月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

文句を言うのは簡単でいいよね…

2022-01-23 | 仕事
珍しく、仕事がうまくいっていない。
ここ数年では最悪の仕事かもしれないな、と思う。

理由ははっきりわかっている。
ディレクター(編集者)不在の案件だからだ。
クライアント(制作素人)とデザイナーとライター(私)だけで進めていて、私はてっきりデザイナーさんがディレクションもしてくれると思っていたのだが、そうではないということに取材が終わってから気が付いた。
自分で記事の構成から考えて紙面を作らなければならず、それはいいとしても、クライアントとのやり取りがない。
窓口だけはデザイナーさんで、「こちらに自由に任せてもらえるみたいなんで」と言う。
それならと、自由に(でも、もちろん良いものを作ろうと考えて)やらせてもらったら、その後でクライアントから文句や要望が出るわ、出るわ……

年末年始のぎゅうぎゅうスケジュールの中、いきなり入ってきた案件で、7社も取材に行った。
スケジュールがタイトなので正月以来、私は1日も休めていない。
もちろん「結果」がすべてで、そんなプロセスは仕事の評価には関係ないことはわかっているが、後になってあーだこーだと言われると、本当に悲しくて泣きたくなる。

じゃあ、最初に要望伝えてよ。せめて私にディレクションもさせてよ。
自由にやれというから、やったらダメ出ししかないなんて。こんな無理をさせておいて……と思ってしまう。

いつも思うのだが、人が書いたものを、あーだこーだ言うのって本当に簡単なこと。
じゃあ、自分で書けよ!と言いたくなってしまう。
せめて最初にどういうものを書いてほしいのか、伝えておいてくれたらいいのに。
出来上がりに文句を言う人しかいなくて、誰もディレクションはしてくれない。なんだかなぁ、やりきれないわ。

デザイナーさんに気持ちを伝えたら、「僕はデザインを任されているので。監修的な役割ではない」と言われてしまった。
そうやったんか。
それなら私が最初から監修(ディレクション)までやらせてもらえばよかった。
取材前と書く前に1時間ずつでもいいからクライアントと打ち合わせするだけでも、こんなことにはならなかったのに。
間に入っているのがデザイナーさんだから、そういう細かなこともやってくれると思っていた私がバカだった。

理由もわからず、自分の書いた原稿に削除の線が入って戻って来くるほど辛いことはない。
それをデザイナーさんから渡される。「ここはなぜ削除?」と聞いても「わからない」と言われる。
なぜこれが消されるのかをちゃんと伝えてもらえたら、別の表現を考えることもできるのに。

自分が書いたものを修正されると、体中が痛む。自分の分身みたいなものだからか。
普段あまり修正されるということがないから、ここ数日はずっとお腹が痛くて仕方がない。
いや、これがちゃんと意味のわかる修正ならいいのだが、伝言ゲームみたいに、ただ朱書きだけがデザイナーさんを通して渡されることに耐えられないのだ。(何がどう悪かったのかすらわからない)

何日もお腹が痛いと言っているから、夫も心配している。
結局この土日もまた仕事。

いいものを作りたかったのになぁと思う。
制作は一人じゃできないから、やっぱり仲間との信頼関係がないといいものを作るのは無理だ。
それがもう完全に揺らいでいる。

昨日、ようやくこの案件のすべての原稿を書き終えて、デザイナーさんに送った。
きっとこれから山のような修正が先方から来るのだろうが、もう覚悟ができた。
どちらにしろ、2月1週目にはデータ納品しなければならないものなので、関わるのはあと1週間のこと。
はいはいと修正対応して、納品済ませて、もうこんな仕事のことは忘れてしまおうと思う。
体に悪い……こんなにストレスかけて、ガンが悪化したらどうするんだ。

良い教訓にもなった。
ディレクター的な役割は誰がするのか、ちゃんと編集責任の所在を明らかにしておかなかった自分も悪かったのだし。
作家だって、良い編集者に恵まれることが大事だという。
商業ライターだって、良いディレクターのもとでこそ大きな力を発揮できるし、最終的に良いものができるのだ。
わかっていたはずなのに、こんなことになって本当に残念だ。
今できる精一杯のことはやったから、あとは納品まで心を無にして力を尽くそう……

雪が降った日のこと

2022-01-14 | 生活
戸を開けると雪がちらついていたので、折り畳み傘をさして玄関を出た。駅までの道のりで数人と出会ったが、誰一人として傘をさしていない。
もしかしてこの雪が見えているのは私だけなのか?
そんなことを考えてしまうほど、傘をさしている人を見かけなかった。

今朝は取材で、10時半には米原駅(滋賀県)に到着しておかなければならなかった。天気予報を見たら、米原は氷点下で大雪とのこと。いつもペラペラの薄着の私にしては珍しく、「極暖」を着こんでからのセーター。ダウンにカシミヤのストール。タイツも120デニールのもので、さらに靴下も履いた。
駅まで徒歩12分。やはり到着する頃にはもう体が熱くなっていた。

ホームのベンチに重いバッグや傘を置き、スマホを見ていたら電車が入ってきた。乗り込んでしばらくして気づいた。
「傘がない!」
JILL STUARTの傘だけど、私の年代でも持っていておかしくないような落ち着いた色合いの花柄で、とても気に入っていたのに。

落ち込みながらも京都に到着したので、琵琶湖線に乗り換えるためホームを移動した。新快速を待っていたが、5分ほど遅れるというアナウンスが流れた。大雪だし仕方ないなとスマホを見たら、デザイナーさんとクライアントから着信とメッセージが何回も入っている。
「今日の取材、大雪で中止になりました」
マジか~……

なんとなくそうなりそうな予感はしていたが、とりあえず運行はしていたので大丈夫かなと思っていたのに。
米原に着いてから車で移動だから、それが難しいと判断されたのかもしれない。

気を取り直してお茶でも飲んであったまってから帰ろうかと思ったが、朝早いのでまだどこも開いていない(もちろん探せばあるんだろうが)。
京都駅構内の、ほとんど野外みたいなミスタードーナツの横を通った時、「そうそう、今ヴィタメールとのコラボドーナツやってたよね」と思い出した。あれ、食べたかったんだ。ちょっと寒いけどいいか。
そう思ってレジの方にいったら、こちらも朝早いのでドーナツがまだ何もない!!そんなことってあるんだ。
がっくりしたが、もう他の店を探す気力もなく、とりあえずホットコーヒーを頼んだ。

イスに座って、もう後悔していた。
じっとしていると、思っていたより寒い!
冷たいイスに、お尻から熱を奪われていきながら、コーヒーを飲んだ。
パソコンを取り出し、電車の中で送ろうと思っていたメールを送る。
今日までの原稿で、昨日夜中まで書いていたけど眠気に負け、朝5時起きで仕上げたものだった。家を出る直前までやっていたのだ。

コーヒーがなくなると、いよいよ凍り付きそうだったので、すぐに店を出た。
今日はツイてないな……なんて思いながら電車で引き返してきて、駅に降り立ち、向かいのホームのベンチを見たら、忘れた傘がある!
慌ててホームを移動して傘を回収した。

思いついて、駅前の好きなパン屋でヤケクソみたいに大量にパンを買い込んだ(普段、小麦粉はできるだけ食べないようにしているのだが)。
歩き始めたら、また雪が降ってきた。
傘はバッグにしまったままだ。
なんとなく傘をささずに歩いてみた。
髪や服の上ですぐに消えてしまう淡い粉雪だから、傘をささなくても平気だった。むしろ気持ちがよかった。

帰宅し、おいしいコーヒーを淹れて買ってきたパンに食らいついた。
パンってやっぱりおいしい。幸せだ。

午前中の取材は延期、午後からの取材はリモートになったが、とりあえず今日は余裕ができた。

忘れた傘も戻ってきたし、ヴィタメールドーナツは無理だったけどパンをいっぱい食べられたし、雪の中を歩くのも気持ちよかった。
何より、少しだけ時間ができたから、心が落ち着いた。
ツイてないと思ったことも、結局は全部回収できたんじゃないか?

きっと神様が、少し休ませてくれたんだ。
昨年末からやってきた冊子の原稿もいよいよ追い込み。それなのに来週はまだ取材が5件あって、なんだか気が遠くなりそうだったけど、思いがけずリフレッシュできたような気がする。
あと1週間でなんとか一段落しそうだ。がんばろう。

2022年を迎えて

2022-01-03 | 生活
年が明け、2022年を迎えた。
文字通りバタバタの師走だったが、最終週はいろいろと人にも会った。
関東から帰省していた友達が3人いて、それぞれランチしたり飲みに行ったりできたのでよかった。

結局、30日まで原稿を書いていたが、それもなんとか17時には提出し、急いで三ノ宮へ。仕事仲間との忘年会だった。
「5人」だったので私一人欠けても大丈夫だろうと思い、一瞬ドタキャンも考えたが、結果的に行ってよかったと思う。
なぜならその中の一人がわざわざ東京から参加してくれていたからだ。それも私が参加すると聞いたからだと言うのでびっくりした。危ない、危ない。ドタキャンしないでセーフ!

31日は午前中に買い物に行き、午後からいつものようにおせち料理作り。
夕方には年越しそばを作って食べて休憩し、残り少しがんばって、21時くらいにはすべてを終えた。

翌朝、仕上げと盛り付けをして、完成!



大変だけど、こうやって美しい新年の食卓をつくると、気分が良い。清々しい。
それに、これで三が日は何もせず、美味しいおせちをつまみに酒を飲むことができる。

元旦は近くの神社に初詣に行った。おみくじを引いたら、「1番」の「大吉」だった!

『うれしい便りあり 先の希望が広がる像。心のままに決断してよい結果がえられる。踏み出した一歩目が肝心。力強く進め。』とのこと。

嬉しいなぁ。力強く進んで行こう。
「病気」も「近々回復する」と出ていた。ホッとする。

初詣の後、私の実家に行き、2年ぶりに姉ファミリーと再会。姪っ子はこの4月から社会人になるのでそれもお祝いできてよかった。
家族には「エッセイコンテストでグランプリをとった」という話をこの時初めてした。
母はネットで文字を追うのが苦手なので、プリントアウトしてきたものをあげた。
「まだ直木賞ねらえるんじゃない?」と喜んでいた。
お正月というだけでなく、何か嬉しいことの多い日で、いつもより笑い声も多く感じた。2年ぶりだったこともあるかもしれない。
コロナによって、「人に会うこと」の大切さを実感できたようにも思う。
当たり前だと思っていたことが、急に当たり前じゃなくなることがあると知った2年だった。

2日は夫の両親と、義兄ファミリーと、zoomで新年のあいさつをした。
義母は基礎疾患があるうえ、体質の問題でワクチンも打てなかったので、やはりまだ慎重だ。今年も会うのはNGとのこと。
zoomではあったが、とりあえず皆の顔を見て声を聞いて、近況報告などし合えたので良しとしよう。

3日の今日は買い物だけ行って、あとは家でゆっくり過ごした。
気圧のせいか、お腹の痛い日だった。お酒は飲まなかった。
明日から1泊で京丹後へ温泉旅行に行く。明日にはお腹の痛みがなくなっているといいのだが。

さて、今年はどんな1年になるのだろう。
とりあえず、1月中はまだ仕事が詰まっている。すでに取材は7件入っているし、この年末年始で取材したものを原稿にしなくてはならない。
1月最終週は5日間、ビールの醸造研修に行く。
2月以降は少し落ち着くのではないかなと思っている。
昨年は思いがけず、最後の最後に仕事に追われることになってしまったが、それまではゆっくり過ごせた。
今年もできれば仕事は「量」は控え目にして、読書や自分の執筆の時間を増やしたいと思う。
あとは体調管理。規則正しい生活を送りたい。

とにかく元気に過ごせたら、それでいい。
本当に、それが一番だ。