私は漢和辞典を引くたびに失望することがある。部首索引でめざす部首を見つけ、その部首の解説を読むと、実にそっけないのである。例えば、犭へん。「犬が偏になるときの形。犬部を見よ」とか、別の辞書では、「犬が偏になるときの形で、「けものへん」と呼ぶ。犭を含む漢字や、野獣的な性状・行動に関する漢字が集められる」といった具合。犭部の解説に「犭を含む漢字が集められている」とは、おかしいのでは?
円満字二郎氏の『部首ときあかし辞典』では、「部首<犬>が漢字の左側、いわゆる「へん」の位置に置かれたときの形。基本的には<犬>と同じだが、漢字の数は<犭>の方がはるかに多いので、そのぶん、部首として表す意味も広がりを持つ(要旨)」とした上で、犭の持つ意味ごとに解説を加えている。以下に箇条書きすると、
(1)犬を表す。「狗く」(いぬ)、「狆ちん」(犬の種類)
(2)犬を使って狩りをする。「狩しゅ」「猟りょう」「獲かく」
(3)犬がほえあう。「獄ごく」(原告と被告が言い争う)
(4)一部の哺乳類を表す。「猫ねこ」「狐きつね」「狸たぬき」「猪いのしし」「狼おおかみ」など
(5)人間としてふさわしくない行動。「犯はん」「狡猾こうかつ」「猛もう」(暴力的)など
(6)(5)が転じて、社会の乱れが極端になった状態。「猖獗しょうけつ」(悪いものの勢いが盛ん)
(7)意味合いがよくわからないもの。「独どく」「狭きょう」
と分けて説明しているので、大変分かりやすい。因みに、(7)の「意味合いがよくわからないもの」として挙げている 「独どく」 「狭きょう」 は、私が「漢字の音符」で意味がよく分かるように解説しているので、ご覧いただきたい。
さらに、最も所属の多い部首のひとつである草かんむりでは、草が表すさまざまな形を分けて説明している他に、草と関係のないものとして、「若じゃく」(巫女のかたち)「蔑べつ」(目の眉毛の変形)「萬まん」(サソリを表した字)などを分けて挙げている。
また、<言ごんべん>では、言葉を表す以外に「相手の所にいく(行って言葉を交わす)」意として、「訪ほう」「謁えつ」「詣けい」、さらに、言葉を論理的に使うことから「頭脳のはたらき」を指すものとして、「計けい」「試し」「認にん」「識しき」など、言葉離れした項目を設けて(この設せつも言葉離れしている)説明している。
非常に少ない部首の本
漢和辞典での扱いが象徴しているように、日本ではこれまで部首に関する本は非常に少なかった。阿辻哲次氏の『部首のはなし(1)(2)』(中公新書)は、気軽に読めておもしろいが本格的なものでなく随筆といっていい。私は図書館で『漢字講座 全10巻』(1988~1999年刊 明治書院)を借りて全部目を通したが、部首について書いた論文は一つもなかった。
部首を本格的に取り上げにくいのは、部首そのものが持つ整合性のなさにある。部首は意符とされることが多い。確かに氵(さんずい)は水をあらわし、木へんは木をあらわしているが、一方、部首一いちは、数字の一は意味を表すが、上・下・丁・七など、横に一本線が走っているだけで、どこも行き場所のない字が、ここに放り込まれている。部首二には、意味をもつのは数字の二だけで、そのほかは上下に横棒がある、五・亜・互・亘などが放り込まれている。(しかし、どこも行き場所のない、これらの個性的な字こそが、音符なのである)。こうした意符を表さない部首は大変多いのである。
部首についてのそんな状況のなかで本書は、意符としての部首だけでなく、部首に放り込まれた異端の字についても目配りしており、部首について書かれた本格的な唯一の本と言えるだろう。索引も充実していて、本の中で取り上げた漢字はすべて音訓索引で引けるようになっている。欲をいえば、参考文献の欄をつけて欲しかった。本書は部首に興味のある人には、手許においておきたい一冊であろう。
(円満字二郎著『部首ときあかし辞典』2013年刊 本文366P 索引48P 研究社 2000円+税)
円満字二郎氏の『部首ときあかし辞典』では、「部首<犬>が漢字の左側、いわゆる「へん」の位置に置かれたときの形。基本的には<犬>と同じだが、漢字の数は<犭>の方がはるかに多いので、そのぶん、部首として表す意味も広がりを持つ(要旨)」とした上で、犭の持つ意味ごとに解説を加えている。以下に箇条書きすると、
(1)犬を表す。「狗く」(いぬ)、「狆ちん」(犬の種類)
(2)犬を使って狩りをする。「狩しゅ」「猟りょう」「獲かく」
(3)犬がほえあう。「獄ごく」(原告と被告が言い争う)
(4)一部の哺乳類を表す。「猫ねこ」「狐きつね」「狸たぬき」「猪いのしし」「狼おおかみ」など
(5)人間としてふさわしくない行動。「犯はん」「狡猾こうかつ」「猛もう」(暴力的)など
(6)(5)が転じて、社会の乱れが極端になった状態。「猖獗しょうけつ」(悪いものの勢いが盛ん)
(7)意味合いがよくわからないもの。「独どく」「狭きょう」
と分けて説明しているので、大変分かりやすい。因みに、(7)の「意味合いがよくわからないもの」として挙げている 「独どく」 「狭きょう」 は、私が「漢字の音符」で意味がよく分かるように解説しているので、ご覧いただきたい。
さらに、最も所属の多い部首のひとつである草かんむりでは、草が表すさまざまな形を分けて説明している他に、草と関係のないものとして、「若じゃく」(巫女のかたち)「蔑べつ」(目の眉毛の変形)「萬まん」(サソリを表した字)などを分けて挙げている。
また、<言ごんべん>では、言葉を表す以外に「相手の所にいく(行って言葉を交わす)」意として、「訪ほう」「謁えつ」「詣けい」、さらに、言葉を論理的に使うことから「頭脳のはたらき」を指すものとして、「計けい」「試し」「認にん」「識しき」など、言葉離れした項目を設けて(この設せつも言葉離れしている)説明している。
非常に少ない部首の本
漢和辞典での扱いが象徴しているように、日本ではこれまで部首に関する本は非常に少なかった。阿辻哲次氏の『部首のはなし(1)(2)』(中公新書)は、気軽に読めておもしろいが本格的なものでなく随筆といっていい。私は図書館で『漢字講座 全10巻』(1988~1999年刊 明治書院)を借りて全部目を通したが、部首について書いた論文は一つもなかった。
部首を本格的に取り上げにくいのは、部首そのものが持つ整合性のなさにある。部首は意符とされることが多い。確かに氵(さんずい)は水をあらわし、木へんは木をあらわしているが、一方、部首一いちは、数字の一は意味を表すが、上・下・丁・七など、横に一本線が走っているだけで、どこも行き場所のない字が、ここに放り込まれている。部首二には、意味をもつのは数字の二だけで、そのほかは上下に横棒がある、五・亜・互・亘などが放り込まれている。(しかし、どこも行き場所のない、これらの個性的な字こそが、音符なのである)。こうした意符を表さない部首は大変多いのである。
部首についてのそんな状況のなかで本書は、意符としての部首だけでなく、部首に放り込まれた異端の字についても目配りしており、部首について書かれた本格的な唯一の本と言えるだろう。索引も充実していて、本の中で取り上げた漢字はすべて音訓索引で引けるようになっている。欲をいえば、参考文献の欄をつけて欲しかった。本書は部首に興味のある人には、手許においておきたい一冊であろう。
(円満字二郎著『部首ときあかし辞典』2013年刊 本文366P 索引48P 研究社 2000円+税)
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