遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『スノーデン 独白 消せない記録』 エドワード・スノーデン  河出書房新社

2020-08-23 11:06:07 | レビュー
 エドワード・スノーデンが遂に原題『PERMANENT RECORD』という回想録を出版した。直訳すれば永久の記録、つまり『消せない記録』である。2019年11月刊行。
 スノーデンは2013年にアメリカ国家安全保障局(NSA)が「大量監視システム」を開発配備し情報収集しているという事実について、コンタクトを取ったジャーナリストによる報道を経由して暴露した。その大量監視の中には、アメリカ憲法が保障する一般市民のプライバシーを侵害しないという権利をNSAが公然と侵害し、一般市民の電話やネット上などでの活動を情報収集し保存記録するという行為をもその対象に含んでいるという告発である。
 本書はスノーデンがアメリカ諜報業界(IC)で業務に従事し、結果的に上記の告発に到るまでの己の半生を回想し「独白」したものである。

 スノーデンのこれまでの半生を手軽に知るには、ウィキペディアの「エドワード・ジョセフ・スノーデン」を読むとよい。本書はその概略の元となる背景について、彼の半生を彼自身が具体的に語ってくれたということになる。
 その半生についてスノーデン流の要約が「第25章少年」の冒頭に次のように記されている。
「今になって振り返ると、自分がどれほどの高みにまで到達したかが痛感される。教室で口をきかない生徒だったのが、新時代の言語の教師となった。慎ましい中産階級のベルトウェイ在住の両親から生まれた子供が、島で暮らして、稼ぎすぎてお金が無意味になった生活をしている。キャリアについてわずか7年間でローカルのサーバ管理から、世界的に配備されるシステムの考案実装にまで上った-墓場シフトの警備員から、パズルの王宮における鍵マスターに駆け上がったのだ」(p308)と。
 本書は三部構成の形で、スノーデンがこの半生の要約をかなり詳細に語り、結果として告発に行き着いた経緯をここに「独白」しているのだ。

 第Ⅰ部は、スノーデンは奇しくも一般向けインターネットがスタートした1983年に生まれたと言う。ここでは彼がCIAとNSAの職員になるために求められるTS/SCIの資格を取得するとともに、セキュリティクリアランスに合格した22歳までを語る。
 彼の家族関係と生育歴、どういう風にコンピュータとの関わりを深めたかが明らかになる。コンピュータを中心に少年時代の生活が回っていた状況が語られていておもしろい。アメリカンオンラインがスノーデンにとってコンピュータの知識・技術を培う場になったという。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が、スノーデンにとって人生の転機となる。彼は陸軍に志願した。入隊後の3週目か4週目の完全装備による地形踏破訓練中、方向チェックの為に上った木から飛び降りた際に怪我をする。左右脛骨骨折だった。これが原因で「事務的離脱」を選択し、除隊。再び得意とするコンピュータの世界に踏み入ることになる。オンラインを介して、22歳のときに、19歳のリンジーというガールフレンドとの出会いがあったと語る。その恋人との付き合いはオンラインからオフラインに発展する。

 第Ⅱ部は、セキュリティクリアランスに合格し、スノーデンがコンピュータシステムの技術者として、アメリカ諜報業界(IC)でキャリアを重ねて行く経緯を語る。
 スノーデンは22歳時点での政治信条から語り始める。「まったく何の信条もなかったのだ。むしろ、ほとんどの若者と同じく、確固たる思いこみはあったけれど、それは実は本当は自分自身のものではなく。他人から受けついだ原理の矛盾する塊でしかなかった。ただ自分でそれを認めるのを拒否していただけだ」(p119)と。
 スノーデンは、メリーランド州の職員として、メリーランド大学のCASL(先端言語学習センター)で働くことから始めたという。その後、コムソ社からの派遣要員という形で、CIAで働くことになる。CIAでの最初のインドクトリネーション(教化)のセッション受講とヴァージニア州のウォーレントン研修センターでの研修中に起こった事件を語っている。これがまず興味深く、おもしろい。
 彼の回想からは、大半の期間は民間会社からの契約要員派遣という形で、CIAとNSAを職場として渡り歩いていたことがわかる。
 研修終了後、スノーデンの最初の勤務地はジュネーブだと言う。そして東京(2009年~)に駐在し、古巣のCIA(2011~)に。CIAに戻ってから、スノーデンはてんかん症を発症した経緯を語っている。彼の母もてんかん症が持病だったそうだ。
 第Ⅱ部では各地でのICの実情と、彼自身の体験としてのおもしろいエピソードを語っている。

 東京では横田空軍基地内にあるNSAの太平洋技術センター(PTC)にて、形はベロー・システムズ社の従業員として勤務。公式の肩書きはシステムアナリスト。彼はPTCの役割と彼の役割を語る。東京で、PTCが中国に関する会議を開催した。この時、技術説明者が土壇場で出席できなくなり、スノーデンが代理の発表者となったそうだ。そこで急遽、中国諜報機関がICをどのように標的にしているか。オンラインで何をしているかの極秘報告などを調べる羽目になったという。スノーデンにとってはこの時の経験により、彼が後に発想を逆転しアメリカ自身の諜報行動について考えていく契機になったそうだ。
 この第Ⅱ部でおもしろいと思ったのは、「アメリカの諜報活動は、公僕と同じくらい、民間の従業員がやっているのだ」(p137)という点であり、現在は「ホモ・コントラクタス」の思考が支配しているという点である。

 第Ⅲ部は、スノーデンがリンジーとともにハワイに移り住み、彼が「ザ・トンネル」と称されるNSA施設に勤務するところから、ロシアに一時亡命することになった現状までの経緯を語る。2013年の告発に関連していえば、この第Ⅲ部はその背景全体をスノーデンが回想するセクションである。読み応えがある回想録にまとまっている。
 冒頭近くの引用文で、「島で暮らして」と簡略に記すのは、てんかん症を発症したスノーデンが、いわば転地療法を兼ねてハワイに移り住み、生活を「やり直すためにきたのだ」という意識がもともとだったそうだ。つまり、告発行為というのはその時点で念頭にはなかったのだ。
 なのになぜ告発という行為への意志を固め、入念にそのための準備を進め、病気だと偽って届け出を出し、リンジーにも何も語らずアメリカを出国して香港に行き、そこで告発するという行動に出たのか。その読ませどころがこの第Ⅲ部である。この先は本書をお読み戴きたい。

 スノーデンの考え方を表明している個所をいくつか抽出し引用してみよう。
*アメリカのICは、この企業(付記:三頭帝国企業、つまりグーグル社、フェイスブック社、アマゾン社)のネットワークへのアクセスを手に入れることで、この事実を活用しようとしていた。  p226
*アメリカの基盤となる各種の法律は、法執行の仕事を簡単にするためでなく、むずかしくするために存在する。これはバグではない。民主主義の鍵となる特徴なのだ。アメリカのシステムでは法執行(警察)は市民をお互いから守るものとされている。そして法廷は、その権力が濫用されるのを抑制し、・・・・・・こうした抑制の最も重要なものは、法執行が一般市民に対し、その所有地内で令状なく監視盗聴を行ってはいけないという禁止だ。令状なく個人の記録を押収してはいけないのだ。でもアメリカの公共財産、つまりはアメリカの街路や歩道の大半を含む場所での監視を抑制する法律はほとんどない。 p226-227
*AIを備えた監視カメラは、ただの記録装置にとどまらない。自動化された警官に近いものとなる。・・・・2011年ですら、これが技術の向かう先なのだというのは明らかに思えた。そしてそれをめぐる本質的な公開議論はまったくない。 p227
*アメリカ国土での最大のテロ攻撃は、デジタル技術の発達と並行して生じたし、そのデジタル技術は、地球の大半をアメリカの国土にしてしまうものだった-望もうと望むまいと。 p235
*恐怖こそが真のテロリズムで、それが武力の使用を正当化するものであれば、ほぼどんな口実だろうと利用したがる政治システムに利用されたのだった。 p235
*専制主義国家では、権利は国家から生じて人々に許されるものだ。自由国家では、権利は人々から生じ、国家に与えられるものだ。 p238
*ぼくはいまでも、民主主義こそが、背景のちがう人々が共存し、法の前の平等となるのを最も十分に可能とするような唯一の統治形態だと思っている。
 この平等性は、権利だけではなく自由も含む。実際、民主国の市民が最もありがたがる権利の多くは、法に明記されているわけではなく、暗黙のうちに決まっているだけだ。それは、政府権力の制限を生じた、オープンエンドの虚空に存在するだけだ。たとえばアメリカ人が言論の自由の「権利」を持つのは、政府がそうした自由を制約する法律を一切作ってはならないとされているからだ。 p239
*現代生活には、こうした政府の入り込めない負の空間、あるいは可能性の空間すべてを包含する単一の概念がある。その概念が「プライバシー」だ。 p239
*自分のプライバシーを主張しないということは、それを譲り渡すということだ-憲法的な制約を侵犯している国家に対してか、あるいは「民間」企業に対して。 p239
*僕の定義だと「内部告発者/ホイッスルブロワー」は、つらい体験を通じてある組織内部での暮らしがその外側にある社会全体の発達させた-そして自分が忠誠を誓った-原理とは相容れなくなったと結論した人物のことだ。その組織は、社会に説明責任を負っている。この人物は、自分がその組織の内側にはいられないことを知っており、組織が解体することも、されることもないと知っている。だが組織改革は可能かもしれないので、彼らは霧笛を鳴らし、情報を開示して世間の圧力がかかるようにする。  p270-271

 第Ⅲ部の最後の段階で、スノーデンは現在の亡命先のロシアに居住し、今何をしているかについて語っている。そして、リンジーのことにも触れている。
 このあたりの情報は現時点でチェックすると、まだウィキペディアには要約収録されていない。最新のスノーデンの活動状況について本書から知ることができる。本書を開いてご確認いただくとよい。

 ご一読ありがとうございます。
 

著者に関連して、ネット情報を検索してみた。一覧にしておきたい。
エドワード・ジョセフ・スノーデン  :ウィキペディア
Edward Snowden  From Wikipedia, the free encyclopedia
デジタル監視と人権?エドワード・スノーデン氏インタビュー  :YouTube
監視技術、米が日本に供与 スノーデン元職員が単独会見   :YouTube
エドワード・スノーデン インターネットを取り戻すために :YouTube
スノーデンが暴露した「大量監視システム」の罠  :「東洋経済ONLINE」
PRISM (監視プログラム)  :ウィキペディア
PRISM (surveillance program) From Wikipedia, the free encyclopedia
スノーデン氏が「報道の自由財団」理事に 2014.1.15 :「LINE NEWS」
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米NPO「報道の自由財団」が仮想通貨による寄付受け付け開始 ビットコインやイーサリアムなど5種類  2018.6.20    :「COINTELEGRAPH コインテレグラフジャパン」

スノーデンの警告「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」 小笠原みどり
                         :「現代ビジネス 講談社」
日本に情報監視システムを提供したというスノーデン発言に関する質問主意書
                      質問本文情報  :「衆議院」
アメリカ国家安全保障局は情報監視システムを利用して大統領の意思決定まで左右する!? AI兵器にも転用される監視システムの脅威!身近にあった監視網、羽田空港に導入された顔認証システム 2019.8.20  :「IWJ」

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