月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

懲りない私と、おいしい紅茶の話。

2014-04-24 | 美味しいもの
最近また紅茶をよく飲むようになった。

コーヒーの味は好きだけど、飲むと必ず胃腸の調子が悪くなるので、コーヒーを避けて生きてきた私。
しかし、「良い豆を使えば大丈夫」ということに気づいてから、上等の豆を仕入れて挽き立てのコーヒーをガブガブ飲むようになった。
この4年間、ほぼ毎日2杯ずつくらいは飲んでいるのではないだろうか。
胃が気持ち悪くなるということはない。ただ、100%近い割合でお腹をくだす。(便意をもよおす)
先日、人と集まったときにその話が出て、「コーヒー飲んだらほぼ100%お腹をくだすんですけど、懲りないので毎日飲むんです」というと、「変わってますね」と言われた。

どうも、私は「懲りない」らしい。

以前も猫舌の定義について議論したことがあるが、そもそも猫舌とは何なのか?
私は「熱い!」と思う気持ちは猫舌の人と同じだし、あまりに熱すぎると上あごの皮や唇の皮がベローンとなる。決して熱さに強い口内というわけではないのだ。
でも、沸騰したてのお湯で淹れたお茶でも、アツアツのチーズがとろけるグラタンでも、中身が恐ろしいほど熱いたこ焼きでも、とにかく熱いものをそのまま口に放り込む。
そして、「アツっ!!」と苦しみ悶え、後で舌の感覚がなくなったり、皮がベロベロにむけたりするのだが、懲りない。
また熱いものが出てくると、果敢に口に放り込む。

そういうことを考えると、猫舌の定義は決して「熱いものが苦手な人」ではなく、「一度熱いものに懲りて、それ以来怖くなって、冷めないと口にできない人」とすべきなのでは?
ということをずっと考えていた。(ヒマなのか?)

コーヒーの件も然り、私は懲りないんだなぁと思う。
こういう人間は危険を察知する能力も低いような気がするのだが、どうだろう?
懲りないというより、危機管理能力が低いということなのかも?

そういえば、猫舌のことではなく、紅茶の話を書きたいのだった。

先日、取材の後、家に帰る気にならずに「今日はノマドだ」と、外で取材のまとめをしてから帰ることにした。
たまに「家に帰りたくない日」というのがある。
毎日毎日、孤食を続けていると、急にそういう気分になることがあるのだ。
1人でご飯を作って、1人でご飯を食べる。
1年のうち9割以上がそうなので、時間があるとつい1人でも外でご飯を食べてしまう。少なくとも外で食べたいと思う。
本当に1人でご飯を食べるのと、大勢の人の中でひとりぼっちでご飯を食べるのとは全く違うのだ。
大勢の中にいるほうがなんだか安心する。
この日もそんな気持ちで帰りたくなくなって、それでもまだ夕食には早い時間だったのでとりあえずカフェへ。

おいしい紅茶が飲みたくなって、ハービスプラザの中にあるムレスナティーの専門店「ザ・ティー」へ。
最近、メニューが変更になったようで、ホットティーは「フリーティー」しかなかった。
値段を見たら、驚きの1200円!!
メニューを持つ手もガクガク震えたが、よく見ると「フリー」はそこにいる間、ずーっといろんな種類の紅茶を注いでくれるらしいのだ。
長時間いるなら、かえってお得かも?!

結果的に2時間近くそこで仕事をしていたので、いろんな種類の紅茶を5、6杯飲めた。
おまけのクッキーもついていたので、1杯200円程度。
そう考えたら、お湯に色をつけただけのような紅茶に300円払うよりいい。
本当に美味しい紅茶をプロが淹れてくれて、それも様々な種類の味に出会えて楽しめた。
店員さんの接客もいいし、居心地もよくて、久しぶりに紅茶でほっこりいい時間。



昔、紅茶マニアだったときは、フレーバーティーというものがあまり好きではなかった。
今考えてみると、あまり美味しいフレーバーティーに出会えていなかったのかな。
マリアージュ・フレールの「マルコポーロ」は、自分の「夜のお茶」として好んで飲んでいた時期があったけれど、基本的には茶葉そのものの味わいを楽しむのが好きだった。
あとはいろんなメーカーの「ブレックファースト」を試してみるのも好きだったな。
それぞれのメーカーのブレンドが楽しめて。
中でもベノアが一番のお気に入りだった。
そのうち、常時20種類くらい置くことをやめて、ベノアのブレックファーストとアールグレイ・ダージリン、ロイヤルコペンハーゲンのウバだけを置くようになった。
基本的にこの3種類があれば事足りると気づいたからだ。

でも、最近になってフレーバーティーを何かの機会で飲むと、おいしいなと思うことが増えた。
今回もそう。
甘い香り、優しい華やかな香り、甘酸っぱい香り・・・。
いろんな香りに包まれて、リラックスしていくのがわかった。

この日、まわってきた5、6種類の紅茶のうち、気に入ったものを帰りに買って帰った。


意識せずに印象深かったものを選んだのだけど、帰ってよく見たら、両方ともジャスミン系。
ジャスミンティはもともと大好きだから、自然に惹かれてしまうのかな。

今日もまた、午後はムレスナティーを飲もう。
そしてコーヒーも2杯飲んで、お腹をくだそう。

7年で私が積み上げてきたもの

2014-04-19 | 仕事
随分と長い間、ブログを更新していなかった。
仕事が忙しかったわけではない。むしろその逆で、適度に仕事をした1週間だった。
取材が1本、ミーティングが半日。
原稿を書くためにパソコンに向かっている時間も、1日5、6時間しかなかったので、普段できないことをやろうと夕方からは動き出してしまい、パソコンに再び向き合わずに寝てしまうことが多かった。
普段できないこと・・・。例えば、天気の良い昼間に布団(夫と私のを合わせて合計8枚)のカバーをすべて洗って、布団は順番に干し、それでも間に合わないので布団乾燥機も使って、とにかく1日かけてすべての布団のダニを退治する。
夕方からはその布団に丁寧に掃除機をかける。ダニの死骸を吸い取るというわけだ。
そして、布団カバーを戻していく。
敷布団のシーツはしょっちゅう洗うが、掛け布団のカバーは時々しか洗わないし、ましてや全部をいっぺんになんて、まとまった時間があって天気の良い日でないと無理な話。
何時間もかかったが、気持ちの良い布団ができあがってホッとした。
あとは、庭の草むしりや延びてきたイングリッシュガーデンの摘心。
1・2月とほとんどサボっていた夫のお弁当作りも復活したし、朝昼晩とまともな食事を作って食べられるようになった。
やっぱり今週みたいに、週休2日、1日の労働時間が7時間くらいだと理想的。そうすれば家事もちゃんとできるし、晩酌したり本を読んだりする自分の時間も作れるし。なんだか追われてばかりの生活だといろんなものが失われていくような気がするなぁ。
かといって、たまに「追われる」くらい働かないと、「のんびりする」ということがどうも性に合わないようで不安になっていく。ややこしい。

さて、今週はイベントごとも多かった。
木曜日は日本酒雑誌のメンバーで創刊号発刊の打ち上げ。13時から17時まではミーティングをして、次号に生かせるよう改善点などを発表し合った。これはなかなか意義のあるミーティングだった。
最初は何を4時間も話すんだろうと思っていたが、集まってみればいろいろ議題はあるわけで・・・。
発行元の窓口2名、ライター2名、カメラマン3名、デザイナー1名、合計8名でのミーティングで、全体的な問題点の抽出はもちろん、各パート内での話し合いもできてよかった。

創刊号は、日本酒業界でものすごい反響らしい。
どこからか聞きつけた日本酒にこだわる飲食店や酒販店からの問い合わせもいくつかあったという。
書店には置かないのか?どこで手に入れられるのか?売ってはくれないのか?など。
すこぶる評判は良い。書き手としてはそれが何より。
前回のブログで紹介した相原酒造様は、なんとFBでこの雑誌のことをシェアしてくれた人たち全員に雑誌をプレゼントすることにしたという。版元に交渉して残り少ない部数を買い取ったそうだ。
シェアしてくれた人は100人以上!その人たち全員にタダで送ろうというのだから、なんとも太っ腹な行為で頭が下がる。
この100人以上の方に自分の記事を読んでもらえることも嬉しい。

メンバーの志気も高まる一方だ。次号は7月発行。私の担当は最低3蔵、プラス飲食店1店舗。
もしかしたらあと1蔵、大手酒造メーカーの取材も任せてもらえるかもしれないが、そこは未定。
とにかく期待に応えるものではなく、期待を超えるものが書けるよう、頑張らなくては!!

ミーティングの後はお店に移動して、打ち上げパーティー。
お酒は持ち込みの許可をもらい、版元のほうで用意してくれていた。
ミーティングに来れなかったメンバーも2名加わり、10名での大宴会。
まー・・・みんな飲む人ばかりやからね、あっという間に1升瓶が2本と4合瓶2本が空になって、お店のお酒もガンガン追加!
いろいろしゃべって笑って、もうとにかく楽しくて。
最高に楽しくて、最高に気持ちがよくて、最高に仕事ができて、最高に酔っ払いなメンバー。
このメンバーで1つのものを創っていけるということに改めて感謝した。

酔っ払う前に、店まで歩いていたら、私と一緒に組んで取材に行っていたカメラマンの方が「記事読みましたよ」と声をかけてきてくれた。
おとなしくて無口なカメラマンさんなのだけど、一生懸命言葉を選びながら、もう恥ずかしくなるくらい褒めたたえてくれた。

「すごくよかったです。
文章がすーっと頭に入ってきて、読みやすくて、わかりやすくて。
蔵元さんの言葉を引用されている部分も的確でよくて、
そして、最後の締め方もよくて・・・
とにかくよかったです」

言ってくれたのは、そんな感じのこと。
一番嬉しかったのは、「文章がすーっと頭に入って読みやすかった」ということだった。
いつも書くけれど、私が目指す文章は「誰にでもわかりやすい文章」だから。
そのスタイルが優れているというわけではないけれど、単に自分自身が目指しているスタイルがあって、それがちゃんと実現できて評価されているということはやっぱり嬉しい。
このカメラマンさんは自分から話しかけてくれることがあまりないので、わざわざ私にそれを言いに来てくれたから、よけいにじーんとした。

自分がやってきたこと、選択してきたことが「間違っていなかった」とわかる瞬間。
もしかしたら人はその瞬間を積み重ねることで何とかやっていけるのかもしれない。

そして、翌日は、昨年秋からずっと連続で一緒に冊子を作っていたデザイン事務所のメンバーとの打ち上げ。
これで一旦、冊子の仕事は一区切りしたので、お疲れさま会しましょうと誘ってくれたのだ。

・就活生に向けた中小企業の選び方の冊子
・高等技術専門学校(ぎせんこう)のPR誌
・レイブル自立支援事業の冊子

4、5ヶ月の間に、この3冊を作らせてもらった。
私もだけど、デザイン事務所もかなり大変だったようだ。
これらはすべて行政が発行元なので、その関係者も2名参加。私を含めて7名での打ち上げとなった。

ここでも高い評価をいただき、ありがたかった。
「上司が細かい人で、いつも何を見せてもいろいろ修正入れてくるんですけど、この冊子についてはほとんどノーチェックだったんですよ」と。
特に「ぎせんこう」の冊子は、昨年1年の成果物でナンバーワンと上の人に評価されたと聞いていたので、とても嬉しかったし自信にも繋がった。

評価も嬉しいけれど、この仕事はいろいろと勉強になることが多かった。
日常生活では関わることのない立場の人たちと触れ合い、その人たちの気持ちを考えて、役に立つものを作るという作業だったからだ。
大学へ行って、就活生(大学生)に混じって就職活動のセミナーを受けたり、技術専門学校を卒業した職人さんたちを取材したり、レイブルという社会でうまく働けない若者たちが成長していく場を見させてもらったり・・・。
この仕事をしていなかったら、まず関わることのない場所や人たち。
終わってみると、自分の知識や経験の層が少しだけ厚くなったような気がしている。

そして、またこちらのメンバーも最高なのだ。
デザイン事務所の4名はみんな仕事が早いし、センスがいいし、何より人がいい。
今回の取材での面白かったことを皆で思い出して大笑いしたり、これまでにデザイン事務所で起きたいろんな事件の話も聞いて、とにかく笑い転げていた。

帰りには「また一緒に仕事しましょうね」と声をかけていただき、自分は本当に幸せ者だなぁとじんわり。
電車で1人になって、この2日間の大宴会のことを思い出していた。
2006年10月、10年間も心血注いでやってきた社内報の職場を追われ、同時に契約していた会社が東京へ行ったり倒産したりで、大きな収入源の取引先をすべて失った。
10年かかって積み上げてきたのに、またゼロからのスタートか・・・と失望の中にいた。未来は明るいどころか色もなく、何も見えなかった。
世の中は甘くはなかった。
リーマンショックが不況に拍車をかけた時期でもある。
仕事がなくて鬱々と暮らしていたこともあるし、忙しく働いているライターさんたちを嫉妬と羨望の目で見ていたこともある。
ライターをやめて、とにかくお金を稼ぐ方法を考えないといけないと、真剣に夫に相談したこともある。
(夫の名誉のために書いておくと、夫の給料で十分に私を食わせることはできるのだが、私自身が対等でありたかった)
ライターをやめたいわけがない。
書いて書いてお金を稼ぎたい。
だけど、ライターである以前に、稼がなければ生活ができないということであれば、他の手段を考えるしかなかった。

でもいつも、もう限界か・・・と思ったときに、どこからか救いの手が伸びてくる。
T社長が私を拾ってくれて、社内報のレギュラーの仕事をくれた。
それから昨日のデザイン事務所のY澤さんが、別のディレクターさんを紹介してくれて、大手メーカーのサイトやカタログの仕事が定期的にまわってくるようになった。
そういう大きな収入源ができたので、波はあってもライターをやめることは考えなくてよくなった。
それでも年収は100~200万くらい激減したが、夫の支えもあって(足りない時は夫に借金!)なんとかやれている。

ゼロからの再スタートを切って7年・・・
私はずいぶんたくさんのものを手にしたなぁと、しみじみ思う。
それはお金ではなくて、知識や経験、それから人との繋がりだ。

「いいものを創りたい!」
その気持ちを共有して、1つのものを創り上げることができるクリエイターたちとの出会い。
ライター同士の横のつながりもたくさんできたし、師匠と呼べる人も現れた。
2日間、飲んで笑って笑って飲んで・・・。
あー、なんか高校の文化祭の後の打ち上げみたいだったなぁと思い、ふっと笑いがこみ上げてくる。

こうやって振り返ったときに、自分が「得た」と思えるものが「人」でよかった。
なんか幸せだなぁ、人に恵まれているなぁ・・・

帰りの電車の中で、そんなことを考えていた。
たぶんこれからも順風満帆とはいかないだろうし、フリーに仕事の波はつきものだから、また鬱々としてここに愚痴を書くこともあるだろう。
だけど、しぶとくライターは続けられるところまで続けるし、書き続ける。

人との出会いを大切にしながら。
そして、いいものを創りたいという気持ちを高く強く持ちながら。

ショコラとウイスキー、そして文章の話

2014-04-08 | 生活
日曜日は、サントリー山崎蒸留所の「シングルモルト&ショコラ」セミナーへ参加。
友達のあんこちゃんを連れて行きたいなぁと思っていたので、1ヶ月以上前から誘って予約しておいた。
当日は夫と3人でワクワクしながら参加した。

もう何度目かわからない工場見学・・・。
でも、意外にも毎回新しいネタがある。たぶん、私のようなリピーターがいることを考えて、内容も同じにならないようにしてくれているのだと思う。ありがたいことだ。

まあ、基本は同じだけど・・・。


樽貯蔵庫もいつもと違うグレーンウイスキーの列を案内してくれたり・・・


何回行っても楽しい場所だ。
それに、今は季節がいい。桜もきれいだった。




そしてお待ちかねの試飲タイム。
4種類のウイスキーと4種類のショコラのマリアージュを楽しむ。




右の白い箱の中はショコラ!!


山崎12年や18年は、やはりウイスキーそのものが完成しすぎていて、ショコラが負けてしまう。
でも、NoAgeの山崎や白州と合わせると、絶妙!!ウイスキーが引き立った。
やっぱりマリアージュは面白いなぁ。

コピーライター3人組は、セミナーのあと、サントリーウイスキーの昔のポスターが見られるところへ行って、1枚1枚引き出して楽しんだ。
サントリーのコピーって、どれも本当に秀逸。
かなり盛り上がった。同業者はこういうとき、楽しい。

そして、二次会は我が家へ。
「3人でゆっくりしゃべりたい」と前からあんこちゃんが言っていたので、この日はそれを実現したのだ。

日本酒もたくさん仕入れておいた。


釣りたての大きなシマアジ(すぐに冷凍保存)も貰っていたので・・・


そりゃ、煮付けでしょ!


これがまあ、神がかった旨さ!!
いや、自分で言うのもなんだけど、私の料理の腕はこれに関しては全く関係ないので。
素材の力のみ!!
身がぎっしり詰まったシマアジに、奈良・吉野の小さな醤油蔵で兄弟が丁寧に造っている醤油、飲んでもおいしい純米の日本酒、上白糖じゃないキビ砂糖、こだわりの三州三河みりん・・・。
この素材と調味料を使えば、誰だっておいしくできるのだ。だって煮込むだけだもん(笑)。
一応、表面を焼いてから煮るという工夫はしているけれど。

とにかく、3人で「うまい、うまい」「ヤバイ、ヤバイ」と言いながら、夢中になってつつきまくった。
最後は猫が食べたみたいにきれいに骨だけになった。
あー、久しぶりに旨い煮付け食べたよーーー

あとは、申し訳ないけど、あんこちゃん1人なので、そんなに気合を入れず、いつもの酒のアテ。


鮭の燻製と


鶏と卵の燻製サラダ


お酒飲んで食べてしゃべって、楽しかったなぁ。
それから、私の書いた日本酒の雑誌も読むのを楽しみにしていたというので、アテを準備している間に読んでもらった。
後日、あんこちゃんから嬉しいメッセージをもらった。
私が伝えたかったことが全部伝わっていて、「そこそこ!そこに注目してほしかってん!」というような箇所を取り上げてくれていて、本当に、本当に、嬉しかった。

こうやって、自分の書いたものに興味を持ってもらえて、読んでくれて、そして感想をくれる。
それだけでもありがたいことなのに。

「どちらも専門的で難しい部分も多いけど、後半、どんどん盛り上がって最後に感動が押し寄せる。
ほんとにとってもいい文章を読ませてもらったと思います。
瞼の裏にじわっと貯まってるこの熱いものが、それを物語ってる。
かおりん、ええ仕事させてもらってよかったね」

そんなこと言われたら、私のほうがじわっときてしまった。

それから、「かおりんは、文章を盛らないのがすごい。普通は盛りたくなるのに」ということも言われた。
でも、それに関しては「盛らない」のではなく、「盛り方を知らない」のだと伝えた。
私は、事実を積み重ねること、真実を書くことしかできない。言葉巧みにデコレーションするようなテクニックを持っていないのだ。
ボキャブラリーも少ない。
それが私らしい文章だといえばそうなのかもしれないけれど、やはり言葉を盛るテクニックも身につけたい。
いつか山口さんに言われたように、いろんなパターンの文体を持ったライターになれれば、より幅が広がると思うからだ。
これは、私のこれからの課題。

何にしろ、この週末は、とても楽しく良い時間を過ごせた。
ショコラとウイスキーと、そして文章の話と。

母の庭・2014春

2014-04-04 | 
昨日、父親がWindows8の操作がわからんというので、見に行ってきた。
私もよくわからなかった。
なんでこんなに変える必要があるのか・・・。使いづらい・・・。

終わったら、母が庭を見てほしいと言うので見に行った。

1970年代の田舎の団地はすごいなぁ。
小さな家なのに、広い庭がついていて、棟と棟の間もものすごく広くてゆったりしている。
自然が多くてのどかなのだ。

母の庭も「団地?!」と思うほど広い。


いつもいいなぁと思う。
紅葉やぐみ、椿など、木もたくさん植えられるし。






可愛い花があちらこちらに。






こぼれ種でこんなになったそうな。




なんだろうね、この芽。くるんとしてかわいらしい。どんな花が咲くのかな?


クリスマスローズも、わっさわっさと増えている。秋に1株もらおう。


まだ全体的に花はこれから。
5月あたりが楽しみだなぁ。

実家の庭に出ると、いつもノスタルジーをおぼえる。
私の原点、というか。
子供の頃はしょっちゅうここで1人遊びをしていたから。
木や花に話しかける危ないクセがついたのも、あの頃ここで過ごしたからだ。
今のように全面花壇ではなくて芝生のスペースがあったから、ゴザ敷いてままごとしたり、人形遊びしたり。
だから、子供の頃の写真を見ると、庭で遊んでいるものが多い。

帰りに、団地の前の大好きな桜の木にご挨拶。


今年も咲いてくれたね。
ありがとう。


朝の楽しみ、花子さん。

2014-04-04 | 生活
NHK朝ドラ「花子とアン」がいよいよスタートし、毎日涙に暮れている。

涙?
そんな泣くシーンなんてあったっけ?

そう思う人がほとんどだと思うが、私は最初の歌のバックにプリンスエドワード島の映像が流れるだけで、目の奥が熱くなってじんわり涙が浮かんでしまう。
グリーンゲイブルス!!

「世界一美しい島」とモンゴメリは書いた。
どうしても、どうしても行きたくて、大学3回生の夏に、飛行機と列車と、また飛行機とを乗り継いで、カナダの東海岸に浮かぶ小さな島へ辿り着いた。
自転車を走らせて島を散策し、モンゴメリの墓に手を合わせて。
ロッジを借りて、皆で道の真ん中に寝っころがって、今にも降ってきそうな星を眺めた。

20年以上前の記憶が甦ってきて、またうるうるとしてしまう。

ルーシー・M・モンゴメリ。
私がこの世で一番愛した作家。
どんなに、どんなにか心を震わせ、登場人物たちと一緒になって笑い、泣き、喜んだだろう。

でも、この作品たちに出会えたのは、すべて村岡花子さんという素晴らしい翻訳家のおかげ。
彼女がいなかったら、私はもしかしたら、今もの書きになっていなかったかもしれない。
それほど私の人生に大きな影響を与えてくれた。

そして、知らなかった彼女の生い立ちをドラマで初めて知り、驚きと感動で打ちのめされている。
あんなに貧しかったなんて!!

これはドラマとも村岡さんとも関係ないが、私は「文字の読み書きができない」ということに対して、異常なほどに反応する。
私が大好きな「言葉」や「文章」。
自分の生きてきた道は、それで埋め尽くされていたと言っても過言ではない。
言葉は神様が人間だけに与えてくださった素晴らしい贈り物。
それなのに、文字を読んだり書いたりする喜びを知らずに生きていく人がいる、という事実が、私を激しく憤らせる。
そんな不平等があっていいのかと叫びたくなる。
だから、ドラマや小説の中で、「字を覚えたい」というような人が出てくると、もう異常なまでに反応して涙が止まらなくなってしまうのだ。(変な人!)

朝ドラによると、村岡さんも貧しくて学校にも行けなくて、文字の読み書きもできなかったとのこと。
それでもお父さんの働きかけにより、学校へ通って字を覚え、たった1冊の本を目をキラキラさせて読むようになった。

もうね・・・。あかん。ここがツボ。私の泣き所のツボなのだ。
たまらん、本当に。

それから、村岡さんが自分のことを本名の「はな」ではなく「はなこ」と読んでくりょう!と言うのを聞いて、これが真実に基づいているのであれば、彼女がモンゴメリの「赤毛のアン」に出会った時、これを訳したいと夢中になったわけがわかった気がした。
アンも最初に自分のことを「Ann」ではなく「Anne」と読んでくれ、と言うのだ。
「eが付くのと付かないのとでは、大違いよ!」と。
自分とシンクロするものが何かあったんだろうなぁ。

そんなふうに、モンゴメリの名作が、村岡花子という人の人生にどんなふうに関わってきたのか、なぜあれを訳そうと思ったのか。今まで知らなかったことが見えてきて、嬉しくて仕方がない。

ああ、死ぬまでにもう一度でいいから、プリンスエドワード島へ行ってみたいなぁ。
この朝ドラで、もう一度「赤毛のアン」ブームも起きるかしら?
そうしたら、安いツアーなんかもできるかもしれないし、行きやすいかも。

とにかく目が離せない「花子とアン」なのだった。

ちなみに、これが終わっても、次は竹鶴とリタの物語だというので、朝ドラの楽しみは続く。
モンゴメリの次はウイスキーだなんて、NHKは私の好みをよくご存知で(笑)
「花子とアン」、まだ1週目だから、見ていない人はぜひ明日からでも見てほしい!!