遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『和と出会う本』  小野幸恵  アルテスパブリッシング

2019-05-14 23:04:55 | レビュー
 「現代に生きる芸能・工芸・建築・祈り」という副題が表紙に付記されている。本書のタイトルとこの副題からだけでもかなりのイメージがひろがるのではないか。
 「あとがき」を読むと、本書は音楽雑誌『アルテス』に著者が連載した「和の変容」をまとめた書のようである。

 「和」とは、「和洋」という風に対比されるときの「和」であり、「和様」と称されるときの「和」でもある。著者は「はじめに」において、パリで万国博覧会が催されたことを契機に巻き起こったジャポニスム=日本趣味、そして現在海外から「和」は「クール」だと脚光を浴びていることに触れている。そのあとで、私たち日本人は「和」について、いったい何を知っているのかと、問題提起する。
 だが何を「和」というかは漠然としたイメージがあるだけで明確な定義がない。著者自身も「和」とは何かを定義はしていない。本書は「和」である様々な対象との出会い・遍歴を介して、「和」の有り様を帰納的に考えて行く試みと言える。

 著者は、『和』という文化の本質に少しでも近づくということが本書のテーマだという。これは「和」と呼び得るものに出会う探究プロセスを考察し語ったまとめである。私の第一印象では、本書は研究書とエッセイの中間あたりに位置している。かつ、ある事項について、関係者にその思いや考えを語ってもらう形で、「和」に迫ろうというインタビュー手法も取り入れられていて興味を引く。「和」の淵源・本質に読者がすこしでも近づくための導き役を果たしている本とも言える。私には、知らなかった事象・対象に出会えたり、知識の整理に役立つ箇所が多く、有益だった。

 一つのキーワードは、副題に記された「現代に生きる」という文言である。著者は「和」が現代とリンクしていること時代と共に歩んでいる側面を重視している。それは、「あとがき」において、新聞紙上に見つけた俳人金子兜太の「現在の表現を生かせない古き良きものは、伝承ではあっても伝統ではない」という言葉をいつも思い起こしていたと述べていることからもわかる。「和」として脈々と培われてきた過去の伝統を継承した上で、現代に生きる工夫や創意を加え、伝統を引き継いでいく営みに「和」の価値を見出している。「和」として取り上げられた対象は、伝統を重ねながら変容してきたプロセスを持ち、現代に生きつつさらに変容が加えられ伝統として未来に繋がって行くものとして捕らえられている。「和」を探究する行為は、「芸能・工芸・建築・祈り」と探究領域が拡大していく。「和」を考える材料がかなり広範囲に及んでいく。その点でも知的好奇心をそそられる本である。

 各章の見出しは動詞表現でテーマ設定されている。そして、様々な領域に「和」を見出し、その事物・事象の特徴を抽出している。本書の章立てとそこで見つけ出された「和」を想起させる事物・事象を列挙してみる。なぜそれを取り上げたかについての著者の思いは、該当箇所をお読みいただきたい。

第1章 伝える  奈良晒(麻の文化)、和紙(京唐紙鋪唐長、江戸からかみ)
第2章 見立てる 茶道具における見立て、焼き物の「金継ぎ」、暖簾
         現代版悉皆(しっかい)屋のプロジェクト「ゆらゆら」
第3章 営む   一条恵観山荘、日本聖公会奈良基督教会(宮大工による和様建築)
第4章 溯る   日本画の岩絵具、絵馬とルンタ、
第5章 創る   食の知恵(塩蔵法:山漬けと箱漬け)、日本のアンチョビ
         信州伊那栗ブランド
第6章 奏でる  三響會版『三番叟』、『存亡の秋』(天台声明+真言声明+鳥養潮)
         東儀秀樹の雅楽
第7章 愉しむ  人形浄瑠璃文楽、「杉本文楽 曾根崎心中付けり観音廻り」
         柳屋花緑の試み(進化する話芸)
第8章 祈る   琵琶湖・湖北の観音像、東大寺「修二会」(お水取り)

 著者の論点・主張として印象深い文を引用しご紹介しよう。私的覚書でもある。
*伝え守りながら現代に息づかせることで、伝える技術も、そこに宿る魂も、確実に未来に生きつづけるのだと思う。 p24
*すばらしい伝統であっても、日常にとりいれることができなければ、その生命を伝えることはできない。 p36
*愉しみとは、ありふれた日常から紡ぎだすもの。・・・・使ってこその道具であり、愉しんでこその器である。きわめて原初的で素朴な器のいかしかたを、茶道具における「見立て」に発見することができたことが、とくにうれしかった。 p44
*日本における芸能の特質として、先行する芸能に影響を受けながら、新たに融合的な芸能が形成されてきた。それだけではなく、新旧それぞれの芸能が並行して継承され、現代にいたり、そのいずれも古色蒼然とした過去の遺物ではなく、現代に息づいて存在している。この点において、芸能における新旧の交替はありえない。 p101
*私見ではあるが、願いを託した馬の絵が絵馬のルーツなのだと思う。・・・・形態や存在のしかたの問題ではなく、「祈り」であること、唯一それだけが、絵馬の意味なのだ。・・・絵馬の原初形態が「天駈ける馬」であったことに気づき、すなおにうれしく、なぜかとても心地よかった。  p116
*生きとし生けるものの命をいただく人間は、その食材がもっともいかされる手だてを考えなくてはならない。命をいただくというのは、そういうことなのだと思う。 p128
*伝えられてきた価値を知らずして、それを発展的に伝承しようとすることなど不可能なのだ。古くてすばらしいものは色あせない。だからこそ新しく、その未来を期待することができるのだと思う。 p156
*表舞台から消えたことで、声明もまた連綿と宗派のなかで守られてきた。そして雅楽がそうであったように、その本質を失うことなく、天空から降りそそぐ仏陀の賛歌を、原初形態のまま、現代に伝えることになったのである。 p174
*声明に癒されるのは、日本人が好むとされる倍音にあるという。・・・・楽器ではつくりだせない声の音楽に、われわれ人間が魅せられ癒されるということは、人間もまた自然の一部である証にほかならない。  p175
*日本人が遠い昔から愛し育んできた「古き佳き」ことどもを伝え守ってはじめて、そこから新しいものが見えてくるのだし、時代に即した進化もはじまるというものだ。捨て去ることは容易だが、失われたものをよみがえらせることは不可能に近いということを考えてほしい。 p189-190
*新作も古典も、車の両輪のようなものであって、伝統が生命をつなげていくためには、そのどちらもなくてはならない存在なのである。 p215
*落語はつまり、落語家の話芸によるところが絶大である。・・・聞き手の想像力を邪魔せず、いかようにも広げられることが、もっとも望ましいのだ。現代の落語には、現代の世界観があっていい。・・・・そのスタンスこそが、落語という伝統芸能を進化させ、未来につなげていくのだと思う。  p229
*時代に翻弄されながらも、古から連綿とつづく信仰は、彼の地で生きる人々の知恵であり魂なのだ。  p247
*1200年以上もつづく神秘を解き明かすことは不可能だが、そういうものが存在すること、それを解き明かそうと試みつづけること、そのいっぽうで、神秘は神秘として守り伝えていること、そこには、「和」に潜むひとつの特質があると思う。 p263

これらの論点・主張がどこから導き出されているか。各章に取り上げられた「和」と出会う対象についての語りを読むことから始めて、辿っていただきたい。

 ご一読ありがとうございます。

本書からの関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
奈良晒 :「さんちの手帖」
月ヶ瀬奈良晒保存会
唐長 ホームページ
江戸からかみについて  :「東京松屋」
金継ぎ :「SEKISAKA」
金継ぎ初心者さんへ  :「金継ぎ図書館 鳩屋」
名画を切り、名器を継ぐ :「根津美術館」
WORKS :「中むら」(現代の悉皆屋)
一条恵観山荘 ホームページ
山漬け  :「MARUHACHI NICHIRO」
旨味が違う!鮭の山漬けの仕上げ方の巻き :YouTube
信州伊那栗 :「信州里の菓工房」
長谷寺に伝わる節のついたお経、声明(しょうみょう) :YouTube
魂の声楽、声明  :YouTube
声明と雅楽(浄土真宗本願寺派)Buddhist traditional music :YouTube
三番叟  :YouTube
三番叟 SANBASOU - Fujima Kanjuro - Danca Kabuki  :YouTube
操り三番叟  :「歌舞伎演目案内」
三響會 オフィシャルウエブサイト 
命のない木の人形に日本人の魂を吹き込む 「杉本文楽」という新しい伝統 :「をちこち」 
杉本文楽 曾根崎心中 付り観音廻り 2014年3月 東京 大阪  :YouTube
Sakula-東儀秀樹 in 平安神宮  :YouTube
東儀秀樹 (Hideki Togi) - SUPER ASIA Ⅰ TOGI+BAO  :YouTube
平調 越殿楽   :YouTube
修二会 :「東大寺」
東大寺二月堂「修二会」に隠された「日本」 萬 遜樹氏
奈良 東大寺二月堂「お水取り」  :YouTube
動画で観る福井 太古から続く奈良と小浜(オバマ)の絆「お水送り」:YouTube

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