遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『考古学が解き明かす古代史 日本の始まりに迫る』 古庄浩明  朝日新聞出版

2013-04-18 11:52:14 | レビュー
 古代史にはロマンがある。各地での発掘調査の新発見が時々新聞報道される。掲載に気づいたとき記事を読み、ひととき想いを馳せるだけで断片的な点的情報の読みきりに終わっていた。近年史跡・遺跡巡りの講座や企画に参加し始めて、古代史との関わりが広がり俄然興味が湧いてきている。古代史の全体像をつかんでおくことから初めて見たい。そこで、本書が目にとまった。「おとなの学びなおし!」という表紙に書き込まれた一文も、手に取ってみたきっかけになった。

 古代史は発掘調査が進展するに従い事実解釈が変化していく。最新の発掘調査の状況と現時点での考古学の動向を踏まえた本を読むのが適切だろう。本書は2012年福岡県太宰府市・国分松本遺跡出土の「嶋評」木簡の発見まで言及しており、直近の発掘調査結果にまで目配りしている。古代史通覧の入門書として有益だった。
 表紙に、「すらすら読める!」という文言が記されているが、読後感としてはほぼその通りである。この種の本としては読みやすいように感じた。大・中の見出しに使用されているフォントがちょっと変わっていて、読み慣れない言葉の沢山出てくる古代史記述の雰囲気を和らげている。おもしろい工夫だ。気楽に読んでね、という感じを出そうとしているように感じた。
 各章に、いくつもコラム記事がある。そのテーマが初心者の関心をまず惹き付けそうなものなので、読み進めるうえでの気分転換にもなる。そのタイトルをご紹介しておこう。科学的な年代測定法/「金印」の意味/天皇と九州を結ぶ神武東征神話/騎馬民族/『記紀』の世界/藤ノ木古墳/古代史解明に重要な難波宮の発掘/山田寺のその後と発掘調査/高松塚古墳とキトラ古墳。
 私が特に印象深いのはコラム「騎馬民族説」だった。文化人類学者の江上波夫氏が提唱したこの説はつとに有名だ。著者は、「騎馬民族説の魅力は、日本が異民族に征服されていたという新鮮な視点と、東アジアのダイナミズムの中での日本の建国を思考しようとしたことにあります」と評価しているが、「考古学の知見からは、九州には騎馬民族に支配された証拠がないこと」を初め、いくつか理由を挙げて、「軍事的な王権の交代が行われた可能性は指摘できるものの、前代以来の体制下での変革と捉える方がよいようです」とバッサリ論じている点だ。古代史へのロマンと実証的事実認識からの論理の相克の一端をここに感じた。
 もう一点。『記紀』が「六世紀以降、朝廷が天皇家の正統性を理論付けるために意図的に体系化し、編纂したもの」だから、「その内容を安易に利用すると危険であることを、神話的歴史観を精神的柱として世界大戦を遂行した私たちは、肝に銘じなければなりません」と記されていること。裏返せば、いまだに安易に利用する動きもあるということなのだろうか。『記紀』に十分な検証と考察が必要であるとする点である。
 コラムの見出しは明確にわかるのだが、本文にすっぽり入った形になっている点、少しまぎらわしい。勿論、読み進めれば問題ないが、このあたり、フォント、文字サイズその他様式の工夫で識別しやすくした方が良かったのではないかと感じた。

 最初に、本書に関わる時代範囲の年表が載っていて、その後が3章構成になっている。 第1章 クニのはじまり
 第2章 前方後円墳体制の確立と変遷
 第3章 古代国家の成立と「日本」      である。

 古代史初心者としては、各章からこんなことを学ぶことができる。
第1章から
・「クニ」と「国」の表記の区分
・ジャポニカ米の起源と稲の道・5つの説及び農耕の東遷
・古代史における年代分析方法と実例
・銅鐸・銅剣・銅矛などの青銅器の形態と分布圏、そして記紀神話との関係
・弥生社会の生活形態と社会構造   など。
第2章から
・古墳の形態の変遷と古墳のもつ意味
・前方後円墳体制-その出現、発展、衰退の経緯とヤマト政権の変遷
・倭と朝鮮半島の関わりの深さ
おもしろいと思ったのは、『日本書紀』にある埴輪起源の記述(垂仁32年の条:考古学視点では説話)と埴輪の起源の考古学的実証(「古墳時代に殉死の習慣はなく、埴輪の起源は特殊器台と特殊壺である」p126)が相違すること。それと伊弉諾が黄泉の国を往還する神話が、古墳の横穴式石室の内部に似ているという説明である。
第3章から
・古代国家の成立プロセス
・飛鳥文化とその国際的、政治的、社会的背景
・大化の改新から壬申の乱への推移

 本書で、特に関心を抱いた箇所をいくつか要約しておきたい。
*著者は邪馬台国論争の論点を概説したうえで、
「わたしは、大塚という名称ですし、中山大塚古墳が卑弥呼の墓ではないかと考えています」(p76)と論じている点。
*古墳時代の文化は弥生時代からの継続が多い。先進文化は九州を通して大陸から輸入され、九州を無視した国造りはできないはず。一方、「考古資料ではヤマト政権につながる勢力が九州から畿内へ東征した証拠は見あたりません」(p90)と記す。
*天下平定、税制の確立、祭祀権の一元化という『記紀』の記載は国家の基礎を確立していった古墳時代前期のヤマト政権の状況を後世にアレンジしたものだろうと記す。p104
*軍事政権としての河内政権は政教分離することによって本拠を河内に移せた。 p113

 最後に、著者の説く、「日本海文化ハイウエイ」という物流ネットワークの考え方も興味深いと思う。

ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

本書を読みながら、出てくる語句及びその関連について、並行してネット検索してみた。
併用すると、読むのが一層楽しくなる。検索リストをまとめておきたい。

福岡県・板付遺跡 :「邪馬台国大研究」
夜臼式土器   :「コトバンク」
山ノ寺式土器 ← 弥生時代の開始年代 :「国立歴史民俗博物館」
突帯文土器と支石墓 伊東義彰氏 :「古田史学会報」
稲の源流 ← 縄文イネの品種は :「日本人の起源」
松菊里文化、松菊里式住居 ← 扶余松菊里遺跡
鉄斧 ← 鋳造鉄斧から見た弥生時代の実年代 :「松澤芳宏の古代中世史と郷土史」
島根県・荒神谷遺跡  :「荒神谷博物館」
島根県・加茂岩倉遺跡 :ウィキペディア
島根県立古代出雲歴史博物館 ホームページ
滋賀県・大岩山遺跡 → 大岩山古墳群
大岩山銅鐸と滋賀県出土銅鐸・小銅鐸 :「野洲市」
銅鐸  :ウィキペディア
銅剣  :ウィキペディア
銅矛  :ウィキペディア
金印 → 漢委奴国王印 :ウィキペディア
三角縁神獣鏡  :ウィキペディア
内行花文鏡 → 大型内行花文鏡 :ウィキペディア
伊都国歴史博物館 :「糸島市」
環濠集落 :ウィキペディア
 稗田環濠及び集落 :「大和郡山市」
 弥生社会における環濠集落の成立と展開  藤原哲氏
福岡県・江辻遺跡群 :「福岡県粕屋町」
佐賀県・吉野ヶ里遺跡 :ウィキペディア
愛知県・朝日遺跡 → 朝日遺跡インターネット博物館 :「愛知県教育委員会」
古墳  :ウィキペディア
 前方後円墳 :ウィキペディア
 前方後方墳 :ウィキペディア
奈良県・中山大塚古墳 :ウィキペディア
奈良県・纒向遺跡 :ウィキペディア
 纒向古墳群 :ウィキペディア
奈良県・箸墓古墳 :ウィキペディア
奈良県・藤の木古墳  :ウィキペディア
奈良県・キトラ古墳  :ウィキペディア
飛鳥文化  :ウィキペディア
埴輪  :ウィキペディア
 高槻市はにわ工場公園総合案内 ホームページ
河内政権 → 河内政権肯定論 :「豊中歴史同好会」
難波宮 :ウィキペディア
物部氏 :ウィキペディア
蘇我氏 :ウィキペディア
中臣氏 ← 中臣氏・大中臣氏考(含:卜部氏) :「おとくに」
推古天皇  歴代天皇事典 :「weblio辞書」
聖徳太子 :ウィキペディア
大化の改新 :ウィキペディア
 大化改新 隠された真相 :「NHK」
白村江の戦い  :ウィキペディア
壬申の乱  :ウィキペディア
天智天皇  歴代天皇事典 :「weblio辞書」
斎明天皇 → 皇極天皇 :ウィキペディア
天武天皇  歴代天皇事典 :「weblio辞書」
持統天皇  歴代天皇事典 :「weblio辞書」
文武天皇  歴代天皇事典 :「weblio辞書」
藤原京  :ウィキペディア
平城京  :ウィキペディア
 特別史跡平城宮跡 
平城京歴史館 ホームページ
飛鳥資料館 ホームページ
奈良文化文化財研究所 ホームページ
奈良県立橿原考古学研究所 ホームページ

 インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)



最新の画像もっと見る

コメントを投稿