遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『讐雨 刑事・鳴沢了』 堂場瞬一  中央文庫

2016-02-12 10:12:32 | レビュー
 刑事・鳴沢了シリーズの第6作である。
 鳴沢は東多摩署に異動となる。赴任した当日に、調布で一人の小学生が行方不明になり、2日後、少女の家に髪の毛が届くという事件が発生する。直ちに捜査本部が設置される。だが、2週間後、3週間後にも類似の事件が繰り返される。わずか1ヵ月の間に、3人の小学生、それも女の子ばかりを誘拐して殺し、山梨の山中に埋めていた犯人が逮捕される。誘拐、殺人、死体損壊、死体遺棄という罪状で間島重(まじましげる)が逮捕される.3番目の事件の容疑者として逮捕された間島は、逮捕後にあっさりと最初の2件の犯行を自供したのだ。鳴沢は殺害された小学生と同じ年齢の娘のいる女刑事・萩尾聡子と組み、間島の最初の事件の自供をもとに、その裏付け捜査を行っている。
 間島は少女の首を切り離し体と一緒に埋めていた。鳴沢は2つの事件の遺体と対面したが、彼自身が久しぶりに吐き気を覚えるほど凄惨だった。
 取り調べにおいて、間島の証言はすらすらと記憶に基づき語られ、首尾一貫しており、捜査で後付けができる。刑事の目からは間島の責任能力には問題がないと判断している。だが、弁護側は、絶対に責任能力を争点にし、裁判では間島の精神状態を問題にするのは間違いがない。間島には責任能力がないとい判決の出る可能性がゼロとはいえいない。
 鳴沢と萩尾は、最初の事件の犠牲者の遺体が埋められていた山林の所有者の証言を取りに行った帰路、100mほど先の路肩に停まっている白い乗用車のパーキングライトの瞬きが目に入る。それが突然爆発したのだ。前方の一台の車が爆風で転覆し後続車と衝突。それが覆面パトカーに迫ってきたことで、鳴沢らはこの爆発事故に巻き込まれるのだ。
 病院で応急処置を施された鳴沢らは、東多摩署に戻る。
 署に戻ってから、萩尾聡子が郵便物の仕分けをしていて、その中に「東多摩署刑事課」宛となっている封筒に気づく。差出人は無記。刑事課宛なら誰が開けても良いのでは、という了の意見に聡子が開封してみると、その文面は了の背筋を凍りつかせるものだった。 そこには『間島を釈放しろ。さもないと、爆発は続く』と印刷された無機質な文字で記されていたのだ。前日の消印だった。その直後、鳥飼刑事課長から二人にすぐ来いとの電話が入る。それは間島を釈放しろという電話だったのだ。その電話を受けたのは、捜査本部で了がコンビを組んでいた本庁捜査一課の警部補・石井敦夫刑事だった。
 つまり、鳴沢・萩尾が遭遇した車の爆発は、この手紙と電話を裏付ける犯行だったのだ。白い車はダイナマイトで爆破されたことが判明する。

 石井刑事はこの捜査本部において、捜査活動には積極的でありかつ強引なところがあった、刑事たちの間で捜査活動を仕切っていく。捜査本部の上司たちも石井の発言や行動には、一目置くようなところもあった。そこには鳴沢が警視庁に入る以前に、石井に関係する事件が背景として絡んでいたのだ。鳴沢は徐々にその理由を知るようになる。
 一方で、石井は鳴沢の行動と思考・発言に接して、刑事として相通ずる部分を感じ始めていく。

 間島の自供による3つの事件の裏付け捜査が進展していく最中に、ダイナマイトを爆発させるという強硬手段をとり、間島を釈放しろという要求が捜査本部に投げかけられてくる。釈放要求の意図は何なのか。間島のような男を釈放して何のメリットがあるというのか? 
 釈放の要求と釈放に応じない場合はどこかを爆破するという第二の予告電話が掛かってくる。電話を取った了に対し、相手は高橋となのるのだ。そして、第二の爆発を高橋と名乗る男あるいはそのグループが実行するに至る。捜査本部は間島の自供に基づく跡づけ捜査、取り調べによる証拠固めなどから、一転、爆破犯行と間島の関係の究明、高橋と名乗る男の特定と逮捕への捜査活動に投げ込まれていく。警察はそう簡単に間島を要求通りに釈放できる訳がない。そうこうする内に、第2のダイナマイトによる爆破が実行されてしまう。この時は、幸いにも怪我人は出なかった。だが、さらに釈放要求と爆破予告電話が繰り返される・・・・。
 そして、連続する都内での爆破事件と間島の事件との関わりが、徐々にマスコミの報道に流れ始める。悪くすれば、爆破行為が都内にパニックを引きおこしかねない状況が出始める。

東多摩署に送られてきた間島釈放要求の封筒から、栗岡正志という27歳のヤクザの指紋が特定される。これが大きな捜査活動の転機となっていく。

 一方、間島の取り調べは、意図・動機の解明という点での自供はなかなか得られない。息子が引き起こした残虐な殺人事件を苦にし、両親は自殺してしまう。そのことを取り調べの中で鳴沢が知らせても、自分とは無関係だと平然とした態度をとる。
 だが、その間島が鳴沢による取り調べの際、栗岡正志という人物は知らないと答えるのだが、ヤクザという言葉に異常に反応し、気絶するに至る。鳴沢はそこにまだ大きな闇が潜むと直感する。そこから新たな活路が開けていく。

 この小説、釈放要求と連続する爆破事件という大きな迂回を経ながら、事件が収斂し、とてつもない決断を伴う最終ステージへと突き進んで行く。鳴沢はその渦中で行動をする羽目になっていく。鳴沢了らしい展開となる。

 事件が結末を迎えた時、その時誰も死にはしなかった。重傷者が三人出ただけである。だが、「いくつもの心が死んだ」(p426)と鳴沢に感じさせる後味の悪い事件だった。
間島は容疑者として逮捕されると、犯した罪をペラペラと自供した。その後追い捜査で裏付証拠が重ねられていく。しかし、司法の手に委ねられると、裁判の過程で間島の責任能力が問われ、間島が死刑になる保証はない。警察段階で捜査する刑事が間島の責任能力を確信していても、法の下での裁判は別の要素が加わる可能性があるのだ。
 この事件の捜査の過程で犯罪行為に対する法の裁きの限界点がクローズアップされていく。その境界面において鳴沢の心の中は刑事という立場についての葛藤が続いていくことになる。
 法の裁きを超脱する次元における裁き、ここにあるテーマは重い。

 クライマックスで著者は次の文を挿入している。
「雨。
 邪悪な心や醜い魂を浄化するのではなく、この世界を腐敗させるような雨が降る」と。 この作品のタイトル「讐雨」はここから来ているのだろう。
 定番の国語辞書に「讐雨」という熟語はない。著者の造語である。
 その雨は、復讐の雨なのだろう。復讐できないことに滂沱する涙の雨かもしれない。

ご一読ありがとうございます。

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この小説に関連する事項について少し検索した結果を一覧にしておきたい。
刑法39条 :「WIKIBOOKS」
責任能力  :ウィキペディア
責任能力  :「コトバンク」
容疑者の「刑事責任能力」とは 心神喪失者はなぜ無罪? /早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語   :「THE PAGE」
刑事責任能力鑑定  :「精神保健研究所 司法精神医学研究部」
刑事責任能力判断の新たな動向  岡江晃氏  :「医療観察法.NET」
刑事責任能力に関する一考察  真野里加子氏  論説 pdfファイル
精神障害と責任能力  佐伯仁志氏 論文 pdfファイル
知的障害者の刑事責任能力に関する近時の判例の動向 緒方あゆみ氏 論文 pdfファイル
刑事責任能力に関するトピックス  :「朝日新聞DIGITAL」
女児誘拐事件で争点に?容疑者に問われる「責任能力」とは :「NAVERまとめ」

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