「サッカー文化フォーラム」夢追い人のブログ

1993年のJリーグ誕生で芽生えた日本の「サッカー文化」。映像・活字等で記録されている歴史を100年先まで繋ぎ伝えます。

JFA宮本新会長の時代と、J60クラブの時代

2023年12月07日 11時11分56秒 | FIFA、サッカー協会
このほどJFA・日本サッカー協会の新しい会長に宮本恒靖氏(46歳)が就任する見通しとなったことが報じられました。

日本サッカー協会会長といいますと、Jリーグスタート以降、1990年代前半から長沼健会長、岡野俊一郎会長、川淵三郎会長、犬飼基昭会長、小倉純二会長、大仁邦彌会長、田島幸三会長と受け継がれてきました。

この歴史をみますと、犬飼会長を除けば、いわば日本サッカー界における論功行賞的人選、あるいはスポーツ界特有の縦の人間関係で決まってきたと感じざるを得ません。

言い換えれば、その時代に日本サッカー協会のリーダーがどういう力量を備えていなければならないかとか、その時代の課題がどんなもので、リーダーがそれに対応できるのかどうか、といった視点を抜きに、次は誰にしようか、といった内輪の互選で決めていく時代ではなかったかと思っています。

その中で「犬飼会長を除けば」と申し上げましたのは、犬飼会長だけは外部から落下傘のように協会に招かれた方でした。もちろん、外部といっても、まったくの外部ではなく浦和レッズでのクラブ経営の手腕を買われ、Jリーグ専務理事を2年務めた後、会長に就任された方です。

この人選には、前任の川淵会長の「これだけ社会的影響力が大きくなったJFA組織は、経営者的感覚を備えた人でないと、率いていけない」という強い信念のもと、犬飼氏に白羽の矢を立てた大胆な決断が働いたものと解釈しています。

しかしながら、川淵会長が協会内に隠然たる影響力と人脈を築いている状況ならば、それを後ろ盾に犬飼会長も長期的視点で協会経営に当たれたと思いますが、いかんせん、犬飼新会長を支えるはずの幹部たちにしてみれば、あたかも霞が関中央官庁のトップ人事のように「次はあの人、そのあとはこの人と描いていたシナリオを崩された突発人事」のようだったのではないでしょうか。

犬飼会長の2年間は、周りが面従腹背、思うような協会経営ができなかったことでしょう。2年後の役員改選で、どのようなシナリオが描かれ犬飼会長が辞任することになったのか、当「サッカー文化フォーラム」は、いまからでも、詳らかにしなければならないテーマに据えています。会長交代に暗躍した人もいたに違いありませんので。

ある意味、犬飼会長が2年だけで辞任されたことで、会長人事は、元通りの「禅譲路線」に戻ったことが、そのあとの会長選びに現れていると思います。

それから10数年、このたび、田島会長は3期6年をもって勇退することを決意されました。現在66歳だそうです、当・夢追い人は、もう少し在任されるのではないかと思っていましたが、何が勇退を決意させる要因だったのか、ご本人の言葉を待ちたいと思います。

そして、後任に白羽の矢を立てたのが宮本恒靖氏というわけです。
もちろん、田島会長の独断で決められる時代ではありませんから周到に手続きを踏んで、また宮本氏にも助走期間にあたる日本サッカー協会の理事、専務理事の経験を踏んでもらってのことですが、犬飼会長就任時のインパクトをはるかに上回る人選だと思います。

今回の次期会長人選には、いくつかの特徴があると思います。
一つは、犬飼会長選出時と同様、協会内で昇進してこられた方ではなく、ある意味落下傘的な方であることです。
これが、犬飼会長が味わわれたご苦労と同じ状況を生まないのかどうか、少し見ていく必要があると思います。

次に、宮本氏には、協会内で長くテクノクラートとして経験を積んだわけでもなく、犬飼会長のように企業経営者として卓抜した手腕を認められての選任でもないという特徴があります。

特に今の協会というのは、例えば日本代表のマッチメイクや各種大会参加でも巨額の資金を必要とする、いわば「カネをどうやって捻出するか」といった経営手腕が非常に重要な任務になっていることを考えると、宮本新会長の手腕が心配になるというより、一般的に言われる経営経験とか、協会運営経験などまったく無用の、新しい取り組みで「稼げる協会」にしてくれるかも知れないと期待したくなります。

3つ目の特徴は、若く、高い識見を持ち、しかも国際人であるという宮本氏のキャリアです。
これからの時代、年齢は組織のリーダーには関係ないかもしれません。特に世界規模のスポーツであるサッカービジネスの世界ではなおさらです。国際サッカー連盟(FIFA)の現会長であるインファイティノ氏も宮本氏と同じ46歳で就任しています。

現会長の田島氏も、筑波大学大学院を修了され助教授も経験された見識を持っておられる方ですが、宮本氏もガンバ大阪選手の傍ら同志社大学を卒業され、選手として現役引退すると、今度はただの大学院ではなく、国際サッカー連盟(FIFA)がスイスで運営する「FIFAマスター」(「スポーツに関する組織論、歴史・哲学、法律についての国際修士」の大学院コース)に入り見識を高められています。

加えて英語力はビジネスレベルで、2004年のアジアカップ準々決勝のヨルダン戦のPK戦では、主審に「これはフェアじゃない。ピッチ状態がよいほうでやるべきだ」と通訳なしでPKの位置変更を申し入れ、前代未聞のPK戦途中でのサイド位置を実現させるという、日本サッカー史に残る離れ業をやってのけた実力の持ち主です。

何といっても「FIFAマスター」研修の1年半で築いた人脈は、これからの会長としての活動に大きな力になるであろう国際人であり、単に日本の会長にとどまらず、アジアそしてFIFAの舞台に飛躍できる期待を抱かせる方です。

4つ目の特徴は、JFA内部のテクノクラートから協会幹部を窺うほどの野心的な人材が少ないのではないかということです。今回、宮本氏とともに会長選に立候補の意思を示した方が、現在、 Jリーグチェアマン室特命担当オフィサーの鈴木徳昭氏という方だそうです。

鈴木徳昭氏といえば、ご存じの方はご存じかと思いますが、オフト監督当時、通訳として日本代表の活動に活躍された方です。
その後の、その語学力を買われFIFA派遣当時は、2002年日韓W杯招致活動に尽力され、AFC・アジアサッカー連盟にも派遣され、近年は2020東京五輪招致委員会の戦略広報部長として活躍されたそうです。

JFAのテクノクラートとしてはピカ一のキャリアと語学力、国際人脈を持った方ですから、その点では宮本氏と勝るとも劣らないキャリアと言えます。

したがって、会長選に立候補されるのも頷ける方です。最終的には立候補を断念されるそうですが、願わくば、この豊富なキャリア、人脈、語学力を生かして宮本会長と二人三脚で活躍していただきたいものです。

宮本新会長が、鈴木徳昭氏を副会長に起用するのでは、と考えるのは、当・夢追い人だけでしょうか?

さきほど「JFA内部のテクノクラートから協会幹部を窺うほどの野心的な人材が少ないのではないか」と申し上げたのは、以前のように協会内部の人材について話題になることが少なくなり情報として持ち合わせていないだけのことで、鈴木氏のような有能な人材が数多くいらっしゃるのかも知れません。

それにしても昨年2022年、Jリーグ村井チェアマンの後任として、コンサドーレ札幌社長の野村芳和氏が選任された時もインパクトがありましたが、今回もそれ以上のインパクトです。

つくづく思うのは、従来の序列型人事にとらわれず、誰に託すべきなのか、という組織が直面する「使命」や「課題」から逆算して相応しい人物を選ぼうとする考え方がサッカー界に定着しつつあるのではないかということです。

以前あったように、2年やそこらで、時計の針を元に戻すような力学が働くことがないことを願いつつ、新会長就任の暁には、心から拍手を送りたいと思います。

今回の書き込みに「JFA宮本新会長の時代と、J60クラブの時代」というタイトルを付けましたが「J60クラブの時代」のほうは、次の書き込みに譲りたいと思います。

お楽しみに。





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「Jリーグ=プロサッカー」化に尽力された方の訃報がまた一つ

2022年08月28日 22時07分08秒 | FIFA、サッカー協会
当ブログが主宰しているwebサイト「サッカーの世界へようこそ・サッカー文化フォーラム」の中で、1980年代半ば以降の日本サッカーの流れを「ヒストリーパビリオン」というカテゴリーで詳細にひもといています。

その中で、特に1986年以降の日本のサッカー関係者の取り組みの二本柱になったのが「日本リーグのプロ化」と「ワールドカップの日本招致」でした。
前者は主として、当時の日本サッカーのトップリーグである「日本サッカーリーグ」の運営事務局で検討され、後者は主として日本サッカー協会で取り組まれてきたテーマです。

1988年に川淵三郎さんが「日本サッカーリーグ」運営事務局の代表者である「総務主事」に就任する前、1985年からその任にあたっていた方が「森健兒」さん。1986年にスペシャルライセンスプレーヤー制度、いわゆる個人レベルでのプロ登録選手制度をスタートさせ、奥寺康彦選手、木村和司選手の二人のプロ契約選手を誕生させたのも森健兒総務主事の時でした。

1988年3月には、森健兒総務主事、木之本興三事務局長のもとで「JSL第一次活性化委員会」がスタートしてプロ化への本格的な検討が始まったのです。その年の秋に総務主事が川淵三郎さんに引き継がれ、翌年には日本サッカー協会の場に検討が委ねられ、「日本リーグのプロ化」と「ワールドカップの日本招致」が一元的、相乗効果をもたらす取り組みとして加速していったわけです。

そのあたりのことは、「ヒストリーパビリオン」の「伝説のあの年」に詳しく書き込んであります。
その「Jリーグ」誕生に向けて先鞭をつけた方である森健兒さんが亡くなられたという記事を目にしました。

当ブログとして「サッカーの世界へようこそ・サッカー文化フォーラム」サイトは、こうした功労者の業績を称え伝えていくことを重視しています。

森健兒さんは1991年、「社団法人日本プロサッカーリーグ」が設立された時、川淵チェアマンのもと「専務理事」を務められ、1998年から4年間は日本サッカー協会の専務理事を務められました。
森さんにとって、そのポストが十分な、満足できるポストだったのかどうか、当方には、いまはまだわかりません。
いずれ、そのことも時間の流れの中で、少しづつ輪郭が見えてくるのではないかと思っています。

木之本興三さんに続いて、森健兒さん、Jリーグを誕生させた二人の功労者が鬼籍に入られたわけです。時の流れは待ってくれない、そう感じます。



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五輪イベント自体が商業主義に毒されすぎてしまった悲劇

2021年08月14日 19時23分14秒 | FIFA、サッカー協会
前回の聞き込みの冒頭「東京五輪2020」は終わりましたが、いろいろな意見はまだ続いています。私は一点の曇りもなく「開催してよかった」と思っていますし、堂々と申し上げたいと思います。」と書きました。

そして「そもそも、オリンピックというイベントは、単にアスリートのためのものだけではなく、地球上に住む私たちすべての人々に何らかのポジティブな影響を与えずにはおかないイベントです。」とも書きました。

そのオリンピックというイベントが、その趣旨にそぐわない形で歪められる危険があるのが、かつてのベルリン五輪に代表される政治利用、権力のプロパガンダの道具になってしまうことですが、もう一つ危険なことが、商業主義に歪められることです。

8月12日の産経新聞に「TOKYO2020+1 次代への教訓」という短期連載が掲載されていますが、この日のテーマは「解けない『商業主義』の矛盾」です。

書き出しで「6日午前11時に開始予定だった東京五輪のサッカー女子決勝は、前夜になって午後9時半キックオフに変更された。・・・・」とあります。
そもそも、真夏の午前11時キックオフ自体が狂気の沙汰の設定てしたから、当然と言えば当然の変更なのですが、元はといえば、IOCがアメリカNBCテレビと2032年までに日本円に換算して約8400億円という巨額の放映権契約を結んでいるため、NBCとしては高視聴率が見込めるアメリカ大陸のゴールデンタイムに放送できるよう、試合のキックオフ時間が設定されるという、選手の試合環境などまったくお構いなしの決め方なのです。

さらに言えば東京五輪の7~8月開催自体も、57年前の前回大会が10月10日開会式だったことと比較しても「どうして?」ということになるわけですが、これもNBCが「7~8月は世界的なスポーツイベントとかぶる心配がなく高視聴率が見込めるから」ということからきています。IOCがアスリートファーストでオリンピックを開催するという期待は、とっくの昔に捨て去られた幻想で、IOCはスポーツ貴族といわれる幹部たちが手にできる巨額マネーという商業主義に完全に毒されている組織だということです。

記事は書いています。「IOCの収入の9割は各国・地域の五輪委員会や各競技連盟などに配分され、それによって特にマイナースポーツは助けられている」とのことです。確かにスポーツ振興に資金は欠かせませんが、ただ膨張させればいいというものではないように思います。

こんなやり場のない矛盾を解決する手立てはないのでしょうか?
同じことはFIFAにも言えますので、どうしても書いておきたいと感じました。
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UEFAよ、選手たちを君らに隷属させて、どういうつもりか。

2017年04月16日 18時53分09秒 | FIFA、サッカー協会
私は今怒っています。これが怒らずにいられましょうか?
テロの被害者であるドルトムントの選手たちを歯牙にもかけず、翌日に試合をさせるというUEFAの所業。

選手たちをロボットか何かと勘違いしているとしか思えません。爆発に巻き込まれた選手たちがどれほど心理的ダメージを受けたか、露ほども顧みないのでしょう。

UEFAは「両チームに試合可能かどうか問い合わせたが特に異論は出なかった」と釈明したそうですが、最初から放映権ありき、スポンサーありきです。

選手たちは、そういうUEFAの目先の利益第一主義に隷属されられたのです。ひどい話です。
私は、いまからでも再試合をして欲しいと思いますが、叶わぬ願いでしょう。

しかし、UEFAも非科学的ですよねぇ。心理カウンセラーを派遣して面談すれば、すぐわかることです。それをやらないということは、最初からやる気がないとわかります。

そんな中、我が香川真司選手が、1ゴール1アシスト、チームは敗れたものの光明となる活躍でした。いまやチームの中では年長の選手、精神的な成長を見せた試合になったようです。

あと3日に迫った2Lg、モナコでのアウェーゲーム、なかなか勝利が見通せないですが、できることなら逆転勝利で、なによりもUEFAを見返して欲しいと願っています。

ところで、同じ準々決勝の1Lg、ベスト16の1Lg同様に大敗を喫したバルセロナに関して、昨日楽しみな催しがあったのですが、風邪気味の体調不良に見舞われ、参加をドタキャンしてしまいました。

残念だったのですが、どんな催しだったのか書き込んでおきます。
テーマ:監督論:田村修一氏が関わった監督とFCバルセロナのグアルディオラ元監督、ルイス・エンリケ監督との比較・考察
現代サッカーにおいて、世界一のクラブを率いるために必要なもの、必要なこと

テーマにもありますように、著名なサッカージャーナリストの田村修一さんを迎えてのトーク会といった催しでした。

何かの機会に、また似たような催しがあれば、今度はぜひという感じです。
では、また。
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「日本サッカーを変革した偉大な方」木之本興三氏逝去

2017年01月22日 17時07分45秒 | FIFA、サッカー協会
タイトルはセルジオ越後さんの「日本サッカーを変革した方」とトルシエ元監督の「偉大な方を失った」というお悔みの言葉をお借りしてつけました。

さる1月15日、元Jリーグ専務理事、元日本サッカー協会常務理事の木之本興三氏が逝去されました。68歳とのことです。

同じ時期に活躍された森健児氏は逝去を悼む手記で「2つの思い が交錯する。「まだ早い。70にもなっていないじゃない か」「よく頑張った。もう無理はするな」と述べておられます。

ご存知の方も多いと思いますが、木之本さんは若くして病魔に襲われながら、病気との壮絶な戦いを続け、Jリーグ設立をはじめ、日本サッカーの変革に取り組んだ方です。

しかも、50歳を超えてから別の難病に襲われ、両足を切断することになっても車いすで精力的に活動をされた方です。

その不屈の精神力は幾つかのテレビドキュメンタリーでも紹介されています。

私も木之本さんと一度お会いしたことがあり40分ほど話をさせていただいたことがあります。逝去されてからこうしてお悔みを申しあげるまで1週間たちましたが、落ち着いた気持ちになるのに時間がかかりました。

木之本さんに、なぜタイトルに書いたような最大級の賛辞が送られるのか、それは、Jリーグがスタートする8年も前の1985年頃から、すでにサッカーのプロ化に向けた布石を打ち続けた方だからです。

私は、自分の使命である「日本のサッカー文化を100年先まで繋ぎ伝えていく」という取り組みのスタートラインを1993年ではなく1986年に引いています。

それは、このブログのリンク先にもなっている「サッカー文化フォーラム」のwebサイト「ようこそサッカーの世界へ」のヒストリーパビリオンで紹介している「伝説のあの年」シリーズのスタート年をお読みいただければわかります。

ディエゴ・マラドーナが世界中のサッカー少年の心を虜にしたこの年、木之本さんが尽力した最初の一手、奥寺康彦選手と木村和司選手を第一号とするプロ契約選手(当時はまだ、そういう呼称は許されなかったようですが)を誕生させました。

当時「日本サッカーリーグ」と呼ばれていたJリーグ前身のアマチュア時代の事務局で、そういった取り組みを始めたのが、木之本さんとその上司にあたる森健児さん(児という字は正確ではないようです。正確には旧というところが臼という字になっている字のようです)のようです。

川淵さんはまだこの時、事務局にはおられませんでした。このことが「Jリーグ設立の真の功労者は木之本さん」と評する方もいる要因になっているのではないかと思います。

木之本さんと川淵さん、川渕さんが森健児さんの後任として「日本サッカーリーグ総務主事」に就いてから、プロ化へのスピードが加速したことは言うまでもありません。

この二人が二人三脚、表と裏の関係、誤解のないように言えば、裏とは「陰」とか「裏街道」ということではなく「裏方」ということです。川淵さんが陽の当たる表、木之本さんが陽のあたらない裏方に徹して、粛々と仕事をこなした結果、Jリーグは生まれたということなのでしょう。

その木之本さんが、何かのインタビューで「それは墓場まで持っていかなければならない話」と話していたのを読んだことがあります。

川淵さんと木之本さん、こり二人はどういう関係で20年近くを歩んできたのか、墓場まで持っていくつもりの話とは何だったのか、今後100年のサッカー文化の中の、最初の20年を語る上で、この部分を解き明かすことは不可欠だと思っています。

サッカージャーナリズムにも、その解明を期待しますが、それだけに頼っていても仕方ありませんので、自分のテーマにもするつもりです。

それが木之本さんに対する真の追悼になることだと思っています。
最後は少し重たい話になりましたが、木之本さんのご冥福をお祈りいたします。







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ハリル後任監督は、筑波閥か早稲田閥の争い?、やめて下さい派閥主義

2016年10月16日 14時01分59秒 | FIFA、サッカー協会
サッカージャーナリズムのみならず、一般のジャーナリズムまでがハリル監督更迭を叫ぶ段階にきて、日本サッカー協会も水面下で動き出している情報がチラチラ出始めています。

ハリル監督更迭ということは、後任監督が確実に最終予選を突破してくれることを、日本中のサッカーファンが期待できる人を選ばなければならないことを意味しています。

前回の書き込みでもテーマにしましたが、いまは最終予選のさなか、しかも自動出場権獲得の圏外にいる、いわば非常事態です。時間も使える選手も限られている中で答えを導いていくという、極めて難しい局面を託されるときです。

そういう時に出てくる日本サッカー協会トップ・田嶋会長の思惑みたいな情報、つまり「会長は前から『日本人監督主義』、できれば自分の出身である筑波大の出身者を何とか選びたいと思っているはず」などといった話。

協会内で実際に代表監督の「でき不出来」を判断するのは技術委員会という部署で、そのトップは西野朗さん、彼は早稲田出身。当方が前回の書き込みで「岡田武史さんしかいません」と主張した岡田さんも早稲田出身です。

となると筑波閥VS早稲田閥? やめて下さいそれだけは。「派閥争いの結果、誰々さんに決まりました」といった昔の政治家たちみたいなことは。

後任監督の条件はただ一つ、限られた時間と戦力の中で確実に「W杯出場権獲得」というミッションを達成できる人は誰なのか、それに尽きます。1997年は、そういうことすら出来ず、他に選択肢がないからという理由で岡田武史さんをコーチから昇格させました。

しかし、それがなんと、しかたなく昇格させた人が、日本人でただ一人、しかも2回もW杯出場に導いた空前絶後の名将だったという、これほどの「瓢箪から駒」はない結果につながりました。

けれども、また同じことをやって「二匹目のドジョウ」狙いってことだけはやめてください。

私は日本のサッカージャーナリストたちが、ワールドワイドな視点に立って日本サッカーを見るようになっていることを年々感じていますが、日本サッカー協会には、どうもそうした信頼感が持てません。

彼らが、そういうメッセージを、ほとんど発しないことが原因だと思いますが、発しない理由という点も掘り下げて問いたいと思います。

例えば日本サッカー協会は定例記者会見というものをやっているでしょうか? ネット検索で「日本サッカー協会定例記者会見」と検索しても何も出てきません。やってないのです。

そこから、もう「ブラックボックスのJFA」と言われてしまいます。派閥主義でやっているのではないかとか、世界基準で考えているのかといった指摘に反論があるはずなのですが「言わせておけ」「無視、放置」といった姿勢でこもっているのではないでしょうか?

日本代表W杯連続出場が危険水域に入っているいま、なにも聞こえてこない日本サッカー協会からのメッセージ。こうした状況をそろそろ改革する時期にしきていると思います。サッカージャーナリズムはもとより、いろいろな組織のガバナンスを指摘することに長けた一般ジャーナリズムも声をあげて、この改革を促して欲しいものです。
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久々の拍手喝采ニュース、FIFA理事当選

2015年05月01日 19時40分38秒 | FIFA、サッカー協会
日本サッカー協会からFIFA理事選に立候補していた田嶋幸三さんが、AFC総会選挙で当選したというニュースが入ってきました。

久々の拍手喝采だ。田嶋さんをはじめ協会関係者の皆さんに、心から「おめでとうございます。ここまで、ご苦労さまでした」

当ブログが、日本サッカー協会には少し辛口に構えていることは否定しませんが、要は、今回のような実績を積み上げて欲しいという願望からきています。

ザッケローニでブラジルW杯に惨敗して、アンダーカテゴリーでも次々と世界キップを逃し続けては、この先5年、10年に必ずW杯出場権獲得失敗といった事態を招きます。

23年前の1993年、日本で開催されたU-17世界選手権に、開催国として出場の機会を得たことから、中田英寿、宮本恒靖、松田直樹といった、のちの日本サッカーの中心選手となる素材を強化して大会に臨み、見事に決勝トーナメント出場を果たしたのを機に、1995年のU-19、1996年のU-23五輪代表と、アンダーカテゴリーの日本代表が次々と世界大会出場権を自力で勝ち取るようになりました。

その後も若手年代の育成の手を緩めずに世界大会への出場を重ね、それがフル代表への質の高い選手供給へとつながり、5大会連続のW杯出場を果たし続けていることは、サッカーを愛する者であれば、誰にでもわかることです。

それが、ここにきてアンダーカテゴリー年代が弱体化しているということは、当然、これから先のフル代表に影響が出ることになります。とりわけ問題なのは中東諸国や中国などが豊富な資金力にものを言わせて、15年前、20年前とは比べものにならない程、育成に力を入れているということです。

アジアから世界大会に出場できる枠というのは、この先も当分のあいだ、劇的に増えるなどということはありません。したがって、以前は韓国、サウジアラビア、イランぐらいが強力なライバルだったところに、UAE、クウェート、中国そしてオーストラリアなどが加わってくれば、当然、出場権獲得が難しくなります。

私が日本サッカー協会に対して、強くもの申したいのは、こうしたアジア全体の相対的なパワーバランスの変化を見切った強化策を講じないところです。そう言うと「われわれも当然それなりにパワーバランスの変化を把握している」とか「それに対応した強化策を講じている」などと反論があるに違いありませんが、それは反論ではなく言い訳にしかすぎません。

ACL・アジアチャンピオンズリーグに対するサポートにしてもそうですし、その他もろもろ、あまりにも日本サッカー協会は「お役所しごと」になり下がってしまっています。

私は、これは、ある意味、大企業病だと思っています。会社の成長・発展・停滞・衰退のサイクルと同じ道を歩んでいると思うのです。20年前、協会は社会的注目度もあがり、協会運営も責任感に満ちた活力ある組織だったと思います。

しかし、会長はじめ首脳陣と言われる人たちが、情実で選任されたのだろうと揶揄されるような形で引き継がれていくうち、日本サッカーの進歩発展、代表チームの世界におけるレベルアップといったことに対するギラギラとした情熱は失われ、首脳陣そのものの保身や官僚的運営のみが支配する組織に変質してしまったのです。

それが、アンダー世代でのアジア敗退を招いているのです。当事者たちは認めたくないでしょうが、逃れられない現実です。

おそらく、FIFA理事への役員送り込みといった布石を着々を打ち続けて、日本に必要な対応策を先手先手で打っていく必要性については、協会自身もよくよく承知していたと思います。問題は、それを実現させる戦略や行動力が足りなかったわけです。

今回、そのうちの一つに布石を打つことができました。これを機に戦略・行動力にさらに拍車をかけて欲しいのです。会社と同じで、現状に安住していたら競争社会で、それは退歩、敗北につながるのです。

どうか、協会幹部という居心地のいい組織で安住しないでください。日本の社会の中でも注目度が高い大切な組織を預かっているのです。周りの変化に対応して成果をあげ続けていくための、不断の努力、高い集中力、そして強い責任感といった資質と実行力が求められているのです。日本でも、どこでもトップ企業において情実人事などということは、もはや考えられない時代です。

グローバル競争に勝ち抜いていくために、決してかじ取りを誤らずに、組織を鼓舞しながら最大限の力を発揮できる能力を備えた人材は誰なのか、次を託すリーダーを誤りなく選び出す、それがトップの最重要課題の一つでもあるのです。ですから、時々、副社長や専務を飛ばして常務クラスから後継者に抜擢される人事が飛び出すのです。

日本サッカー協会の今はどうですか? 大仁さんの次は田嶋さん、その次は原さん、そこまではもう決まりでしょ。協会専従職員に人材が限られているというのも一つの理由だと思いますが、Jリーグの村井さんのように、誰もが認める人材なら外部から来られたって、何の問題もない。ところが協会には、外部から招いた犬飼さんを引きずり下ろしたという歴史があります。

私は、今回の田嶋さんのFIFA理事当選を、心の底からお祝い申しあげます。ですから、どうか協会の将来も、あくまで、日本サッカーの進歩発展、代表チームの世界におけるレベルアップという基本課題を達成できる人材として誰がふさわしいのか、協会内部だけという保身、官僚的思考から早く脱却して、決めていって欲しいと思います。

早いもので、もう名前が忘れ去られそうになっている前日本代表監督アギーレ氏の疑惑問題が世間を騒がせた時、協会幹部の責任追及も厳しかったが、その時「代表監督を更迭させるたびに協会幹部が責任をとっていたら、たまったものではない。協会幹部というのは何も代表監督選びばかりやっているわけではない」とのたまわった御仁がいました。

その論法には意義ありでした。アギーレ問題で責任をとる必要があるかどうかは議論のあるところですが、少なくとも「事と次第によっては協会幹部が責任をとって辞める必要があることもある」という部分を忘れて欲しくありませんでした。

アギーレ問題で協会幹部責任問題が議論されたのは、やはり現体制は能力的に問題あり、さきに企業を例にとってご紹介したように、この難しい時代に、凡庸な方々に舵取りをされては困るという危機意識から出ている議論だと思います。

幸い、後任のハリルホジッチが、協会幹部への疑念を忘れさせてくれています。でも、また、なんのキッカケで協会幹部への不満、疑念が再燃するかわかりません。どうか「任せておいて安心だな」と思わせるようなメッセージを出すことも含めて、お考え直しいただければと思います。

以上、FIFA理事ご当選のお祝いにかえて、申しあげました。
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FIFAバロンドール会長賞、賀川浩さんの授賞式見ましたぁ、ばんざいです。

2015年01月13日 11時06分03秒 | FIFA、サッカー協会
日本時間の夜中に行なわれたFIFAバロンドール授賞式をWOWOWが放送してくれていましたので、録画していたものを見ました。

90歳の現役ジャーナリスト、神戸在住の賀川浩さんの受賞の様子を見ました。FIFAブラッター会長に招かれて壇上に上がる時、会場の拍手に合わせて、思わず大きな拍手を送ってしまいました。

その歩みの映像が会場はもちろん、全世界に流れ、賀川さんの受賞スピーチに聴き入る会場の選手たちの、敬意に満ちた表情をみた時、なんと誇らしい日本の誉れだろうかと思いました。



心の中だけですが、ばんざいと叫びました。

賀川さんの長いサッカー取材活動、それらの雑誌・新聞での表現活動、さらには、そういう場を提供してきた雑誌・新聞・テレビなどのメディアの事業がベースになって、1990年代以降は、地上波テレビはもちろん、WOWOW、スカパーなどの衛星テレビでサッカーのより幅広い情報発信につながってきました。

そして、私たちはいま、Jリーグアウォーズはもちろん、こうしてFIFAバロンドール授賞式のようなイベントもテレビを通じて楽しむことができる時代に生きています。

サッカーを愛する一人として、なんと幸せな時代に生きているのでしょう。
私も、こうしたサッカーが持つ世界共通の魅力、サッカーが持つ地球規模の影響力を自分でできる方法で、より広く伝えていこうと思います。

私のように若い時の選手経験もなく、仕事でのサッカー関連のビジネス経験もなく、子供たちの指導経験がなくても、サッカーというスポーツが持つ魅力、サッカーというスポーツが世界規模で愛されるわけ、といったものを知る幸運に巡り合えることができます。

私のような立場の人間は、日本の中でサッカーに関わる何百万の人たちの輪の一番外側にいるに違いありません。でも、その輪の一番外だろうがどこだろうが、輪に加わっていることがアイデンティティだと思っています。

一番外側にいる人間なのだから、とるに足らないかも知れませんが、一人の人間のアイデンティティがあることだけは確かです。

そう思いながら、取り組みを続けていこうと思います。

賀川浩さんの授賞式を見ながら、あらためて、一度お目にかかる機会を得たわが身の幸運を思いました。
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賀川浩さん、FIFA会長賞受賞の快挙をお祝い申しあげます

2014年12月27日 12時50分26秒 | FIFA、サッカー協会
神戸在住のサッカージャーナリスト、賀川浩さんに、FIFA会長賞が授与されるというニュースに接した。

今年夏、賀川さんが神戸市立中央図書館に開設された「神戸賀川サッカー文庫」を訪ねた際、お目にかかる機会をいただいた。

その翌週、東京で講演されるとお聞きして、それがスポーツ文化ネットワーク「サロン2002」の主催ということを知り、その会員にもしていただいた。

私が、今回の賀川さん受賞の情報を得たのは、賀川さんの活動を支え、自らも新たなサッカーに関する新機軸を次々と打ち出しておられる方からの「サロン2002」会員向け一斉メールによってだった。

来年1月、スイスのチューリヒでの世界年間最優秀選手「FIFAバロンドール」授賞式で表彰されるとのこと、日本人では初めての快挙は、本当に誇らしく、心からお祝い申しあげます。

今年8月25日の書き込みで、賀川さんにお会いした印象を述べたが、とにかく若々しくアクティブな方で、66歳の私が老けこんだ気持ちでいたら罰が当たると強く感じた。あの時以来、私の気持ちはガラリと変わった。

日々、コツコツとでもいいから、自らの信じることを積み上げる。その思いが揺るがなくなった。素晴らしい方との出会いで、お手本をいただいた。

そういう思いが強いので、今回の受賞を一人でも多くの方にお知らせしたい。
そして、一緒にお祝いのメッセージを発信していただきたい。



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サッカー文化アーカイブ、まだ道筋が見えません

2014年08月08日 13時49分09秒 | FIFA、サッカー協会

ブラジルW杯が終わって約1ケ月、祝祭のあとの虚脱感も少しづつ薄れ、世界も日本もサッカーシーンは、次々と新たなニュースを発信し続けている。

そんな1ケ月の中から、面白かったこと、凄いと思ったことなど幾つか忘備録にしたい。

①C・ロナ、ネイマール、相次いで来日、フジテレビだけが出演番組独占。これには驚いた。いまをときめくスーパースター3人の中で、来なかったのはメッシだけ。2人も相次いで来日するなんて、どうしちゃったの? という感じ。

かつて経済大国と呼ばれた時期に、似たようなことがあった気がして、嬉しいやら、いつか来た道? と思ったり複雑だった。それにしてもフジテレビの、しかも安藤優子さんのスーパーニュースに2人相次いで出演した。これにも驚いた。

②C・ロナは、とんねるずの「新・食わず嫌い王決定戦」に出演した。その時のノリさん(木梨憲武さん)のデジカメ・ツーショット撮影が笑えた。そういえば、ノリさんの、これまでのツーショット履歴は、相当な数ではないだろうか? 来日したサッカー界のスーパーな人たちを辿れるという意味で、ノリさんのツーショット写真は、そのまま展覧会ができるのではないかと感じた。

当方の「サッカー文化フォーラム」という施設が実現した暁には、ぜひ企画展をさせていただきたい。

③日本代表監督にアギーレ氏が決まったことに関連して、日本サッカー協会のあまりに自己保身主義なやり方を、いろいろな人たちが舌鋒鋭く批判している。日本サッカー協会は、まだサッカー界のジャーナリズムだけの間で批判されているうちは、いくら言われようが痛くも痒くもないそぶりだ。

日本サッカー協会の最上層部にいて、多額の予算を仕切り、何事も自分たちが決めれる立場にいる快感は、一度握ったら手放したくないし、後は自分の息がかかった連中に譲って恩を売れることを考えれば、それ以外の連中には入り込んできて欲しくない、そう思うのが一握りの協会貴族の心理だし、そこまでに内部で激しい派閥抗争も繰り返した結果の、勝利者たちの態度だから、始末が悪い。

なにせ、世界の総本山たる国際サッカー連盟自体が、一握りの権力者による私物化のお手本のような状態なのだから、日本のありさまなんか、かわいいぐらいのレベルかも知れない。

それにしても、私たちはサッカーというスポーツ自体の限りない素晴らしさを楽しむ一方で、こうした問題への無力感にさいなまれながら日々を過ごさなければならない。なんとも悲しい背中合わせの心情を抱いてサッカーの世界と向き合っている。

④インターナショナルチャンピオンズ杯という名称の、プレシーズンマッチにしては豪華な顔触れの大会が行われた。アメリカでの開催とのことで、これも経済力のなせる技であろう。私たちにとって嬉しいのは、本田圭祐、香川真司、長友佑都各選手の所属チームが参加して、それぞれの選手が同じピッチに立つ場面が見れたということ。

このあと、シーズン開幕までのあいだに、香川真司と本田圭祐は移籍可能性もあるので、貴重な試合になる可能性もあるからだ。各選手の出来不出来という議論もあろうが、私はそんなことは抜きにしている。

ちなみに、あとで、参加したチームの名前が出てこないのでは残念なので、書いておくと、マンU、リバプール、マンC、レアル・マドリー、ACミラン、ASローマ、インテル、オリンピアコス。

これに、バルセロナ、チェルシー、バイエルン、ユベントスが加わるとしたら、セリエAから1~2チームとオリンピアコスが退席しなければならないかも。

以上が、この1ケ月のまとめだ。

さて、私は、というと、「夢はあきらめたその時に終わってしまう。決してあきらめずに夢を追い続けることが、夢を叶えるための絶対条件」という言葉を胸に、今日も生きていて、明日も生きていく。そんな日々だ。

この1ケ月の中で、2つのアプローチを試みている。

一つはもう答えが出た。それは、日本国内に「サッカーミュージアム」という名称がついている施設はごく僅かしかないのだが、その中の一つに対してアプローチした結果の答えだ。

そのミュージアムは、私の目には、なんとももったいない施設に映っている。せっかくこれだけの施設でありながら、知る人ぞ知るといった感じの、ひっそりとした施設だ。

これほどの施設であれば、いろいろな企画展が開催できる。私の保有するサッカー情報資源を、いろいろ加工して、楽しいサッカー展示企画ができる、かねて、そう考えていたことから、その施設の管理者である団体に、「私を、その施設の学芸員のような立場で働かせていただけないだろうか? もちろん個人として報酬を得ようとか、イベント企画会社のようにコンサル料を出して欲しいという趣旨ではなく、自分がこれまで収集・収録してきたサッカー情報を活用して多くの人々に楽しんでもらいたい、そういう場が欲しいので使わせて欲しい」と要望した。

この場合、一つだけ施設側に希望したのは、例えば、ある企画テーマの展示会を実施するとなれば、パネルを作成したり、資料を拡大コピーにしたり、いわば展示物作成の予算が必要なこと、そして展示会について多くの人に知らせる何らかの宣伝が必要になる。その面倒を見てもらいたいという希望だ。

最初に郵便で資料を同封して趣旨説明文を送り、そのあと電話をさしあげて、あらためてお願いしてみた。

結果はバツだ。いろいろ施設側のご事情もお聞きした。少なくとも、同じことを同じ窓口の方に再度お願いしてみてもダメだろうと思うので、このアプローチは一旦終了と考えなければならない。先方の窓口の方が、当方の資料を別の方に見せる機会があって、その方が「面白いプランだから、ぜひ話を進めよう」とでも言ってくれない限り無理だろうし、そんなことを期待すること自体、妄想だろう。

一つの答えが出たのだから、次に進まなくてはならない。

たまたま、今月、大阪・神戸に出かける予定が発生した。大阪・神戸で思い当たるのは「日本サッカーアーカイブ」というwebサイトだ。5年近く前、このサイトを知り「考え方は私と同じだ」と感じた。ただ、このサイトは、私が扱っているJリーグスタート以後の時代ではなく、ちょうど、その前までの時代を網羅しようとしているサイトだ。

5年近く前はそう考えていたが、まてよ、という気がする。Jリーグ以前の時代とJリーグ以後の時代を合体できれば、それこそ時代が線でつながるのではないか、と。

なぜ、そう考えるようになったかというと、アーカイブ作業は、どこかの時代だけを切り取って終わるのではなく、過去、現在、未来をアーカイブというキーワードで線として繋ぐことで意味があるのであり、どこかの時代を手がければ、それは第一走者か第二走者かという順番の違いなのであり、駅伝のように未来に向かってタスキをつないでいくことが大切だと気がついたからだ。

それこそ、私は「アーカイブ作業は100年先のサッカーファンに100年前のサッカー文化を生き生きとした内容で伝えるためにやるもので、私はその第一走者、これから引き継いでくださる方が第二走者、第三走者になっていただくことです」と申しあげているが、神戸で、これまで手がけてこられた方が、実は第一走者、第二走者であり、私は、第三走者という感じなのだ。

このことについて、今度の大阪・神戸出張の際に、アプローチを試みたいと思っている。結果がまたバツになるか、何か新しい局面になるか、またご報告したい。

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W杯日本代表バッシングから、いくつか真摯に考えるべきこと

2014年06月28日 19時58分35秒 | FIFA、サッカー協会

25日朝に、日本がコロンビア戦に完敗してから、26日発売の新聞系の紙面は、代表バッシング一色だった。特に「日刊ゲンダイ」の舌鋒が鋭く、見出しは「日本サッカー絶滅」、実に6ページ以上をサッカー関連に割いている。驚きでもあり感謝もしている。

27日のスポーツ紙系は、次の代表世代に焦点をあてており、今朝28日のスポーツ紙系は、一面トップにサッカーを持ってきたところは一つもなく、土曜恒例とも言ってよい、競馬予想である。つまり潮はすっかり引き、平常に戻った。

私たちサッカーに高い関心を寄せている者たちは、一連のバッシングから何をすくい取って今後に生かさなければならないか、そこにエネルギーを費やすべきである。

さきにあげた「日刊ゲンダイ」が項目としてあげている、いくつかの点を中心に、キーワードで真摯に考えるべきことを指摘したい。

①「Jリーグは恐らく解体」

プロサッカーの世界は、毎日のように試合を行なうプロ野球の世界と異なり、1週間にせいぜい2試合が限度だ。

そのためチーム経営の源泉となる入場料収入は、1試合あたりの観客数を増やすことに力点が置かれる。地域密着の考え方でチーム数を増やし続け、J1は18チーム、J2は22チーム、J3は12チーム、合計52チームとなった。50以上のプロサッカーチームが存在する日本の状況が健全なのかどうか、賛否が分かれるところだ。

プロ野球は12チーム、独立リーグの2地域10チームを合わせても合計22チームだ。プロスポーツの楽しみに恵まれない地域にとって、サッカーも野球もプロチームの存在はかけがえのないものであり、Jリーグの基本的な考えもそこにある。

しかし、事業経営の観点からは、Jリーグ、特にJ2、J3の多くが危うい基盤のままで、それこそ1年毎に収支見通しに四苦八苦している「その日暮らし」では、とても長期的な経営安定は望めない。

膨らみ続けたチーム数が、経営悪化のため撤退続出となった時の社会的イメージダウンというリスクに、日本サッカー協会もJリーグも正面から向き合っていないと言われて久しい。その理由として、それらの組織に安住する「サッカー貴族」「サッカー官僚」といった、既得権益者たちが、自分たちの身を切ることに消極的だからという点も、批判の対象となっている。

バブルがはじけた時の怖さをうすうす感じていても、誰も早めに手を打とうとしなかった、日本のバブル崩壊前夜と同じことが、プロサッカーの世界にもヒタヒタと迫っている。

「Jリーグ解体」という見出しはおどろおどろしいが、自らが縮小均衡に向かってナタを振るわない限り、社会が衝撃を受けるチーム消滅というニュースが増える可能性があると覚悟すべきだ。

「子供たちはサッカーを捨て野球に」

この話は、ここ15年ぐらい前から話題になっている。

プロ野球が、日本は「野球」、アメリカは「ベースボール」と言われ、ある意味、別世界のプロスポーツとして進化してきた歴史が、ここにきて、日本のプロ野球がメジャーリーグへのステップという意味合いに変化してきたことで、新たなステージに入ったと言える。

それは、子供たちの眼からみると、先にサッカーの世界が、Jリーグをステップに欧州のビッククラブへの移籍、さらにはW杯での活躍という広がりを持っていたことと、野球も似たような環境になってきたという見え方になるかも知れない。

ダルビッシュ、田中将大、大谷翔平、藤浪晋太郎、いずれも身体能力が欧米人と遜色がないという点で、少年期に可能性に満ちた人材が野球に相当流れていることは確かだ。サッカーにおいては特にディフェンス陣の人材不足が深刻で、世界の舞台で欧米・アフリカの屈強な選手たちと渡り合える選手が育たなければ、将来に亘って世界で勝てない状態が続く可能性がある。

まぁ、それほど悲観したものではなく、サッカー好きになってくれた身体能力の高い少年たちを、いかにうまく育てるかということのほうを大事にすべきだと思う。

「百年やっても日本人はサッカーに向かない」

これはもう、自暴自棄的な言い方だが、実は「W杯で上位に行けなければ日本人はサッカーに向かない」ということならば、今大会4チームで1勝もできなかったアジア勢全体に言うべきだろう。

サッカーが日本人に向いているかどうかを、お行儀の良さとか、なりふり構わず相手をねじ伏せるメンタリティが足りない部分に求める向きもあるが、それをもってサッカーに向いていないとするには無理がある。

サッカーというスポーツについて、よく言われるのは、その国や民族の特性を反映するということだ。つまりその民族の歴史的・文化的な背景、特徴がサッカースタイルに現れるという。

欧米・アフリカ系の選手に比べて小柄だが俊敏で連携プレーが得意な日本人は、パスサッカー、つまりスペイン代表やバルセロナが志向しているパスサッカーこそが日本のスタイルだという意見が、今大会前までに大勢を占めるまでになってきた。

「百年たっても日本にふさわしいサッカースタイルは確立できない」という意見ならば、どういう内容なのか読んでみたくもなるが「百年やってもサッカーは向かない」という見方は違っていると思う。

「FWを発掘せよ」

これも、いわゆる「決定力不足」というキーワードとともに長らく語られる言葉である。ただ、これまでは「FWが育たない」とか「ストライカー不在」という言われ方が普通だった。そんな中で「FWを発掘せよ」という言い方は、異彩を放っている。眼からうろこ、という感がする。

サッカーがうまくなるために、子供たちはボールを止める、パスをする。ドリブルするといった技術を高めることにエネルギーを注ぐ。おのずと、そういう点に優れた子供が天才と呼ばれ、少年サッカーにおいては、その技術によって多く点も取れる。

しかし、世界のサッカーを見据えた場合、強引にシュートを打つ、その選手が足の振りが鋭くムチのような強さを持っているとか、あるいは足首から下が実に柔らかくシュートミスが少ない蹴り方ができるとか、そうでなければ、胸回りに近いぐらいの太ももを持っていて、ミドルレンジからなのに弾丸のようなシュートを正確にゴールの枠内に飛ばすことができるとか、まさに「生まれながらのFW」という選手が少ないのだ。

現在の日本代表が、試合の中でペナルティエリアのすぐ外からシュートを打っても、余りに弱弱しく、キーパーに処理されてしまうのを見るたびに、太ももが細いよなぁとか、足の振りが弱いよなぁとか、キーパーの正面にしか行かないよなぁ、と思ってしまう。

シュートレンジに入ったら、少々角度がなくとも、少々フリーなところに他の選手がいようとも「オレがストライカーだ」と言ってシュートを打つ選手が、ノーステップなのに鋭い振りで繰り出すかか、柔らかい足首で絶妙のコースに流し込むか、はたまた丸太棒のような太ももでズドンと行ってくれるか、いずれかの足を持っていてくれることが必要なのだ。

それは、ある意味「発掘作業」なのかも知れない。日本全体として、中学・高校・クラブのコーチたちが、中央トレセンの指導者と連携して発掘作業をしなければ、そもそも「FWらしいFW」は不在のままとなる。釜本選手のようなFWはもう現れないのか、ではなく、必ずいるはずの選手を見つけられないでいるといったほうが当たっているのではないか。

さきに、欧米・アフリカの屈強な選手たちと渡り合えるディフェンス陣は、サッカー好きになってくれた身体能力の高い少年たちを、いかにうまく育てるかということが大事と書いたが、それこそ、ディフェンダーは愚直に、責任を持ってリスクに対処することが資質、ということからすれば日本人が基礎的に優位性のあるポジションであり、あとは身体能力の高い選手を大切にDFとして育てることが課題になる。

ところがFWは、そうはいかない。まずは発掘が必要なのだ。固有の能力、固有のメンタリティを持った、ある意味、特殊な子を探さなければならない。

スーパーなFWが、いかに特殊な人間であるか、今大会、ウルグアイのルイス・スアレスが、余すところなく示してくれた。彼は、畏れ多くも13-14シーズン、プレミアリーグ得点王だ。その彼が「噛みつき癖発覚」のため大会を去った。世界最高峰のFWとは、実は狂気と隣り合わせなのだ。

別に、日本で、狂気な人間を探せと言っているのではない。絶対的なストライカーを求める時、それぐらいの目線を持たないと、とても発掘できないと言いたいのだ。

2022年ワールドカップに、世界に恐れられるストライカーが日本代表として出現し、彼が徹底マークを振り切って得点を重ねる夢を持とう。今大会のネイマール、メッシ、ミュラー、ロッペン、皆、徹底マークされても点を取り続けている。いずれ日本代表にも出現することを信じよう。

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本田圭祐選手、長友佑都選手、私(たち)は、ただ、ただ感謝しているから。

2014年06月26日 15時32分55秒 | FIFA、サッカー協会

W杯ブラジル大会、まだまだグループリーグの途中だが、日本では終戦だ。これでメディアも潮が引くように静かになるだろうし、監督・選手たたきが中心となるだろう。

監督については、2つ前の書き込み、6月22日の「ザッケローニ監督への批判がいよいよ表面化してきました」のところで、言い尽しているので、何も書くことはない。

選手たちは、さぞ悔しいに違いない。

本田圭祐選手は、とにかく目標は優勝と広言してきたから、グループリーグ敗退という結果は、どれほどの悔しさか、心中察するに余りある。

本田選手は、つらくとも結果に対する批判の嵐は覚悟しているとコメントしている。

長友選手は、悔しさが募って記者会見中にこらえきれず涙した。この心境も察するに余りある。

けれども、私(たち)は、声を大にして言いたい。あなた方には十分、可能性を感じることができたし、優勝と広言することも、勝負に向かう人間が、自信なさそうではダメなのであり、仮にベスト8やベスト4を狙うには優勝を目指す気持ちと鍛錬がなければ資格がないという世界であることを、私たちは十二分に知っているから、と。

決して、ただの放言で優勝と口にしているのではなく、高い目標に挑戦する気概がなければ、世界の勝負に打って出ることなどできないということを。

前回大会で、岡田監督がベスト4を目指すと選手たちを鼓舞してグループリーグを突破できたのと、まったく同じ気概なのだ。

そして、本田選手は、周りも自らも、このチームの中心となっていく中で、すべての責任を引き受ける気持ちで「目標は優勝」という方向性を示し、チームを鼓舞し続けてきたということも、私(たち)は、よくよく分かっている。

長友選手が、そんな本田選手の気持ちに沿うように優勝と言い続けてきた気持ちもよく分かっている。

長友選手は「監督に勝たせたかった」という気持ちも涙のわけの一つだったと記事にありました。私のように「この監督は戦争指揮能力の点で劣る監督なのでは・・・」などと疑いを持たず、ひたすら信頼関係に結ばれた監督に勝利をプレゼントしたかったのですね。まっすぐな日本人だなぁ、とあらためて感じる。

大会前、私は、監督がアジアを勝ち抜ける監督ではあっても、世界の勝負に勝てる監督としては力不足ではないかと不安をぬぐいきれませんでしたが、なにせ、ミランの本田、インテルの長友、マンUの香川、シャルケの内田、欧州日本人得点記録更新の岡崎、これだけのタレントが揃っているのに信じないのはおかしいと、自分を戒めながら応援しようと、気持ちを新たにしたことを思いだす。

とにかく、これまでの日本代表との比較では、まぎれもなく史上最高のタレント集団になったことは間違いのない事実だったから、大いに希望を抱きながら大会を迎えたのだ。

だから、声を大にして言いたい。本田圭祐選手、長友佑都選手、私(たち)は、ただ、ただ、あなた方に感謝しています。どうか、そういう日本人も多いということを感じてください。そして、いままで以上にサッカーを通じて成長していってください。私(たち)は、心から、それを願っています。と。

私なりに、大会の結果を振り返れば、幾つか指摘しておきたいことがある。

まず長友選手、岡崎選手という攻撃の主力二人が疲労困憊だった。欧州リーグの過酷な日程の中でフルパワーで活躍し続けてきた二人、本来なら2週間以上のオフをとって代表に合流させるべき疲労状態だったが、即合流して、しかも、本大会までに一度身体を追い込むというメニューを課せられて大会を迎えた。これは完全にコンディショニングの失敗だ。

なかなか出場機会に恵まれなかった選手は、いわば、使い減りしていない状態なので、少々の追い込みはどうということなかったかも知れないが、この二人は完全に、ヘロヘロになって大会に入る形になった。それでも、この二人は言い訳もしないし、グチもこぼさないから、気付かない人たちも多いと思うが、チームスタッフたちは気づいているはずだ。それでも回復させるコンディショニングを取り入れなかったのだから、責任がある。

特にブラジルの試合地という過酷な条件があった中でのコンディション作りは、代表選手たちの大会前の疲労度をにらみながら、細心の注意が必要だったが失敗した。このこともしっかり検証されなければならないと思う。

次に香川選手、彼はドルトムント時代の香川選手ではなくなっていた。マンUに移ってからの試合勘不足のため、本来の「若武者のような切れ込み」「とにかくゴールに向かう積極姿勢」までドルトムントにおいてきてしまった。今大会の香川は、前回大会の中村俊輔選手と同じ状況だったのだ。岡田監督なら、そこは見切っただろう。ザッケローニにはそういう洞察力がないのだ。

本田選手は、孤軍奮闘だった。とにかく有言実行、前からプレスをかけ続ける姿勢には頭がさがった。いかんせん、本田とともに攻撃を形作る香川、岡崎、長友、この3人の状態が悪いため、イメージしたコンビネーションが作れる状態でなかったことが気の毒だ。

あとは守りの問題、結局、日本らしい攻撃サッカーで世界を驚かせたいとザッケローニが幾ら言っても、守備の整備をおろそかにしてW杯に勝とうという、その姿勢がそもそも間違っている。日本の守備陣のレベルは、個々の力量から言えば世界ランクの下のほうなのだから、攻撃と守備のバランスのとれたチームというのは、現状の守備陣では無理な話なのだ。

日本代表決定前夜にも、闘莉王は入れるべきだとか、いろいろ候補選手の名があがったが、そもそも4年間、守備陣を育てたり強化するという発想がなかったのだから、話にならない。

よく、岡田監督の時は守備重視が過ぎて、あの成績が限界と言われたが、少なくとも、今回、あの守備レベルより落ちたことが問題なのであり、攻撃も重視するけれど守備をどう整備するかは、世界を戦う指揮官の当然のテーマなのだ。

最後に繰り返して同じことを言いたい。本田圭祐選手、長友佑都選手、私(たち)は、ただ、ただ、あなた方に感謝しています。どうか、そういう日本人も多いということを感じてください。そして、いままで以上にサッカーを通じて成長していってください。私(たち)は、心から、それを願っています。

何度も、私(たち)と、(たち)で書いたのは、私の書き込みではあっても、多くの日本人の人たちも共感してくださることを信じて疑わない気持ちを込めるためです。(たち)の人々が何千人、いや何万人も何十万人もいるはずだと信じているのです。きっと間違っていないはずです。ただ、確かめたわけではないので、「私たち」と書かずに私(たち)と書いたのです。

今大会、少なくとも日本国内での興奮の潮が引くような、この時期に、どうしても書いておきたかったことです。

W杯ブラジル大会は、これから決勝トーナメントに入っていきます。日本国内の興奮の潮が引いても、私たち「世界のサッカーファン」の興奮のボルテージは、上がることはあっても下がることはありません。

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ザッケローニ監督への批判がいよいよ表面化してきました

2014年06月22日 22時35分32秒 | FIFA、サッカー協会

日本時間20日朝のギリシャ戦を終えて、スポーツ紙の論調は、21日は各選手について触れたものが多かったのですが、22日は各社一斉にザッケローニ監督批判一色でした。

まだグループリーグ敗退が決まったわけではないにしても、第3戦のコロンビア戦は、他チームの結果にもよる非常に厳しい条件で戦うことになったのですから、当然といえば当然です。

実は、私は18日おそくとも19日には「ザッケローニの戦争指揮能力の低さを選手がカバーするしかない」というタイトルで、本欄に書き込みたかったのですが、仕事が詰まってしまい書けませんでした。

このあと、その原稿を紹介しますが、その原稿の中に「私が2年前に指摘したザッケローニの戦争指揮能力の低さが、致命的な形で露呈した」というくだりがあります。

そこで、はじめに、2年前に指摘したことを再録する形で紹介します。2012年6月3日に「鳥栖、ユン・ジョンファン監督にみる「監督力」」という書き込みをしています。

この中で、サッカーチーム監督に求められる能力・資質として、

①選手の適性を発掘・察知する能力と、布陣として適性に配置する能力

②対戦チームのスカウティング能力・戦術構築能力

③勝つチームにまとめるモチベート能力

④試合において瞬時の判断・決断を下せる采配能力

⑤対外的に適切な情報発信を行なうスポークスマン能力

の5つをあげています。

このうち、④の項目においてザッケローニ監督について次のように指摘していますので、④項をそのまま再録します。

④試合において瞬時の判断・決断を下せる采配能力

①から③までは深みのある人間性、あるいは知性、カリスマ性といった面で監督を見たが、試合は戦場そのものだ。瞬時の判断・決断の失敗はそのままチームの敗戦に直結する。

戦場での瞬時の判断・決断力は、ある意味動物的な、本能的な部分が持つ能力ともいえる。直感とか、勘といった言葉で語られることもある。ただ、直感とか勘も、チームとして集めた情報を総合的に分析して導かれた方向性があるから判断を間違わないのであり、戦局全体を冷静に見極めていればこそ下せる決断であろう。

最近まで総理の座にあった、どこぞの国の総理のように、瑣末な事に血道をあげて「ソーリのリーダーシップだ」などとわめいているようでは、もし戦場なら何万もの将兵をいたずらに死なせてしまうだろうし、サッカーの試合なら絶対勝てない監督となる。

サッカーチームの監督は、試合に選手を送り出してしまえば、使えるのは交代カードを最適に切ることぐらいだが、実は、このカードの切り方一つで、試合の流れをガラリを変えることができる。

この「選手交代」で凄味を感じたのが日韓ワールドカップで韓国のヒディング監督が見せた采配だ。決勝トーナメント1回戦、イタリアとの試合で見せたFWカードの連続投入、三人目のFW投入の時はディフェンスの要、というよりチームの要であるホン・ミョンポ(洪明甫)を下げての交代である。守備のバランスが大きく崩れることは間違いない、しかし、そんなことを言っても点をとらなければ勝てない、それがわかっていても、なかなか采配でそこまで大胆にやれる監督は少ない。

当ブログは、現在の日本代表監督、ザッケローニさんについて、この部分にやや不安を抱いている。日韓ワールドカップの時の日本代表・トルシエ監督もそうだった。決勝トーナメント1回戦のトルコ戦、戦い方のアプローチも誤りスタメンの選び方を失敗したほかに、選手交代のカードの切り方もまったくダメだった。

結局トルシエさんは育成向きの監督であり戦場を指揮する監督の器ではなかったことが明らかになった。同じ頃、ヒディング監督がああいう采配をしただけに、余計トルシエさんの非力ぶりが際立ったものだ。

ザッケローニ監督にもレギュラー選手を固定しがちな采配が見られる。「戦局が優勢な時にはいじらない」というのがサッカーにおける選手交代の鉄則といわれている。言い換えれば監督としての腕のみせどころは、戦局が危うい時、このままでは負けてしまいそうな時である。

これまでのザッケローニさんは、負けていてもズルズルと決断ができず、残り少なくなってから投入しても、あまりにも遅きに失しているといったケースが散見された。まだ、失敗が許される試合だったから大きな問題になっていないが、いよいよという場面、ここで失敗したらアウトという場面での判断力・決断力には不安が残ったままだ。

以上が、ちょうど2年前に指摘した点だ。

そして、失敗が許されない大会、失敗したらアウトという今大会、私がコートジボワール戦のあとギリシャ戦を前に書き込みを予定していた内容を紹介したい。

予定タイトル「ザッケローニの戦争指揮能力の低さを選手がカバーするしかない」

いよいよ明日ギリシャ戦である。

コートジボワール戦は、私が2年前に指摘したザッケローニの戦争指揮能力の低さが、致命的な形で露呈した。

いざ戦いが始まったら、わずか90分の中で、スタメンに送り込んだ選手の出来不出来を見極め、相手との関係で修正が必要な点を的確に把握する、そして対策をタイムリーに打ち出し目指す結果を得る。指揮官の最後の仕事の部分でザッケローニは不安な監督だ。

手を打つべきタイミングが遅れては元も子もない。

コートジボワール戦において、とるべき対策の第一は、後半開始から、遅くとも後半10分までの間に香川をベンチに下げることにあった。

長友も決して良くなかったが、攻めを期待するのは無理としても守りのことがある。酒井宏樹を長友のサイドで十分使えるのであれば変えたいところだったが、それは私にはわからない。

しかし、香川だけは全く生きておらず、そればかりかボールを失ない相手の攻めを始めさせるミスも多かった。長谷部に代えて遠藤保仁を入れたが、そうではなく香川のポジションに遠藤を入れて遠藤-長谷部-長友という布陣で左サイドを強化すべきだった。

とはいえ、そんなことを言ってもはじまらない。ギリシャ戦もワントップを誰にするかぐらいの違いで、あとはほぼ同じ布陣だろう。

もうザッケローニの采配など必要ないぐらいに選手がやるしかないのだ。スタメンに送り込んだ選手たちが思うように機能せず、何か手を打たなければならない局面を迎えても、ザッケローニには私たちが願うような采配が期待できないと思わなければならない。

まぁ、昨年のコンフェデレーションズカップでは、第一戦のブラジルに完敗したあと、第二戦のイタリア戦で見違えるような試合をした。気持ちの切り替えもできるという。私は選手を信じ応援し、選手たちとともに、そして日本全体のサポーターとともに勝利の喜びを分かち合いたい。    【以上】

以上のように書こうと思っていたが書けないうちに、20日のギリシャ戦を迎えてしまった。

結果、負けはしなかったが勝てなかった。相手が10人になって、ただでさえ堅い守りで定評のあるギリシャが完全に守りに入った試合ではあるが、ここでも、やはりザッケローニの限界が出てしまった。

すでに2年前に指摘した「レギュラーを固定しがちな采配」が極端な形で現れた。カードを1枚余してもサブの選手を使わなかったのだ。つまり彼の頭の中には、「23人連れてきてはいるが、基本的には13~14人しか使う気がない」ということだったのだ。さらにスタメンから香川を外しても、後半、香川を入れる、つまりレギュラー至上主義だ。第一戦を見て、今大会、香川は使えないという「見切り」が彼の選択肢にないのだ。

香川をまた入れたこと、齋藤学を使わずに試合を終えたこと、これでザッケローニはグループリーグを勝ちあがれる力量のない監督ということがはっきりした。

仮にグループリーグを突破できたとしても、それは彼の功績ではなく、誰か救世主となる選手が出現して、さらに他チームの結果にも恵まれるという幸運によるものだ。

いま、これだけは書いておき、コロンビア戦を待ちたい。

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うれしい「リトルなでしこ」と本田圭祐選手の活躍

2014年04月21日 18時53分58秒 | FIFA、サッカー協会

ずいぶん時間が経ってからの書き込みになったが、書いておかないとあとで後悔する場合は少々時間が経っても書くことにしている。

まずは「リトルなでしこ」の世界一、日本女子サッカーは、2010年代に入ってから2度も世界一を成し遂げ、ロンドン五輪でも銀をとっている。

つくづく凄いことだと思う。

「リトルなでしこ」の世界選手権決勝、スペイン戦での2点目は痛快だった。後半途中から入った児野楓香(このふうか)選手がGKと1対1になってから、狙い澄まして放ったシュートは、この大舞台でも全くあわてていないシュートで、凄いなぁと感心してしまった。

高倉麻子監督の起用が自信に溢れた起用であったことを、児野選手が見事に証明したゴールだった。

なでしこジャパンには、フル代表のキャプテン・宮間あや選手を筆頭に、同じくフル代表の岩淵真奈選手と、実に小柄なのに外国人選手にまったくひけをとらない実力派選手がいる。児野楓香選手もこの流れを引き継いでくれそうで楽しみだ。

今回の「リトルなでしこ」には杉田妃和選手、長谷川唯選手といった能力の高い選手が優勝の原動力となったと聞くが、私自身はあまり詳しくないので、そのへんは専門家の論評に委ねたい。

ただ一つ、年寄りが心配になったことは、優勝セレモニーのひな壇に並ぶお歴々を見た時だった。前回の書き込みのテーマは、ACL、FCソウルvs広島戦でのレフェリングのことだ。世界のサッカー界には、魑魅魍魎が跋扈しており、しばしば試合がぶち壊される。

これからもそういうことは簡単にはなくならないだろうが、私が強く主張したいのはJFAが世界そしてアジアのサッカー界に確固たる発言力を確保するためにはどうしなければならないのか、戦略的に取り組んで欲しいということで、その発言力を通じて、サッカー界で起こる理不尽なことを少しでも減らす努力をしてもらいたいのだ。

そうしないと、表彰台ではじけた「リトルなでしこ」たちが、これからのサッカー人生に、何か理不尽な出来事に遭遇してしまうことがあるのではないかという心配に囚われて、ついつい、表情を曇らせてしまう。

気持ちを切り替えると、もう一つのうれしいことは、本田圭祐選手のセリエAリーグ戦初ゴールだ。

本田選手がACミランでリーグ戦を重ね、少しづつチームの中で地歩を固めつつありそうな感じは伝わってくるが、やはり何といってもゴールという目に見える形で貢献することに勝る説得力はない。

それが32節ジェノア戦でやってきた。あの場面、本田選手が、ここ一番をモノにするエネルギーの凄さをあらためて見た思いがする。なんとしてもゴールを奪うんだという気迫に満ち溢れたダッシュ、ゴールキーパーの手より一瞬さえ早くボールに触れればゴールをモノにできるという技、本田選手はゴールキーパーと交錯しないようピッチに崩れ落ちてボールの行方を確かめた。

まさに渾身のプレーといえるシーンを見せてもらった。この試合を前に本田選手は「まもなくゴールできる予感がする」といった趣旨の発言をしたという。試合中の本田選手の脳裏には「チャンスがあれば何が何でもゴールをモノにしたい」という思いが巡っていたに違いない。そして、ここだというところで、彼は死に物狂いの形相でダッシュしゴールキーパーとのほんの一瞬の勝負に勝とうとトライした。

あらためて本田圭祐選手の凄さを感じるゴールだった。その後練習中にケガをしてリーグ戦を2試合欠場している。まもなくインテルとのミラノダービーがやってくるが、それには大丈夫らしい。長友佑都選手との対決が本当に楽しみだ。

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4月1日のACL、FCソウルvs広島戦は主審が試合結果を作った。

2014年04月03日 19時13分30秒 | FIFA、サッカー協会

4月1日にソウルで行われたアジアチャンピオンズリーグ、FCソウルvs広島戦での、主審の常軌を逸した判定について、すでにネットで数多くの議論がなされている。

アジアの審判の中に、まだまだ、そういうことを平気でやる人間がいるということを、今更ながら実感したわけだが、そういう結果を受け入れなければならないというのも、おかしな話しだ。

今回の判定は、おかしいとか、微妙なとか、疑惑とかの問題ではなく、主審がそのように試合結果を作ったのであり、証拠があるかとか、何を根拠にという議論に答える必要が全くないものだ。

広島の監督・選手は紳士的にふるまったとか、広島がチームとして抗議文を提出したとか、その後の様子も聞こえてくるが、要は、それで一件落着ではない。

AFCは、何も対策をとらないか、もしくは、木で鼻をくくったような対応で終わることになるが、それでも一件落着ではない。

なぜなら、AFCでは、これからも、こういうことは起きるのであり、それについて、どうしていくか腹をくくらないと先に進めないのだ。

これからも、こういうことがあるだろうけれど「仕方がない」というスタンスをとるのか、次にこういうことが起きたら、ただでは済まないと腹をくくるのか、ただでは済まないとはどういうことなのか示さないと先には進めない。

「仕方がない」というスタンスをとるなら、それは日本サッカーの自殺行為に他ならない。世界標準から置いていかれ、世界のサッカーから本音では相手にされない道を選ぶということだ。

先日、Jリーグが浦和の横断幕問題で重い決断を迫られたように、今回、実はJFAも決断を迫られている。ただ、おそらく当事者たちは、そのような問題意識はないだろう。この恐ろしく鈍感な感性のツケが、この先10年後、20年後に回ってくる。

どの世界のリーダーたちも、自分たちの現在の対応が将来に禍根を残したりしないかという洞察力で、自分の組織を率いている。いまを凌ぐことだけに汲々として、その場しのぎ、問題の先送りに終始していると、自分たちは何の痛痒も感じることなく任期を終えるかもしれないが、10年後、20年後に引き継いだ人たちは、その時になって苦労する。

少なくとも、JFAが何も行動を起こさないという選択肢はあり得ないし、おざなりの行動では、それこそ「放置したのは加担したことと同じととられても仕方がない」ということを肝に銘ずるべきである。

JFAの人たちは、何を言われているのかわかっていると思うが、要はAFCの枢要を占めて、こんな審判がはびこる状況を変えない限り、ことは落着しない。AFCの枢要を占める話は、今日明日の話ではなく、10年、20年かかる話だ。10年、20年かかることをやっていくには、よほど戦略的に、複合・重層的に手を打っていかないとできない。なにぶんジャブジャブとしたオイルマネーがあるわけではないから・・・。

しかし、オイルマネーがないということは、極めて清廉な、世界から尊敬を集める形でしかできない、逆に、そうやれば世界からリスペクトされる。日本は、好むと好まざると、そういう道しか選べない宿命を背負っている。

2002年ワールドカップでの韓国がらみの試合での審判の判定が、FIFA90年記念DVDの「問題な10の事件」の中に4つも入ってしまうほどのことを、日本は決してできない。日本は清廉さの王道を行くしかない。

世界は、歩みはのろいかも知れないが清廉であらねばならないという価値に向かっている。JFAはその担い手として果断に行動すべきだ。

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