遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『世界最新 紛争地図』 黒井文太郎ほか共著 別冊宝島  宝島社

2015-10-04 10:06:30 | レビュー
 海に囲まれた日本国土を離れて四方に飛び立てば、世界中の各地に「火種」があり内戦や紛争が発生し継続している。TV番組をみれば、今世界の至るところに日本人が出かけている。諸目的での一時的海外滞在者と併せて、海外の現地に定住している人々も数多くいる。しかしシリーズ化されたいくつかの連続TV番組で報じられるのは平和な地域での状況が中心だ。つまり、きれいな絵が映し出され、視聴者に興味とおもしろさを喚起させるというもの。お楽しみ番組である。
 一方、燻りつづけ、多少の火がついていても、内戦や紛争は「火種」が大きく発火しないかぎり、マスメディアのニュースに取り上げられることはない。かなりの死亡者が発生した緊急事態だけがスポット的に多少の前後経緯を含めて、大きくニュースとして浮上するだけである。そこにもし日本人が巻き込まれている可能性があれば、一時的に一層大々的なニュースとして報道される。断片的に切り出された悲惨な映像と局面的な解説だけでは、正直なところ全体の文脈がわからない。大変な映像、悲惨な映像をニュースとして知る日本人が大半ではないだろうか。私もそのひとりである。
 楽しめるTV番組から得られる世界の現地事情情報から比べると、私を含めて「世界の火種」つまり内戦・紛争の実態についてはほとんど知らない、知らされていないのが実情だと思う。そんな中で「集団的自衛権」という言葉が独り歩きしてきた。「『我が国の存立が脅かされる』存立危機事態」という超抽象的表現が国会答弁の中でさえ、揺れ動いていたまま、安保関連法案が可決され、成立してしまった。

 マスメディアからは全体像として知らされない世界のネガティブでダークな側面をまずは包括的に知っておくことが必要ではないか。いまこの瞬間にも、世界のどこで内戦や紛争が起こっている事実をしっかり理解しておくこと、その「火種」はなぜ発生しているのか? テロ行為が発生する裏には、当然テロ行為を行う組織が存在する。世界のどこにどんなテロ集団が存在するのか? これも今後無関係とは思えなくなる。
 なぜなら、安保関連法が成立してしまったのだから。「集団的自衛権」という名の下に、海外の現地で戦闘行為に直接加わる可能性を遂に現実のものとした。その直接的関わりが現実化すれば、敵対者となる相手方を日本国土に引き寄せることにつながる。戦闘・戦争への直接的加担に踏み込めば、それは終結に至るまでは増大・拡大の一途を歩むことになるのだから。それは過去の歴史が物語っている。つまり、論理的に想像力を広げると、敵対側の報復手段の一環として、日本国内でテロ行為が行われる可能性を自ら引き寄せたことにもなる。

 本書は、2015年5月時点で世界各地に存在する「火種」の状況、紛争の実態を個別概説的にまとめたものである。紛争の発生している地域を地図で図解し、各地の紛争に関連した写真を多数掲載して、視覚的にイメージが湧きやすく構成されている。この書の「世界最新」も、もはや古くなっている情報をかなり含んでいるかもしれない。しかし、世界の紛争状況における最新勢力図とその背景を全体像として把握するには入門書として充分に役立つまとめ方になっていると思う。
 
 本書の構成をご紹介しておこう。
第1章 イスラム国と中東の火種
 疑似国家の統治体制をとる「イスラム国」の組織体制と現在の支配地域の状況、世界からの若者の参加実態などが図解されている。イスラム国に対抗して交戦するイラク・シリア政府軍を支援する「有志連合」の実情がわかりやすく図解・解説されている。また、このイスラム国の支配地域であるシリア国自体が、「シリア内戦」を抱えていて、シリア政府軍に対立する組織(人民防衛隊と反政府軍諸派)がどういう関係にあるかも押さえておくことが必要である。このことがよくわかる。人民防衛隊、反政府軍諸派はイスラム国とも対立・交戦するという三つ巴の交戦関係なのだ。この実態がイメージしやすい。
 中東の火種の実態は、「石油」確保を媒介にして日本と連結していく。
 「有志連合」の対イスラム国交戦支援は、現状では空爆主体のようである。その空爆の約8割をアメリカ軍が担ってきたという。「アメリカがシリアとイラクでの空爆に要した費用は、合計で18億3000万ドル(約2200億円)になるという」(p12)。行間を読むことになるが、軍需関連産業がそれだけの規模の収益を得ているという見方もできる。金が巡っているのだ。

第2章 現在進行形の紛争地域
 この章で紛争地域として括られている項目名称をまず列挙してみる。括弧内は小区分されている地域数を意味する。この項目と地域数だけを読んで、あなたは具体的な紛争地域を世界地図上でイメージ連想できるだろうか? 私は残念ながらすぐに思い浮かべられなかったロケーションもあった。
   日本の領土問題(3)/ロシアが仕掛ける紛争(5)/中国が抱える紛争地(5)
   南北スーダン問題/ソマリア問題/朝鮮統一問題/フォークランド紛争
   カシミール紛争/タイ・アンボジア国境紛争/キプロス紛争
 さて、現在の紛争地域は、現状が政治的交渉のもの、対峙状況維持のもの、交戦状態のもの、停戦状態のものなど、その濃淡はさまざまである。紛争地図を考えて、日本との関わりもその濃淡に大きな幅がある。集団的自衛権という拡大解釈の危険を伴う概念からみても、その濃淡が推測できるものが含まれている。
 政治的国家交渉継続中の「日本の領土問題」は最も色濃い地域である。さらに第1章の中東は関わりの濃い地域になりかねない。ソマリア問題はその連続性の中にある。中国が抱える紛争地域の一つ「南シナ海(西沙・南沙諸島)」や「朝鮮統一問題」も日本にとって影響の大きな「火種」になる地域であることは間違いない。濃淡でいえば濃い関わりを想定せざるをえない地域なのではないか。
 「『我が国の存立が脅かされる』存立危機事態」という抽象的フレーズが拡大解釈されていく懸念をぬぐえない。

第3章 世界の現役テロ組織
 仏教はテロ組織とは無縁と勝手に思っていたのだが、この章の最初が「ミャンマー仏教過激派組織『969運動』」なのには、一瞬絶句。初めてこんなテロ組織があったことを知った次第。
 この章では、現在活動しているテロ組織の概説を大半は見開き2ページで概説している。データとして「結成年・創設者・現リーダー・構成人数・資金源」がまとめて表示されていて、地図と写真併載で、活動経緯が概説されている。
 末尾には、日本近海に出現した「シー・シェパード」がエコ・テロリズムの社会的文脈で、テロ団体と米国政府も認定したことが説明されている。「シー・シェパード」の名前と活動の一端はマスメディアを通して見聞しているが、テロ団体に認定されていたのは本書で初めて知った次第。(今までの報道で見落とし、聞き漏らしだっただけなのかも知らないが・・・・。)アメリカの裁判所が海賊認定をしているようだ。
 最後に、米FBIのエコ・テロリズム」の定義が記載されているので、紹介しておこう。「環境保護を目的とした集団によって、政治的な理由や見せしめとして大衆に訴えるため、無実の人や物に対して犯罪的な性質の暴力が行使されること、行使を仄(ほの)めかすこと」。
 現役テロ組織が存在する国として、この章ではミャンマー、フィリピン、トルコ、ウガンダ、コロンビア、イギリス、ペルー、ギリシャ、スペイン、カナダ、アメリカが挙げられている。

 日本に住んでいるとほとんどというくらい意識することのない「民族」の独立と「宗教」が根本的な紛争の「火種」になっているようである。しかし、そこには一方で、民族・宗教を標榜した形での行為者の「欲望」が垣間見える局面も感じる。
 さらに、紛争の「火種」(原因)として、国家も絡んだ欲望が底流に潜むというものがある。その一つは、地政学的な観点でのその地域の確保がある。さらにもう一つはその紛争地域で発見された、あるいは発見の可能性が高い地下資源-石油、天然ガス、稀少資源-の存在である。これらは別の理由にうまくカモフラージュされて紛争地域となっている。このあたりは、しっかりと理解していく必要がありそうだ。
 
 世界の紛争について、意識化を進め一歩深く踏み込むきっかけになる本である。

 ご一読ありがとうございます。

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本書と関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

福田 充×野中英紀 「メディアはテロリズムをどう報じていくべきなのか?」 2015.03.02 :YouTube
What is 'Islamic State'? :「BBC NEWS」
イラク・レバントのイスラム国(ISIL) :「PSIA 公安調査庁」
イスラム国 関連情報一覧 :「iRONNNA]

尖閣諸島中国漁船衝突事件・政府公開概要版ビデオ  :「YouTube」
尖閣諸島衝突ビデオ The collision from another angel :「YouTube」
南沙諸島埋め立て問題 :ウィキペディア
「南沙諸島」の領有権を中国が主張する理由 2015.6.4 野嶋剛氏 :「Foresight」
南沙諸島問題と米中の確執  :「21世記の日本と国際社会」
ソマリア海賊が民間船にロケット砲を撃ちまくる  :「YouTube」
海上自衛隊特に、米・独・西・と連携ソマリア海賊対策護衛活動 :「YouTube」
最新鋭哨戒機P1をソマリアへ派遣!!   :「YouTube」

国際テロ組織 世界のテロ組織等の概要・動向 :「PSIA 公安調査庁」
「イスラム国」だけではない!! 世界のヤバすぎるテロ組織10  :「excite ニュース」

KONY 2012 (日本語字幕)1  :YouTube
KONY 2012 (日本語字幕) 2   :YouTube
War crimes trial starts for Uganda rebel leader :YouTube
Uganda's LRA war criminals speak about horrors of war :YouTube
The Truth: Kony 2012 Exposed  :YouTube
KONY 2012 A Shocking Discovery It's All About Oil  :YouTube
Invisible Children Documentary   :YouTube

「シー・シェパード、ひどい」 モントリオール映画祭、日本人女性監督の反捕鯨「反証」作品に熱い反響  2015.9.5  :「産経ニューズ」
日本は、なぜ「シー・シェパード」に弱腰なのか  :「東洋経済」
シー・シェパードVSデンマーク 日本が学ぶべきフェロー諸島の対策
  2015.7.31 佐々木政明氏  :「WEDGE Infinity」
Sea Shepard Global ホームページ

「集団的自衛権」問題のポイント整理 2013.9.5
:「21世記の日本と国際社会」
主権者の立場からの集団的自衛権問題 ―憲法第九条と集団的自衛権-
 :「21世記の日本と国際社会」
主権者の立場からの集団的自衛権問題 -私たちの憲法論と安全保障論-
:「21世記の日本と国際社会」


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