遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『電力危機』 山田興一・田中加奈子  ディスカバー・トゥエンティワン

2012-10-14 20:35:07 | レビュー
 本書の副題は、「乗り切るための提案、この先50年を支えるための提言」だ。そして表紙には、「消費電力ピークを乗りきる合理的な節電努力とは? また、被災地復興と足並みをそろえた、電力不足解消の中・長期ビジョンとは? 電力危機を契機に変化する私たちの暮らしと、日本の再生可能エネルギーの未来を解説する。」という文章が載っている。

 この文言を受けてであろうが、二章構成になっていて、第1章が前半の問題提起の短期対策、第2章が後半の課題である未来に向けた中長期の取り組みとなっている。内容としては、わかりやすい論調でまとめられていて、読みやすいと思う。 
 
 第1章は、家庭の電気ブレーカーが落ちる理由から説き起こし、マクロの電力量の危機をどうとらえるかという説明にうまく結びつけている。結論は簡単だ。消費電力の「ピーク」が電力供給量を超えないようにすること。そのための対策をとること。
 統計データをうまく使いながら、まず、やみくもな「マイナス15%」節電の無意味さを述べている。そして「ピーク」に焦点をあてることに気づかせる。つまり、夏期30日間で、「危険時間帯」は9:00~20:00が問題だと絞り込む。考えれば当然のことながら、家庭での節電のカギはエアコンである。そこで、エアコンの使い方を説明している。それとともに、「家庭で使用する主な電気製品の定格消費電力」(p49)や「節電行動リスト」(p60~62)などをうまく引用してきている。
 オフィスでは、データによると「空調、照明、OA危機で約88%」の電力消費比率だという。具体的対策が記されているが、これらは従来からほぼ実施されてきているものばかりだ。結局、如何に徹底できるかにかかっていると言えようか。
 産業・社会向けの提言として、「ピークカット」はあくまで、電力供給力の危険ラインに対する緊急事態策にすぎず、「ピークシフト」を如何に実現するかだとしている。これもまあ、オーソドックスな原則論の提示にしかすぎない。また、過去幾度か既に企業が実施してきてもいる。
 社会で危機を乗りきる「緊急停電防止システム」の実証実験を行ったという紹介があり、興味深いが、本書の発刊時点ではまだ検証段階まで行っていないようだ。その結果が知りたいところである。
 行き着くところは、人々の精神性や公共性を喚起することでまとめている。
 やはり、原則論的提言になっているというのが読後印象である。

 第1章を読んで、気になるのは、消費電力量、つまり需要量のデータが目につくが、供給電力量についてのデータがわかりづらい点だ。総電力設備能力でみた最大供給力という視点が見えない。いわゆる脱原発論者・研究者が採りあげる観点での供給力については議論の対象になっていない。私はそのようにしか理解できない。その点に触れていくと、「電力危機を乗り越える」という以前の論議に戻ることになるからだろうか。

 第2章は、論理の展開が明瞭である。原子力を「やめるか、やめないか」ではなくて、「いつ再生可能エネルギーにシフトするか」という視点での分析アプローチである。
 原子力関係者が「孤立」してしまったことと意志決定を行う人たちの科学リテラシーの欠如を問題視している。著者は言う。「現在世の中で使われている科学技術について、どういう科学が役立ち、その真髄は何かを理解することが科学リテラシーです」と。
 この章で著者が試みていることは、原子力、火力・水力など、新再生可能エネルギー(太陽光発電、風力、中水力、地熱)という電源に着目し、2020年の日本の発電について、5つのケースを設定して、そのシナリオ分析を行っている。原子力発電所にどれだけ依存するかを軸にした5つのシナリオである。そして、電源構成の変化を推定している。そして、各再生可能エネルギー発電の建設が可能かどうかがポイントだという。こういう分析手法での情報提示自体は、一般読者にとり考える材料として有益だと思う。

 著者の提言の結果は、次のあたりだろうと理解した。
「ここに示した五つのケースは、単純にどれか一つが『正解』と簡単に選び取るためのものではありません。大切なのは、例えば50年後の未来に日本はどのような姿になるべきかというビジョンを描き、そこにいたる途中の道筋として、2020年の姿を選ぶということです。」(p170)「感情的なエネルギー転換論は、国民を迷わせ、疲弊させるばかりです。明確な未来の見通しと、その裏づけとなる科学的根拠が、何よりも大切だと私は考えます」(p170) そして、5つのケースは極端な条件設定をしていると留保条件を付けている。
 シナリオ分析手法による方法論は理解できたが、著者自身の「明確な未来の見通し」を、私はあまり理解できなかった。
 「発電とともにある日本の未来」という節では、太陽光発電に期待がかけられている論調と受け止めた。しかし、太陽光発電の建設の可能性については、あまり言及されていない。コラム記事で多少の一般動向の言及はある。

 第2章の131ページに、「なぜなら地熱発電は熱源が地球内部の放射性物質、核分裂エネルギーで、その熱源からの蒸気を電気に変えるシステムだからです」と記述しているが、そう断定的に言えるのか。ウィキペディアの「地熱」の項を読むと、地熱の発生源を併記しているのだが・・・・。(これも「科学リテラシー」につながることだと思うので、気になる次第。門外漢の感想でしかすぎないが。)

 コラム記事が13掲載されている。これがバラエティに富み、結構面白かった。
 電力危機問題は、中長期的には電力供給体制という構造改革にまで視野に入れていくべき局面があろうかと思う。コラム記事だけでさらりと終わっている。

 読後印象として、ある種の物足りなさが残る。一方で、いろんな意味で、問題意識を喚起するには役立つ本だと思う。
 今夏の電力消費が緊急事態、危機的状態を回避できている結果について、現時点(2012年10月)以降に本書の改訂版を仮に出すとしたら、著者はどういう解説を本書に付け加えるのだろうか。

ご一読、ありがとうございます。


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 本書の関連事項をネット検索し情報収集してみた。その結果をまとめておきたい。

科学技術振興機構 のHP
 低炭素社会戦略センター  
 停電予防連絡ネットワークとは?
 停電予防連絡ネットワーク 実証実験概要
 昨年並みの節電が定着する関東地方、関西地方で大きく進む節電
 エネルギー・環境に関する選択肢ごとに国民生活への経済影響を分析
 
節電レベル→「停電予防連絡ネットワークによるシステムの効果を実証試験で確認」の注
  これは、本書のp60~62の内容に相当する箇所

家庭の省エネ大事典 2012年版  pdfファイル :資源エネルギー庁
家庭で使用する主な電気製品の定格消費電力 資源エネルギー庁調べ
電化製品の消費電力 :株式会社 成田
省エネルギーセンター パンフレット一覧 工場・ビル
 他に、政策、生活、交通、機器などの一覧もある。

電力調査統計 集計結果又は推計結果 :資源エネルギー疔
「統計表一覧」のページです。
石炭・原油・天然ガス・電力消費量 ←「世界の統計」 :総務省
 世界比較のデータ。日本がどれだけ消費しているか。
電気事業60年の統計  :電気事業連合会
平成24年度 数表でみる東京電力
電力統計「見える化」一覧 :エレクトリカル・ジャパン

電気予報
 北海道電力 
 東北電力  
 東京電力  
 北陸電力  
 中部電力 電力需給状況のお知らせ 
 関西電力 電力需給のお知らせ 
 四国電力 電力需給状況 
 九州電力  

電力使用状況グラフ  :エレクトリカル・ジャパン
関西電力の現在電力使用状況 

なっとく!再生可能エネルギー :資源エネルギー疔
新エネルギーとは :新エネルギー財団
地熱   :ウィキペディア
地熱発電 :ウィキペディア
地熱発電の基礎知識  :JMC Geothermal Engeering Co. Ltd.
太陽電池 :ウィキペディア
太陽電池の原理  太陽光発電工学研究センター :産総研のHP

再生可能エネルギーの固定価格買取制度が始まりました。日本の再生可能エネルギーを社会全体で育てる仕組みに、あなたのご協力が必要です   :政府広報オンライン

スマートグリッド :ウィキペディア
スマートグリッドとは何か?知っておきたい次世代電力ネットワークの基本【2分間Q&A(62)】  :ソフトバンク ビジネス+IT
デマンドコントロールシステムのご紹介 :東京電力
BEMSによるエネルギー利用管理技術  :省エネルギーセンター

原発Nチャンネル14 原発なしでも電力足りてる 小出裕章
原発なしでも電力は足りている :livedoor wiki
電力はなぜ足りたのか?シリーズ2 関電の能力 :武田邦彦


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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『全国原発危険地帯マップ』 武田邦彦

『放射能汚染の現実を超えて』 小出裕章

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』 たくきよしみつ 

2011年8月~2012年7月 読書記録索引 -1  原発事故関連書籍