遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『原発・放射能 子どもが危ない』 小出裕章・黒部信一  文春新書

2012-05-28 01:02:27 | レビュー
 本書は小出・黒部両氏の共著として出版されている。著者名を表記するときは、さんづけで書かせてもらおう。(その方が、著者との距離感に親しみが増す感じだから・・・)
 「おわりに」を鹿島潤さんが記されており、その下に「(構成)」と書いてある。「おわりに」を読み、小出さん、黒部さんのお二人が様々なところに執筆発表、あるいは講演された記録などから、本書を鹿島さんが構成され、両著者が了解された結果として出版された本のように受け止めた。(間違っているかもしれないが・・・・)

 いずれにしても本書は二人の著者がうまく分担した形で、原発・放射能に対して、なぜ子どもが危ないかを論じた内容になっている。小出さんは、放射線計測・原子力安全という専門の観点から、原発廃止と現下で子どもを守ることの必然性を主張される。一方、黒部さんは、小児科医の観点から、放射能に対する子どもの被害に焦点をあてて基礎知識を説明し、子どもが危ない理由を述べられる。「おわりに」を読むと、黒部さんは病原環境論(適応説)の立場を採られているという。

 なぜ子供たちを守らなければならないのか?
 小出さんは答える。「子どもたちには原子力を許してきた責任がない」からなのだと。(p162)子どもたちは、原発を「選択したのでも、その恩恵にあずかるのでもない人たち」(p163)であり、犠牲をしいられる立場になるからだと述べている。「大人の何倍も放射能に弱く、真っ先に犠牲になる」(p163)存在なのだから。
 小出さんの主張はこの答えに凝縮されているように思う。この主張に賛同する。

 本書で小出さんは、
 第1章 何があっても子供たちを守らなくてはいけない
 第3章 子供たちが置かれた被曝状況
 第6章 弱い人たちを犠牲にする原発というシステム
 第7章 原子力を終わらせるということ
を担当し、その主張を展開されている。私が主要論点と受け止めた箇所を引用しよう。(矢線で付記した箇所は私の感想あるいは付記事項。)詳細は本書を繙いていただきたい。

*大変言いにくいことですが、これから10年後、20年後、福島の子どもたちには、癌が多発する可能性があります。それは、犠牲にならなくてもすんだはずの子どもたちなのです。そして、そのときになって2011年を悔やんでも遅いのです。 p13
 →これこそ、「子どもが危ない」危機感の根っこだと受け止めた。
  「低線量被曝と癌の因果関係を証明することは大変難しい」(p29)という理由も第1章で明確に述べられている。だからこそ、原子力ムラ側が「しきい値」論を表に出してくるのだろう。

*10代半ばくらいまでがもっとも細胞分裂が活発な時期です。つまり、小さい子どもほど、低線量被曝(少ない被曝)での晩発性障害の危険が高いのです。 p24

*今回子どもの尿から検出されたセシウム137には、1kgあたり1Bq以上のサンプルがありました。また、核実験では放出されるはずのないセシウム134が出てきたということは、まさに福島第一原発事故の影響による内部被曝と考えて間違いありません。 p77
 東京の母親の母乳からセシウムが検出されましたが、これはもちろん、東京に住む人でさえ内部被曝しているということです。 p83

*すでに甲状腺に放射性ではないヨウ素が十分にある場合は、身体は「もう足りてるよ」ということで、放射性ヨウ素131が甲状腺に行くことをストップします。だからこそ、事故の直後、放射性ヨウ素131を取り込む前にヨード剤を飲んで、甲状腺にヨウ素を満たしておくことが大切なのです。  p80
 →「原子力発電所のある自治体では、そんなときのために住民用のヨード剤を備蓄していた」(p80)のに、爆発事故直後に使われなかった。ヨード剤を飲むことの意味が、行政の関係者に理解されていたのか、住民にも理解されていたのか。備蓄されていることやその機能、使い方が住民に浸透していたのか。この点が大きな論点にすらなっていないのが現状なのか。

*パニックを避ける唯一の手段は正確な情報を常に公開することだと私は思うのです。 p21
 →これは原発の爆発時点で正確な情報が報道されなかったことに対しての発言である。これが、次の主張にも通底していると思う。

*私がぜひとも行ってほしいと思っているのが、「すべての食べ物の汚染度を正確に表示する」ことなのです。そうすれば、妊婦や授乳期の母親、乳児や子どもにはなるべく汚染されていない食品を食べさせることができるからです。  p84
 
*すべての食品は汚染度を明示して販売すること。生鮮食品はもちろん、加工食品であれば原材料の汚染度、飲食店では食材の汚染度を、消費者が一目でわかるようにする。基準値を上げるのでも下げるのでもなく、汚染度を正確に表示する。これが私の提案です。 p89
 →小出さんは、東京電力こそが、すべての食品の汚染測定をすべきだ(p96)と主張されている。

*放射能は燃やそうが浄化しようが、増えもしないかわりに決して減ることもないのです。燃やせば灰になってゴミの量は減りますが、放射能はそこに、きっちり同じだけ残っているのです。ただ濃度が高くなっただけです。・・・どんなことをしてもなくならないのです。  p74
 →この事実が、子どもに甚大な影響を及ぼすことが、どこまで認識されているのだろうか。

*原子力を推進する政治家や役人、電力会社と巨大企業群の犯罪は許しがたい。なぜならば、原子力、原発というのはあらゆる場において弱い者を犠牲にし、その命、生活、人生すべてを踏みにじるものだからです。  p169

*原発というのは、そこに住む人間の生活や人生、故郷を根こそぎ奪いとってしまうものなのです。 p179

*地域が外から来た「原発頼み」の産業構造になってしまうことにより、第一次産業のような昔からその地域に根ざしてきた産業は廃れ、また、新しい産業も育たなくなることが多いのです。・・・暴力団が人を麻薬漬けにするのと同じように、国や電力会社は貧しい自治体を原発漬けにしてしまうのです。
 → これはまさに、原発再稼働の現下の地元の動きがそれを実証しているのでは!

*都会の人が計画停電で電気の有り難さを知ったというのであれば、そして、もしそのために今後も原発が必要だというのであれば、都会に建てて欲しい。それは嫌だというのはあまりにも身勝手です。 p178
 → これは「弱い人たちを犠牲にする」という価値観の支持者になるのかどうか、2011.3.11以降での明確な判断基準になるように思う。なぜなら、原発の怖さを体験した上での主体的な選択なのだから。そう受け止めた。そこに、「優しさ」はない。

*現在福島第一原発で懸命の作業に当たっている人たちの大半が、東京電力の社員ではなく、協力会社といわれる下請けの労働者たちだということ   p184

*事故後、・・・被曝線量限度が一気に250mSvまで引き上げられてしまいました。250mSvというと、急性放射線障害が出るほど恐ろしい数値です。 p188
 福島第一原発は、作業員の不足という重大な危機にぶちあたっているのです。 p189

*癌や白血病、免疫不全、慢性疲労などが多発・・・「湾岸戦争症候群」などといわれる症状は、劣化ウラン弾の影響だと疑われています。また、湾岸戦争で劣化ウラン弾が集中的に使われたイラク南部の都市、バスラではその後、子どもたちの間に癌が多発しました。 p194~195

*福島の事故が起きてしまった以上は、米国だってヨーロッパだって、世界中放射能を受けるのです。どこにいても完全に被曝を避けることはできないのです。その現実を受け入れた上で、なるべく子供たちには被曝をさせないでほしい、としか私にはいえません。 p196

 小出さんは、「しきい値」論に対し、米国科学アカデミー委員会のレポートや、原発推進の立場であるICRP(国際放射線防護委員会)でさえ認識している見解を踏まえて反論する。子どもが危ない理由を「今や世界の常識」(p28)の観点から語る。
 そして、医学的な観点から、小出さんの子どもを守らなければという主張を補強するのが、黒部さんだ。
 黒部さんは、「子どもと放射能の基礎知識」(第2章)を説明し、「子どもは大人に対して、放射線の影響を10倍もうけやすいとも言われている」と述べる。それを年齢別で図表化したゴフマンの調査結果で説明している(p63-64)。
 第2章を読み、私が理解した要点を抽出し引用してみる。具体的説明はぜひ本書をお読みいただきたい。

*高線量の放射線を浴びると「急性障害といって、すぐに影響が出ます。それに対して低線量被曝の場合は「晩発性」といい、あとになって、つまり何年も経ってから影響が出ます。・・・・これまで、チェルノブイリ事故でも、低線量被曝をした子どもたちが後になって癌や白血病を発症するという例が報告されています。 p39

*2003年、二人の研究者によって低線量被曝での(補記:DNAの)二本切断が証明されました。・・・・すなわち低線量被曝でも癌や白血病などを引き起こす危険性があることの証明です。つまり、放射能はどんなに少なくても安全とは言えないということです。 p49

*確定的影響とは、高放射線によって、・・・・それに対して、確率的影響というのが低線量被曝の場合の考え方です。 p50

*身体の外側から被曝する外部被曝よりも、体内に放射性物質がとどまって放射能を出す内部被曝のほうが、低線量被曝の場合の健康被害はじつはずっと深刻なのです。体外へ排泄されない限り、放射性物質が身体の内部で放射能を出し続けているのですから当然です。  p55-56

*被曝は、すべての臓器の発癌と機能の異常を引き起こしますが、機能の異常は、形態に異常を伴う発癌のように数値化することが困難です。そのため、有害な影響を発癌のリスクとして表現しているのです。・・・・頭痛、めまい、疲れやすい、骨が痛むなどさまざまな症状が物語るのは、病気としてカウントされることはないものの、癌だけでなく、被爆者が全身を蝕まれていることを物語っています。   p58-59

*妊娠時に被曝すると、線量にもよりますが、死産、流産、出産時異常の危険があるほか、健康に産まれたように見えても、出産後1年以内から影響が出る可能性があります。 p63
 
*受胎後8~15週の期間は、中枢神経系も放射線にたいして非常に敏感です。約100mGy(※セシウム137であれば100mSv)を超える胎児線量は、知能指数の低下をもたらす確率がたかくなります。1Gy(※同・1Sv)程度の胎児線量を受けると、重篤な精神遅滞が高い確率で起こります。  p66

*卵子は卵母細胞という卵子のもとになる細胞を、生まれた時にすでに200万持っているわけです。・・・・もし卵巣が被曝し、放射能で傷ついた卵母細胞が成熟して、それが受精してしまえば、被曝から20年後の胎児に影響が出る、ということが起こりえるのです。 p67~68

*放射能の基礎知識として、・・・まず、普通にいわれる半減期とは「物理的半減期」のことです。・・・次に「生物学的半減期」というものがあります。・・・・もう一つの半減期は「実効半減期」。体内の半減期ともいわれています。
 → 半減期という言葉一つとっても、どういう文脈でどの意味で使われているのか識別しないと適切に理解できないことになる。政府・東電・マスメディアなどの報道を読んだときに、ごまかされないようにしようではないか。

 黒部さんも、第2章の末尾を「正しい情報と知識を伝えることは、全ての基本だと私は想っています」という一文で締めくくっている。

 本書第3章で、小出さんは「私にとっては、年間20mSvというのはとてつもない数字なのですが、国にとってそれは『しきい値』以下であり、健康に影響がない範囲なのです。」と国の論法に含まれるからくり、欺瞞を指摘している。本書は、なぜこれが欺瞞なのか、そこに潜む「子どもが危ない」理由をわかりやすく解き明かしている。両著者のコラボレーションは、子を持つ親にとって解りやすく読める必読書の一冊になっていると思う。

 本書第5章は「子どもと放射能Q&A」にあてられ、親の抱く素朴な質問に黒部さん、小出さんが分担して答えるという構成になっている。質問内容だけ列挙してみる。
・子どもの内部被曝を調べる方法はないでしょうか?
・食品による内部被曝を自分で計算する方法はないでしょうか?
・計算も難しいのであれば子どもの食生活は何に気をつけたら良いのでしょうか?
・野菜は洗えば安心でしょうか?
・活性炭で水はきれいになりますか?
・子どもが外遊びをするときに気をつけることはありますか?
・比較的安全といえる場所はありますか?
・被曝を少しでも少なくするために、ほかに親が気をつけるべきことはありますか?
・医療被曝を減らしたほうが良いとはいえ、子どもが頭を打った場合、外見からは中の損傷がわかりません。CTは必要ですか?
・ネットで買った放射能測定器で測ったら、自宅近くの線量が高いのですが・・・
・子どもが鼻血を出すので心配です
・放射能の危険性について、いろいろな意見があってどれが本当だかわからないのですが....
・福島の子どもたちはみんな被曝してしまったのでしょうか?
・放射能が怖いので、東京から引っ越そうと思っているのですが、どこが安全でしょうか?
 これらの質問に簡潔な回答説明がなされている。

 最後に、小出さんが講演会などでよく引用されているレイモンド・チャンドラーの遺作『プレイバック』中の主人公・私立探偵フィリップ・マーロウの言葉を引用しておこう。

「強くなければ生きていけない。優しくなれないなら生きる価値はない」
(If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.)

 小出さんは、この「優しさ」とは、「自分よりも弱い者の尊厳を認めて生きる」、そういう「生き方」ではないかと、思いを重ねている(p168)。この言葉に共感する。

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 本書の主張をより深く理解するために、キーワードとそこからの波紋をネット検索してみた。検索し選択した範囲内の情報の一覧をまとめておきたい。

病原環境論1 2012/3/30 :「黒部信一のブログ」
 ここで、こう記されています。「環境を変えられないから、せめて環境から來るストレス対策をするしかない・・・環境から來るストレスに適応するしかないのです。」
 病原環境論または適応説 2010/0/11
 私の履歴 2011/09/18
 未来の福島こども基金を作りました 2011/07/07
 
原発事故と子どもの健康 1,2,3 2011/05 :「黒部信一のブログ」
 原発事故と子どもの健康 4,5
 
ルネ・デュボス ← Rene Dubos :From Wikipedia, the free encyclopedia

チェルノブイリ子ども基金
未来の福島こども基金
市民放射能測定所 

放射能について正しく学ぼう -Team Coco-
 ここに掲載の中の一項目として
 内部被曝について知っておいて欲しいこと  制作 team Coco
 
内部被曝についての考察 琉球大学 矢ヶ崎克馬氏
矢ヶ崎克馬氏:依然として最大の脅威は内部被曝のリスク :YouTube

被曝 :ウィキペディア
フクシマの真実と内部被曝-20120329くわみず病院 勉強会 :YouTube

年齢別に見た1万人・シーベルト当たり発生する、がん死者数
 ※ ゴフマン博士による評価(死者数は白血病を除く)
ジョン・ゴフマン ← John Gofman :From Wikipedia, the free encyclopedia
 Gofman :Department of Nuclear Engineering University of California, Berkeley
ジョン・ゴフマン博士 :「ジョー爺 世界ほっつき歩き!」
 
連載・低線量放射線の影響をめぐって(その1) :原子力資料情報室(CNIC)
『原子力資料情報室通信』第340号(2002.9.30)より

ECRR(欧州放射線リスク委員会)の2010年勧告(原文)
 この勧告の試訳(ECRR2010翻訳委員会、発行:美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会)
 
ICRP2007勧告の概要(英語)
(インターネット上でこの文書の日本語訳は見つけられなかった。概要版ではなく報告書本体は有料:「哲野イサク地方見聞録」)

国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告(Pub.103)の国内制度等への取り入れに係わる審議状況について -中間報告- 2010年1月 放射線審議会 基本部会

福島原発事故:アメリカの『社会的責任を負う医師団-PSR』声明  2011.4.29
“安全”を考慮するなら福島の子供たちの被曝許容値増大は無茶苦茶(no way)だ
  日本語説明 :「哲野イサク地方見聞録」
   
HEALTH RISKS FROM EXPOSURE TO LOW LEVELS OF IONIZING RADIATION
 BEIR VII PHASE 2
”   : THE NATIONAL ACADEMIES PRESS
 ページ単位のダウンロード可能、印刷可能
 Free Executive Summary (ダウンロード可能)
 Report in brief (ダウンロード可能)

― “最後の被爆医師”が語る人体に与える内部被曝の脅威 ―  :日刊SPA! 
内部被曝の恐怖 「何ミリシーベルト以下なら大丈夫」はウソ  
内部被曝の恐怖【中編】「放射線に対抗する唯一の方法は?」
内部被曝の恐怖【後編】「日本の医学界が被曝の影響を無視してきた理由」

神戸大学・山内知也の文科省への申し入れ書
『実際の被害が福島の子どもたちの間に生じます』 :「哲野イサク地方見聞録」

チェルノブイリ原発事故による放射能汚染と被災者たち 今西哲二氏
 「技術と人間」1992年8月号に掲載   :原子力安全研究グループ  
「低線量放射線被曝とその発ガンリスク」今中哲二氏  
 岩波「科学」2005年9月号に掲載    :原子力安全研究グループ

福島県 小、中学校、都市公園、児童福祉施設等モニタリング
 福島県放射能測定マップ (実施結果の一覧メニューのページ)
 その中の一項目として;
 福島県環境放射線モニタリング小・中学校等実施結果(全調査まとめ)について
 
子どもと被曝 福島とチェルノブイリ :阪南中央病院
  小児科医(病院長) 中田成慶氏

子どもを守ろうSAVECHILD HP

子どもに20ミリシーベルトも浴びせるなんて! -福島県小中学校等の放射能汚染-
   :「どうしたらできる?原発ゼロ・温暖化阻止」

2012/05/07 『原発危機と東大話法』 山下俊一教授 と ジョン・ゴフマン博士
  :中村市ブログ 「風の便り」

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