遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『フェルメールの憂鬱 大絵画展』  望月諒子  光文社

2020-09-23 14:06:55 | レビュー
 先般『哄う北斎』を読んだことが契機となり、著者のアートミステリー小説を溯って読んでみたくなった。そこでフェルメールという言葉が目に止まりこの小説を読むことに。単行本の末尾を見ると、書き下ろし作品と記されていて、2016年6月の刊行である。

 副題に「大絵画展」と記されている。この小説のタイトルを見た時にはフェルメールの絵画展と絡んでいるのかと思ったが、直接の関係はなかった。奥書を改めて読み気づいたことは、著者は2010年に「ゴッホの絵画を巡る『大絵画展』で第14回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞」とある。つまり、『大絵画展』というアートミステリー小説に続く作品というイメージを連想しやすくするために、「大絵画展」という副題が付けられたようだ。

 この小説の主な登場人物は『哄う北斎』と共通している。ということは、『大絵画展』に繋がっていて、登場人物はまさにシリーズになっているのかもしれない。『大絵画展』を溯って読んでみる楽しみが出て来た。

 この小説の主な登場人物をまず取り上げておこう。
 イアン・ノースウィグ 貴族の称号を持つ。元フィリアス・フォッグという絵画泥棒。
 マリアン イアンの強力な相棒。
 城田 美術品競売会社ルービーズのキュレイター。状況に応じイアンに協力する。
 日野智則 銀座に店を構える日野画廊店主。状況に応じ彼もイアンに協力する。
 マクベイン アメリカ中央情報局(CIA)に所属。イアンの過去を知る男。
       CIAのめざす目的により、イアンを脅し彼の能力を利用しようとする。
 斎藤真央 日野画廊に手弁当でやってくるアルバイトの大学院生。絵画美術専攻。
斎藤を除くと、『哄う北斎』と共通する登場人物である。

 さて、大本の事件は、ベルギーの西フランドル州ワトウにある古い教会の牧師になって8年というトマス・キャンベルがイアンにかけてきた電話である。キャンベルはイアンがフィリアス・フォッグという絵画泥棒だと知っている。キャンベルもまた、かつては泥棒だった。イアンに、教会から1m×1.6mという古い板絵が盗まれたと告げた。キャンベルはイアンにその絵を無傷で取り戻して欲しいという。前任のルクー牧師はキャンベルにその絵がブリューゲルの絵だと伝えていた。住民たちのだれもその作者のことは気づいていないという。イアンがその板絵の奪還を引き受けないなら、イアンの過去をどこかに暴露すると脅す。イアンは結局その板絵の取り戻しを引き受ける羽目になる。この事件がそもそもの始まり。

 数日後、スイスに移り住んだ帝政ロシア時代の家系であるゲオルク・アレキサンダー・ツー・メクレンブルグという投資家の屋敷の屋根裏からヨハネス・フェルメールの新たな真作が発見されたというニュースが話題となる。その2週間後にその屋敷の屋根裏から2点の絵が盗まれたというニュースが報じられた。メクレンブルグは盗まれた2点の絵を買い戻したいと述べたという。こちらの事件が徐々にクローズアップされていく。
 読者としては何気なくこのニュースの流れを読み進めてしまう。だが、それはいわば撒き餌として一つの伏線になっていく。

 一方、ニューヨークにあるメトロポリタン美術館が襲われ、フェルメールの「少女」という作品が盗まれる。実はイアンが周到な計画をたてて堂々と証拠を残すことなく盗み出すのである。なぜ、フェルメールの「少女」を盗み出さねばならないのか。そこにはマクベインの影が潜む。
 このフェルメール作品の強奪プロセスが一つの読ませどころになる。どれだけ金をかけた盗みだろうかとつい思ってしまう。

 このフェルメールの「少女」が、どういうルートを通じてかは不明のまま、日本の隆明会という宗教団体の会長、大岩竹子が創設したTAKE美術館に購入されたという噂が美術業界で密かに流布していく。城田はこれが事実かどうかを確かめる旨の指示を受けて、日本に赴く。一方、イアンは、今度はこの「少女」を大岩竹子の手から取り戻す必要に迫られていく。その周到な詐取実行プロセスがこの小説のメイン・ストーリーとして進展していく。

 このストーリーには興味深く、おもしろい点がいくつかある。
1.キャンベルが教会から盗まれた板絵を取り戻すことと、フェルメールの「少女」を大岩竹子の手許から取り戻すこととが、どうかかわるのか、その筋が見えてこない中で、パラレルにストーリーが展開していく点。その種あかしをお楽しみに・・・・という流れになっている。

2.隆明会の信者に対するマインド・コントロールの仕組みが描き込まれていく点。いわば人間の心理の弱みにくい込む新興宗教のありようのカリカチュアともいえる。

3.TAKE美術館がどのように機能しているか。宗教団体とそこが運営する美術館との関係が裏話的に描き込まれていく。現実にそういう側面があるのかどうか・・・・興味がつのる。単なるフィクションか。事実は小説よりも奇なりというフレーズもある。この点どうなのだろう。

4.イアンが「少女」の奪還を周到に行うことに、日野智則が協力する。日野は向井章太郎という青年にアプローチし、彼をイアンに自然に協力させるための役割を果たす。なぜ向井章太郎なのか。読者は徐々にその意味がわかっていく。

5.イアンによるフェルメールの絵画批評という形を取っているが、かなり辛口の批評が9ページ(p109~117)に渡って書き込まれていく。一つの見方としておもしろい。
 また、ブリューゲル、ピーテル・デ・ホーホ、レンブラントの作品なども点描的に各所で論じられていく。中世絵画の美術ファンにとってはおもしろいことだろう。

6.一番興味深いのは、絵画の真贋の判別が如何に難しいかという点を描きこんでいく点にある。そこに美術評論家の評価や美術品の競売がどのように絡んでいるか。美術業界の魑魅魍魎性に触れていく。この点もおもしろい。

 序でながら、単行本のカバー(表紙・裏表紙)にも着目していただくとよい。「装幀 川上成夫 装画 民野宏之」と中表紙の裏に記されている。このカバーには、この小説に登場するメトロポリタン美術館所蔵、フェルメール作「少女」が描かれている。一見、同じ絵が表紙に2点、裏表紙に1点、位置や角度をずらせて描かれているように見える。最初はなんとなくそれで本書のストーリーに入っていった。読み終えてから、再度カバーを見つめ直した。額縁が違う。少女の衣服の陰影や色調が微妙に違うのだ。少女の顔自体の陰影の付け方も微妙に違うところが見つかる。このカバー自体も楽しめる。

 大岩竹子とその一派が、イアンとその協力者たちに手玉に取られていくストーリー展開がやはり痛快といえる。
 斎藤真央がなぜ登場しているのか。一つのオチとしてお楽しみに読み進めていただくとよい。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、事実レベルの事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ヨハネス・フェルメール :ウィキペディア
メトロポリタン美術館 フェルメール5点展示場所変更に! :「Petite New York」
フェルメールの作品  :ウィキペディア
ピーテル・ブリューゲル  :ウィキペディア
ピーテル・ブリューゲルの生涯と代表作・作品解説  :「美術ファン」
ピーテル・ブリューゲルの作品一覧  :「Wikiwand」
レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン :ウィキペディア
レンブラント ヴァーチャル絵画展  :「Earl Art Gallery」
ピーテル・デ・ホーホ  :ウィキペディア
ピーテル・デ・ホーホ  :「Google Arts & Culture」
作品 《豪奢な部屋でトランプ遊びをする人々》 :「LOUVRE」
アクリルと油彩、どっちを選ぶ?  :「Hoga Art Studio」
アクリル絵の具の使い方 種類と特徴を徹底解説  :「This is Mwdia」

    インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『哄う北斎』  光文社


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