漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

漢和字典 使った感想(4)「字統」「字通」「常用字解」

2024年03月13日 | 漢和字典・使った感想
 「説文解字」を超える字書をめざした「字統」

 中国で字書の聖典とよばれる「説文解字」。これを超えるようと企図した字典が「字統」である。立命館大学で甲骨文字と金文の卜辞(ぼくじ)二万点をノートに写しとり、整理して備えていた文学部教授の白川氏は「甲骨金文学論叢」の第4集(1956年)で、これまで清代の考証学においても批判の対象とされることのなかった、漢の許慎の「説文解字」の体系を根本から批判した。「この時点で、私は新しい文字学の立場からする字源字典の構想を持ったが、その前に「説文解字」の全体に、徹底的な分析を加える機会をもちたいと思った」(「私の履歴書 白川静」(日経新聞連載)と書いている。
 卜辞(ぼくじ)二万点に及ぶ手書きのノート(「白川静読本」の表紙見返しより)

 白川氏が甲骨文字と金文の約二万片に及ぶ卜辞(ぼくじ)をノートに写しとる作業のなかで見つけたのは、その字形から浮かびあがる中国古代の生活であり、そこから生まれる人々の思考方法である。字源の説明は自然と神と人との関わりを結びつけるものが多く、白川漢字学の特長となっている。
 その後、神戸市の白鶴美術館を会場にした月1回の講義の成果である「金文通釈」52輯、併行しておこなってきた「説文解字」の講義をまとめた「説文新義」全16巻の蓄積を基礎にして字源字書としての「字統」が発行されたのは、白川氏が大学を退官して自由の身になってからであった。1984年に刊行され、同年、毎日出版文化賞特別賞を受賞、その後、「字統普及版」(1994年)が刊行された。収録文字は親字の総数が5478字で、副見出しとして示した字を含めると約7000字。文字配列は多くの字典が部首配列をしているのに対し、字音の五十音配列にしている。

 各字の説明は「午ゴ」に例をとると、最初に古代文字を配列し、その順序は篆文、続いて甲骨文、金文の順番になっており「説文解字」を重視している。続いて字形を「象形」「会意」「仮借」「形声」に分けて表示してから、本文として古代文字の字形をもとに字源の説明をする。午ゴでは「説文」の陰陽五行説の解字を批判して、午は杵の形であるが、これを呪器として邪悪を祓うことがあり、その祭儀を御ギョといい、その初文である禦ギョと結び付けて説明している。
「字統」の特長
 二万字にも及ぶ筆記作業で、当時の甲骨文・金文の世界に没頭し、その文字の性質を生活文化および精神文化の両面から知ることになった白川氏が、甲骨文・金文が発見される以前に書かれた「説文解字」の字源を批判的に書き改めた書といえる。最初に「説文」の解釈を説明してから、次に金文・甲骨文の用法を説明し本来の使い方の例を述べて字源を説明する。
 その文章はこれまで旧態依然とした漢字の解釈の世界に、新鮮な観点をもたらし日本で脚光を浴びることとなった。しかし古代人の精神に入り込んだとされる漢字の解釈には異論を唱える人もいる。
「字統」平凡社 1984年8月  27cm 1013ページ
「新訂 字統」平凡社 2004年12月  27㎝ 1136ページ
「字統 普及版」平凡社 1994年3月 22cm 1067ページ
「新訂字統 普及版]平凡社 2007年6月 H21.5㎝ 1107ページ

漢和字典としての体裁を整えた「字通」

 収録字数は約9,500字。収録熟語は約50,000語。2,094ページ。大型サイズ(H26.5㎝)。字源の書であった「字統」の完成後、取り上げた各字を中心に他の重要な字を加えて漢和字典としての体裁を整えたのが「字通」である。1996年に出版された。午ゴの部分を見ると、

(1)古代文字が、篆文⇒甲骨文字⇒金文の順に掲載されている。各字は一重丸・二重丸などで区別されているが、「字統」のように文字で区別したほうが分かりやすい。
(2)古代文字の成り立ちを、象形・仮借・会意・形声に分けて解説している。内容は「字統」の文章を簡略化したものが基本である。
(3)「古訓」として[名義抄]や[字鏡集]などに掲載されている訓をあげている。
(4)「部首」として「説文解字」「玉篇」などで部首になっている字は、その部に所属する漢字を列挙している。
(5)「声系」として、午声に属する漢字を列挙している。
(6)「語系」として音韻によって類似する漢字を列挙している。音韻は中国語の発音中の共通部分であり、「声系」の漢字より範囲が広くなる。
(7)続いて、熟語を列挙して意味を説明している。逆熟語は熟語のみ列挙する。
「字通」の特長
 一般的な漢和辞典より収録字数は少ないが、重要と思われる字はもれなく収録されており、使用に不便はない。また、字のなりたちから、「声系」「語系」まで、その字の基本的な位置がわかるほか、熟語のほか逆熟語の数がとても多く、豊富な語彙に到達できる。これらの丁寧な説明は他の字典より充実している。
 唯一の欠点は、大型サイズで2000ページを超える本であるため、とても重く片手で持てないことである。私はいつも手に届く場所に置いておき、両手で取り出してからページをめくる。なお、「字通」の内容の一部はネットの「コトバンク」で公開されており、閲覧が可能である。
「字通」 平凡社 1996年10月 H26.5㎝   2093ページ
「字通 普及版」 平凡社 2014年3月 H23㎝   2435ページ 

「常用字解」

 1981年(昭56)それまでの「当用漢字表」に代わって「常用漢字表」が告示された。これにより、これまでの1850字から1945字に増えたのを機会に、中学・高校生向けに字源を中心に解説したのが「常用字解」(2003年初版)である。また、2010年11月には「常用漢字表」にさらに196字を追加し、5字を削除した2136字となった。白川氏は2006年に逝去されたので、新たに追加された字は「字通」「字統」などの記述をもとに作成された。
 以下に道ドウのページを見ると、

(1)見出し字(道)の横に、古代文字の金文(2種)、と篆文が表示されている。
異族の人の首を手に持ち、その呪力(呪いの力)で邪霊を祓い清めて進む!?
(2)[解説]として、金文2の古代文字は、「首+辵(辶)+又(て)」で、首を手に持って行く意味となる。「この字は導であるが、古い時代には他の氏族のいる土地は、その氏族の霊や邪霊がいて災いをもたらすと考えられたので、異族の人の首を手に持ち、その呪力の力で邪霊を祓い清めて進んだ。その祓い清めて進むことを導(みちび)くといい、祓い清められたところを道といい「みち」の意味に用いる。」と独特な解説をしている。
(3)[用例]として、「道中」「道程」「道標」「邪道」「神道」の6熟語を解説している。
「常用字解」の特長
(1)中学生・高校生向けの字典というより、字源に興味のある大人向けの字典である。漢字に興味をもつ人なら読み応え十分であり、その成り立ちから解説する本書によって奥深い漢字の世界に惹かれる人は多いに違いない。
(2)なお「字統」との関係で言えば、「字統」と「常用字解」は同一字でも文章の内容が少し異なる場合が多い。これは、①「字統」は出版以来、ほとんど内容を変えていない。②「常用字解」は「字統」出版後9年経過してから書かれており、生徒・学生向きということから、内容をわかりやすく変えたと思われる。したがって、同じ字を「字統」と「常用字解」で読むと参考になるときもある。
「常用字解」平凡社 2003年12月 19.5㎝ 
「常用字解 第二版」平凡社 2012年10月 19.5㎝

白川漢字学説の検証サイトが登場
 白川氏の漢字字源説は共感する人もいる一方、納得できないと言う人もいる。白川学説を具体的に検証してみようというサイトがある。これは漢字辞典の編集者である某氏が立ち上げた「常用漢字論ー白川学説の検証」というサイトである。このサイト名でネット検索すると、たどり着ける。
 およそ1200字について個別に検証しており、これ以外にもさまざまな角度からのテーマで検証している。このサイトを読んでみると、納得できる箇所が随所にあり、これを読むと参考になることが多い。両方を読み比べると、漢字に対する理解がより深まるのではないだろうか。





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