漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

漢和字典 使った感想(2)「漢字源」(学研プラス)

2024年03月03日 | 漢和字典・使った感想
「漢字源」(改訂第六版)
 収録字数17,500字、収録熟語96,000語、2,281ページ、という小型サイズ(H18.5㎝)としては屈指の内容を誇る漢和字典である。この字典の始まりは1978年(昭和53)に刊行された「学研漢和大字典」。私も書店でこの本をみて説明が分かりやすそうなので購入した(昭和56年2月1日第10刷とある)。本の著者は当時、漢字研究者としてテレビに出演するなど名高い藤堂明保氏。この字典は中型(H21.5㎝)でページも1830頁あり、主要な漢字には古代文字の変遷図もついており、非常にわかりやすかった。私も大いに利用した。
 しかし、この本は判型が大きく携帯の便にかける面があることから、コンパクト判の刊行が早くから要望されていた。そこで基本的に「学研漢和」の編集方針を踏襲しつつ、編集されたのが「漢字源」である([編者のことば]による)。しかし、藤堂氏は「漢字源」編集中に急逝されたので、「学研漢和」の編集委員が中心になり1988年(昭和63)に完成・出版した。現在は改定第六版になっている。
 藤堂氏の専門は音韻学で古代漢字の発音の変遷などを研究し、その語音が同じか近似していれば意味も共通であるという「音義の相関」や、そこから生まれる「単語家族」のグループがあることを提唱した。そして発音の時代的変化をアルファベット表記の音声記号で表した。こうした研究の積み重ねを「漢字源」は引き継いでいる。

 具体的には「角川新字源」とおなじく音符字の「午ゴ」を例にして考察してみる。少し見にくいが、「午ゴ」の最初の部分は以下の図版である。

ゴ・うま
(1)最初に「筆順」があり筆画の書き順を示している。(常用漢字のため)
(2)「意味」として、①うま。十二支の七番目として詳しい説明がある。②陰暦の五月。端午節句の成り立ちを説明。③杵のように上下運動を交互に繰り返す。また、そのさま。「旁午ボウゴ(横に縦に交差する。人馬の縦横に行きかうこと)。④さからう。そむく。忤に当てた用法。⑤姓のひとつ。
(3)「日本語だけの意味・用法」として、「訓読み」ひる(午)をあげる。
(4)「解字」として、甲骨・金文・篆文の字形をあげる。(常用漢字のため)
(5)「初義」として「助数詞の名」(十二支の一つ)。
(6)「語源」として「午は五・互などと同源で、「交差する」というイメージがある。数を数えるとき、交差点(折り返し点)に当たるのが五、循環的助数詞の十二支では七番目を折り返し点とするので、第七位とした。」とする。
(7)「字源」は杵を描いた図形(象形)。杵は食材を搗く道具で↓の方向に打ち下ろした後、↑の方向に持ち上げ、この動作を繰り返すから上下の形に交差する」のイメージを表せる。
(8)「同源語」として、午・御・許・杵・忤・滸・迕
(9)「単語家族」として、午・五・互・呉・牙・逆・印・与
 最後に熟語の欄があり13の熟語がある。逆熟語はない。調べたところ「漢字源」は、どの字にも逆熟語は掲載していない。

「漢字源」の特徴
 以上が午の記述である。この記述を通して「漢字源」の特徴をあげることができる。
(1)常用漢字や人名用漢字など、重要とされる漢字には筆順を示している。
(2)「解字」の欄では、甲骨・金文・篆文の字形がある基本的漢字については、古文字を掲載している。
(3)「字源」「語源」の欄で、古文字および発音から文字の成り立ちを説明しているが、どちらかというと発音方面からの説明が多い。これは藤堂明保氏を初めとする音韻学の成果が反映されているからと思われる。
(4)「音符イメージ」の創出。午の字では↓の方向に打ち下ろした後、↑の方向に持ち上げ、この動作を繰り返すから「上下の形に交差する」のイメージを創出している。そしてこのイメージをほぼすべての音符字に適用しているように見えるが、各文字ごとに、柔軟な適用が必要なのではないか。例えば、滸では「許キョ(ぎりぎりに迫る・狭い所を通す)+水(みず)」という無理な解釈になっている。許キョに「ぎりぎりに迫る・狭い所を通す」というイメージや意味はない。許に「もと・ところ」という意味があるから、水をつけて「水のところ」⇒ほとり・みぎわ、の意味が生ずる。
(5)「同源語」「単語家族」を提唱している。語音が同じか近似していれば意味も共通であるという観点から提唱されている。音符字の午では「同源語」として午・御・許・杵・忤・滸・迕、「単語家族」として、午・五・互・呉・牙・逆・印・与、を示している。「同源語」は「漢字の音符」とほぼ同じであるが、「単語家族」は語音が同じか近似しているグループであり、音韻学からの視点であり非常に参考となる指摘である。この家族がすべて意味が共通するとは思えないが、きわめてつながりの深い字であり、注目すべき集まりである。調査の手がかりを与えてくれる。なお、各音符字の叙述は省略する。
(6)「日本語だけの意味・用法」の見出しをつけ、日本語化した漢字をわかりやすくしている。
(7)「学研漢和」の豊富な内容を取り込んでおり、コンパクト判でありながら、中型サイズに匹敵する収録字数と収録熟語を含んでいる。

巻頭・巻末論文 
 巻頭に、加納喜光「漢字および字源・語源について」。巻末に、藤堂明保「中国の文字とことば」があり、編集者であったお二人の論考により、この字典の編集方針がわかる。

音訓索引の改善を要望します
 [改定第六版]の音訓索引は、下図のとおり左右両端に「あ~ん」まで五十音がすべて書かれており、該当ページの五十音だけが赤字になっている。五十音のバックが灰色であるため赤字の「ひらがな」が見つけにくい。そもそも、両端に五十音すべてを載せる必要があるのでしょうか。私は今までいろんな字典を利用したが、こんな形は初めてみた。およそ、漢和辞典を引く人なら五十音の順番を覚えているはず。五十音の順番をよく知らない人むけにしているなら、小学生の漢和辞典はどうなっているか調べてみたが、私の持っている3冊はすべて該当ページの五十音のみを載せているだけです。
 しかも以前の[改定第五版]は、該当するページだけの五十音を掲載しています。下の写真を見てください。同じページです。どちらが見やすいか一目瞭然です。どうして[改定第六版]から変えたのでしょうか? 私は[改定第六版]を引こうと手にするとき、「手間がかかるな」と憂鬱になります。次の改訂版を出すときは[改定第五版]のように簡潔にしてください。お願いします。

[改定第六版]の音訓索引のページ

[改定第五版]の音訓索引のページ


『漢字源』[改定第六版] 2018年12月25日発行 学研プラス
 編集:藤堂明保 松本昭 竹田晃 加納喜光 

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