遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『KID キッド』  相場英雄  幻冬舎

2019-10-01 22:28:04 | レビュー
 KID(キッド)とは、このストーリーの主人公城戸護のことである。城戸は元自衛官。ある理由で除隊し、傭兵稼業に転じた際に上官が<KIDO>という名札をみて、<KID>と呼び始めた。ニックネームはここに由来する。その後城戸は傭兵稼業を辞めて、香港に定住し中古カメラ店を営みながら、香港の写真を撮るという生活に転じた。だが、傭兵時代の仲間からの紹介というごく限られたケースで、ボディーガードという裏の仕事を引き受けている。このストーリーは裏の仕事を引き受けたことから起こる事件である。

 プロローグは、北緯24度、東経125度に位置する細長い島での戦闘シーンから始まる。不審船の接近で、急遽出動命令が出された。揚陸と制圧作戦に長け、特別な訓練を受けた兵士たち12名が上陸してきて、戦闘状態になった。偵察にでた自衛隊員2名、スパローとターンが眉間を撃ち抜かれて死亡した。隊長のファルコンは速やかな防衛出動を要請した。「このままだと敵に西日本全域の制空権を奪われます!」と叫ぶ。
 プロローグはこの異様な状況から始まる。この戦闘シーンがどう展開するのか、と思いきや舞台は香港に飛ぶ。屋台で食事をしている城戸にアグネスから手渡しメモのメッセージがホイという少年により届けられたのだ。城戸がボディーガードの裏仕事を引き受ける始まりとなって行く。

 城戸は、工作機械部品を専門に扱う中堅商社の専務だという王作民にボディーガードを依頼される。王は中国人だが、上海の大学を出たあと、イギリスの名門大学で経営学を学んだと言う。50歳前後で、目を閉じて会話をすればイギリス人に間違えるかもしれないと城戸は感じた。城戸の元上司アレックスの紹介だった。王は、2週間後に日本へ3日間ほど行き、福岡で開催される精密工作機械の見本市に立ち寄る予定だと言う。その期間のボディーガードの依頼だった。
 なぜ? と感じる城戸に王は言う。王の会社の社長が上海とその周辺地域の黒社会の浄化撲滅運動に協力したことにより、黒社会の筋の人間に恨みを買っている。上海では安全だが、海外では脅されたり乱暴を受けることにつながるかも知れないからだと言う。理由を聞いた城戸はこのボディーガードを引き受ける。そして、ストーリーは日本国内が舞台となっていく。

 福岡国際空港に到着した後、王に突撃インタビュー取材として週刊誌の女性記者大畑が飛び出してくる。城戸は難なくそれを制したが、雲行きが徐々に妖しくなっていく。空港で王が諜報関係者に監視されていることと、刑事風の男たちが居ることに城戸は気づいていた。
 国際見本市を訪れた後、王は東証一部上場の精密機械メーカーの幹部と西中州の高級割烹の個室での食事の席につく。そしてこの店を王が出ようとする時点から、話は急速に思わぬ方向に転じていく。まず、週刊新時代と名乗り、大畑記者が突撃取材を再度試みてくる。カメラマンの清家は城戸という名前を知っていた。そこに、警視庁捜査一課の刑事が出現し、王に任意同行を求めて来たのだ。城戸は王が任意同行に応じる気はないと阻止する。勿論、城戸は刑事に公務執行妨害を言わせない対応をする。一方、警視庁公安部外事二課は終始監視活動を続けている。この辺りの描写がまずおもしろい。城戸が捜査一課の刑事を巧みに排除すると、今度は公安捜査員が銃を構えて、王を保護しろとの命令を受けたと近づいてくる。城戸は中国領事館にスマホをタップして電話をした。すると、王が予想外の行動に出る。指輪に隠し持っていた薬物を飲み込むという挙に出たのだ。
 王は病院に緊急入院させられる。命は取り留めた。だが、後にその病室に城戸が忍び込んで王と会話を試みる。王は城戸の掌に指先で「BAIT」と綴った。その直後、もう一人の侵入者が現れた。何と秘書の陳だった。彼は王を射殺し己も銃で自死する。凄惨な病室に一転する。

 城戸は王のボディーガードを引き受け、そのクライアントが射殺されてしまう羽目になった。なぜか、だれがどう関係しているのか? その真相を究明しなければ、城戸のボディーガードとしての信用は地に堕ちてしまう。王が殺された原因は何か? 城戸はおのれの存在をかけてその真相究明の行動に乗りだす。このストーリー、そのプロセスで城戸自身が王とは直接関係のない事象の繋がりから命を狙われるという問題が絡んでいく。この絡ませ方が実に巧みである。

 このストーリーの構想の複雑で面白いところは、殺された王が影の主人公的な位置づけになっていることである。王を軸に様々な事態が展開していく。
 週刊新時代の大畑記者は、中国と太いパイプを持つという機械専門商社の営業マン、栗澤幸一という情報源を持ち、北朝鮮絡みのネタを入手してスクープを取っている。その栗澤が、王作民が福岡で開催される見本市に来日すること、そして彼には北朝鮮と連携する中国共産党の別働隊だという噂があることというネタを大畑に告げたのだ。大畑はカメラマンの清家と組んで、王作民へのインタビューを試みようとする。そこから、大畑はストーリーに深く絡んでいく。取材の途中で清家は過去の取材で自衛隊時代の城戸のことを思い出す。
 警視庁捜査一課は、東京都内の第二地方銀行・暁銀行錦糸町支店の副支店長が路地裏で刺殺された事件が発生し、それを捜査していた。副支店長は怪しい口座を洗い出していて、本店と金融庁に報告しようとしていた直前に殺された。怪しい口座の一つに王の関連口座があったことが判明した。捜査一課はこの件に絡んで王の任意同行を求め、究明しようとする。実行犯とみられる被疑者と王の関係、王の関与を調べようとしていた。
 警視庁公安部は、王が北朝鮮への国連決議違反を疑われている中国商社の幹部であり、そのバックには中国政府が控えているものと想定していた。外事二課が王をマークしている。王が接触する人物を探ることで、さらに広範で詳細な情報を入手しようとしていたのだ。王を監視する指揮官は公安総務課長の補佐役・志水達也である。その志水を補佐する部下は樽見浩一郎警部補。志水と樽見は、監視カメラを含めた電子機器と巨大な規模の監視システム、および監視スタッフを総動員して、東京で情報収集・分析を行い、現地に指示を発していく。
 だが、そこに総括審議官の高村泰警視監が横槍を入れてくる。彼は近い将来警察庁長官か警視総監就任が確実視されている人物。長期間総理官邸で阪義家官房長官秘書官を務めた経験があり、政治家とも緊密なのだ。高村は、福岡で入国した王を行確し、結果次第で王の身柄を取ることを捜査一課で進めているので、外事二課は一切手出し無用と高飛車に告げて来た。刑事畑を歩み、公安の経歴を持たない総括審議官なのだ。
 刑事部と公安部は水と油の関係でもある。志水は高村の介入に不審を抱き、高村の身辺を調査することをも指示する。なぜ副支店長殺害事件にこれほど関心を示しているのかに疑問を抱いたのである。

 新聞記者、刑事警察と公安警察という三つ巴のストーリーが織り交ぜられ展開していく。この絡み合い自体がまずおもしろい。

 さらに、志水を筆頭とする公安部の調査で、城戸の素性が徐々に明らかにされていくという興味深さが加わる。それがストーリーの進展と呼応する。

 その城戸は王が殺害された病室に居たことから、刑事に追われる身となる。一方、監視システムを駆使し、データ情報を分析する公安は、王殺害に城戸は関与していないと分析した上で、城戸から情報収集をするべく、城戸を第一の監視対象に切り替えていく。興味深いのは、公安部が駆使する巨大規模の監視システム・監視網の状況が描き出されていくプロセスである。フィクションだが、<Dragnet>という日本中の通信情報を捕捉するシステムを登場させてくる。現実の公安警察の監視体制をシュミレーションしているものと考えると、電子監視システム社会の実態が浮き彫りにされているとみることもできる。今や個人情報を建前として云々する背後で、データ収集・集積でいつでも個人を丸裸にする状況にきているのか・・・・という怖さが伝わってくる。
 城戸が己の身を隠しながら、真相解明に立ち向かうためにどういう防御策をとっていくかが、これまたおもしろい。そのやり方には一切触れずにおこう。巨大監視情報網を如何にかいくぐっていくか。そこにある意味で読者は痛快さすら感じることだろう。

 城戸は大畑記者と組むという選択肢をとることになっていく。カメラマンの清家がそのサポート役という役回りになって活躍する。
 城戸はまた、幼馴染みとコンタクトをとり、その協力を有効に己の武器としていく。
 城戸と関わりのある人間との関係が城戸を知る上での読ませどころとなる。

 城戸の真相究明行動は、城戸が自衛隊を除隊する直前の上官で今は退役した人物と面談して話を聞きたいという方向へと進展していく。だが面談を試みる直前にその上司が射殺されるという意外な展開となる。城戸の元上官を殺害したのは、城戸自身を殺すということを己の目的にしている男でもあった。城戸の行動は現役の政治家を問い詰めるという方向に向かう。

 王が城戸の掌に指で書いたBAITという4文字の意味が最後に明らかになる。それは意外な結論でもある。この落とし所がまたおもしろい。

 一気に読ませるおもしろい作品に仕上がっている。この最後の終わり方から推測すると、このKIDの第二弾がいずれ書かれるだろう。未解決にとどまる局面が城戸の前に現れて、残ったのだから。楽しみに待とう。

 ご一読ありがとうございます。


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