遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『蒼色の大地』  薬丸 岳   中央公論新社

2020-06-28 11:57:14 | レビュー
 『小説BOC』の創刊にあたり、「螺旋プロジェクト」が始まったという。8組の作家が古代から未来までの歴史の時間軸の中で、日本を舞台に、ある時代を担当し「海族」と「山族」が対立する歴史を描きだすという競作企画という。先般、読み継いでいる作家の一人、澤田瞳子著『月人壮士』を読んだ時、このプロジェクトのことを知った。時間軸通りの順番ではないが、2冊目として本書を読んだ。『月人壮士』が古代という時期を扱ったのに対し、この『蒼色の大地』は明治という時代を扱っている。
 本書は、『小説BOC』創刊号~10号(2016年4月号~2018年7月号)に連載されたものに加筆・修正して単行本化されている。

 神奈川の山間の村で生まれ育った新太郎・鈴という兄妹とその村に捨て子となり爺ちゃんに育てられた灯(ともし)が中心となる物語である。新太郎が12歳のとき、鈴が黒く濁った海老沼に落ちた。沼に入ったことのない新太郎は飛び込むことができなかったが、灯が飛び込んで鈴を助けた。50人ほどのこの村で、灯は目が蒼いことから爺と呼ばれた年頭とともに、村人から差別されていた。新太郎が父に鈴が灯に助けられたことを話しても、爺と灯には近づくなと父は言った。「青鬼と関われば不幸になる」と。
 1年ほど後、灯が13歳のときに爺が亡くなると、灯は村を去った。新太郎は灯の存在を感じると心がざわつき不快な思いに囚われる体験をしてきていた。灯に鈴を助けられたことで借りを作ったと感じている。また、鈴は灯に感謝する機会を持ちたいと願っていた。やがて、新太郎の父が亡くなると、新太郎たち2人も村を出る。
 3人の間にはそんな原体験があった。

 時は流れる。灯はどの地でも差別され居場所がない。絶望していたときに蒼い目の老人から聞き、流れ着いたのが鬼仙島だった。鬼仙島に渡る船は罪人船と呼ばれていた。この島で灯は差別されることはなかった。逆に、本土では忌み嫌われた蒼い目は、ここでは何か特別な存在と思われていると感じるほどだった。
 この島に住み始め、ある時点で灯は海賊の一員に加えられる羽目になる。蒼い目の蒼狼と呼ばれる男をリーダーに、弁才船を襲う一員となった。蒼狼は、鬼仙島の人間が彼らのことを「鯨」と呼び、この周辺の島を守る存在と考えているという。仲間は100人ほどいるという。この海賊行為は絶対に他言してはならないと灯に厳命した。

 蒼狼たちは蟻巣島を根拠地にしていて、そこは南城という隊長が統括していた。
 灯は、蒼狼に連れられて、別の島にある本殿に住む海龍様と呼ばれる首領に引き合わされることになる。海賊行為に加わった初日に、海龍様に引き合わされたことには大きな理由があったのだ。灯はその後、その意味を徐々に知り始める。

 一方、新太郎は横浜の町で出逢った軍服姿の山神竜彦に見込まれ、築地にある海軍兵学校に入ることになる。山神は兄妹の学費や生活費の援助をすると言う。調べてみると、この築地の時点では、海軍兵学寮と称されていたようだ。また、鈴は女学校に通うことになる。
 2年後、広島の江田島に移転し、海軍兵学校が開設される。新太郎は江田島に移る。
 仲間とともに新太郎らは英国から購入された防護巡洋艦「白山」で瀬戸内海を航行しながら航海訓練を受ける。近々同型の巡洋艦が英国から運ばれてくる予定になっていた。その巡洋艦は「聖」と称されることになる。

 ストーリーは、ここから大きく展開し始める。
 鈴、灯、新太郎のそれぞれに関わサブストーリーが進行する。それらが織り交ぜられながら、一つの収斂点に向かってストーリーが進展し、哀しみを内包した終焉となる。
 サブストーリー1は、鈴の視点で描かれる。鈴は鬼仙島の噂を知り、沼に落ちて助けられたことに感謝したい深い思いから灯さがしの旅に出る。鬼仙島への船中と島内において危険な目に会いながら、一途に灯を探す。鈴は少しずつ鬼仙島の実状を理解し始める。鬼仙島では居酒屋を営むお鶴が鈴を庇護しサポートしてくれる。
 どういう経緯で鈴が灯に巡り逢え、それからどうなるか。鈴の取る行動が読ませどころになる。

 サブストーリー2は、灯の視点に立つ。海賊の中に身を置き、海賊行為に反対の思いを抱きつつ渦中に巻き込まれていく姿と行動が描かれる。蒼狼をリーダーに海賊行為を行う一群の人々は、呉鎮守府の存在が障害になる。そこで、近々配備予定の軍艦「聖」を奪取する計画を立て、その実行に及んでいく。軍艦とともに「聖」を運んできた英国軍人たちを拿捕した。この人質を材料に呉鎮守府への交渉と対立が始まる。
 海賊たちの中で、灯がどのような行動を選択していくか。一方で、灯が蒼い目である事実、己の生い立ちを知ることになる。その上での灯の行動が読者を引きつけることだろう。

 サブストーリー3は、新太郎の視点から描かれる。「聖」を奪取されたことに対して、呉鎮守府の山神司令長官は交渉に応じる振りをして海賊の殲滅を計画する。海軍兵学校の幹部候補生5人を選び、無謀な決死作戦を命じる。だが山神は新太郎をそのメンバーには加えなかった。
 決死隊のリーダー・服部からに新太郎はこの作戦内容を知る。山神司令官の作戦が海軍の立場を考慮していない無謀さに危機感を抱く。自分が服部の代わりにメンバーに加わるという選択とともに、服部には決め手となる重要な別行動をとってもらう。山神司令官の作戦を阻止し、捕虜となっている英国人たちの救出を優先する行動に出る。山神の無謀な命令は、日本を英国との戦争に導く危険姓があるからだった。
 新太郎の行動が、勿論読ませどころとなる。そして、新太郎は灯と戦いの渦中で巡り会うことになる。

 山神は「山族」であり、海龍様を首領・蒼狼をリーダーとする蒼い目の人々は「海族」という図式になる。山神の海賊殲滅作戦の意図は思わぬところにあった。海龍が胸中に抱く意図にも二面性が秘められていた。自己中心性が暴き出される。
 山神は、新太郎の容姿をみたときに新太郎を「山族」の一員と識別した。蒼い目の灯は「海族」だった。山神と海龍様の対立の真因が明らかになる。

 かつて、瀬戸内海には村上水軍と称される海賊衆が活動していたという。だが村上水軍は江戸時代に既に消滅してしまったようだ。明治時代前半にも瀬戸内海に未だ海賊行為があったのだろうか・・・・・。
 そんなことを頭の隅で思いながらも、フィクションとしてこの小説のおもしろい状況設定と構想の展開、荒唐無稽さを楽しめた。事実を明らかにしていくプロセスが興味深い。

 ご一読ありがとうございます。

本書から関心が広がり、気になった事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
海軍兵学校  :ウィキペディア
呉鎮守府   :ウィキペディア
海上自衛隊呉地方総監部庁舎 旧呉鎮守府(ちんじゅふ)庁舎  :「呉市」
広島県の文化財 - 旧呉鎮守府司令長官官舎(呉市入船山記念館):「ホットライン教育ひろしま」
村上海賊って?  :「ひろしま観光ナビ」
村上水軍  :ウィキペディア
巡洋艦   :ウィキペディア
大日本帝国海軍艦艇一覧  :ウィキペディア

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『月人壮士 つきひとおとこ』  澤田瞳子  中央公論新社