遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ヒトイチ 内部告発 警視庁人事一課監察係』 濱 嘉之  講談社文庫

2022-02-25 10:31:57 | レビュー
 ヒトイチ・シリーズの第3弾。文庫書き下ろしとして2016年5月に刊行された。
 今回も短編連作集として3つのストーリーが収録されている。章毎に読後印象を交えてご紹介したい。

<第1章 身代わり出頭>
 西早稲田の横断歩道でひき逃げ事故が発生した。被害者は横断歩道から3mほど飛ばされた。被害者は早稲田大学の学生坂本亜希子。彼女は下村巡査部長に、ボルボの白いワゴン車で、品川ナンバー、番号の最後が7だったと告げた。白色ボルボについての該当照会が本部に出された。戸塚署に戻った交通捜査係長の光野は、伝言があったことを聞き、本部の総務部情報管理課平尾管理官に電話をする。所有者に該当する可能性の中に、時枝雄一郎交通部長の名前が出て来たことを知らされる。
 防犯カメラの画像解析から、白色ボルボの完全登録ナンバーが判明し、所有者が時枝雄一郎と確定された。さらに、人身事故当日のある時点において運転者は総務部企画課勤務の時枝公一警部補とわかる。一挙に人身事故に複雑な要因、警察組織内部の問題に絡むという局面が絡んでくる。
 そんな矢先、事故から2時間後位に、野々村明美と名乗る女が早稲田の裏の道で人身事故を起こしたかもしれないと出頭して来た。野々村は車を時枝さんから借りていたと言う。光野は時枝の携帯電話に確認連絡を取る。時枝公一は3時間ほど前に、池袋の大ガードをくぐったところで単独の物件事故を起こした。現場を地域課のPCに確認してもらい、物件報告書を作成してもらったあと、以前からつきあいのある自動車修理業者に修理に出したと答えた。これは証拠隠蔽工作か・・・・。
 交通捜査課理事官の堂島が、ヒトイチの榎本に連絡を入れた。交通人身事故の事情が複雑になってきていて、交通捜査課だけでは持て余していると言う。ヒトイチの立場からの捜査が併行して始まって行く。
 野々村明美の自宅を交通捜査課がガサ入れした結果、人身事故とは別の問題事象が発見される。それが契機となり専門分野の応援を要請する事態に進展していく。
 このストーリーの興味深いところは、人身事故の発生が契機となり、その背後に潜んでいた別の闇の世界が暴かれていくという展開にある。そこに警察組織内部の問題が絡んでいく意外性がおもしろい。

<第2章 公安の裏金>
 新任の公総課長安森真人は公安部の予算資料を入手し、かつ公安総務課内の予算分配を確認するという行動をとる。調査第7係の山下警部に突出した予算が付いていることに興味を示す。そして、山下と面談する。山下は安森の履歴等は既に熟知していた。山下は部下の若松に、安森の年次のキャリアは全滅、唯一絶妙な立ち位置で首を繋いでいるのが安森新公総課長だと辛辣な評価を語っていた。
 榎本は、奥瀬主席監察官に呼び出された。奥瀬が安森公総課長に呼び出され山下の行確を命じられたと聞かされる。山下の不透明な金の使用を調べて欲しいとのこと。榎本は山下の行確をする立場に立たされる。榎本は友人を追うのは嫌なものと奥瀬に語るが、榎本に指示するのは兼光人事一課長の判断でもあると告げられた。榎本は独自の考えとして、泉澤班のうちの3人を使い、安森の庁外の動きを秘匿で行確するように指示した。
 安森は公安総務課が北海道内に持つ拠点の現地視察をするという行動を皮切りに、特異な動きを始める。公安の裏金に目をつけた安森が墓穴を掘っていくプロセスが描かれていく。
 兼光人事一課長の視点が重要な要になっている。その視点に榎本の考えと行動がシンクロナイズしているところが監察の行動として大きな推進力になっているように思う。
 警察組織内での人脈、公安の予算の実態という側面と絡めた形でなかなかおもしろいストーリーになっている。

<第3章 告発の行方>
 本書のタイトル「内部告発」は、この短編に由来する。
 「職員相談110番」、またの名は掛け込み寺。ここに、小笠原署刑事課刑事係長の池橋陽一が電話を入れた。「実は、私の部下の主任が署長から猛烈なパワハラのような扱いを受けておりまして、その対処方法についてご相談したいのですが」この一報がトリガーとなる。この時、電話をとったのはこの春に着任したばかりの田川主査である。
 田川は池橋からの告発を榎本に相談に来た。小松署長がパワハラをしているとの内容を伝える。併せて、第一方面本部長の柳下管理官に相談をしたとも告げる。即座に、榎本は所轄のパワハラ問題をなぜ方面本部に連絡する必要があるのかと質問を返した。人頼みの田川の姿勢がこの内部告発を適切に問題解決する方向にではなく、一層騒動を拡大していく結果になる。
 小松署長のパワハラ問題には、小松の過去に関係した事件に遠因があった。小松の人事処遇において不適切な人事異動が要因になっているという警察組織内の問題も絡んでもいた。
 警察組織における警察官の実績と能力評価に絡む人事処遇のあり方に焦点を当てている。榎本の視点から見た人事処遇における問題指摘を加えつつ、パワハラ問題の事例を具体的に描き出すとともに、内部告発に対する対処方法の重要性に光りを当てている。この短編はその失敗事例というストーリーである。
 この短編集も警察組織がもつ幾つもの問題点を指摘をしている。監察係を警察官から忌み嫌われるゲシュタポ的組織として組み込み描く警察小説とは一味ちがうスタンスでのストーリー展開がこのシリーズの強みだと思う。

 ご一読ありがとうございます。

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