遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『英語で読む方丈記』 鴨長明著 森口靖彦、デキビッド・ジェンキンス訳 IBCパブリッシング

2019-07-14 11:28:41 | レビュー
 本書は、IBC対訳ライブラリーの1冊として出版されている。表紙のアピール文言をご紹介すると、「世界の英知が身に付き英語力がアップする」というもの。本書はCD付である。このCDは、CD Extra形式で、オーディオCDとMP3の音源が1枚のディスクに収録されているというものである。
 本書への導入は、日本文での解説となっている。「はじめに」として、「方丈記と日本人」と題し、山久瀬洋二氏が簡略な解説をしたあとで、「本書の読み方」として、この翻訳の背景が語られている。「方丈記のような古典は、英語で読む方が現代人には分かりやすいかもしれません」という逆発想の観点がこの対訳シリーズに持ち込まれているようである。というのは、本書の対訳は、『方丈記』の原文がそのまま右ページに記され、その原文各行に対応して翻訳された英文が左ページに記されている。方丈記の原文を韻文のリズムでそのまま読んで、左のページを見れば、その英語訳が記されているという次第である。原文(韻文)⇒現代日本語訳⇒英語翻訳ではない。読者は、英語訳を読み、英語で理解するか、自ら現代日本語訳を考えるということになる。つまり、
 右ページ: ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
 左ページ: The flowing river never stops and yet the water never stay
the same.
という具合である。
 そこで、この対訳では時代表記が和暦のままになっている。つまり、こんな風である。 右ページ: いにし安元三年四月廿八日とよ、・・・・・(略)
 左ページ: One night long ago -- it would be the twenty-eighth day of the
third year of Angen --

 過去に方丈記を部分的には読んでいたものの、逆にそのため時代をなんとなくしか考えていなかった。今回「方丈記が語る時代が、平安末期、平清盛の時代から平家滅亡後の鎌倉時代初期である」(p8)ということを再認識した次第である。この対訳版は方丈記という古典そのものを改めて読むという機会になる。意識して読むように導かれるというおもしろい効果がある。
 「日本の古典の名作が英語になることで、日本人のものの考え方をいかに英語にするかという参考にもなるはずです」(p8)という点が、やはり読者にとっての魅力だと言える。
 そして、最初に「鴨長明 年譜」と「鴨長明とゆかりのある京都近郊図」が収録されている。

 この後、本書の主体部になる「イントロダクション」と「方丈記」が見開きページ対訳形式で構成されていく。「イントロダクション」は『方丈記』自体の構成とその特徴、鴨長明の人物と人生の概説がまとめられている。方丈記と鴨長明のアウトラインを知るための概説論文という感じである。見開きページの下部に欄外語注が付いていて、普段見慣れない単語や難しい語句の説明が為されているので、そこを参照すれば概ね辞書を引くことなしに、英文を読んでいくことができるようになっている。
 先般、この出版社の別シリーズ「英文快読」の1冊の読後印象をご紹介した。あのシリーズ本は高校生レベルの英語力で「快読」できるとご紹介した。それと対比すると、こちらは大学の教養課程レベルの英語力で読める位かと思う。
 たとえば、「Introduction」の最初の英文訳3ページを読んだとき、私にとりあまり馴染みのない単語がちょくちょく出てくる。そこで欄外語注を見れば載っているという具合である。どんな単語か、私が躓いたものを欄外語注から列挙して、ご紹介しよう。語彙力のなさをさらけ出すようだが・・・・・まあ、いいだろう。
 prelude, recluse, portentous, toll, contemporaneous, supple, prefugure,
disinheritance, ecclesiastical, pivot on ~, scathe, leitmotief, elegiac
といった具合である。この語注の助けで英文が理解できた次第。
 尚、このイントロダクションでは、『方丈記』の構成と特徴の概説部分の英訳は結構難しい単語が頻出しているが、鴨長明の人生を概説する所は割と英文が読みやすくなる印象を持った。
 『方丈記』の本文の対訳は上記の通りであり、CDは男声により本文の英文訳が吹き込まれている。クセのない聞き取りやすく普通のスピードで読まれた録音になっていると思う。
 
 本書のおもしろいところは、伊藤裕美子氏により、方丈記の英訳文から「TOEIC ビジネスで役立つ表現」として15項目が抽出され、例文付で解説されたセクションが設けられていることである。8ページのボリュームになっている。
 最後に、37項目の註釈が英文対訳で収録されている。最初の註釈5項目を参考にご紹介すると、「安元3年、樋口富小路、治承4年、中御門京極、嵯峨天皇の治世」という具合である。

 これを機会に、インターネットで少し調べてみると、方丈記の英文概説や、方丈記の本文の英文訳は結構容易に入手できることを発見した。一方、日本語で方丈記を概説しているサイトもある。調べた範囲では対訳形式のものは見つけていない。

 本書のように英文を介して、逆に日本の古典を原文で読み、その雰囲気とリズムを味わう、その内容を日本語・英語の対比を通じて理解を深めるというのは、おもしろいチャレンジであり、かつ体験となると思う。勿論、日本文のページのみ読むということも役に立つだろう。「イントロダクション」はその類いである。『方丈記』の原文なら他にもソースはいろいろある。本書でなくてもよい。方丈記原文⇒英文というところが魅力的といえる。本書を手に取るトリガーになれば幸いである。

 序でに触れておきたい。先日、梓澤要著『方丈の孤月 鴨長明伝』(新潮社)の読後印象をご紹介している。こちらは伝記小説である。この伝記小説から『方丈記』に入って行くというのもおもしろいと思う。

ご一読ありがとうございます。

本書からの波紋で、ネット検索してみた。一覧にしておきたい。
方丈記  :ウィキペディア
鴨長明  :「コトバンク」
方丈記 鴨長明 :「青空文庫」
鴨長明「方丈記」現代語訳と朗読  :「无型 -文学とその朗読」
鴨長明の方丈記|無常観とは?内容解説|原文と現代語訳  :「四季の美」
知っておきたい『方丈記』雑学!現代語訳と解説をイラストで楽しむ新刊紹介 :「一万年堂出版」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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こちらもお読みいただけると、うれしいです。
『方丈の孤月 鴨長明伝』 梓澤 要  新潮社