遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『白雨 慶次郎縁側日記』 北原亞以子 新潮文庫 

2013-09-05 11:16:09 | レビュー
 この作家が今年2013.3.12に75歳で逝去されていたことを知らなかった。本書を読み終えた後に、作者名でネット検索して訃報記事を読んだ。合掌。

 ある作家の本を読んでいて、少し前に北原亞以子という作家名を知った。だが、すぐに作品を手に取ることはなかった。「白雨(はくう)」というタイトルに興味を惹かれて読んでみる気になった。
 文庫本の表紙裏を見ると、この「白雨」までに、「傷」から始まり「月明かり」まで慶次郎縁側日記シリーズが10冊と『脇役 慶次郎覚書』が文庫本で出版されている。また、訃報記事によると、昨春「慶次郎縁側日記」シリーズの最新作「あした」が出版されているとのこと。
 この日記シリーズの終わり近くのものを最初に読んだことになる。

 新聞記事のタイトルに、「人情深い時代小説で人気」(朝日新聞)と記されていたが、まさにこの『白雨』を読んで抱いた感想そのものズバリだった。江戸の人情、哀歓が切々と流れている小品集といえる。シリーズの第1作からこんな感じなのだろうか、興味が湧いてきたところである。

 本作品の主人公は森口慶次郎である。元定町廻り同心だった人物。今は根岸にある酒問屋の寮番となっている。その慶次郎が直接に、あるいは一緒に仕事をした岡っ引きの辰吉、吉次、佐七などから持ち込まれたことに、関わって行くという物語だ。そこには慶次郎が現役同心時代の事件に関係していくという話も出てくる。しかし、この縁側日記のおもしろいところは、岡っ引きや元同心が登場しながら、大捕物にならないで収まっていく話として展開している。江戸に住む町人達のささやかな日常生活の一齣、場面に出てくる人情と哀歓が伝わってくるほのぼのとした後味を持たせる。そんな作品に仕上がっている。庶民の喜怒哀楽の一局面が坦々と描き出されて行くという印象を強く持った。
 もう一つ、おもしろいと思ったのは、主人公が慶次郎であるとは言いながら、一つずつのエピソードでは必ずしも慶次郎がストレートには出てこないものもあるという点である。慶次郎はどこか背景の中に存在するだけに近いというものもある。どこかで慶次郎の過去と繋がりがあったという感じで、ほんの少し顔を出すというもの。こういう描き方のシリーズものは初めて読むので、新鮮でもあった。

 さて、本書には慶次郎がなにがしか関わる人情8話が収録されている。
  流れるままに/ 福笑い/ 凧/ 濁りなく/ 春火鉢/ いっしょけんめい
  白雨 /夢と思えど
である。簡単にご紹介し、読後印象を付記しておこう。

<流れるままに>
 花ごろもの二階の小座敷から廊下に出た慶次郎が隣の座敷の声「好きで下谷の米屋に生まれたわけじゃなし」を耳にする。越後屋という米屋の三男・藤三郎が今は、大野屋という質屋の入り婿である。質屋の娘・おせいに見初められ、たっての申し出で入り婿になっただけ。そこに越後屋で以前女中をしていたおまきが関わって来る。おまきには盗み癖があり、慶次郎が同心時代にこの藤三郎を介して越後屋の相談を受けたことがあるのだ。慶次郎は、昔それを穏便に処理してやっていた。そのおまきが、質屋の仕事に深く入り込んでいけず、おせいとの関係も深まらない藤三郎の心の隙間に、入り込んでくる。藤三郎は慶次郎に相談を持ちかける。不甲斐ないと思う反面、中ぶらりんな男の哀歓に同情する心の生まれる小品でもある。

<福笑い>
 働きがにぶく、女中奉公をしてもすぐ暇を出され、おふくは請宿に居つく。そんなおふくに何かと金の無心する伊代吉。二人が所帯を持つことに対する二人の思いのすれ違い。そのおふくが、蕎麦屋で伊代吉の財布からいくらかの銭をつかみだし、蕎麦屋の女房に泥棒と間違えられるということになっていく。

以下続けて簡略に・・・・
<凧>
 おみつが江戸に戻り深川でお六と名乗り桔梗屋(遊女屋)の女将となり、養女を探す。おみねが養女になる話が進むが、おみねについている悪い虫・連吉が問題となる話。

<濁りなく>
 神田多町の乾物問屋、三島屋の後家・お玻磨が、本石町の蠟(ろう)問屋、伊勢屋の若隠居と称する兵五郎に干椎茸への投資話で騙されるが、これには二重の騙しの企みがあるという小品。慶次郎が一肌ぬぐ。

<春火鉢>
 定町廻り同心・島中健吾が係わったエピソード二話が語られる。健吾が間に入ってやったある料理屋の嫁・姑の仲直りが、春に火鉢を出して搗きたての餅を届けられ、健吾の家族が、餅を楽しむいい話と、夫婦別れしたおさわと梅吉に健吾が係わったときの話。夫婦は刃傷沙汰を起こすまでになる。「女の気持はわからねえな」のオチがつく。

<いっしょうけんめい>
 病身のおゆうとその娘おりよの話。おりよは大造という不器用でろくでなしの亭主との間におはなという娘を設ける。留守番と家事を大造が、縄暖簾でおりよが一所懸命はたらくという家族。一人暮らしを続ける病気がちの母おゆうが、おりよには負担となる。二人のやり取りから、おゆうは隅田川で死のうとする。慶次郎がそれに出くわす。
 どこにでも有りそうな親子の感情のもつれ・・・孫はかわいい。心のささえに。

<白雨>
 夕立で軒を借るだけのつもりの宗右衛門が佐七に声をかけられて、山口屋の寮に入り、佐七としばらく話をするひとときをもつ。身寄りのないもの同士、話がはずみ、佐七は宗右衛門に親しみを感じる。雨がおやみとなり、宗右衛門が帰ろうとして履いた雪駄の鼻緒が切れる。佐七は桐の下駄を履いて行くようにと取り出してくる。
 よろず屋で雨宿りをして、帰ってきた慶次郎が入口で宗右衛門と出会う。宗右衛門の過去が明らかになり始める。一方、これから宗右衛門との交流が深まりそうな佐七の期待は叶わぬものになっていく。
 本書のタイトルになった小品だけあって、読ませどころがある。

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ちょっと調べてみたい語句をネット検索してみた。わずかだが、一覧にしておきたい。

定町廻り 世界大百科事典内の定町廻の言及 :「コトバンク」
三廻 :ウィキペディア
同心 :「大江戸絵巻」

銀杏髷 :ウィキペディア

雪駄 :ウィキペディア
草履 :ウィキペディア

江戸時代、深川の町へ :「深川江戸資料館」
江戸の範囲~天下の大江戸、八百八町というけれど :「東京都公文書館」



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