「サッカー文化フォーラム」夢追い人のブログ

1993年のJリーグ誕生で芽生えた日本の「サッカー文化」。映像・活字等で記録されている歴史を100年先まで繋ぎ伝えます。

2つの出会い

2013年10月28日 19時26分22秒 | サッカー文化

先週、2つの出会いがあり、気持ちがずいぶんクリアになったというか、もやもや感が晴れた出会いだった。

一つの出会いは、大学の社会学部で「スポーツ文化」を研究していらっしゃる先生、こちらについては、説明も含めて長くなるので、二つ目に書きたい。

もう一つは、本との出会い、というより、本の中の1ページ、いや、1節といったほうが当たってる。

その本は、司馬遼太郎の著作集から「箴言」を抜き出して羅列的にまとめた「人間というもの」という標題だ。

2009年頃から2011年頃にかけて「竜馬はゆく」をはじめ「翔ぶが如く」「世に棲む日々」など、幕末・維新の偉人たちを扱った小説を読み、司馬遼太郎という作家の仕事の凄さを感じていて、さらに対談集なども読みたいと思っている。

大阪府東大阪市に「司馬遼太郎記念館」があり膨大な蔵書の陳列が見られるというので、一度は見てみたいと思っていた。今回、うまいぐあいに大阪に行く機会があったので、記念館に立ち寄った。

実際に記念館を見ると、偉大な作家がいかに多くの資料・文献を隈なく調べて、その中から珠玉の一行一行を生み出す作業をしているのかを、唸り声が出るほど思い知らされる。

72歳で亡くなったとのことだが、その間、いかにエネルギーを注いで著作活動をしていたことか、能力も高いけれど、注いだエネルギーも凄い、それを合わせて偉大だということを思い知った。

その記念館では、著作がどれでも買えるようになっていて、30分ほど、それぞれの本を手にとり選んで買い求めたのが前述の「人間というもの」という本だ。ちなみにお値段495円の文庫本。

そして、出会いは帰りの新幹線で起きた。本の最初のページは「情熱と勢い」という項目で、箴言がまとめられている。

その1ページ目に書いてあった次の言葉に私は釘づけになってしまった。

「人の一生というのは、たかが五十年そこそこである。いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない。たとえその目的が成就できなくても、その目的の道中で死ぬべきだ。生死は自然現象だからこれを計算に入れてはいけない」                                  『竜馬がゆく 三』

ここでは3行、本の中でもたった4行のこの文に、私はすっかり心を奪われた。

なぜか、

まさにいま、私は「サッカー文化フォーラム&アーカイブス」の実現を目指すという志を、どこで区切りをつけたらいいか、ばかり考えていたからだ。

どうだろう、私の心をすっかり見透かされたような感じだった。

「サッカー文化フォーラム&アーカイブス」の実現を目指すという志を、一旦立てたにもかかわらず弱気になっていたのだ。この文は、弱気をたしなめただけでなく、「たとえその目的が成就できなくても、その目的の道中で死ぬべきだ。生死は自然現象だからこれを計算に入れてはいけない」と、計算高く行こうとしている私の今後についても道を説いている。

これはもう「ごめんなさい」と詫びるしかない。誰に対して詫びるのか、何に対して詫びるのか、それは「自分の志」に対してだ。

余計なことを考えずに、箴言にあるとおり「事が進捗するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない」のだ。

もやもや感が晴れた。コツコツとまた再開だ。

不思議なもので、この4行の文、「竜馬がゆく」第三巻の中で読んでいるわけだが、多くの文の中に埋もれると、読み流してしまうが、そこだけ取り出して目の前に突きつけられると、直接グサッと来る感じになる。

私は、このような箴言集のようなタイプの本は好きではなく、もう少し中身を調べて箴言集だとわかってしまったら買わなかったと思う。

そういう意味では、なんとも不思議な出会いだった。

もう一つの出会い、この方は、一橋大学の大学院で社会学を教えておられる坂上康博教授。先生のご専門は「スポーツ史」「スボーツ社会学」「スポーツ文化論」などだ。

先生と面談させていただいたのは、当方が保有しているサッカー関係の映像・書籍・雑誌資料などを、大学での研究資料に活用できるかどうかメールで問い合わせたことがキッカケだ。

何の面識もない私からの突然のメールにもかかわらず、興味を示していただいたようで、大学の、先生の研究室をおたずねした。

1時間半ほどのお話しで、いろいろなことを教えていただいた。

まず、日本の大学をはじめ研究者の方が、資料文献を調べるにあたっての、資料の分類整理を重要視するという文化が、日本でははなはだ低水準だという点が、強く印象に残った。先生は英国に留学されたそうだが、英国での資料分類整理の凄さを目の当たりにして、研究者が「自分はどの分野を深く研究していけばいいのか」たちまち判るようになっていることに羨望の気持ちを抱いたそうだ。

外国では、資料の分類整理を専門とする人の社会的な評価が非常に高くという。日本では、よく企業の中で社員が左遷される場合の代名詞として「資料室行き」とか言われる。資料編纂が侮蔑の対象にされかねない国なのだ。

これは何んとかしなければならないという気持ちが湧いている。自分の保有しているサッカー情報資料のこともさることながら、日本での、そのような研究環境は、世界各国の研究論文発表件数のランキング、いわゆる国の頭脳の高さとも言うべき「研究開発力」という国際競争に、基盤の段階で負けていることを示している。

そのことを憂いて、研究資料の整理分類の促進といったことに力を尽くしていらっしゃる方もいるはずだから、私も、その仲間に入って微力を捧げなければという気になっている。

先生は、当方の保有しているサッカー情報資料を高く評価してくださった。つまり、私が考えたとおり、特に「スポーツ文化」を研究していらっしゃる先生、あるいはこれから研究したいと思っていらっしゃる学生の方にとって、ここまでの日本のサッカー20年をトータル的に見ることができる当方の資料は、貴重だと共感してくださったのだ。

そして「ところが残念なことに・・・」と、次のような話しをされた。

大学の図書館は、どこもそうらしく、書籍等の資料受け入れについては物理的制約、つまり場所がないという問題と、受け入れた資料の整理分類に手間暇かけられないという予算的問題があって、貴重な資料でも、みすみすあきらめるケースが多いのだそうだ。

仮に受け入れるケースでも、担当の先生などが点検して、欲しいものだけ選んで受け入れ、あとは捨てますよ、といったことが多いとのこと。

そんな中で幸運な事例を一つ紹介された。先生が仲介の労をとったケースのようで、三重県の方が昔の野球関係の蔵書3000冊をコレクションしておられ、その方の親族から、どこかに寄贈したいとの相談を受けたとのこと。

先生は、資料の貴重さを垂涎に値すると評価されたが、いかんせん欲しくても一橋大学に受け入れる余力はなく、それでも他の大学など、どこかに受け入れてもらえれば、散逸せずに活きると考え、ずいぶん、あちこちに問い合わせをされた。

もはや無理かと、あきらめかけた頃、日本体育大学が図書館を建て替えることを知り、スペースに余力ができるので受け入れますということになり、それこそ、処分寸前のダンボール詰めになったところで、受け入れ先に送られたという。

本当によかったと思う話しだ。同時に、日本体育大学図書館に、当方の資料も活用してもらえるといいなとも感じた。

このように、坂上先生との出会いは、当方が保有している資料が、とくに「スポーツ文化」研究という分野で、貴重な資料だと評価していただいたことで、自分のしてきたことが間違っていなかったと確認できた出会いだった。

そして、日本では、資料の分類整理という仕事の評価が低く、多くの研究者が、研究活動の中で、資料の山との格闘作業に相当多くの時間を割かなければならない現状があるということも知った。

坂上先生は、サッカー分野のジャーナリストたちとも交流があるとのことで、日本経済新聞の武智幸徳さんや、後藤健生さん、永井洋一さんたちと意見交換の機会があったという。また、英国留学時代は、恩師が当時プレミアリーグで戦っていたコベントリー・シティのサポーターだったことから、本場プレミアの試合を何度もナマで観戦した経験をお持ちで、サッカーへの関心が高いことも収穫だった。

これからも長いお付き合いをさせていただければと思い、研究室を辞した。

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前園さんに届け、この激励のメッセージよ

2013年10月14日 21時58分51秒 | サッカー日本代表

前園真聖さんが逮捕されたとのこと。衝撃的だった。Jリーグスタート以降で最大の衝撃といっていいだろう。ほとんど全てのテレビ、新聞が取り上げた。それだけの衝撃だったから。

ただ、ことの真相が早く知りたいという気持ちも働き、「メディアよ、いたずらに悪者扱いしないでくれ」という思いも強かった。

そして一夜明け、タクシー運転手との示談が成立したとのことで、前園真聖さんは釈放、すぐさま会見で謝罪したという。

会見の報道を読む限りだが、ホントに前園さんは自分のしていることを覚えていない状態、つまり夢遊病者と同じ状態になるほどだったようだ。

前園さんは39歳とのことだが、お酒があまり強くないらしく、ふだんも深酒することは少ないとのこと。今回は、仕事が終わったあと7~8時間、酒席を続けたようだ。

しかも、テレビでの情報によればヨーロッパでの仕事から戻り、まだ時差ボケが直っていなかった可能性があるとのこと。

よくある話だが、いろいろ重なってしまったということかも知れない。しかし、日本サッカー界の宝だ。本人に「どんな間違いも犯せない、とすれば、どんな落とし穴があるのか自分を見直すと」いう機会があれば、「泥酔」に対する免疫力が全くない自分がいて、へたをすると人生の落とし穴になりかねないと、肝に銘じて行動する強い自律心も築かれたことと思う。

これは、本人だけの問題ではない。これだけの宝物を預かる側、今回の場合は「所属事務所」ということだろうが、こういうリスクに対する予防策がお粗末だと思う。これが、いまの芸能事務所のガバナンスレベルといってしまえば、身も蓋もないが、そう言われていては、いつまでも芸能事務所は社会的に敬意を集める存在にならないだろう。

おそらく、メディアは、せいぜい明日をもって前園問題を店じまいにするだろう。不幸中の幸いといえる。前園さんは、当分メディアから姿を消さなければならないが、それは仕方がない。

けれども、前園さんの「日本サッカーにおける宝」としての存在には、あまりキズがつかず済みそうだ。

前園さんよ、酒の対策はキチンと立てて、今回のことは生涯自虐ネタに使うとして、サッカー界での活動は続けていいんだから。まぁ、当分はコツコツやるしかないでしょ。次の場をチーム現場に求めるにしても、メディアに求めるにしても、ある程度の時間が必要だろう。

ただ、前園さんを仕事に呼ぶ人は絶えないと思う。だから、どんな小さな仕事でも、声をかけてもらったら喜んでやる。サッカーの仕事だから、安くてもつまらなくてもやる。どうぞ、そうしてください。

メディアに呼ばれるとしたら、最初は、さんざん、いじられるバラエティだと思えばいい。あなたが、これまであまり経験がない「バラエティ」というジャンルは、人生で失敗したひとをトコトン弄ぶことを、驚くほど得意にしているから、いまのうちから、さんざん弄ばれ、いじられた時の自分のリアクションやコメントを考えておくといい。そういったことは事務所仲間にもアドバイスしてくれる人がいるに違いない。

前園さん、今回のことは、あなたが、今後の人生をより磨いていくための、貴重な経験としてください。人生の後半生で、多くの尊敬を集めるようになった人の中には、前半生で、往々にして挫折を味わっている人がいます。その時の失敗そのものと、そこで味わった多くの非難中傷に負けず、自分を大きな人物に育てる肥料にしたのです。

今回も、例えば、私がこのブログでもたびだひ指摘しているサッカー協会などの組織・機関、そこに居座っているテクノクラート、わかりやすく言えば自分の保身だけを考えている人たちの中には、口を極めて前園さんを罵る人もいるでしょう。私から前園さんに届けたいメッセージで一番大切な部分はここです。そんな連中の罵りなんか屁でもありませんよ。所詮、連中は自分の保身だけで言っているだけなのですから。

そんなものに負ける必要なんて、何もありません。そういう連中は言うでしょう。「もうサッカームラで仕事ができないようにしてやる」と。

けれども、そんな連中が何を言おうと、前園さんの仲間や前園さんに期待している多くの人が前園さんを見離したりしませんから。

この「サッカー文化フォーラム」もささやかながら、その一員です。「サッカー文化フォーラム」は、どこかの組織や機関のように権威や保身のためにサッカー界の宝物を見捨てるようなことをしない。それがアイデンティティーですから。

このメッセージが前園さんに届きますことを祈っています。

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NHK-BSドキュメンタリー「宿命のライバル・マドリッドVSバルセロナ」に想う

2013年10月10日 18時30分04秒 | サッカー文化

昨日、10月9日、NHK-BSで「宿命のライバル・マドリッドVSバルセロナ」という放送があった。

アレッ、再放送じゃないのかなぁ、と思いつつ観たら2002年フランスのテレビ局制作となっていた。ということは、ずいぶん前の放送だなぁ、と思ってネットで検索してみたら、今年1月2日にも放送されたようだ。この時も朝5時からの放送なので再放送に違いない。

2002年あたりから、時々放送しているということだろうか?

あらためて観て、2つの想いが湧いた。

一つは、番組の最後のほうで、当時まだ選手だったグアルディオラが「バルセロナにもレアル・マドリッドにも世界のトップクラスのスペイン人選手がいるが、スペイン代表としては、あまり結果を出せていない。これは、スペイン代表としては、あまり気持ちが入らないためではないか」とコメントしている。

確かに、長らくスペイン代表は「無敵艦隊」と言われながら、ワールドカップでも欧州選手権でも期待を裏切り続けてきた。

しかし2008年欧州選手権を制覇して以降5年間、いまだにスペインは世界の頂点に君臨している。これについて、何が変わったのか、どう変わったのかレポートしているものを観たい。

なにぶん、2002年制作の番組だから、まだスペイン代表は期待を裏切り続けていた時期だ。

そして、もう一つは、日本サッカーにおける宿命のライバルはあるのか、ないのか?

マドリッドとバルセロナのような、世界中の人たちから見ても「そうだなぁ、宿命のライバルというのはこういう関係を指すんだよな」と思えるが、これほどのハイレベルな関係、あるいは、これほどの歴史的な相克を背景にした関係は、他の各国を見渡しても、なかなかない。

イタリア・ミラノの2チーム、同じくトリノの2チーム、ローマの2チームなども、ダービーとして盛り上がるライバル関係ではあるが、背負っているものの重さから言ったら、スペインの2チームの比ではない。

日本には、イタリアの各ダービーに匹敵するほどのライバル関係すら見当たらないから、むしろ、これからの長い歴史の中で、そういうチーム同士が生まれてくるかどうかというところだろう。

Jリーグ20年の歴史をリードしてきたのは鹿島である。鹿島にはジーコという伝説となったシンボルがある。この先Jリーグで、ナショナルダービーと呼ばれるような関係が生まれる場合、今後20年ぐらいの中で、鹿島と同程度の実績をあげるチームが出ることが一つの条件になる。しかも、そのチームを強くしたカリスマが出ることも必要だろう。

その場合、20年間、鹿島は、そのチームの後塵を拝することになるが、その後、覇権を奪回する時期が到来したら、その時一つの関係が生まれるに違いない。20年後、鹿島ともう一つのチームが激しく覇権を争う時代が来たら、それは立派なライバル関係と言えるだろう。

10年前、鹿島と磐田が交互にJリーグ王者に就いた時期があったが7年で終焉した。磐田が、誰かの力によって復活して、ふたたび鹿島を凌駕する時代が来たら、というのも一つの楽しみだ。

Jリーグでもう1チームあげるとしたら名古屋であろう。名古屋は、この20年でストイコビッチ(ピクシー)というカリスマを得た。そのストイコビッチはチームを離れることとなった。これまでのところ、チームにピクシーイズムといったものが植え付けられたようには見えない。また、ストイコビッチによって「名古屋のサッカー」といったものが確立したようにも思われない。

もし、ストイコビッチが去ったのち、名古屋にピクシーイズム、名古屋のサッカーなるものが現れ出て鹿島を凌駕する時代を築いたら、という楽しみがないではない。なにしろ、名古屋は1993年5月16日の両チームにとっての歴史的なJリーグ第1戦、ジーコのハットトリックを含め5-0という屈辱的大敗を喫した試合からリーグの歴史がスタートしている。永遠のライバル足りうるドラマ性をはらんだチームなのだ。

国・地域の代表チーム同士の関係はどうだろう。世界レベルだと、ブラジルVSアルゼンチンなどはライバル関係にあると言えるが、ブラジルはW杯5回優勝の我々と2回のアルゼンチンでは、まだまだ比べ物にならないと言うたろうし、アルゼンチンにも、やや控えめな態度が感じられる。

コパ・アメリカではアルゼンチンの14回優勝に対してブラジル8回だから遜色ないようにも思えるが、コパ・アメリカでは最多優勝がウルグアイの15回というから、欧州選手権と同様には考えられない面があるかも知れない。

欧州では、よくドイツとオランダが西ドイツ時代から因縁の試合を続けてきているが、ドイツでプレーするオランダ人選手も多くなっていることから、因縁は薄れてきているかも知れない。

さて日本代表と言えば日韓戦が一つの関係にはなっている。しかし、これが「宿命のライバル関係」と言えるのかどうか、さっぱりわからない面を持っていることも確かだ。

だいたい韓国のほうは、いまも「サッカーに関しては我々のほうが歴史も実績もはるかに上を言っておりライバルなどとは思っていない」というに違いない。その時点ですでにおかしくなってしまう。そう言われてまでライバルなどとは思いたくもないし、この先、日韓戦で圧倒的に日本が勝ち続けたり世界大会で好成績を収めても、相手は「ライバルにふさわしい実力をつけた日本」と思いたくないだのだろう。

ただ、いざ試合となると、スタジアムにおける韓国の応援などは、明らかにライバル心むき出しの、さまざまな困った状況があとを絶たない。だから、さっぱりわからなくなるのだ。

マドリッドとバルセロナの関係と、日韓の関係とは、どこが同じで、どこが違うのか、どなたか、正鵠を射た論評をしておられる方がいたら、ぜひ知りたいと思う。

それにしても、このテレビ番組の中で、取材を受けていた何人かの人が言っていたのは、メディアの肥大化によって、ライバル関係が増幅されて喧伝されている面がある、という点だ。

我々が、このように番組を通じてマドリッドとバルセロの関係をつぶさに知ることができるのもメディアのおかげなのだが、いたずらに増幅された姿で伝播している可能性も大いにあるに違いない。

けれども、カタルーニャ地方の立場と首都マドリッドの関係、マドリッドの伝説ディ・ステファーノと、バルセロナの伝説ヨハン・クライフという、それぞれのクラブに存在するシンボル、さらに10年以上の単位で交互にスペインの覇者、さらには欧州の覇者の時代を築き続けてきた両クラブの歴史、そして現在も、世界の5本の指に数えられるビッグクラブとしてリードしている事実。

これほどの関係というのは、まさに「壮大なフットボールの世界」だからこそ生み出される関係と言っていい。だからフットボールを愛する者にとってはたまらない。100年を経て築きあげられた関係だと思えば、日本はまだ80年早いということか・・・・。

そんなことを想ったテレビ番組だった。

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