遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『源氏物語解剖図鑑』 文 佐藤晃子 イラスト 伊藤ハムスター X-Knowledge

2022-07-20 10:58:42 | レビュー
 新聞広告で本書を知った。『源氏物語』の梗概書、解説書や入門書は数え切れないほどある。その中で、本書はちょっと異色である。イラストの載ってないページはない。『源氏物語』に登場する主な人々は光源氏を筆頭にすべて犬や猫等の動物で描かれている。動物が擬人化されていて、人で描かれたイラストが時折でてくるが、それは「その他」に近い人々だけである。そのため光源氏をはじめ主な登場人物の容貌イメージは一切制約されない。犬猫のイラストによる擬人化のまま楽しむのも、動物好きには楽しいかもしれない。

 「『源氏物語』のストーリー、見所がこの一冊で分かるよう、簡潔にまとめることを目指した。」と著者は「はじめに」に記す。その通り、1冊147ページに収められている。
 「はじめに」に2ページ。序章として、『源氏物語』に登場するキャラクターや源氏物語についての総論、本書の見方などに6ページ。巻末の索引に6ページ。主な参考文献に1ページ。「おわりに」に1ページをそれぞれ割り当てている。それらを差し引けば本文が実にコンパクトにまとめてあることがわかるだろう。

 「まずは人物相関図や話の流れを把握するのも、一つの方法だろう」「平安貴族の基礎知識も各ページに加えた」と記し、さらに国宝『源氏物語絵巻』を初めとする源氏絵というジャンルの「美術作品を鑑賞する際にも、必ずや役に立つだろう」という観点をも盛り込んでいる。図鑑の形式を取った入門書としてはかなり意欲的な本である。

 表紙を見たときに、軽いノリの入門ガイダンス本かというイメージをいだいた。通読してみて、なかなかどうして、きっちりと入門レベル以上に各帖の要所を押さえてまとめられている。固くなりがちな解説内容をイラストが読みやすく和らげる役割を果たしていると思う。動物顔のイラストは登場人物のキャラの特徴を際立たせて描いていて、これはこれで楽しめる。気軽に読み続けていく上での相乗効果を生み出している。

 本文の全体構成をご紹介しておこう。
 全体は通説に準じて3部構成になっている。
  第1部 若かりし光源氏    1桐壺~33藤裏葉
  第2部 老いを迎える光源氏  34若葉上~41幻
  第3部 光源氏の子孫たち   42匂宮~54夢浮橋
 各部の冒頭は見開きの2ページを使い、主要人物のイラスト入りで人物相関図が掲載されている。上記の意図が確実に反映されている。

 基本的に、源氏54帖の各帖が見開き2ページでまとめられていく。ただし、例外が5帖ある。4ページまとめが「夕霧」「総角」「宿木」「浮舟」で、「若菜」が8ページまとめとなっている。それらの帖には、絞り込んでもそれだけ入門レベルにおいても知っておくべき事項があるということだろう。相対的に、個別の帖としてボリュームのある部分である。

 1帖見開き2ページの構成に特徴がある。右ページの上半分に帖の<あらすじ>を簡略に要約してある。併せてその帖を代表する形で描かれてきている源氏絵について、基本類型の構図をイラストにして、キーポイントを解説するという試みがなされている。類型化された構図がイラストで示されている。ここが、本書の一工夫だろう。ある特定の源氏絵を提示した鑑賞説明ではない。その帖でよく見られる源氏絵の解説というアプローチになっている。逆にいえば、その帖ではどういう源氏絵が描かれてきているかへのガイドである。本書に記載の著者プロフィールを読むと、美術ライターとあるので、ここは本領発揮の解説部分になるのだろう。
 右ページの下半分は、その帖の読ませどころ、著者紫式部の意図、視点の置き方など内容を分析的に捕らえて解説されている。その帖をどう読めるかへのガイドである。その帖を「解剖」(分析)した結果の解説とも言えよう。この説明の中に学ぶところがけっこうあった。
 左のページは、その各帖のストーリー内容に直接関係する事項を抽出し絞り込み、数項目を解説する。平安時代の文化・社会と平安貴族の基礎知識について、イラスト入りで説明されている。例えば第1帖「桐壺」では、<天皇の配偶者の序列>、<内裏図>、<後宮の住まいと身分の関係>、<臣籍降下>、<紫式部の時代は?>という基礎知識。第2帖だと、<雨夜の品定めのポイント>、<物忌み・方違えの意味>、<空蝉の身分落ち>、<位階の層区分>という基礎知識。これらの内容が説明されている。<>はこれらのページを読んでの私なりの表記にした。本書での小見出しどおりではない。
 つまり、その帖のストーリーを一歩掘り下げて理解するのに直接役立つ事項が説明されている。読者が内容を一歩深めて理解するための誘いといえる。この左のページには、帖の内容に合わせて、重点的な人間関係図を載せて、複雑な関係性をわかりやすく補足してくれていたりする。

 左のページに基礎知識の全てが網羅されている訳ではない。その帖に直接絡む事項をまず重点的に読者に知らしめるという点では大いに役に立つ形になっている。
 その延長線上で、本書の「主な参考文献」に載っている事典・ハンドブックという類いの本をリンクさせると便利な気がした。リンクさせることで一層の広がりが出てくると言える。
 手許にあり、必要に応じて参照し部分読みにとどまっている事典・ハンドブックの類の数冊が、本書の「主な参考文献」に挙げてあった。それでその思いを強くした。まだまだ手許の本を使いこなせていないな・・・と。その点でも私には本書が良い刺激になった。

 一つ、難点をあげれば、右ページ下半分を除くと、小見出し以外の説明本文の活字が小さいことである。若者には全く気にならないことだろうが、中高年にはちょと厳しい・・・・物理的な読みづらさがある。それだけ、見開きページの内容が多岐にわたっている。コンパクトにまとめられているとも言えるのだが・・・・・。

 ご一読ありがとうございます。