遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ある閉ざされた雪の山荘で』  東野圭吾  講談社文庫

2022-04-19 16:43:28 | レビュー
 手許の文庫本は2002年11月の第22刷。第1刷発行は1996年1月。奥書の記載がないので調べてみると、最初は1992年に講談社ノベルスとして刊行されている。30年前の作品ということになる。

 だが、このミステリーの構想は色褪せていない。
 乗鞍高原にあるペンション『四季』に7人の男女が指示を受けて集合する。7人は劇団『水滸』の演出家東郷陳平の次回作品出演者オーディションに合格したメンバーである。ペンションのオーナー小田伸一は、東郷の仲介人を介して、このペンションを4日間、食事や雑用はすべて自分たちでやる条件で借りきりたいという要望を受けた。小田はそれに応じた。東郷自身がこのペンションには来ないということを小田は知らされていた。
 集合した7人はそれぞれ東郷の手紙を受け取り、早春の4月にこのペンションに集合するよう指示された。なぜこの小説のタイトルが「雪の山荘」なのか? それは集合した7人に与えられた状況の設定に由来する。

 集まったのは女性が3人。笠原温子、元村由梨江、中西貴子。男性が4人。雨宮京介、本田雄一、田所義雄、久我和幸。久我を除き、他の男女6人は劇団『水滸』の団員でオーディションに合格した若者たち。久我は以前に劇団『堕天塾』に属していた。東郷の次回作のオーディションに応募して、ただ一人外部から合格した。
 7人がペンションに集合した時刻を見計らったかのように東郷先生からの速達が届く。
 その手紙を笠原温子が読み上げた。「今回の作品の台本はまだ完成していない。決まっているのは推理劇であるということ、舞台設定と登場人物、それからおおまかなストーリーだけだ。細部はこれから、君たち自身の手で作り上げてもらう。君たち一人一人が脚本家になり、演出家になり、そして無論役者になるのだ。それがどういうことかは、徐々にわかっていくことと思う」(p18-19)
 ここに設定された状況は、1)人里から遠く離れた山荘である。2)その山荘にやって来た7人の客である。3)記録的な大雪となり、外部との通信も交通も一切遮断された孤立状態に陥る。救助は来ない。4)町に買物に出かけたオーナーは帰って来れない。7人の客だけで食事等すべてを行い山荘で過ごす。つまり「ある閉ざされた雪の山荘」という状況が設定されていた。
 「その条件の下、今後起きる出来事に対処していってほしいのだ。そしてその時の自分の心の動きや、各人の対応などを、可能な限り克明に心に焼きつけてほしい。それがすべて、作品の一部になり、脚本や演出に反映されることになるからだ。」(p19)

 このストーリーがおもしろいのは、ペンション『四季』が全体としてひとつの密室空間になることである。内表紙の裏面に、2階建ての『四季』平面図が掲載されている。
 状況設定だけがまずある。登場人物はオーディションに合格して、ここに集合した彼ら自身ということになる。つまり、彼ら自身のプロフィール、日頃の考え方と行動、人間関係等が深く関わってくる。この山荘で物事を判断し、分析し、推論するための情報のソースは彼ら自身にあるということに・・・・。

 部屋割り、食事の準備担当割りから始まっていく。夕食後、最初の夜、遊戯室に備えられた電子ピアノを弾いている笠原温子がヘッドホンのコードで背後から首を絞められる事件が発生する。殺された? 第2日目の朝、笠原と相部屋になることを選択した元村由梨江が温子の姿を見ていないと仲間たちに告げる。彼らはペンション内と周辺を探したが、見つけられない。笠原温子は消えてしまった。事態が展開し始める。
 一方、外部への電話、外部の人間との接触をした者はその時点でオーディション合格を取り消されるという条件が付けられていた。彼らの行動の制約条件になる。
 第2日目の夜には、さらに元村由梨江が消える(/殺される)という事態が発生する。

 互いに日頃から知り合っている劇団『水滸』の団員6人と部外者久我という組み合わせ。久我は、オーディションのプロセスで見聞した6人の事以外、それぞれの人物については知らないことばかりである。
 このストーリーは、第1日目から第4日目という4章構成になっている。ストーリーの途中に、[久我の独白]という別枠が挿入されていく。久我が他の6人との関わりを深めるプロセス、久我の目から見た6人の人物評、人が消える(/殺される)という事態に対する独自の分析と推理などが、ストーリーの進展とパラレルに進んで行く。
 一方、久我は元村由梨江に関心を寄せ、この機会に攻勢をかけて友人関係を築こうと思っていた。
 また、オーディションのプロセスで、久我は劇団『水滸』の団員で演技力が優秀な麻倉雅美に着目していた。だがその麻倉がオーディションに合格していなかった事実に疑問を抱くことになる。その疑問を6人にぶつけていく。そこから思わぬ事実や背景が見えてくる。

 ストーリーの進展につれて、7人のそれぞれの個性が見え始める。それぞれの人間関係と関わり合いの深浅などがわかり出す。一方で劇団『水滸』の運営や裏話の情報が現状認識を深めて行く。このペンション『四季』という密室空間は本当に芝居のための場なのか、東郷先生にはどんな意図があるのか・・・・・、混迷が深まる。
 団員ではない久我が、結果的にこの推理劇の探偵役になっていく・・・・。

 最初に提示されている『四季』の平面図を見ながら、かつストーリーの途中に繰り返された伏線を読みながら、久我による最終ステージでの謎解きまで私には気づけなかった盲点があった。

 この奇妙なストーリーの進展に読者が引きこまれていくことは間違いない。
 
 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『鳥人計画』  角川文庫
『マスカレード・ナイト』  集英社文庫
『仮面山荘殺人事件』  講談社文庫
『白馬山荘殺人事件』  光文社文庫
『放課後』   講談社文庫
『分身』   集英社文庫
『天空の蜂』   講談社文庫

東野圭吾 作品 読後印象記一覧 1版  2021.7.16 時点  26作品