遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『[現代語訳] 法然上人行状絵図』  浄土宗総合研究所[編]   浄土宗

2022-01-01 14:28:26 | レビュー
 かなり以前に京都国立博物館での展覧会で国宝『法然上人行状絵図』(総本山知恩院蔵)のどこかの巻を見たことがある。その後も現在までに断続的に数回眺める機会があった。全部で48巻、235段の詞書と232の絵図で構成され、その長さは548mに及ぶという壮大な絵巻。法然上人の伝記絵図である。過去の拝見で展示されていたのは、その都度1~2巻だったと思う。
 初めて見たとき、絵図は眺めると雰囲気はわかる。が、詞書は残念ながら私には読みこなせない。そこで、何かこの伝記絵図の内容を手軽に読める本はないかと本屋で捜せば一つあった。


 岩波文庫に入っていた。『法然上人絵伝』(大橋俊雄校注)として上・下二冊で刊行されている。この表紙に端的に説明が記されている。引用しご紹介しておこう。
「平安末期から鎌倉時代にかけて、栄西、道元、日蓮、親鸞、一遍ら、新仏教の旗手たちが踵を接して登場した。その先駆けとなったのが、浄土宗の開祖法然(1133-1212)である。他力念仏により極楽浄土に往生することを説き、当寺の天皇・公家から一般の庶民まで、多くの人々に帰依された法然の伝記『法然上人行状絵図』(知恩院蔵)」(上巻・表紙)
「自力ではなく、他力念仏によって極楽往生することを説く、浄土宗の開祖法然上人の伝記。下巻には巻二十八から巻四十八までを収める。巻三十までは上巻に引き続き様々な人々が法然上人に帰依していった経緯。以下、浄土宗への弾圧、迫害、上人の死と続き、巻四十三以降は、重源ら高弟たちの記録が記される。(全2冊)」(下巻・表紙)

 この岩波本は『法然行状絵図』の詞書が活字に起こされているので古文自体は読みやすいが、古文を判読して理解しなければならないというバリアーがある。モノクロで要所の絵図が掲載されてはいるが、上記の絵図数からすればほんの少しが収録されているだけである。結果的に、必要に応じて部分参照するくらいで、書棚に眠ることになった。いつか・・・・と横目に見ながら通読する手がでない。


 あるとき、この中里介山著『法然行伝』(ちくま文庫、2011年2月第一刷)というタイトルが目にとまり、衝動買いして書棚に収まった。が、これもしばらく眠っていた。いつ頃買ったのか定かではない。この本を2018年の5,6月にふと読む気になった。
 内表紙の裏に中里介山が昭和6年に記した文が抜粋されている。「今日、日本においては、外国人の伝記を書いて、日本人に見せるよりは、日本人の伝記を書いて日本人に見せる事の方が遙かに骨が折れることである。」という冒頭から始まり、末尾に『法然上人行状絵図』48巻は、「中古の雅文である上に、仏教について相当の教養を持たぬ今の人の通読に多少の困難があろうと思う。その中に権威的の史実も多いが、宗教的幻怪も少なくはない、それらを要訳して、この雅文の典籍を安易に読ましむることは、現代人に対する一つの親切であると信じて、あえてこれをなした僭越の罪をゆるされたい。」と締めくくる。
 つまり、この一文自体が昭和6年つまり昭和初期の読者を対象に語っている。法然の伝記を中里介山流に忠実に要訳して当時の現代人に提供したのだ。絵巻の詞書原文を読むよりも、中里流の現代文でその要訳を読む方が、更に後代の私たちには勿論のこと楽である。法然伝記の骨格となる内容を現代文で読めるのだから。
 『法然行伝』を通読することで、岩波文庫本に原文でまとめられた内容の大凡をまずは知ることができた。142ページで48巻の詞書の伝記内容が要訳されている。長年、背表紙を時折横目に見ていたもの、その内容に一歩近づけたと言える。
 このちくま文庫には、後半に『黒谷夜話』が併載されている。こちらは、武士の熊谷次郎直実、盗賊の天野の四郎、手越の長者の女、室の遊女などが黒谷の法然上人の念仏に引き寄せられていく様を描いた小説である。
 中里版要訳という形で『法然上人行状絵図』の大凡の全体のイメージができていた。

 そして、つい最近、この『法然上人行状絵図』自体の現代語訳が完訳として出版されていたことを知った。私にとっては、横目に見ていた岩波文庫『法然上人絵伝』のその内容全体を現代語訳で読み通すことができるという大きなメリットがある。

 
また、併せて購入していた岩波文庫版『選択本願念仏集』もまた書棚に眠っていたのだが、こちらもその後に買ったちくま学芸文庫版の石上善應氏による訳・注・解説付の『選択本願念仏集』の訳部分を最近何とか初めて通読を終えていた。

 ということで、本書現代語訳で全巻の内容を具体的に読み進め、先に通読したものと重ねて読み進める動機づけはできていた。

 「あとがき」によると、この現代語化は、「法然上人八百年大遠忌記念事業の一環として平成14年にはじまった。以来、ほぼ10年をかけようやく刊行の運びとなった。」(p513)という。平成25年(2013)3月に初版第1刷が発行されている。手許の本は、平成30年(2018)9月の初版第2刷である。

 本書を通読した読後感想を箇条書きでご紹介したい。
*内表紙の次に4ページ分のグラビアが載っていて、「巻1 冒頭詞書」「巻2 母との別れ」「巻8 頭光踏蓮」「巻31 七箇条起請文を執筆」「巻37 法然上人ご往生」「巻42 法然上人を荼毘に付す」という形で、ポイントになる5つの絵図が併載されている。
 しかし、それだけなので、絵巻という視点からはもう少し絵図を併載してほしかった。その点が残念。
 (岩波文庫にはモノクロの絵図が各所に少し併載されているので合わせると便利)
*詞書は、第○巻と巻順に、そして第○段と区分し順次全訳されている。現代語訳は読みやすいと思う。たとえば岩波文庫版の詞書原文と対照しながら改めて読みたいときに便利である。
 (岩波文庫版には巻の区分はあるが、第○段という表記はない。)
*本書の目次は、「第一巻 誕生」「第一段 行状絵図制作の意図と秦氏の懐妊」「第二段 誕生と奇瑞」「第三段 命名」・・・と言う風に、巻・段の主要点がインデックスとして記述されている。法然の生涯のどの時点を再読したいかという目的志向で読み直す際に便利である。
 また、この目次を読むだけで、法然の生涯の遍歴を大凡知ることができる。なお、現代語訳本文にはこの要訳記述は併記されていない。
 (岩波文庫版は原本に沿った活字本なので、勿論この要約表記はない)
*仏教用語、僧侶名、人名などは初出あるいは適宜、ルビが振られているので一般読者には読みやすい。
 (岩波文庫も同様にルビが付されている。)
*第1巻は行状絵図制作の意図表明と法然の誕生から書き起こされ、第42巻第7段で法然の遺骨を二尊院に納めるところまでで一区切りとなる。ここまでが法然の伝記である。本書のp45~p439であり、395ページに及ぶ。第43巻から第48巻は「上人の門弟」を順番に列挙して、法然との関係並びにその門弟の履歴と考え・立場などが簡略にまとめられている。法然を頂点とする法統を理解する上で役立つと思う。勿論、この辺りは既に研究され法統の図解は多分なされているとは思うが・・・。
*『選択本願念仏集』の訳文で全体の要旨を通読し、称名念仏の選択に至る論理的な思想構成を大凡は理解していた。この行状絵図の現代語訳全文を読むと、法然が称名念仏を選択した意図と意味の核心部分を様々な形で弟子や人々に伝えていることが良く分かる。法然もまた、相手に応じてその説明の仕方を変えていることがうかがえる。釈尊と同様に待機説法を援用されたようだ。
 殆どが、質問されたことに対し返答として法然が書き綴った文からの引用という形で詞書の中に記録されている。法然の思想、信仰が法然自身の言葉として伝わってくるところがよい。
*第42巻までの伝記部分は、法然の仏教思想と信仰の有り様を法然の生涯のプロセスの一環として読み進める形になり、流れとして読みやすい。しかし後半の上人の門弟の記述に至ると、私にはほとんどが初めて知る弟子たちの名前ばかりであり、読むペースが落ちてしまった。一般読者としてはいわば関心が半減してしまうからだろう。特定の弟子に着目し研究する人には興味深いのだろうけれど。後半は何とか通読した感じ・・・・・。
 法然の弟子たちを考える際に、この行状絵図がまず身近なソースになることを知ったことが私にとってのメリットかもしれない。

 思いつくままに感想を述べた。単に通読した域に留まるのだが、長年背表紙を見るだけで書棚に眠らせていた課題本をやっと一応読み終えた。自分としてはめでたし、めでたしというところ。さあ、次の一歩へ・・・・。

 ご一読ありがとうございます。

[追記 2022.1.2]
本書に関連する事項を少し検索してみた。一覧にしておきたい。
法然上人とお念仏  :「知恩院」
法然   :「コトバンク」
法然   :「Web版 新纂 浄土宗大辞典」
法然   :ウィキペディア
法然上人絵伝  博物館ディクショナリー  :「京都国立博物館」
法然上人絵伝  :「e國寶」(国立文化財機構)
法然上人行状繪圖  :「佛教大学図書館 Digital Collection」
法然上人行状絵図. 第5輯 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
延年[『法然上人行状絵図』より] 知恩院所蔵 :「文化デジタルライブラリー」
法然上人の生涯と教え  :「仏教ウェブ講座」
特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」 (2011年10~12月開催):「東京国立博物館」
  展示品の画像掲載 選択本願念仏集、国宝・法然上人行状絵図の一部掲載あり

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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