遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『陽炎 東京湾臨海署安積班』 今野敏 角川春樹事務所

2011-08-28 22:40:01 | レビュー

今野敏の安積班シリーズは、『最前線 東京湾臨海署安積班』を一番最初に読んだと思う。それ以来、『神南署安積班』、『警視庁神南署』なども含め読み継いできたが、出版順に読んだ訳ではない。この『陽炎』だけ読み残していた。

安積班というタイトルにあるように、このシリーズは安積警部補を班長とする刑事課強行犯係・5人チームの捜査活動を描いている。私はこの5人のキャラクター設定が好きである。スーパーヒーローでなく普通の人間味が溢れている刑事達という意味で。

安積剛志警部補(係長)
離婚歴があり、一人娘・涼子(二十歳)がいる。娘とも別居だ。「法を無視するような警官ではない。しかし、判断基準を法にではなく正義に置いている」と村雨はみている。安積の声には「包み込むような低音で、説得力を感じさせる」独特の効果がある。本人はそうとは思っていないが、周りからの信頼感は高い。

村雨秋彦部長刑事
安積班のNo.2。須田よりも経験豊富。「村雨は優秀な刑事だが、良くも悪くも伝統的な警察官だ。規則を重んじ、秩序を尊ぶ」。安積は安心して村雨に仕事を託せると評価する一方で、村雨に心理的コンプレックスを抱いているふしがある。村雨ならどう考えるだろう、とつい考えるのだ。本書では三十六歳。結婚していて、西葛西の団地に住む。
捜査でペアを組む桜井をしっかりした警察官に育てようとしている。

須田三郎部長刑事
本書では三十一歳・独身。警察署の敷地内にある独身寮(待機寮)に住む。少々太りすぎで行動がぎこちなく、一見のろまな印象を与える。感情移入しやすく、感情表現が苦手な人物。「須田の行動はすべてがパターン化してみえる。安っぽいテレビドラマの演技を見ているようだ。おそらく、かれはそうすることが正しいと信じているのだろう」と安積は観察している。しかし、外見とは裏腹に、「洞察力が鋭く、思慮深いのだ。東京湾臨海署きってのコンピュータ・マニア」である。
安積が刑事部長の頃に、安積とペアを組んで活動した経験の持ち主で、いまでも安積を「デカチョウ」「チョウさん」と呼ぶ。周りは彼だけがそう呼ぶのを認めている。

黒木和也
須田とペアを組む。「豹のように精悍な体つきをしており、動きは機敏だ。きわめて無口で神経質な男だが、それは一流のスポーツ選手がもつ神経質さに似ている」。須田と黒木のペアは、「うまく両者の欠点を補い合っているのだ」と安積はみている。彼も待機寮の住人。

桜井太一郎
村雨部長刑事とペアを組む。安積班の最年少。「桜井はすっかりおとなしい刑事になってしまったように見える。村雨がそういうふうに教育してしまったのではないか」と安積はひそかに心配するくらい、桜井は村雨に従順である。

そして、忘れてならないプラス・ワンの人物がいる。
速水
安積とは初任科での同期で独身。交通課所属で警視庁直属の交通機動隊の小隊長だ。情報通であり、好きな時にいつでも強行犯係のところに顔を出す。このシリーズでは、安積班のサポーター的役割を果たしている。本人は本庁所属という意識より、「なんども言わせるな。おれはベイエリア分署の・・・・」という意識が強い。「ハイウェイ・スーパースター」であることを誇りに感じている人物。警視庁に三台だけ配備された3000GTスープラのパトカーを乗り回す。

キャラクターの書き出しが長くなった。こんな顔ぶれがチームワークを発揮して、事件の捜査活動をし、時には本庁の刑事たちを出し抜く快挙をあげるのだから、痛快である。

この『陽炎』は8つの事件を扱った短編集である。ちょっとした時間で一つの事件を読了できる。安積班のメンバーがそれぞれの個性を発揮しながら事件に関わり、チームが成果をあげていく。短編なので、事件のストーリーはそれほど入り組んではいない。だが、きらりと光る洞察力、発想の転換、地道な論理の積み上げなど、捜査プロセスで押さえどころがうまく描かれている。

どんな事件が展開するのか、ご紹介しよう。
<偽装>
レインボーブリッジ下り線の路肩に、白のトヨタ・カローラが駐車されっぱなしになっていた。その中から、吉田浩一・石田夕子署名の遺書が発見される。湾岸一体を捜索したが遺体は発見されない。狂言なのか?その後、晴海ゴルフセンター前で若い女性の遺体が発見される。そして石田夕子と確認される。臨海署の鑑識・石倉は素手による扼殺の跡を発見する。
この事件の最中に、速水が、独身の須田がホテルのロビーで女性と話し込んでいたという目撃談を持ち込んでくるというエピソードが挿入されてくる。

<待機寮>
板東連合系の暴力団組長が、胸を数発撃たれて死亡する。犯人が台場の潮風公園近くで車を乗り捨てたことが発見される。公園内に逃げ込んだようだ。須田と黒木は待機寮に住んでいる。須田は寮執行部の委員長。待機寮には地域課所属の巡査長・三十五歳のヌシが騒がしい宴会をし、寮生の顰蹙をかっている。そこに疲れて帰ってきた二人が出くわし、一悶着。黒木が須田をかばう役割になる。こんなことが繰り返される。
その一方で事件が進展し、犯人が金本康作と判明する。事件発生後三日目で居場所が発見される。包囲した場に真っ先に到着したのは黒木。その包囲の中には、二日酔いとおぼしき中園がいた。中園は包囲網にも穴があると自信気に言い、そちらに移動しようとする。「勝手に動くと危険です」。止まらない中園に、仕方なく黒木は従う。その前に、犯人が突進してくる。

<アプローチ>
少女のレイプ事件。その話を聞いた、須田と村雨は対称的な反応を示す。あからさまに悲しげな表情で深くため息をつく須田と地域課の係員の報告をきわめて事務的な態度で聞く村雨。安積は村雨に病院に行くように指示する。すると村雨が須田に同行を求める。例外的なペアとなることを、安積は了解する。早耳の速水が安積の許に現れる。不思議な男だ。地域課の警官にはそっけなかった少女が刑事たちには積極的に告訴するという。その結果、取調室で安積も面談する。一方、診断の結果、犯人は膣外射精をしていたという事実がわかる。どこか奇妙なレイプ事件・・・・捜査が続く。

<予知夢>
村雨が明け方に奇妙な夢を見る。それが心に尾を引いている。その夢は前日に、喧嘩した少年を取り調べた結果かもしれないと思う。署に出てくると、強盗・傷害事件が発生していた。被害者は、犯人が金髪で髪が短く、左の耳にピアスをしていた少年だという。村雨は奇妙な感覚に襲われる。デジャヴなのか。被害者は三十五歳・独身で病院勤務の事務局員。会計の他に、備品から薬の発注までこなすという。ゲームセンターでナンパし、食事に誘った少女が一足先に帰り、その後レストランを出たところで襲われたとのこと。これはオヤジ狩りなのか。村雨は事件捜査の途中で須田に言う。「私たちは本当に正しい方向に進んでいるのかどうか・・・・」「その夢が、現実になったことって、ないか?」。
被害者の周辺を洗っていくと、意外な事実が出てくる。

<科学捜査>
若者のカップルが、午前三時を過ぎた頃、海浜公園の海辺近くで全裸女性の死体を発見する。本庁の捜査一課の強行犯第五係が加わり、帳場が立つ。この合同捜査本部に、STの青山が参加する。科学捜査研究所の特捜班員だ。彼が事件解明の可能性を明確に示唆していく。
STの心理分析専門家・青山の登場とは懐かしい。青山は、今野の「ST警視庁科学特捜班」シリーズに出てくる特捜班メンバーの一員なのだ。このシリーズ、特捜班の持ち味を組み合わせた推理展開による事件解決が面白い。立て続けにほぼ全冊読んだと思う。
脇道にそれた。本筋に戻ろう。
手がかりのほとんど無い全裸女性の身元捜査のために、捜査アプローチの可能性を的確に示唆する青山。安積とペアを組んだ聞き込み捜査で、安積が解せない質問を相手に投げかける青山。しかし、その質問が事件解決のための重要な手がかりとなっていたのだ。

<張り込み>
この短編集の中では一番短い小品だ。わずか14ページ。
麻薬取引の現場を押さえるための張り込み。速水も人出不足のせいで引っ張り出されて安積と組む。須田部長刑事はイタリアンレストランの店先の椅子に、ぼんやりと腰掛けた風情で張り込んでいる。その前を通る老夫婦や若いカップルの会話を聞きながら。
麻薬取引が始まった段階で、現行犯として卸の暴力団員の方は身柄を拘束される。一方、売人は老婦人を人質にしてBMWで逃走する。それを、速水と安積がマークⅡで追跡する。カーチェイスが始まる。
末尾に記された須田の思いの発言が印象的だ。

<トウキョウ・コネクション>
エイク・チャンという香港系マフィアが、コカイン・カルテルの一員であるラモン・ヘルナンデスと東京での麻薬取引の計画を立てる。警視庁の国際薬物対策室がそれを察知し、その主導事案に安積と須田が助っ人として引っ張り出される。須田が英語を話せるところをかわれたのだ。交通機動隊の速水も動員されている。
エイク・チャンは、警察の上を行くという自信を持ち、悠然としている。「チャンの手下は皆、自動小銃やサブマシンガンで武装している。いざとなれば、強行突破できるだろう。羊たちを捕らえるのに慣れていても、狼や虎を捕らえられるとは限らない」と高をくくっているのだ。
本庁での会議で配られた二人の写真を、須田は得意のコンピュータ・ソフトを使って、独自にコラージュを作る。速水は、プリントアウトを臨海署の生安課どまりで配布することを助言する。
月のない夜の麻薬取引、須田の感想は「まるで、テレビドラマみたいですね」。これに安積も同感する。取引現場と想定される場所での張り込みよりも、エイク・チャンの滞在するホテルが気になりだした安積。勿論、そこにも張り込み要員は既にいる。そこで薬対の警部の指示を無視し、安積たちはホテルに向かう。
この麻薬取引はエイク・チャンが頭脳戰で警察に挑んだのだ。須田のコラージュづくりが生きてくる。

<陽炎>
この最後の短編は単行本に加わった書き下ろし作品だ。
四国から東京に出てきた予備校生・坂崎康太が唐突に海が見たい衝動にかられて、お台場海浜公園にやって来る。だが満たされない思い。そのうち尿意を催し、茂みの陰で用を足そうとしたのが不運の始まり。「痴漢よ。覗きよ」と騒がれ、その場を逃げ出すが、次々に事件を引き起こす。最後はナイフを持っていると脅して、エミという女の子を人質にして、あるビルの屋上にたてこもる。事件の連絡を受けた桜井。安積を含めてチームは現場に向かい捜査を始める。
その時、素直に人質になったエミは死んでもいいかと思う悩みを抱えていた。
暑くて、苦しくて、不快な屋上。飛び降りれば、すべてから解放される。坂崎がその誘惑にかられたとき、その屋上に安積が現れる。そして、陽炎を介して坂崎と安積が対決する。安積は自分の所属と名前を伝え、相手に名前を尋ねる。
「坂崎君か。それで、君はここで何をしてるんだ?」坂崎は妙な質問だと思った。
二人の会話から、坂崎の思った事件が次々に安積により、引っ繰り返されていく。
このどんでん返しがおもしろい。

主に三十ページ前後の小品を集めたものだが、安積と部下それぞれの人間関係の様々な陰翳を描き、その中に温かみを保ちつつ、安積を中心にチームで行動する強行犯係を浮彫にしている。ストーリーの組立は比較的シンプルで、ワンポイントの読ませどころを潜ませるという作品群に仕上がっているように思う。



京都に住んでいると、東京の警察、お台場などは、日常では新聞記事とテレビの画像で見るばかりだ。そこで、実際の警察(警視庁)とお台場などについて、ネット検索してみた。

警察庁と警視庁はどう違う? この違いなんかも普段は意識外。考えることもあまりなかった。正確に答えられる人はどれくらいいるのだろうか。

警察庁

警察庁と警察のしくみ

警視庁

警視庁の組織

警視庁 高速道路交通警察隊

東京湾岸警察署

所在地と管轄区域

東京湾岸警察署のホームページには、
東京湾岸署の若手のホープを紹介します」なんて、ページもある。


お台場

お台場海浜公園

お台場百科事典・お台場データベース

品川台場の歴史

品川台場跡


浮世絵に品川のお台場を描いたものがあるかと、ネット検索してみたが、直接お台場を描いたものを見つけられなかった。画題にはならなかったのかも。一方、品川宿や御殿山を題材にした浮世絵はいくつか見つけることができた。