遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『金剛の塔』  木下昌輝  徳間書店

2019-10-08 15:24:51 | レビュー
 本書は、大阪にある四天王寺の五重塔、特にその心柱をテーマにし、オムニバス形式で短編を綴った小説と言える。序章が「吾輩は聖徳太子である」と名告る一文から始まる。大阪の四天王寺で売っている木製のストラップ風お守りで、平たい木の表側に、聖徳太子の姿が刻印されているものが登場する。この聖徳太子が吾輩と名告っている。それと一緒に、スカイツリーのストラップが登場する。この2つは、高木悠の所持するスマートフォンにくくりつけられているものである。このお守りの聖徳太子とスカイツリーが対となり、このストーリーの黒子役を演じていく。
 高木悠は、「序章 技術を『盗む』」と「最終章 叡智を『育む』」に登場するだけである。高木悠は一級建築士の資格を持ち、大手ハウスメーカーの設計士だったが、仕事量が悠のキャパシティをオーバーする。過重労働からのストレスで、無断欠勤後辞表を郵送し、小さい頃に住んでいた大阪の四天王寺に行く。子供の頃に「崇史のおっちゃん、おれ、棟梁になる」と言ったときの夢を見たからだ。大阪の四天王寺境内を訪れ、コンクリート製の五重塔を見上げる。境内で偶然にも悠は年老いた崇史のおちゃんに邂逅する。
 悠が関東の中学に通っていた頃、四天王寺の魂剛組は経営不振で倒産した。だが、T建設が助けに入り、そのグループ会社として存続する形になり、木造の堂宮の建築だけを継続している。宮大工の職人たちは別法人を立ち上げ、8人の棟梁がそれぞれ組をひきい、魂剛組専属として仕事をしているという。崇史は瀬戸組をひきいる棟梁である。崇史に誘われて悠は松原の木工団地にある加工場を訪ねる。そして、崇史に尋ねられ、悠は瀬戸組で働く決心をする。宮大工の職人として弟子入りするのだ。

 序章は、高木悠が加工場で働き始めた時の話である。仕事は、箒とチリトリで加工場を掃除し、先輩の指示で道具をとりに走るというところから始まる。日本の伝統的な職人見習いの階梯である。そこで、序章は「技術を『盗む』」というテーマとなる。
 悠のスマートフォンに付けられていたストラップのお守りの聖徳太子がスカイツリーとともに、日本独自の五重塔の淵源へと時代を遡る旅に飛び出していく。様々な時代における「百萬合力の宝塔の完成」を見届けるという形でストーリーが展開していく。

 この本、目次の次に見開きで五重塔断面図がまず掲載されている。
 そして、ストラップの聖徳太子とスカイツリーが黒子となり、様々な時代に飛び、四天王寺の五重塔建立を見届ける旅が始まる。その結果、読者は五重塔がどのような構造になっているか、その細部について少しずつ理解できるようになる。中でも心柱とは何か、どのような役割を果たしているか、心柱の創造の根源に迫っていくことになる。それは、四天王寺の五重塔の建立、焼失・崩壊、再建立の繰り返しという変遷史の概略を知ることにもなる。
 各章がある時代における四天王寺の五重塔の建立過程の断面を切り取ったストーリーであり、一章完結型である。その時代を見届けると、聖徳太子はまた別の時代へとワープする。章順にこのストーリーの大凡をご紹介する。

 第1章 心柱を立てる
1.時代 安土桃山 織田信長による石山本願寺総攻撃~本能寺の変後4年
2.変遷 三代目の五重塔の建立途中で兵火に罹災し瓦解。さらに四代目の五重塔建立へ。
3.組織 魂剛組 正大工:不在 権大工:魂剛広目 
4.内容 魂剛組に弟子入りした四郎と24世を継承する予定の少年、魂剛家嫡男若竹が腕を競う場-四角い材を円柱に削る-に投げ込まれ、その結果若竹が出奔することから事態が展開する。天正4年(1576)に四天王寺が焼討ちされ、五重塔が瓦解してから10年後のストーリーが中心となる。魂剛広目は行方しれず、四郎が権大工となり、五重塔の再建に取り組む。北政所の命で、大和国の額田寺の五重塔を移築することとなる。だが、塔の老朽化から、心柱は新たに立てる必要が出てくる。四郎はそれを源左衛門と名乗る男に託す。
 四郎のこんな言葉が出てくる。「心柱自体では、五重塔を支えない。だからといって不要ではない。欠くべからざるものだ」(p67)。だが、五重塔再建にはもう一つ肝心なものが必要だった。
 心柱立柱の儀式の場面がクライマックスであり、読ませどころとなる。

 第2章 罪業を『償う』
1.時代 平安のはじめ 承和昌宝の刻印のある銅銭が鋳造された2年後の頃
2.変遷 承和3年(836)落雷で五重塔の心柱が損傷し取り壊し、五重塔の再建となる。
3.組織 魂剛組の頭:魂剛琵琶丸
4.内容 浜に漂着した流木を流民たちの住処の板壁材にするために、高真路は魂剛組に道具を借りにでかける。流木を板壁材に割る作業を魂剛琵琶丸に見張られることで、高真路の持つ木を割る目利きの能力を認められる。そして高真路は琵琶丸に木の購入の手伝いを頼まれる。その結果、高真路は魂剛組で番匠としての仕事を得るのだが、かつての悪業の仲間が出現してきて、高真路を窮地に追い込む。
 悪の所業に加担した過去をもつ高真路が、琵琶丸から手渡された南無阿弥陀仏の文字に罪業を償う道を見出すストーリーである。

 第3章 屋根で『泣く』
1.時代 江戸の終わり 文化年間
2.変遷 享和元年(1801)12月15日に落雷により五重塔焼失。12年後の塔再建途次。
3.組織 魂剛組第34世正大工 魂剛伝右衛門、権大工 魂剛太平治
4.内容 淡路屋太郎兵衛という謎の商人が勧進元となるや資金が続々と集り、四天王寺再建の手始めとして五重塔再建が着手された。数え年16歳の正大工伝右衛門は、悪友に誘われて遊び呆けている。権大工の太平治は怒り気味となる。伝右衛門には12,3歳の弟数之輔がいる。伝右衛門のすぐ下の弟で、病弱だが算学に優れている。兄弟仲はすごく良い。
 ある日、悪友の発案で伝右衛門は悪友と一緒に紙屑屋の集めた紙屑類から、絵師が紙屑屋に払い下げた紙屑を見つけそこから絵を盗むという行為に加担する。それが切っ掛けとなり一騒動が巻き起こっていく。それは紙屑屋から盗んだ絵が原因だった。
 伝右衛門が悪業を繰り返すのはなぜか。その解明プロセスが読ませどころとなっていく。伝右衛門には己の行動に秘めた意図があった。
この短編、伝右衛門の行動と心の謎解き並びに淡路屋太郎兵衛という人物の謎解きがおもしろい。そして、”「くずやぁ、かみくずぅ、紙屑屋ぁ」大八車を引きつつ、伝右衛門は高らかに声をあげていた。”という落ちがついていて、ほっとする。

 第4章 心柱を『継ぐ』
1.時代 平安の半ば
2.変遷 10年ほど前の大火災で四天王寺焼亡。1本目の心柱と三重目までの屋根ができた段階。
3.組織 魂剛組 魂剛五良
4.内容 「吾輩は猫である。」という一文から始まる。猫が活躍し五良を助けたことで、2本目の心柱が貝の口の継ぎ手により完全に接合されるに至るというストーリー。当時の四天王寺は施薬院・療病院・悲田院・敬田院という4つの広大な寺域をもち、それぞれの寺域に棟梁が割り振られて、四天王寺の堂宇の再建を手がけていた。魂剛五良は五重塔を含むメインの寺域である敬田院を担当する棟梁であり、五重塔再建を進めていた。
 五重塔再建途中で様々な凶事・忌みすべき事が起きる。そんな悪事の再発の中で、五重塔再建中止という事態になりかねない窮地に展開する。それを助けたのが猫アレルギーの五良が嫌う猫というのがおもしろい。そしてそれらの悪事を働く主犯者が誰だったかという意外性が加わる。
 猫はもともと日本には存在せず、経典の将来とともに、日本に渡来したということをこの短編で知った。猫は鼠から経典を守る守護戦士というわけである。

 第5章 何度も『甦る』
1.時代 江戸のはじめ
2.変遷 慶長20年(1615)、大坂夏の陣の戦火で四天王寺は全焼した。その3年後の話。
二代将軍徳川秀忠の命令で、四天王寺の復興が決まった。
3.組織 魂剛組 25世正大工魂剛伝右衛門、権大工魂剛四郎
4.内容 伝右衛門が五重塔の作事を行い、権大工の四郎が金堂を受け持つ。伝右衛門は四郎の娘・お七と10日後には祝言をあげて夫婦になる予定だった。伝右衛門は祝言の日にも左義長柱のおさまり具合を再確認することに没頭していた。祝言から5年後、いよいよ五重塔作事の最終段階に来ていた。そこで夏の陣の落ち武者が凶事をもたらすことになる。その顛末がこの短編の読ませどころと言える。
 この短編で、心柱は3本の柱が貝の口継ぎ手の技法でピタリと一本の柱であった如くに仕上がることがわかる。そして、左義長柱の重要性も。
 
 第6章 姿形が『変わる』
1.時代 聖徳太子の御代
2.変遷 日本に初めての五重塔が創造されるステージ
3.組織 朝鮮百済国から渡来した造寺工3人:金剛、早水、永路
4.内容 この短編集成の中では、この章が一番濃密とも言える。なぜ、心柱というものを考案し、日本独自の五重塔が創造されたかがテーマになっている。五重塔の美しさというテーマでもある。そこにさらに仏教の変容というテーマと厩戸皇子の存在というテーマが併存する。3つのテーマが絡まり合いこの短編が生み出されている。この小説の中では、圧巻の短編である。
 仏教の変容を当初拒否する金剛とその金剛に語りかける老僧恵便及び前信尼との対話が仏教の変容を俎上にのせるプロセスとなっている。重いテーマだがわかりやすい語り口である。厩戸皇子について著者は独自の仮説を立てている。良く知られた言辞の場面で一瞬違和感を感じたが、その違和感がこんな展開となるのかと思う組み込み方となっていて、実に興味深い。

 最終章 叡智を『育む』
1.時代 現代
2.変遷 現在の五重塔(コンクリート製)
3.組織 丸の内地所の設計部
4.内容 「知られざる日本遺産の活躍」というセミナーが丸の内地所本社ビル8階の大会議室で開かれる。設計部の一番後輩である松本華奈が説明会での説明役に選ばれてしまった。彼女がこのセミナーで講演し質疑応答をうけるというストーリーが展開する。その会場には、高木悠の親友である坂田大規が出席している。大規は華奈と一緒に法隆寺や四天王寺をこの説明会のために旅行していた。
 説明会では、五重塔の心柱が話題となっていく。それが奇しくもスカイツリーとの共通点を結果的に有するという。
 各章を読んでくると、この最後のセミナーの内容は非常に興味深いものである。スカイツリーができた当時、報道で少し読んだ記憶がある共通点について、少し掘り下げて学ぶことになろうとは思ってもみなかった。
 このストーリーの落とし所がおもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心を広げて検索したものを一覧にしておきたい。
和宗総本山 四天王寺 ホームページ
四天王寺  :ウィキペディア
東京スカイツリー  ホームページ
  コンセプト 
  設計構造
東京スカイツリー  :ウィキペディア
五重塔  :ウィキペディア
五重塔  :「法隆寺」
京都の誇る4つの五重の塔  :「Open Matome」
五重塔は耐震設計の教科書  :「プラント地震防災アソシエイツ」
1300年前の技術が支える東京スカイツリー :「キッズ・ウェブ・ジャパン」
File54 五重塔 :「NHK 美の壺」
何故、五重塔は倒壊しなかったのか culture :「濃尾・各務原地名・文化研究会」

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