遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ふくしま原発作業員日誌』 東京新聞記者 片山夏子  朝日新聞出版

2021-02-21 13:02:04 | レビュー
 副題は「イチエフの真実、9年間の記録」。ふと振り返った。ここ5年ほどイチエフ、つまり福島第一原子力発電所関連の出版物は読んでいなかった。新聞報道の記事を読むくらいになっていた。新聞、テレビを含めたマスコミの報道はこの5年位の間に年々減少し、逆に東京五輪、オリンピック関係の報道が前面に出て増大してきている。イチエフという国家的な重大問題が霞まされている印象・・・・・を受ける。
 そんな最近の状況の中で、このルポルタージュが出版されていることを知った。「原発作業員日誌」と「9年間の記録」という語句が目に飛び込んできた。建前報道ではない原発作業員目線でのイチエフの状況を知りたかった。関西に住んでいるので、東京新聞は読んだことがない。2011年8月から2019年10月の9年間にわたり、原発作業員目線でルポルタージュ記事が連載されてきたことを全く知らなかった。本書は2020年2月に出版されていた。

 2011年3月11日午後2時46分、東北の三陸沖でマグニチュード9.0の大地震が発生。大津波が襲来。3月14日イチエフの3号機が水素爆発。その夜に2号機では核燃料が露出する「空だき」状態に。15日に4号機が爆発。津波の襲来と原子炉の爆発により、地域住民の方々が避難を余儀なくされ、それが未だに継続している。
 あと少しで、10回目の「3.11」「3.14」が来る。そして、事故後11年目に入ろうとしている。
 イチエフはどうか。廃炉問題は未だ何も解決していない。イチエフ構内や周辺の除染と片付けは原発作業員の皆さんの活動により進展してきたのは事実である。が、廃炉に必須の炉心溶融によるデブリは時間をかけて処理に取り組む課題に留まっている。汚染水問題も同様である。
 原発作業員視点の本は今までにも幾冊か読み継いできた。だが、本書を読み、原発作業員目線からみた廃炉処理計画の実態とその遂行結果が9年間という時間軸のスパンでとらえ直す機会となった。その長さにより一層社会構造的な歪みの実在がリアルに感じ取れる。政府や東電の対策対応も含めて本質的な問題は何も解決していないと言っていい。
 
 東京社会部の原発班に異動となった著者は、「福島第一原発でどんな人が働いているのか。作業員の横顔がわかるように取材してほしい」(p27)と打診されたという。「東京の記者会見で得られる情報には、限りがあった。作業工程の進捗状況はわかっても、現場で働く作業員の様子までは見えてこなかった。」(p27-28)
 著者は現場で働く作業員の実際の状況とそこに潜む問題事象、作業員がどんな意識で何の為にイチエフで働いているのかを浮き彫りにしようと考える。「どう書けば、彼らの人柄や日常の様子が読者に生き生きと伝わるだろうか」(p30)と。報道にあたり「一人ひとりの作業員が語った『日誌』という形をとろうと決まった」(p30)という。

 第1章から第9章まで、2011年8月19日の日誌日付から、編年形式で9年間の記録がここに編まれている。まず仮名の作業員が記録した日誌形式のゴチック文が載る。その後に記者である筆者が仮名の作業員とコンタクトを取りインタビューしたおりの状況を記述している。
 シンさん(47)、キーさん(66)、タケさん(42)、ケンジさん(40)、作業員(47)、カズマさん(35)、作業員(40)、ノブさん(41)、セイさん(55)、リョウさん(32)、作業員(32)、東電社員、ハルトさん(29)、ヤマさん(56)、ハッピーさん、名嘉幸照さん(72)、ヒロさん(35)、作業員(35)、ナオヤさん(44)、レンさん(50代)、トモさん(49)、ヨシオさん(50)、キミさん(58)、東電子会社作業員(50代)、下請け企業社長、チハルさん(43)、ダイキさん(56)、ガンさん(54)、ユウスケさん(40)、作業員(54)、という仮名の人々が日誌に登場する。括弧内は年齢。
 括弧内は初出の年齢である。東電と元請け間での請負契約を基盤にする重層する下請構造の中に組み込まれる原発作業員の意識と実態が彼等の家庭・家族の状況も交えて書き込まれていく。点描される作業現場の状況にはすさまじいものがある。原発作業員の目線が様々な問題を読者に気づかせてくれる。
 
 連載においては日誌部分と補足記事がどれほどのボリュームで報道されたのかは知らない。末尾には、一冊の本に仕上げるあたり大幅に加筆したと記されている。「私の手元に、9年間の取材でたまったぼろぼろになった大学ノートが179冊ある」(p459)と「あとがき」に記されている。原発作業員の体験話はたぶんまだまだあるのだろう。

 著者は重要な問題、国家的な課題を最後に投げかけている。
 「原発事故後、高線量下で命を賭して作業した作業員たちに、事故前と同じ労災しか救済の道がない。裁判での因果関係の立証にせよ、作業員たちが放射線の影響の立証責任を負う現状から、国や会社側が放射線の影響を否定できない場合は被害を認め、補償や賠償をするあり方に変えるべきではないのか。」(p450)と。

 原発作業員の目線で語られている実態の一部、一端を引用しておきたい。
 政府や東電の発表には絶対に出て来ない話や視点である。ここに記録された内容は原発作業員がホンネで感じている内容だと思う。原発作業員の複雑な思いの総体は、本書を開いて読み進めて、感じとっていただきたいと思う。
 電気と無関係に日常生活をしている人は居ないはずだ。イチエフの問題は我々一人一人に関わっている。少なくとも、イチエフの状況を認識し、考え判断する材料にすることが大事だろう。イチエフに端を発する諸問題と廃炉問題は、国政の問題・日本の将来の問題に直結しているのだから。

[2011年]
*事故発生当初は緊急事態だったために、事故前に行われていた、放射線のリスクや基礎知識を教える放射線教育の講習を受けずに、原発に入る作業員もいた。 p36
*全面マスク・・・手にはまず綿の手袋、その上にゴム手袋を二重、三重にはめる。作業靴や長靴の上には、ビニールの堀カバーを装着。この重装備での作業で、夏は毎日が熱中症との闘いとなった。 p37
*敷地内に高線量の瓦礫が散乱し、どの辺りの空間放射線量が高いかもよく把握できないなかで、作業員は働いていた。 p38
*原発の仕事の受注構造は、もとより複雑に入り組んでいる。東電が、日立や東芝、大手ゼネコンなど元請け企業に仕事を発注し、元請けの下には、1次下請け企業、・・・何次下請けまでぶら下がっているかわからない場合もあった。 p43 ⇒原発の多重下請け構造
*政府が使い始めた「冷温停止状態」・・・本来の「冷温停止」が不可能なために、「冷温停止状態」という言葉を作り出し、それを達成すれば、あたかも本来の「安定した状態」になったと思わせる空気がつくられていた。 p53
*原発問題は、日本全体で解決していかなければならないこと。原発で苦しむ地域の人たちが嫌がらせをされた話を聞くと、痛みを共有できないのかと悲しくなる。 p56
*派遣社員はね、雇われるときは明日行ってくれみたいに突然決まって、解雇されるときも急。生活の安定度はないよ。 p59
*(被ばく線量の)上限を超えた作業員は、現場を離れなければならなかった。 p61
 ⇒ つまり解雇。被ばく線量の累積は作業員にとり死活問題。
   事故直後、国は緊急作業の上限を累積250mSvに引き上げた。
   通常時1年で50mSv、5年で100mSv 
*作業員が事故後の被ばく線量で四苦八苦している一方で、政府や東電は記者会見で福島第一の状況を、「原子炉の冷却がうまくいっている」「安定してきている」などと繰り返し説明していた。 p70
*野田佳彦首相の「事故収束宣言」
 汚染水の浄化システムを担当してきた作業員は、「本当かよ。事故収束のわけがない。今は毎日、大量の汚染水を生み出しながら、核燃料を冷やしているから温度が保たれているだけ。安定とは、ほど遠い。(高線量で)ろくに原子炉建屋にも入れず、どう核燃料を取り出すのかもわからないのに」  p84
*「事故収束宣言」で大半の作業が「通常作業」とされ作業員の被ばく線量は通常基準に
 ⇒ 作業員の危険手当が下がり、宿泊費や食費など諸経費がカットに。 p86

[2012年]
*汚染水漏れの続出 「配管はむき出しだからね。最初から凍結してこうなることは予想できた」p94
*年度末を乗り越えると、翌年の線量枠がもらえる。作業員たちは「線量がリセットされる」と表現した。 ⇒ 作業員の被ばく事実に「リセット」はない。体内累積のみ。 p95
*「炉心溶融」を「炉心損傷」に これは事故直後の清水正孝東電社長の社内指示で
 政府や東電による言い換え:「事故」を「事象」、「汚染水」を「滞留水」 p105-106
*作業の機械化・ロボットの導入⇒「どんな作業も必ず最後は人の手が必要になる」p108
*原発の再稼働はまだ早い。イチエフの構内はずいぶん片付いたけれど、根本的なことは何も終わってはいない。・・・・(野田)首相は、大飯原発に福島を襲ったのと同じような津波や地震がおきても、大丈夫だと話した。でも震災前も原発は大丈夫だと言って、イチエフであんな事故が起きた。安全と言われても信用できる人はいないのではないか。原発を動かさないと、日本の社会は立ちゆかないというけれど、もう一度原発事故が起きたら、それこそ、日本は立ちゆかなくなる。  p135
*「事故がなぜ起きたのかもわかっていないし、事故の責任の所在もわかっていない」・・・四つの調査報告書が出そろったといっても、原発事故の原因が判明したわけではない。熔け落ちた核燃料の状態もわかっていなかった。事故の調査は、何も終わっていなかった。 p144
*ある地元の下請け企業幹部は「被ばく隠し」に陥る生々しい心情を話してくれた。p146
*「現場監督もベテラン作業員も残りの線量がほとんどなかった。だから『高線量要員』が必要だった。自分は線量を浴びさせるためだけの人員だった。せめて約束した賃金は払ってほしい」
 ⇒「高線量要員」とは、放射線量が高い場所ばかりを短期で担う作業員 p151
*隠蔽される事故「上に報告しないでくれ」 ⇒企業ごと仕事を失う恐れ  p157-158

[2013年]
*原発事故後、現場から逃げずに、高線量の危険な現場で懸命に働いてきた作業員にとって、突然宣告される「退域」や「解雇」はあまりにも冷たい仕打ちだった。 p184
*福島の人間だし、今も頑張る同僚がいるから、何とかやっていけている。 p188
*これまで視察団が免震重要棟にいるときは、出入り口に「視察対応」と表示され、作業員は暑かろうが寒かろうが中に入れなかった。報道陣が来ても同じ。作業員と接触し、何かしゃべったら困るということだろう。 p212
*いきすぎたコスト削減には、東電社員の中からも疑問が出ていた。  p220
*東京五輪招致決定に、作業員の反応は複雑だった。地元作業員は「現場は汚染水漏れで大騒ぎになっているのに、(安倍)首相は『まったく問題ない』と世界に向かって言い切った。本当にやばいことが起きても、今後は発表されなくなったりするのではないか」。他の作業員たちも、「五輪ありきで作業工程が作られるのではないか」「五輪期間中は危険な作業が先延ばしされたり、作業がとめられたりするのではないか」など不安を口にした。 p226
*「現場に『国の命令だからとにかく急げ』という指示が飛んでいる」
   ⇒作業10時間越え発覚 p233
*イチエフをよく知る人は、東京五輪招致の最終プレゼンテーションで話題になった「おもてなし」や「状況はコントロールされている」という言葉を「おもてむき(表向き)」「情報はコントロールされている」と言い換えている。 p240

[2014年]
*東電の廣瀬直巳社長の約束:作業員の日当「1万円アップ」問題
 企業からも作業員からも「割り増し分は、東電から直接作業員に払ってほしい」という声が上がっていた。・・・・下請け企業も、作業員も、本当に日当が1万円分上がるのか、半信半疑だった。 p245  ⇒ 本書でその実態がわかる。
*(イチエフではネズミが原因で冷却システム停止の大緊迫)その週末、東京に戻れば何もなかったかのように街は平和で、あまりの落差に愕然とした。 p248
*(労働環境改善アンケート)「アンケートなんて本音は書けないですよ。内容を指示してかかせている社もある」 p252
*p258~261、p272~275 死亡事故や頻発する事故の状況、発表しない東電について
 
[2015年]
 作業員のがん発症、死傷事故と現場作業中止・賃金不払い、白血病で初の労災認定、敷地内タンクパトロールの実情、作業員の家庭問題などの事例が記録されている。

[2016年]
 「凍土遮水壁」建設の実態、事故多発状況、原発作業員の防護服装着での作業の大変さ、作業員の家族事例など。極めつけは、福島第一の廃炉や損害賠償、除染にかかる費用に対して、政府の東電への支援額が天井しらずに転換する。それは結局、「電気料金などの国民負担で回収する方針」(p347)を意味する。国費投入=国民の税金負担。

[2017年]
*3号機で「初めて捉えたデブリの姿」(格納容器内の水中ロボット調査) p355-356
 デブリ取り出し作業の検証が進む一方、予算なくモックアップ作業中止も p379
*事故から6年経ち、避難指示が次々解除される。国は避難を終わらせ、「原発事故」を終わらせようとしていた。  p357~359
 ⇒「自主避難者」の住宅無償提供打ち切り、一方、3/17に損害賠償集団訴訟の初判決
*避難指示区域の除染作業に外国人労働者が働くように。さらにイチエフでも。p363
*5/9 福島第一の敷地内にヘリポートが設置され運用開始 作業員の命を救うには、敷地にドクターヘリが離着陸できる設備が整ったことは、大きな意味を持っていた p346
*「トヨタ式」コストダウンの手法を導入。だが、リストラしない「トヨタ式」に対し福島第一ではコスト削減と同時に人員削減も起きていた ⇒下請け企業への影響 p372

[2018年]
 敷地の放射線量低下によりゾーン区分と作業保護具の装着分けの導入。それは原発作業員の日当の低下や保護具装着の煩雑さなどを生む。約2万人を対象とした疫学調査が難航する。「イチエフ病ってあるんだよね」(p392)などの実態を描く。

[2019年]
*2号機格納容器内の底から「5ヵ所で数センチの小石状の堆積物や棒状の構造物を動かせることを確認し、一部を最大5センチまで持ち上げることに成功した。」 p412
*防護服に顔全体を覆う全面マスクをつけ、場所によってはその上に重さ15キロのタングステンベストを着る。・・・道具を抱え作業する。・・・特に上向きのときはきつい。それなのにトビさんたちは5、6キロの道具を持ち上げ、何時間も作業をする。 p416
*五輪招致で「汚染水の状況はコントロールされている」と首相が世界に宣言し、イチエフはますます事故現場ではなく、普通の工事現場だとアピールされるようになった。 p419
*東電は数年前から、作業員一人当たりの被ばく線量を減らそうと、年間20mSv以下に抑えるよう指導している。核燃料の取り出しに向け、今は高線量下の仕事が多いのに、これでは全然働けない。  p422
*危険手当は下がる一方だし、日当だって1万円ちょっと。日本人の俺らだってピンハネはひどいし給料も安いのに、外国人労働者にはもっとひどい気がする。 p421
*2019年3月「日本経済研究センター」による福島第一原発事故処理費用試算 35~81兆円
 東電 最優先となる福島第一の廃炉費用が十分に確保されるのか、具体的な資産や道筋は示されなかった。 p426
*4月ごろ、安倍晋三首相が来て、背広で敷地を見学していたけれど、観光バスの通る道路は除染されて普通のエリアになっている。でも道路両脇が汚染の高い場所もあり、道路の端の放射線量はけっこう高い。アピールなんだろうけど、そんな区分けで危険手当を下げられたりするのはやりきれない。 p432
*大雨より強風、そしてやはり地震が怖い。 p437
*これまで作業員が急かされてきたように「工程ありき」で現場を動かせば、また大きな事故が起きかねない。 p442

 引用・要点抽出が長くなったが、その意味するところ、詳細は本書をお読みいただきたい。今、あらためてイチエフを意識する必要があるのではないだろうか。一国民としては「普通の工事」が続いているかのように意識を風化させないことから始まる。

 ご一読ありがとうございます。

今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『フクシマの荒廃』 アルノー・ヴォレラン  緑風出版
『福島第一原発収束作業日記』 ハッピー  河出書房新社
『原発と戦争を推し進める愚かな国、日本』 小出裕章 毎日新聞社
『原子力安全問題ゼミ 小出裕章最後の講演』 川野眞治・小出裕章・今中哲二 岩波書店
=原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新4版 : 51冊)=


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