」モノ申してくる。
「OKを出すこと」ではなく、「モノ申すこと」が自分の仕事だと勘違いしているのだ。
間違っている情報なら、もちろん修正すべきだが、なんというか、ニュアンス的なものというか、もう好みのレベルのところを「こうされたほうがいいと思いませんか」と修正してくる。
もちろん素直に従うのだが、思い付きで語尾だけ修正してくるものだから、前の文章とかぶってしまい、おかしなことになる。
(たとえば、「送ってくださいね」「送ってくださいね」と2回続くなど)
やはりそれは変なので、その旨お伝えし、「これはどうですか」と提案すると、それはそれでまた気になるようで、たった3行の文章のやりとりが何度も行ったり来たりすることになる。
こういうのを私はいろんなところで経験しているのだが、素人が文章の校正に手を出すと、その人は最終的には自分でも何が正解かわからなくなり、迷宮入りする。
落ち着くところは2パターンで、「初稿とまったく違うものになる」か、「元に戻る」かだ。
この手のやりとりが一気に10本くらい行われていて、それもみんな年末までに終わらせたいと必死だから、私も空き時間で急いで対応する。(レスを早くするというのは私のポリシーだ)
滋賀の仕事が終わって、デザイナーさんと京都で別れたら、家に帰る時間ももったいないので、すぐに店に入ってメールのやりとりを開始。
ふと顔をあげたら、さっきからやたらと手をつないだカップルが目に入る。
そうか、クリスマスイブやん!と気づいた。
これからクリスマスディナーなのかなと思いながら、またパソコン画面に目をやる。
急ぎの送信を終えて、ようやく帰宅。
それで、このブログの冒頭のソファシーンに戻るわけだ。
夫はこの2年近くリモートワークでほぼ家にいたし、一時期は仕事もわりとゆっくりしていたのだが、ここのところ大口の新規案件を受注したものだから、一気に忙しくなって、出社したり東京へ出張したりが続いている。
だから、クリスマスイブだからといっても、何もない。
私は、自分だけのために料理をする気力も体力もまったく残っていなかったから、そのままぐったりしていた。
気圧の変化が激しい日で(最近は気圧変化と体調を結び付けるアプリをスマホに入れている。需要があるということは、世の中には気圧で体調を崩す人が多いということなんだろうな)、最初からアプリは「爆弾マーク」が付いていたので、嫌な予感はしていた。
やっぱりハードな1日にも関わらず、ずっと腹痛があった。
睡眠不足、ろくなものを食べていない、腹痛、疲労で、本当に起き上がれなかった。
「昨日は何を食べたっけ?」と思い返したら、パンとチーズとトマトと赤ワイン1杯だった。フランス人かっ!とツッコみたくなる。
今日は小松菜と卵を食べられただけよかった。野菜とタンパク質は大事だ。
本当にひどいクリスマスイブ。
もう何もできず、お風呂にも入れず、食器も洗えず、そのままずるずると布団に体を引きずっていき、倒れるように寝た。
病気になるまでは1年中こんな生活をしていたよなぁと思い返す。
それが20年続いたら、病気にもなる。
今月は本当にあの頃が戻ってきたみたいだった。
大変だったけど、とりあえず、昨日で峠は越えた。
取材があと1件、原稿は短いの(500字くらい)が4本と、長いの(5000字くらい)が1本。
短いのは土日の午前中でちゃちゃっとやってしまえばいいし、長いのも5時間くらいでできるだろう。
よく寝たので今朝は元気だし、気圧も安定しているので腹痛もない。(転んだ膝は痛む)
今日は昨日できなかったクリスマスをやろう。
とりあえずチキンでも焼いて、ゆっくり食事をしよう。
年賀状はもうあきらめようかな。
テーブルの上には、食べ終わった後の皿が3枚と箸。
帰宅して、とりあえず何か口に入れたいと思い、トマトを切って、小松菜とツナを炒めて、卵を焼いた。所要時間5分。
がっついて、ソファに横になった。
膝が痛い。動いた時に「うっ!」となって思い出した。
取材が終わって、打ち合わせのために事務所に移動した時、エレベーターの前で思い切り転んだのだ。
一緒にいたデザイナーさんが「あ、段差……」と言いかけて止まった。
段差なんてなかったからだ。
もうこれは特技と言えよう。段差もない、酔っ払ってもいない、それで年に2回は転ぶ。(そういう病気か?)
今朝もふらふらで起きて、滋賀まで取材に行ってきた。午前中に1件、午後に1件、その後、紙面の打ち合わせ。
移動中や昼の休憩も、すみません、失礼しますと謝りながら、パソコンを取り出して修正のやりとりが続く。
最近出していた10本くらいの記事がすべてデザインやクライアントチェックにまわり、一気に修正が返ってきているのだ。
修正といっても、一から文章を練り直すようなものではない。1、2カ所、言葉の変更があったりする程度のこと。
ただ、私の場合、「デザイナーに投げて、はい終わり」という案件はほとんどなく、デザインがあがってくれば、写真の位置から文字校正までやって返したり、自分でクライアントにチェックにまわさなければならなかったりで、原稿提出後の作業もやたら多いのだ。
特に、大手メーカーの案件は、たとえそれが消費者向けのコミュニティサイトの1記事であったとしても、ライター、設定、ビジュアル担当、校閲、それらをまとめるディレクターがいて、クライアントも何人も関わっている。
多いものだと、記事の確認メールを送るのに、CCが15人ついたりする。
このうち本当に内容を見ているのは、きっと5人くらいだと思うのだが。こういう無駄は本当に省いたほうがいいと思う。悪い風習だ。
たちが悪いのは、先方で必要な人が全員見てから戻してくれないパターン。
1回目、ちょこっと誤字があったくらいでよかったと思ったら、2回目に店のオープンの日付を修正。
もうこれで大丈夫だろうと思ったら、前の2回は完全にスルーしていた箇所をいじってくる。
そのたびに私は修正をまわしてくれたクライアントに返信⇒デザイナーに転送⇒修正確認⇒クライアントに返信という流れでメールのやりとりを行わなければならないのだ。
これ絶対、毎回「見ている人」が違うやん……とわかる。1回目広報、2回目営業、3回目製造やって、絶対。その視点で修正が入っている。
頼むから、全部署で見たものをまわしてほしい。
また、こんな時に限って、ある案件のクライアントの担当者が交代した。
おそらく若い人にバトンタッチしたのだろう。(前任者はそれこそいつもCCに入れないといけない)
で、こういう時のパターンだが、後任者は「仕事をしなければ!」という想いが強いので、前任者ならOKが出るような原稿でも、重箱の隅をつつくようなチェックをして、とにかく「何か」モノ申してくる。
「OKを出すこと」ではなく、「モノ申すこと」が自分の仕事だと勘違いしているのだ。
間違っている情報なら、もちろん修正すべきだが、なんというか、ニュアンス的なものというか、もう好みのレベルのところを「こうされたほうがいいと思いませんか」と修正してくる。
もちろん素直に従うのだが、思い付きで語尾だけ修正してくるものだから、前の文章とかぶってしまい、おかしなことになる。
(たとえば、「送ってくださいね」「送ってくださいね」と2回続くなど)
やはりそれは変なので、その旨お伝えし、「これはどうですか」と提案すると、それはそれでまた気になるようで、たった3行の文章のやりとりが何度も行ったり来たりすることになる。
こういうのを私はいろんなところで経験しているのだが、素人が文章の校正に手を出すと、その人は最終的には自分でも何が正解かわからなくなり、迷宮入りする。
落ち着くところは2パターンで、「初稿とまったく違うものになる」か、「元に戻る」かだ。
この手のやりとりが一気に10本くらい行われていて、それもみんな年末までに終わらせたいと必死だから、私も空き時間で急いで対応する。(レスを早くするというのは私のポリシーだ)
滋賀の仕事が終わって、デザイナーさんと京都で別れたら、家に帰る時間ももったいないので、すぐに店に入ってメールのやりとりを開始。
ふと顔をあげたら、さっきからやたらと手をつないだカップルが目に入る。
そうか、クリスマスイブやん!と気づいた。
これからクリスマスディナーなのかなと思いながら、またパソコン画面に目をやる。
急ぎの送信を終えて、ようやく帰宅。
それで、このブログの冒頭のソファシーンに戻るわけだ。
夫はこの2年近くリモートワークでほぼ家にいたし、一時期は仕事もわりとゆっくりしていたのだが、ここのところ大口の新規案件を受注したものだから、一気に忙しくなって、出社したり東京へ出張したりが続いている。
だから、クリスマスイブだからといっても、何もない。
私は、自分だけのために料理をする気力も体力もまったく残っていなかったから、そのままぐったりしていた。
気圧の変化が激しい日で(最近は気圧変化と体調を結び付けるアプリをスマホに入れている。需要があるということは、世の中には気圧で体調を崩す人が多いということなんだろうな)、最初からアプリは「爆弾マーク」が付いていたので、嫌な予感はしていた。
やっぱりハードな1日にも関わらず、ずっと腹痛があった。
睡眠不足、ろくなものを食べていない、腹痛、疲労で、本当に起き上がれなかった。
「昨日は何を食べたっけ?」と思い返したら、パンとチーズとトマトと赤ワイン1杯だった。フランス人かっ!とツッコみたくなる。
今日は小松菜と卵を食べられただけよかった。野菜とタンパク質は大事だ。
本当にひどいクリスマスイブ。
もう何もできず、お風呂にも入れず、食器も洗えず、そのままずるずると布団に体を引きずっていき、倒れるように寝た。
病気になるまでは1年中こんな生活をしていたよなぁと思い返す。
それが20年続いたら、病気にもなる。
今月は本当にあの頃が戻ってきたみたいだった。
大変だったけど、とりあえず、昨日で峠は越えた。
取材があと1件、原稿は短いの(500字くらい)が4本と、長いの(5000字くらい)が1本。
短いのは土日の午前中でちゃちゃっとやってしまえばいいし、長いのも5時間くらいでできるだろう。
よく寝たので今朝は元気だし、気圧も安定しているので腹痛もない。(転んだ膝は痛む)
今日は昨日できなかったクリスマスをやろう。
とりあえずチキンでも焼いて、ゆっくり食事をしよう。
年賀状はもうあきらめようかな。