月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

木々の中で

2020-07-27 | キャンプ
7月18・19日の土日、天気も悪そうだし家で過ごそうかと思っていた。
土曜の朝、天気予報を見たら・・・ん?今日も明日も雨降らないんじゃない?!
夫に言うと、すぐに「キャンプ行こう!」となった。

当日行けるキャンプ場といえば、限られてくる。滋賀のマキノ高原なら大丈夫なはずだが、最近ここが多いので、念のため他もネットで見てみた。
すると、丹波篠山渓谷の森公園キャンプ場にまだ空きがある!!
ここは2年ほど前に一度行ったきりだったが、リピートしたいと思っていたし、1時間ちょっとで行ける距離感もいい。
電話をしたら3サイト空いていたので予約して、12時頃出発した。

ここや、もっと奥の西脇市、養父市などのキャンプ場へ行くときに寄るのが、丹波篠山の「肉の東門」さん。
少しだけ肉を買って、スーパーでビールやワインも買い込んでからキャンプ場へ向かった。(野菜は家にあったものを持って行った)

このキャンプ場は「公園」とついているように自然公園という雰囲気で、少し遊具などもある。かなりファミリー向けだ。
サイトは25区画くらいでこじんまりとしている。
私たちは大人キャンプなので、あまりこういうキャンプ場は好まないのだが、ここを気に入っている理由は2つある。
1つは、サイトが豊かな自然に囲まれていること。広場みたいなところではなく、山を切り拓いたような場所にあり、サイトの1つ1つが山に面している。場所によってはとてもいい感じの木陰になるのもいい。
もう1つは、山にあるので傾斜があり、サイトごとに段差があるため、隣接していても段差のおかげでプライベート感が出ること。
今回、私たちは「F」サイト。炊事場やトイレもほどほどに近く、やや奥まっているのでプライベート感もあり、残り物にしてはなかなかいいサイトだった。



テントを設営するとすぐにビールで乾杯。天気もいい。


早いうちから炭をおこし、買ってきた肉を焼いた。ちょっとイイ、おいしいお肉をちょっとだけ・・・というのが好きだ。


今回もセリアの100円ダンボールスモーカーで燻製を作った。
これがまたうまいんだ。


キャンプに来ると、夫といろんな話ができる。
在宅ワークになってからすでに4カ月目。ほぼ毎日同じ屋根の下で生活はしているけれど、彼は仕事が忙しいので平日にゆっくり話す時間はない。だから、車の中やキャンプ場で、とにかくしゃべりまくる。それがお互いとても楽しい。話は尽きない。
夫は仕事上の人間関係のこと、部下の育成のこと、仕事の細かな悩み、選択肢までいろいろ私に相談してくれる。
私はそれに対して、これまでに培った知識と経験でそれなりのアドバイスをすることができる。同業者でよかったなと思う瞬間だ。
また、私は行政の様々な事業の冊子に携わってきたので、採用、人材育成、処遇改善など、仕事の中で仕入れた情報を教えてあげることもできる。
これまで何十、何百と様々な業種の企業を取材してきた経験を活かし、自分の会社しか知らない夫に対して客観的なアドバイスができるのだ。
夫が素直に、「それやってみるわ」「それ採用するわ」と私のアドバイスを本当に実行してくれるのも嬉しい。
逆に私も仕事でたくさんの人と接するので、「こういう人がいる」「こんな対応された」というちょっとした愚痴から、仕事に関するアドバイス(というか、励まし?)まで受けることができ、とてもスッキリする。

私たちの関係は、まさに「パートナー」という言葉がぴったりだなと思う。
子供がいたらよかったと思っていた時期もあったけれど、今はこの私たちの関係性やライフスタイルがとても気に入っている。
自分のことさえうまく処理できない未熟な私のような人間は、母親にならなくて正解だったかもしれない。
とにかく今世は、自分自身と折り合いをつけることがミッションなのかなと思う。

夜はまた焚火。
自粛期間の断捨離で出てきた木材のもの(パン用の壊れたまな板、塗装のはげた木製スプーン、木箱など)も持ってきて全部焼いた。
スモークしたチーズを長い串に刺して焚き火で少しだけ炙る。とろっと溶けた瞬間をかぶりつく。これがまた最高に旨いのだ。


翌朝、敷地内にある川沿いの山の中を散策。こういうことができるのも、このキャンプ場の魅力だ。


夫が川で石を積み上げ、水の流れをせき止めているのを見ていた。楽しそう・・・
「こんなん何時間でもできる」と無邪気に笑う夫。
私は川の水よりも、山のあちこちに落ちている枝が気になって仕方がない。最近、枝を見ると「いい薪になるやん」と思ってしまうのだ。

見上げたら、まっすぐな木々が神々しくて、身震いした。
こんなふうに、美しいものだけを見て感じて生きていきたいと、若い時は思っていたなと、そんなことを思い出した。


これからどうしようか、どんなふうに生きようかと、最近はよく考える。
頭の中がごちゃごちゃになり、ため息をつき、瞑想し、とりあえず前だけは向く。
そして思う。

何をして生きようが、どんなことが起きようが、いつだって大事なのはイマジネーションとユーモアのセンス。
この二つがあれば大丈夫だ。
これは「あしながおじさん」から学んだこと。

失敗してもいい。後悔してもいい。明日はまだ失敗も後悔もない、まっさらな日!
これは「赤毛のアン」から学んだこと。

子供の頃に、素晴らしい本に出会えてよかった。50歳を目前にして、まだあの頃の言葉に救われている自分がいるのだから。
そう思うだけで、なんだか涙が出てくる。
自分も、そんな物語を書きたかった。誰かが明日また一歩踏み出す勇気を生み出せるようなものを書きたかった。
もう失われた少女の頃の夢だけれど。

美しい自然の中にいると、いつも目をそらしている自分が見えてくる。

手巻き寿司パーティー

2020-07-27 | 生活
7月24日は夫の誕生日だった。
お祝いにどこかへ美味しいものを食べに連れていくよ、と誘ったが、夫が「うちで食べたい」と言うので、本当にがっかりした。
夫のお祝いと言いながら、私が何か贅沢に美味しいものを食べたかったのだ(もちろん私がご馳走するのだけど)
この数ヶ月、夫と外食らしい外食をしたことがなく、これがチャンスだと思ったのに・・・。

あまりいろんなものを作る熱意もなかったので、手抜きでパーティー気分を存分に味わえるものにしようと、手巻き寿司パーティーにした。
魚の美味しい万代で刺身のさくをいろいろと購入。マグロのトロ、シマアジ、トロサーモン、カツオのたたき。
それに、イクラと鰻も奮発した。
錦糸卵を焼いて、アボカドを切り、明太子マヨネーズも。
牛肉のしぐれ煮も巻くと美味しいので、ごぼうを入れて作った。
シャリは2種類。すし酢だけのものと、それに大葉・生姜のみじん切りとごまを混ぜたもの。
ほぼ「切って並べただけ」だが、食卓が華やかで、パーティーらしくなった。夫も大喜びだ。



プレゼントには、ちょっといいシャツをあげた。
スーツを着るほどじゃないけど、あまりラフな格好ではちょっと・・・みたいなときに活躍するように。(最近はそういう場面が多いので)

出会った時22歳だった彼も、39歳になった。
私の友達から、若い、若いと言われてきたが、ここまでくるとあまり違いを感じない。もういいオッサンである。
髪は大丈夫だが、お腹はベルトに乗っているし、会社の部下のことを「最近の若い子は・・・」なんて口ぶりで話すようにもなった。
社内ではいつの間にか偉くなり、今やチームの大黒柱だ。
出会ってからずっと頑張り続けている彼を、私は一番近くで応援している。

この先もずっと、共に歳を重ねていきたいなぁと、幸せそうな顔で手巻き寿司を頬張る彼を見ながらそう思った。

友達と山を登り、キノコに出会う

2020-07-21 | 生活
昨日の朝、私の家からひと山越えた所に住むゆうちゃんが「急だけど、キヌガサダケを見に行かない?」とLINEで連絡をくれた。
彼女はほぼ毎日山を登っている。自分の家からひと山越えて、私の家の裏辺りまで来るということは聞いていた。
健康のために始めたけれど、今では「山」自体が好きになっていることも。

行きたかったが、昨日はどうしても午前中に仕上げなければならない原稿があったので断り、今日にしてもらった。
ウォーキングの恰好をして、虫除けスプレー(ハッカ水)や冷たいお茶、タオルなどをバッグに詰め込んで出発。
と言っても、私は裏山に行くだけなので、家からほんの7、8分で待ち合わせの神社に着いた。ちなみにゆうちゃんはここまで来るのに80分かかっている。

神社までは来たことがあったが、その奥の山には足を踏み入れたことがなく、ちょっとわくわくした。
ゆうちゃんの案内で山道を登る。キャンプで時々ハイキングをするが、しっかり登る山道は久しぶりだった。すぐに息があがる。
でも、平地を歩くよりしっかり運動をしている感じがして気持ちよかった。

キヌガサダケは、梅雨時期か秋に、竹林に生えるキノコ。
パッと見るとマッシュルームみたいなのだけど、カサが白いレース状に開く。それが、午前中に開いて、午後にはもうしぼんでしまうのだという。だから、開いているところを見られるのは貴重だ。それで誘ってくれたのだ。

10分ほど歩いたところの竹林に、開く前のキヌガサダケを発見。


「これが今日くらいに開くかと思っていたけど、まだやね」とゆうちゃん。そして、竹林の上のほうを指し「あの上に開いているのがあるんやけど、登れる?」と聞いてきた。
もちろん!!
ここまで来て見ないで帰るわけがない。それに、私は運動神経はゼロだけど、山道を登り下りするのは苦手じゃないのだ。

ゆうちゃんについて険しい竹林の山を登り、ついにキヌガサダケに出会えた!
これだ。


本当に白いレース状になっていて、不思議で美しい。
ただ、よく見ると小さな虫が何匹も寄り着いていて、辺りにはなんとも言えないニオイが漂っていた。
カサが開くとニオイが出て、それにつられて虫がやってきて、胞子を運ぶみたいだ。
キノコってやつは、奥が深いな。

珍しいものを見せてもらえて大満足の私。
川のそばの岩に腰かけて冷たいお茶を飲み、しばし休憩。汗もだんだん引いていった。

ゆうちゃんと山の中にいたら、20代の頃、よく一緒に旅をしたことを思い出した。
青森、小豆島、越前岬、鎌倉、尾道、三朝温泉・・・、カナダも一緒に行ったっけな。
管理者のいない山の中の秘湯に入ったり、雪の中で遭難しかけたり、修行者のように山道を駆け抜けたり、カナダでは長い山道をすべりおりておにぎりを食べたり、島中を自転車でまわったり・・・。
旅の中ではちょくちょくワイルドな場面があった。でも、不思議と、そういう出来事のほうが、記憶が鮮明だ。

そんなことも思い出しながら、また山を下りて神社で別れた。私はそこから徒歩8分で帰れるが、ゆうちゃんはまた山道を80分かけて帰るのだ。すごい。
でも、ほんの少しだったのに、私も「山登りっていいな」と思っていることに気づいた。
弱っている足腰も勝手に強くなりそうだ。運動不足の私には、ウォーキングよりもいいかもしれない。
思いがけず楽しい時間だった。身近なのに非日常の感覚。

帰宅してシャワーを浴びて、キノコ好きのYさんに写真を送ったら、「いやー、うらやましい。美しい。惚れ惚れ」と返ってきた。
やっぱりキノコ好きにはたまらんのね。
調べたら中国では高級食材だとか。う~ん・・・食べる気にはならんね。

ようやく辿り着いた気がする。

2020-07-16 | 癌について
治療も入院もしない時間が1ヶ月以上続くと、自分がガン患者だということをつい忘れてしまう。
副作用の痺れがあと少し残っているくらいで、痛みも何もないから余計にそうなる。
コロナ感染が少し収まってきた時期と合致したものだから、人と会うこともできるようになり、それでますます勘違いした。
この2~3週間、もうすっかり「治った気分」になっていたのだ。

先週金曜日、予約していたセカンドドクターのところへ行ったのだが、前日はやめようと思っていたお酒を飲んでしまっていたので、少し自己嫌悪に陥っていた。
行きの電車の中で考えていた。

あれ? ガン再発で生活を変えたんじゃなかったけ?
ガンのメッセージを考えるんじゃなかったっけ? もう答えは見つかったのか?
この感じ、前と同じじゃないか。何も変わっていないじゃないか・・・。

先生に「最近はどうですか?」と聞かれたので(最近は高濃度ビタミンC点滴と簡単なカウンセリングみたいなものをしてもらっている)、正直に今のモヤモヤした気持ちを話した。
何をしていいのかわからない。
前と同じ生活に戻ってきている。
ただ焦りだけがある・・・。

すると先生はベストセラー『7つの習慣』からの引用で、「重要」と「緊急」のマトリックスを簡単に書き、「今、あなたに必要なのはここの部分だね」と第二領域(重要かつ緊急ではない)を指した。
言われてみると、最近の私は最も無駄な第四領域(重要ではない・緊急でもない)のこと、つまりは「暇つぶし」ばかりをしていたように思った。
かといって、第二領域に当てはまることで何をすればいいのかわからない。
そう自分を分析すると、先生は何でもないことのように言った。
「今やるべきことは、食箋と温浴でしょう?」と。
その言葉を聞いて、ハッとした。ガーンと殴られたような気分にもなった。

私はまだ「ガン患者」だった!!

今は休薬中というだけで、治ったわけではない。8月の半ばにはまた次の治療方針が決まってしまう。次の検査で良い結果を出して、これ以上は抗がん剤をしなくて済むようにしなければならない。
自分はステージ4で延命治療しかない、その治療法すら限られてきた、そういう崖っぷちの人間だと、どうして忘れていたんだろうかと思った。(本当にバカなのか?)

私は、カウンセリングの時に、もっと重要な「ガンのメッセージ」についてアドバイスをもらうつもりでいた。
人生において何をやりたいのか、今そのために何をすべきなのか。そんな類のことだ。それは、自分がもう治った気持ちでいたからだ。
でも先生にとったら、私は少しも治っていないガン患者で、崖っぷちにいる人だ。医者としてのアドバイスは、その崖っぷちから私を安全な場所へ引っ張る方法しかない。私が人生で何をやりたいかとか、生活をどうしようかとか、ましてやどんなものを書いていこうかなんて、先生にアドバイスができるはずもない。

横で私と先生の話を聞いていた瞑想の先生も、これはあかんと思ったらしく、午後の瞑想の時間に「こういうのはあまり好きじゃないけど、ワークをしてもらいましょう」と言った。
食箋、温浴、運動、そして「自分を褒める」。
この4つを自分のワークとして持ち帰り、やってくださいと。

目が覚めた。
次の検査まであと3週間、できるだけのことをやろうと誓った。

翌日、もらった「食箋」のレシピにしたがって、必要な材料を買いにいき、料理をした。
それを食べ、運動をし、温浴も始めた。
治療を受けていない今こそやるべきことは、自分の「治る力」、つまりは自然治癒力を高める努力をすることだった。

もう5日目になるが、朝ごはんはこんな感じ。
白湯からスタートし、人参と大根のすりおろしを混ぜたもの、小豆昆布、りんご、生アーモンド、熟成黒にんにく、サジージュース(ビタミンC)。



朝ごはん以外はがっちりと決めていないが、玄米を食べ(これは前からだけど)、肉(牛・豚)と糖分(砂糖)はできるだけ控えている。
病気になったら肉と糖分はいったんやめる、というのは自然治癒力を上げるための本にはだいたい書かれていることだ。(もちろん病気でない人は食べすぎなければいい)

温浴は、いわゆる半身浴だが、「温→冷→温→冷→温→冷」と交互にする。(冷は水シャワーを手足にかける)
必ず最後は「冷」で締めることが大事だという。
温浴や運動の前には、干し椎茸と切干大根を煮出したスープを飲む。

ようやく病人らしくなってきたな、と思う。(今頃かい!)
いや、もちろんこの1年も、食事内容は変えていたし、瞑想や水素吸入などもしてきた。ただそれは、抗がん剤の副作用を軽減したいという気持ちが大きかったし、何より毎月治療をしているから「病人」だという意識がちゃんとあったのだと気づいた。
それが、休薬したとたんに治った気分になって生活が乱れて自己嫌悪に陥ってしまうのなら、もしこのガンが治ったところでまた数年後に再発してしまうだろう。

ちゃんと、自分の体と向き合って、自分の力で治すんだ。
いろいろ面倒だけど、これが今の私がやるべきことなんだと言い聞かせる。緊急ではない最重要事項だ。
とにかく3週間、やってみる。

しかし、小豆昆布のまずさよ・・・。
まずいっていうか、「味のしない餡」を想像してもらえればいいかと・・・。
5日続けたら、ちょっと慣れたけれど、まだ「おいしい」とは思えない。(ああ、痺れるほど甘いぜんざいと、塩辛い昆布ならどんなにいいか!)

でも、自分の立場とやるべきことを自覚したら、急に知りたかった「ガンのメッセージ」もわかったのだ。
それについてはここには書かないけれど、再発して1年経って、ようやく答えを見つけたから、もう大丈夫だという気がしている。
起こることすべてに必ず意味はあると、また思う。

いろんなことがあった1週間だった。

2020-07-16 | 生活
いろいろ詳しく書きたいことが多すぎて、逆に書けない日が続いていた。(どうでもいいことなら10分で書けるからいいのだけど)
でも、そろそろ書かないと忘れていってしまうので、ざっと振り返る。

先週金曜は友達と京都の「丸太町やんがす」さんで食事。
初めて行った店だったけど、とても気に入った。お金のことを気にせずに飲み食いすると、一人1枚諭吉が飛ぶので、しょっちゅう足を運べる店ではないが、「おいしい和食をゆっくり食べて、おいしい日本酒を少し飲みたい!」という時にはぴったりだ。
店内はカウンターと小上がり(掘り炬燵)だけでこじんまりとしていて、明るく清潔。店主は若いが、料理の腕は確かだった。
おかげで、半年ぶりに会えた友達と、良い時間を過ごすことができた。
(いずれ詳しく紹介したい)
ただ、繁華街でもないので、わざわざ足を運ばないといけないためか、私たち以外にお客さんはいなかった。雨降りとはいえ金曜日。これでは厳しいだろうなと心配になる。
他の人と同じ空間で接しなくてよかったので、私たちは助かったが・・・。

日曜は、雨の止んでいるタイミングを狙って、夫と大山崎山荘美術館へ。家から徒歩30分弱なので、ちょうどよいウォーキングにもなる。
お目当ては「生誕130年 河井寛次郎展」。
開催中に絶対行こうと思っていたが、コロナ自粛でずっと閉館していたので、ようやく行けて嬉しかった。(6月18日から再開)



館内に入るずっと手前の休憩所でスタッフに止められ、そこで名前や電話番号を書き、検温とアルコール消毒をする。徹底してくれているので安心した。
どちらにしろ館内はガラガラで、1つの部屋にいるのはいつも私と夫だけか、多くてもあと1組くらいだった。

やっぱり寛次郎はいいなぁ・・・
久しぶりにたくさんの作品を見ることができて、幸せな気持ちになった。
海鼠釉が出す神秘的な青の美しさ、寛次郎にしか出せない辰砂の深い赤、晩年だからこそ表現できる泥刷毛の勢い、重み。
釉薬の魔術師といわれ、あれだけたくさんの釉薬を作りながら、晩年もまだ練上や三色打釉などにも果敢にチャレンジする。
若い頃から晩年まで「仕事」への情熱が衰えることは決してなかったのだと、作品を通して実感できた。

かなり満足。
いつものように別館のモネを見て、少しだけ庭を散策してから、また歩いて帰った。
池の周囲に咲く桔梗が美しかった。


残念ながら紫陽花はもう終わり。


月曜日は、1ヶ月前から計画していた日本酒大好きメンバーで集まる会があり、京都の「一献うるうる」さんへ。
私、70歳のM氏、37歳の女性2人というメンバー。いつもこのちぐはぐな4人で集まる。でも、コロナ自粛で集まるのは今年初!!
M氏がいろいろ段取りしてくれていて、料理は和食のコース、日本酒は飲み放題。すごいラインナップだった。
これもまたいずれ詳しく書きたい。
この日も大雨かつ月曜日ということもあってか、お客さんは私たちだけ。
誰とも接することなく、広いテーブル席を安心して使えたのでよかった。(お店の経営は心配だけど・・・)
久しぶりに外で日本酒をたくさん飲んで、複数名でおしゃべりして楽しかった。

火曜日は、午後から製薬会社の取材。
ここでとんでもないことが起きる。
製薬会社だけに感染対策もしっかりしていて、入口で検温があるのだが、「37.0℃以上あると入れない」とのこと。
低体温だというカメラマンさんは一発で入れたのだが、私と営業さんは、なんと37.4℃!!
歩いてきたところで体が熱くなっていること、ジャケットを着ていることなどを考慮してもらい、体を少し休めて(冷まして)から挑戦したのだが、二人とも体温が下がらない。
それでも3回目に営業さんは36.8℃まで下がったのだが、私は37℃台のまま!

いやいや・・・
平熱が36.2℃くらいの人なら37℃は微熱かもしれないが、私は36.5~36.8℃が平熱なので、ちょっと興奮したらすぐに37℃を超えるのだ。
平熱が1℃違う人と同じ基準にするのは無理がないか?
・・・というようなことを、丁寧に説明してお願いもしたけれど、「うちの規則なのですみません」とのこと。そう言われれば仕方がない。
再度チャレンジさせてもらったが、当然マスクもしたままなので熱はこもりっぱなし、冷房もあたっていないので体は冷えない、焦るのでさらに興奮して体温は上がる・・・
結局、37.0℃までしか下がらず、「今日のところはお引き取りください」と言われてしまった。

マジか・・・
そこで急遽、リモート取材に変更。カメラマンだけ撮影し、私は営業さんのオフィスへお邪魔して、そこでリモート取材となった。
取材そのものはうまくいったし、原稿を書くのに問題はないのだが、なんだかショックだった。
まあ、製薬会社なので特別なのかもしれないが、37.0℃基準だとこれからも私は厳しいなぁ。(一般的な37.5℃基準ならセーフ)
体温が高くて困る日が来るとはね・・・

そして昨晩、大阪の感染者が60名を超えたと聞き、また絶望的な気持ちになった。
この3週間ほど、気を付けていれば会食できていたけど、大人数は厳しい。月曜の4人の会も、来週なら延期しようという話になっていたかもしれない。
ずっと延期されていたWEB制作の仕事の打ち上げが来週あるのだが、さっき泣く泣く欠席の連絡をした。
信頼できる相手と2人ならいいが、8~9人ほどの大人数の飲み会なので、さすがに避けたほうがいいだろうと判断。楽しみにしていたのにな・・・
でも、免疫力が低い私が参加して感染したら、同席した皆にも迷惑がかかる。1週間後の状況がわからないので(倍増している可能性もある)、早めの欠席連絡をしておいた。

8月の夏休みに、夫と北海道キャンプの予定だったけど、それも予約はまだしないほうがよさそう。
元の生活に戻りつつあった時だけに、なんだかショックも大きかった。

マスク警察にも自粛警察にもなるつもりはまったくないが、電車で子供連れのお母さんがマスクもせずに大声でずーっと子供に話しているのを見て、「心臓強いなぁ」と思った。
同じ車両の人は全員黙っていてもマスクをしているのに、しゃべっているその人だけがマスクをしていない。(当然、子どもも)
私なら、周りの白い目に耐えられないが・・・と思い、「怖い」というよりもその人の「心臓の強さ」に驚いて目が離せなかった。

でも、こういうリスク管理は、人それぞれ。
あの、みんながひたすら我慢を強いられた自粛期間中、5月のGW前後でも、スーパーに家族総出で買い物に来ている人もいたし。
とはいえ、経済をまわすことも絶対に大事だから、もう自粛ばかりもしていられない。
健康な人は「感染対策」と「経済まわし」をバランスよくやっていく。私のようなリスクの高い人は他の人よりもう少しだけ対策を強めにする。
それしかないのだろうなと思う。

月末に、県を越える遠方取材が入っているが、それも実施されるのか怪しくなってきた。
もう延期は嫌なんだけどな・・・。はぁ・・・