遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『明治維新の研究』  津田左右吉  毎日ワンズ

2022-07-22 09:23:51 | レビュー
 著者は、「文献批判による科学的な歴史研究」という立場をとり、「歴史は本職」と思い研究を続けた歴史学者。1873年に生まれ1961年に逝去。著者紹介の冒頭に「明治23年、早稲田大学に編入学し翌年卒業、旧制中学校の教員を務めるかたわら東洋史学の泰斗・白鳥庫吉の指導を受け」たと記されている。つまり明治時代に青春時代を過ごした研究者である。明治という時代を経験し体感している。その研究者が、生を受ける直前の時代である幕末の動乱期・明治維新を研究していることになる。
 本書の編集部によれば、「本書は、著者が昭和22年から最晩年に至るまでに月刊誌等に発表した明治維新に関する論文を集め、新たに編集したものです」という。本書は、2021年11月に刊行された。

 「はじめに-明治維新史の取り扱いについて」の冒頭で、著者の立ち位置が明確にされている。「ここにいおうとするのは、新しい研究でもなければ、これまで知られていなかったような事実を報告することでもない。いわばわかりきった事柄である。しかしこのわかりきった事柄が、近頃の明治維新について語る人々には、無視せられたり注意せられなかったりしているのではないかと思われるので、こういうものを書いてみることにしたのである。」と言う。この文が昭和22年当時の最初に記された文だとすると、現時点はさらに75年の時を重ねている。その間に、幕末動乱期、明治維新についての様々なイメージが累積してきている。「無視せられたり注意せられなかったりしているのではないか」と著者が危惧していた側面が、一層累積されているとみることもできるのではないか。

 少なくとも、明治維新を生きた様々な歴史上の人物たちが、当時の情勢・状況の理解として使用していた語彙・用語は、同じ語彙・用語であっても、そこにそれぞれの考え・思い、様々に異なる意義を含めて使われていた可能性が高いこと。そこには共通認識ができていたわけではない部分が多々見られること。時には歴史認識の誤解、間違いがみられるにも関わらず、当人たちはそれが歴史的事実だと認識して突き進んでいること。意図的に歴史的事実を歪曲しあたかも事実の如くに喧伝し人々に行動を促すという動きもあったこと。誤解を誤解と認識せずに己の行動原理としてしてつき進んだ人々もいたこと。などなど、様々な矛盾点などが本書を読むと見えてくる。

 歴史上の人物について、事実情報を知らない、あるいは知らされていない故に、自分の中に勝手なイメージ形成をしてきている部分が数多いということに気づかされた次第である。まさに、頭にガツン! 明治維新という時代に対する事実認識、当時を生きた歴史上の人物の人物像の再評価を促される思いを深めた。表層的な理解、認識しかしていなかったなという思いを強く受けた。

 例えば、手許にある学習参考書としての日本史年表には、「1867年10月 徳川慶喜大政奉還 12月 王政復古の大号令」と記されている。義務教育段階の日本史で、大政奉還という用語で学んだ記憶がある。その言葉の意味を深く考えることはなかった。また、掘り下げて教えられた記憶もない。
 著者は、大政奉還という言葉を使わず、政権奉還と記す。「政権」を朝廷に奉還するが、その時点では「政治」との関わりにおける徳川家の存在価値を徳川慶喜が放棄した訳ではないという事実の側面を著者は論じているように私は受けとめた。
「幕府は薩長の武力行動によって崩壊したのである。政権奉還はそのことみずからにおいては何ら進展もなく、ただ討幕の挙に機会を与えたのみであった。」(p148)と分析する。
 
 尊王攘夷派や官軍側が盛んに喧伝した「王政復古」という言葉の使い方についても、歴史的事実認識とは違った次元で使われていたことを、手厳しく論じている。
 「王政復古の要望は、浪人輩の宮廷人に接近することによって強められ、また薩長など諸藩の策士と結託することによって、それが実行的意味を帯びてきた。」(p154)
 「薩長の徒が、統一国家の予想の上に立たねばならぬ王政の復古を主張することになる。奇怪なことであるが、これもまた幕府を倒壊させるところに薩長の意図の主なる動機があったからだ、と推せられる。王政復古が上に記した如く種々の意義において変質したのは、王政の概念がもともと曖昧であり、また復古ということが本来実現すべからざるものであって、復古をいうことは実は変革を欲することであったからであるのみならず、その主張者・推進者の態度の純一でなかったことにも、よるところがあろう」(p155)
 「王政復古の思想の曖昧であり、またその実現すべからざるものであったことに気がつかなかったほどに、彼らの知識が幼稚であったのである。そうしてこれは宮廷人でも同様であった。浪人輩に至ってはなおさらである。」(p155)
「王政復古のイデオロギーは一つも実現せられず、ただその名によって幕府が顛覆せられたのみである。}(p151)

 日本の歴史における皇室の存在について、著者は歴史的事実を以下のように論じる。
 「現代の用語では、皇室は永遠の生命を有する国家の象徴であられ、国民の独立と統一の象徴であられ、また国民精神の象徴であられる、というべきである。これが、昔から長い歴史の進展につれて、皇室の本質になってきたことであって、政権をみずから行使せられることが本質であるのではない。かえって、政権を行使せられないことがこの本質の永遠に保たれる所以であって、それは歴史的事実の示すところである。」(p157)
 つまり、「王政復古」という主張は、この歴史的事実とはもともと矛盾していることになる。本書は、この用語一つをとっても、幕末動乱期、明治維新の実態を改めてとらえなおす、考え直す機会となった。
 
 序でに著者が本書で論考した結論的な文をいくつか引用しておこう。本書への誘いになればと思う。
*彼らが国賊と呼び極悪非道の朝敵として甚だしき悪罵を加えた幕府の定めた国策を遵奉することによって、明治の新政府を立て新政権を握ったものが、薩長人であった。 (p108)
*要するに明治の新政における天皇はどこまでも人であられ、決して神とせられたのではなかった。 (p189)
*起草者の考えと民間人の見解との間に、憲法(付記:明治憲法)に関し立憲政体に関して大いなる差異のあったことを一言しておこう。  (p280)

 さらには、この時代に登場する歴史的人物たちの実像を多面的にとらえなおす必要に迫られる情報が様々に提示されている。それが、「尊王」「攘夷」「政権奉還」「王政復古」「討幕」「明治憲法」などのキーワードとの関連で文献的史料を踏まえて、彼らの思想・思考・行動事実が語られている。実に興味深い思考材料となる。
 著者は人物名をカタカナ表記をしている。多面的にとらえなおすのに役立つ情報が語られる歴史的人物を漢字表記で列挙しておこう。たぶん、今まで知らなかった、あるいは知らされていなかった側面があることと思う。当該人物を見つめ直すとともに史実の背景をとらえのすのに役立つと思う。
 徳川慶喜、勝海舟、西郷隆盛、大久保一翁、大久保利通、木戸孝允、福沢諭吉、西周
 孝明天皇、岩倉具視、伊藤博文

 最後に、「五箇条の御誓文」が当時、具体的にどのような位置づけであり、どのような役割をはたすことになったかという考察もまた、知らなかった内容として興味深い。なぜなら、私はその五箇条の文を学んだだけで、その内容やその実行面について何ら情報を得ていなかったからである。たぶん、多くの人々も同様ではなかろうかと思う。明治憲法成立過程の背景考察もおもしろい。

 明治維新を違った目でながめるのに、一石を投じる本であることは間違いがない。

 お読みいただき、ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『古事記及び日本書紀の研究 建国の事情と万世一系の思想』 津田左右吉 毎日ワンズ 新書版