月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

東北の酒は旨いんだ。そしてラーメンも・・・

2018-11-08 | 仕事
昨晩、2泊3日の秋田・山形出張から帰ってきた。移動距離が長くハードな出張だった。
ただ、東北へ行くといつも気分が高揚する。
日本酒とは関係なく、私は昔からずっと東北が好きだった。学生時代から何度も東北へ旅をした。
北へ北へと向かいたがるのは何なのか。祖先を辿っていけば北方民族だったのか。郷愁すら抱くほどに東北が好きだった。

東北は美しい。自然の色が、形が、西日本のそれとは違う。
西日本が男性的だとすれば、女性的。(ああ、今はこういう表現も良くないのかもしれないが)

1日目は移動と飲食店取材。
伊丹で営業のE本さんとカメラマンさんと合流して秋田へ飛び、そこから車で飲食店へ。
秋田の飲み屋街にあるような、普通の店のように思えたが、話を聞いてみれば店主は京都の有名な老舗料亭と共にアメリカで料理に関する講師をしたこともあるような人だった。
話が面白く、私は笑いっぱなし。途中でじーっと私のことを見るので何かと思ったら、「あんた、めんこいな」と言われた。
「あ、めんこいってわかるか?」と店主。
「かわいいってことですよね」と私。自分で言って恥ずかしくなる。
このように、私は時々、みょーにオジサンのアンテナにひっかかる。やたらとオジサンにもてることがある。
「自家製ゆべし」をいただき、無事に取材も終えた。

この後、近くのラーメン屋で遅いお昼ご飯を食べた。(14時だったのでそこしか開いてなかった)
鶏ガラ醤油系のわりとこってりしたスープ。チャーシューでなく、鶏をチャーシューのように味付けして煮たものが乗っていた。
ラーメンがきらいなわけではないけれど、美味しいのは3分の1くらいで、だいたいそれくらいまでくると「まだこの味がずっと続くのか・・・」とげんなりする。飽きる。

とりあえずお腹を満たしたら、この日はこれで業務は終わりでフリータイムだったが、E本さんが大潟村の酒米農家さんを訪ねると言うので、ヒマだしついていった。
国の農業政策や減反政策に翻弄された村だ。
どこまでも続く干拓地の景色は圧巻だが、この土地が抱える歴史と犠牲になった人々のことを思うと、悲しい風景にも見えた。
酒米農家さんと珈琲を飲みながら少しだけお話して帰ってきた。(E本さんの営業であって、取材ではない)

ホテルにチェックインしたら、宴会スタート。
翌朝が6時半集合だったので「今日はさくっと終わらせましょう」と言っていたのに、結局3軒ハシゴ。
2軒目に秋田の酒がずらりと並ぶ専門店へ行き、3人で飲み比べセットを注文。全部で10種類きき酒できた。





ホテルの部屋に戻ったら、23時をまわっていたのでびっくりした。
結局5時間以上飲んでいた・・・
でも、秋田のお酒はおいしい。楽しい時間だった。

翌朝は6時半集合だったけど、ホテルの朝食が6時半~なので、10分だけ時間をもらって大急ぎでかき込んだ。
朝ごはんを食べないという選択肢は自分にはない。

この日は鳥海山(ちょうかいさん)がよく見える場所にある酒蔵へ。
晴れていたのですでに雪をかぶった鳥海山が凛とした姿を見せてくれた。
見とれていたら写真を撮るのを忘れてしまった。
ここでまた4時間みっちり取材。

優しくて気さくな社長さんで、取材もやりやすかった。
終わったら「お昼ごはんを一緒にどうですか?」と、近くのラーメン屋へ連れていってもらった。
2日連続ラーメンを食べるなんて、人生初!!

そこは「生姜ラーメン」のお店だった。
鶏ガラの透明なスープ。縮れ麺。
これだけだとちょっと物足りないかな、というくらいの優しい塩味だが、上にたっぷり生姜のすりおろしがのっている。さらにレモンの輪切りまで!



社長が「生姜を混ぜて、レモンもぎゅっと箸で押してエキスを出すのがおすすめ」と言うのでやってみた。

おいしい~!!

生姜が大好きだからということもあるだろうけど、めちゃくちゃ美味しく感じた。レモンの酸味もさっぱりしていい。
生まれて初めて、ラーメンの途中で飽きなかった。むしろ「もう終わり?」という感じ。
他のメンバーもみんな気に入ったようで、「おいしい」を連発していたから、案内した社長も満足そうだった。
好みは分かれると思うが、私はこのラーメンならいつでも食べたいなと思った。
これをどうにかして家で再現できないかと考え中。全く同じは無理でも似たようなものはできると思う。

社長と別れ、この日は山形の米沢へ。車での移動時間が4時間近く。
さすがにぐったりしていたので、「今日はさくっと夜ご飯食べて早寝しましょう」と言っていたのだが、結局集まって酒を飲みだせばまた時間を忘れ・・・
この日は1軒だけだったが、また4時間ほど飲んだ。山形のお酒もまた美味しいのだ。
ホテルに戻ったら22時を過ぎていた。(どこがさくっとやねん)
カメラマンさんなんて、この後一人で夜の街に消えていった。(カフェでスイーツを食べていたらしいが)

翌朝はゆっくりめの朝食だったが、このホテルの朝食がひどくて、ビュッフェ形式なのだがおかずがほとんどない。
カレーがあったので、仕方なくカレーを2杯(小皿で)食べた。

この日は結構な山奥にある酒蔵を取材。
東北は今が紅葉シーズンのようで、山々の赤や黄色が美しく、移動中も見とれていた。
酒蔵があるのはこんな場所。(蔵の屋上から撮影)


また4時間ほど取材して、ようやく今回の業務は終了!
山形空港は本数が少なくちょうどいい飛行機がとれなかったということで、仙台空港へ移動。これがまた3時間近く。
空港で解散。

仙台空港でもまだ時間を持て余したので、ビールを飲みながら本を読んでいた。
久しぶりの「一人」と「活字」が心地よかった。
酒蔵取材で遠方へ出張に行くと、とにかく朝起きてから夜寝るまでずーーーーっと取材メンバーと一緒にいる。
朝も早いし、移動や取材はもちろん同じ空間で過ごし、昼ご飯も夜ご飯も一緒。遅くまで酒を飲むから、本当に1人になれるのはホテルに戻ってからだけ。それもシャワーして寝るだけなので、とにかく3日間ずっと他人と過ごしている感覚がある。
取材だけでもかなり疲弊するのに、ずっと他人といるので、自分で思っているより神経を使い続けているようだ。
「一人」でしゃべらなくていいこと。気を遣わなくていいこと。本を読めること。活字に触れられることが楽しくて仕方がなかった。
フライト中もモノレールも阪急電車もずっと読み続け、帰宅するまでに1冊読み終えた。
角田光代さんの「私のなかの彼女」。
移動用に古本屋で文庫本をよく買うのだが(軽いほうがいいので)、これもその1冊。
角田さんの本は何を読んでも面白いけど、ちょっといやーな感じも残る。決して「陽」ではなく「陰」なのだけど、そのザラザラした感じに引き込まれてしまう。読後感は読んでいる途中ほど悪くはない。ただ「読んでよかった!」と思うような爽快感からは遠いけど。

こうしてようやく家に辿り着いたのが20時半。
さすがに疲れた。
これで取材済み原稿が9本たまってしまった・・・どこから手をつけていいのやら。

ハードな月末

2018-11-04 | 仕事
気づけば11月。
10月後半から出張の連続で、慌しい日が続いた。

30・31日は鳥取(境港)と兵庫(香住)へ。
月末なので請求書の作成や31日締め切りの原稿があったので、29日までに終わらせなければならず、出発前はかなり大変だった。
単発で入ってきた某メーカーのWEB広告の仕事に思いがけず手を取られ、日曜もつぶして記事の構成案を練っていた。
こんなの代理店がする仕事であって、私がやることじゃない。
もちろん私がクライアントと直接打ち合わせできるのなら別だが、間に代理店が入ってそこが打ち合わせた内容を伝言ゲームみたいに聞かされて、それで構成から練るなんて、いいものができるわけがない。
とは言え、引き受けたからにはやるしかなく、伝言ゲームの内容からできるだけクライアントの意向を読み取り、それに沿った構成案を作成した。
さらに29日は京都で取材が入っていたので、出発前に終わらせるはずのことが終わらず・・・
新幹線で眠い目をこすりながら原稿を書くはめになった。
岡山で特急に乗り換えて米子まで。2時間あるので原稿も終わるかと思いきや、揺れる揺れる。
酔うので少しも文字が見られず、ひたすら眠った。

米子に着いて境港までの電車に乗り換えようとすると、米子駅は「ねずみ男駅」になっていた。



乗る電車はこれ。



中に入るとシートまで・・・



境港までの駅がすべて妖怪の名前になっているし、アナウンスも鬼太郎だった。(時折目玉おやじ)

境港には水木しげるロードがあり、鬼太郎を使って町おこしをしているのだ。
2000年頃に新聞の取材で行ったことがあり、その後もプライベートで行ったことがあった。
でも、その頃はまだここまで鬼太郎一色じゃなかったような・・・。
やりすぎ感は否めないが、漁港くらいしか観光要素のなかった境港がかなり潤っているようなので、町おこしとしては成功なのだろう。

待ち合わせは12時半だったが、1時間前に境港入りして、駅前の回転寿司へ。




やっぱり地のものは美味しい。7皿(14貫)食べた。

午後から4時間みっちり酒蔵を取材。
その後、営業さんとカメラマンと少し飲みに行ったが、私はまだ仕事があったので早めにホテルに引き上げた。
ただ、前日あまり寝ていないうえにお酒が入ったのでとてもパソコンに向かう気持ちになれない。
とりあえず2時半に目覚ましをセットして、シャワーも浴びずにベッドにもぐりこんだ。
夜中2時半起床。シャワーを浴びて目を覚まして、そこから朝の集合時間まで原稿を書いた。

朝から車移動が3時間。香住でもう1社、酒蔵を取材し、また4時間半みっちり。
さらにその後、飲食店取材。
ふらふらのまま、さらに3時間の車移動で新神戸まで帰って来た。
家に辿り着いたのが22時半。そこからもうひとふんばりして残りの原稿を書き、ぶっ倒れるように眠った。

とんでもない月末だった。

月末を過ぎればなんということもなく、月末締め切りのものを出したので、翌日(11月1日)は午前中だけ仕事して、あとはゆっくりした。
このハードな数日間は何だったのかと思う。
土日もゆっくり休めた。

しかし、明日から秋田と山形。今度は2泊3日だ。
帰って来たら奈良。3週目は東京と新潟。
出張ばかりで原稿はなかなか進まず、この間全部吐き出したと喜んでいたのに、すでに6本たまってしまった。
今月はまだあと7本も取材が入るので、少しずつでも片付けていかなければ・・・。

酒蔵の取材は最低3時間。時には6時間に及ぶこともあり、その間、頭はフル回転なので後の疲れがハンパない。
でも、楽しい。ハードだが、楽しい。

ライター友達とハシゴ酒

2018-11-03 | 
少し前の話になるが、久しぶりにライター友達(センパイ)のアンデルさんとご飯を食べに行った。
10月20日から出張が続き、なかなか人と会う余裕がなくなるのがわかっていたので、「その前に」とこちらの都合で18日の夕方を空けてもらった。
後で聞けば彼女は翌々日出しの原稿があるとのこと。知らなかったとはいえ、忙しい時に申し訳なかった。

今年、彼女と会うのは2回目。前回は1月だった。
その時は私が神戸で打ち合わせがあったので、三宮周辺のカフェや雑貨屋、ベトナム料理屋などに案内してもらった。
今回は彼女が大阪で打ち合わせがあるとのことだったので、大阪で集合。私が最近教えてもらってよかったお店へ案内した。

1軒目はリール食堂。
カウンターとスタンディングのカジュアルな店で、バルのような雰囲気だけど全国各地の日本酒が揃っている。
3月頃に行った時、お酒も料理も美味しくて安く、いい印象だったので決めた。1軒目なので軽く1杯。(と言いつつ3杯)

鶏肝もサバサンドもおいしかった。




ビールで乾杯した後は、日本酒(にいだしぜんしゅ、尾瀬の雪どけハロウィンラベル)を。





にいだしぜんしゅは福島県の仁井田本家のお酒。
無農薬で化学肥料無しで栽培した米を使い、ケミカルなものは一切排除した酒造りを行っている。
取材させてもらった時、福島の原発事故での風評被害を聞き、店で見かけたら必ず飲むことに決めていた。(それが何よりの応援になる)
関西での取引は原発事故でゼロになったと話されていたが、少しずつ戻って来ているようだ。
店員さんに「甘めですよ」と言われたが、いわゆる甘ったるいようなお酒ではない。心地良い、お米の自然な甘味だ。

19時に2軒目を予約していたので店を出て、タクシーをつかまえて移動。
2軒目は福島区にある「日本酒 弘大(ひろしだい)」。
こちらも2月頃に連れていってもらい、気に入ったお店だった。
そして、なんと、ここにも仁井田本家のお酒が揃っていた。

仁井田本家の中でも白麹で造った「穏(おだやか)」というブランド。


そして、こちらも仁井田本家。「田村」ブランドだ。


こちらはお魚が特においしいのでお造り盛り合わせを注文。
やっぱり間違いない。


うにのお料理も。(詳細忘れた)


自分ではまず頼まないであろう、牛カツ。これもまためちゃくちゃ美味しい。


おいしいお料理とお酒を片手に、話も弾んだ。
基本は仕事のこと。
私は病気をきっかけに、仕事に専門分野を持って、自分にしか書けない仕事を増やしていく方向にシフトしたという話をした。
ただ、そうは言っても生活もあるから、ある程度はそうでない仕事も引き受けて稼ぐ必要はあるのだけど。
それでも今は日本酒に関すること、少なくとも今やっている雑誌は、どれだけ才能があるベテランのライターさんでも、「すぐには私の代わりにはならない」という自信がある。
根拠のない自信ではなく、5年経って、実際にそうなったのだ。
だから、今後はこれを武器に、もっと日本酒関係の仕事を増やしていきたいと思っている。
彼女も同じように、今の仕事の内容、今後の方向について悩んでいるようだった。

たまにこうして同業者と仕事の話をするのはいい刺激になる。
「かおりさんと一緒に飲むと、勧めてくれるお酒が本当においしいから、いつも飲みすぎちゃう」と言ってくれたのも嬉しかった。

他のライター友達と話しても思うことだけど、もうみんな20年以上仕事をしているわけだから、それぞれのスタイルや得意分野がある。
大きな仕事や面白そうな仕事をしていることを聞くと、正直羨ましいなと思うこともある。
逆に、私が羨ましがられることもある。
そういう刺激はお互いに大事だとは思うけれど、自分は自分、人は人。
20年以上積み上げてきたものが違うのだから、今やっている仕事も違うし、目標とするものも違う。
ただ、目の前にある仕事をみんな一生懸命やっていて。書くことが好きで、書き続けている。
それでいいんだよなと思う。

今年の目標だったこと「商業誌で日本酒のことを書く」は、雑誌でなく新聞だけど、なんとか叶った。達成した。
11月、12月と2回、また掲載が決まった。(酒蔵を取材した記事が載る)
小さな積み重ねだけど、こういう実績が必ず次に生かせることを私は知っている。ずっとそうやって仕事をしてきたから。
来年はもう一つ大きくジャンプできたらいいな。