鉄道模型とテルマエの部屋

懐かしい電車と模型と銭湯と

今日いち-2024年8月18日

2024-08-18 08:00:24 | 工作記録 津田沼第二工場
つっつん氏の高砂風ジオラマで佇む3290開運号。
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今さら40年モノのスハニ61を組んでみた

2024-08-17 18:17:00 | 工作記録 津田沼第二工場

GM50周年なんですって。
おりしもJAMのGMブースでは、歴代製品の展示があったようですが、台風明けの土曜日とあって、凄い人出で近寄ることも出来ず。
最初の車輌製品は、オハ61/オハフ61/スハニ61/ナハ10のプラキット。
関水の台車を利用する前提で選ばれたようです。
現在でも軽く手を加えれば通用するすっきりしたモールド。ワタシはこのキットが好きで、何度となく組みました。
中古の未組み立てキットを見かけるとついついキープしていたのですが、最近Twitterで#スハニ61競作会というハッシュタグを見つけ、楽しそうだな、と参加することにしたのです。


左のは15年くらい前に月刊とれいんに載せていただいた旧作。荷物室の保護棒をエッチングのに取り替えて、なるべく現代の表現に近づけながら作成しました。
今回のも基本的に同じですが、他の人の作例を参考に、より清楚な仕上がりを目指すことと、逆に床下や窓ガラスはオリジナルを尊重して、出来るだけそのまま使用することにしたのです。
ただそのままだと着脱式の床板にするには難があるため、床板に補強してやったり、穴が空いたテールライトにレンズを追加してあげる必要があります。


妻板。昔はオプションでテールライト点灯パーツがあったため、片側のエンドに穴が開いています。
中仕切り板からドアまわりを切り出し、妻板の穴に嵌め込みました。

腰高を直す為、床板全体にあるリブを丁寧に削り取り、#400のペーパーで丁寧に均しておきました。
床板。前述した通り、1×5の帯材を用い床板に接着しました。
鉄コレの床板のようなチャンネル状になり、強度が著しく向上します。


ダイキャストの床下機器はヤスリを当て、1.4のタップを切って床板にネジ止めしました。

ベンチレーターはいつものカトーの43系用を1.8ミリの穴を開け取り付け。位置をミスってあけ直しの図。

青成形のキットだったんで、実物にない青15号に塗ってやろうと。昔のキットの特徴である浮き出し文字に白を入れようとして見事に失敗。実は小学生の頃から全然上手くなってないことが露呈しましたw

なので丁寧に削ったあと、クレオスのオキサイドレッドサーフェイサーを吹きました。




車体はGMぶどう色2号、屋根はクレオスのドゥンケルグラウ。

HゴムにはガイアのニュートラルグレーIIを面相筆で差し。

テールライト。こちらはサインペンでチョンチョン。

左が旧作。ドア窓がデカい気がします。
あまり細かいことを言ったらこのキットを利用する意義が無くなりますからほどほどに。

ちょっと見づらいですが、ダイキャストの出っ張りは、オプションのテールライト導光部の支えです。勿論今は無用の長物でありますね。

実に懐かしい、この表現。
久しぶりに昔の客車キットを組むのは楽しかったです。まだまだ在庫あるし、暇をみてやろうと思います。



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富士登山電車を仕上げる

2024-07-18 22:55:00 | 工作記録 津田沼第二工場


夏の暑さにやられてます。
心身とも大物に取り組むにはしんどい状況なので、ちょっと浮気をば。
もう何年も前になりますが、某所で入手した鉄コレのそれを、我がならしの交通仕様に仕上げてみましたよ。



床下機器はサードパーティから超精密な専用品も出ているようですが、予算が無いのと自分でアレコレ考えるのが好きなこと、経理課から余剰パーツの活用要請もあり鉄コレ機器から似合うモノを見繕い、ガイア073ニュートラルグレーIIIにクレオスc189フラットベースなめらかを混ぜて艶消しにして塗ってあります。



水戸岡さんのデザイン、ワタシは好きです。
かなり前になりますが、富士登山電車に乗った時の楽しい車内の様子や、ホスピタリティ溢れてる乗務員さんの接客に、すっかりこの電車のファンになってしまいました。

車体は分解してクレオスのc181スーパークリア半光沢を吹き、急行灯にクレオス#78メタルブラックを塗りました。貫通扉にある方向幕がリアル感に欠けるのでピンバイスに0.6ミリドリルを咥えプスリプスリと穴を開け、デザインナイフで切り繋ぎ三角ヤスリで所定のサイズに拡げました。
エンドウのキャブロイドをピッタリサイズに切り出して嵌め込み、裏に白い紙を入れてあります。

屋根は塗装を剥がし、クレオスMrオキサイドレッドサーフェイサー1000を塗りました。
手すりにはクレオスGX4キアライエローを差してありますが、よいアクセントになってくれました。

パンタはそこらにあったシングルアームのパンタにオキサイドレッドを吹き付け、ガイア009ブライトシルバーを筆塗りしました(実物は二枚シューのようですが、凝らない車輌なのでそのまま)


クーラーはよく磨いたあとでクリアを吹き、タミヤエナメルのフラットブラックでウォッシング。
この車輌最大の見せ場である車体中央の固定窓はオリジナルだと、分厚いプラが眼鏡の底のように見えアレなので、ニッパーでカットしてキャブロイドをサイズ通り切り出して嵌め込み、水で薄めたタミヤのクラフトボンドで固定してあります。
ちょっとスッキリしました。

電気連結器カバーに塗った朱色4号がいいアクセントになってます。
室内はそのまま…フォロワーのまむめもNさんのようにいつか楽しく作り込むことを夢みています。


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新京成電鉄800形 その1

2024-06-18 16:26:00 | 工作記録 津田沼第二工場




去年から作業していたのですが、さして広くない部屋で行方不明になっておりまして、探し回っておりましたら木箱の中に丁寧にしまってありました。
屋根にセンターラインを引き、元の穴から寸法出ししてGM京成3150のクーラーを載せてみました。

コメント (2)
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京成電鉄3290…開運号その12 完成しました‼︎

2024-06-12 00:09:00 | 工作記録 津田沼第二工場


もうね、あちこちで何度となく書いたことなんでアレですが、小学校高学年の頃或る友人の家で見せて貰ったのがTMS301号(1973年7月号)平野和幸氏の千曲鉄道の煉瓦アーチ橋の表紙の号でした。
世の中には鉄道模型というモノがあり、大人が大真面目に汽車や電車を作ったり走らせたりしているのを初めて知ったワタシには大変な衝撃でした。
中でも京成電鉄210形の発表記事の驚き!
この綺麗な電車が紙と木で出来ていて、白ボール紙やセメンダインCといった身近なモノや、ラッカーサーフェイサーといった未知の大人の道具感。
Keiseiとサーフェイサーで書かれたお洒落な車体に、純情だったワタシは忽ち夢中になりました。そして自分の小遣いで買ったTMS312号(1974年6月号)に載っていた同じ作者の大熊重男氏の3290形開運号の記事で、完全に心を奪われてしまったのです。

「一見普通の赤電、実は特急開運号」その頃山陽特急「つばめ」「はと」「しおじ」他が最後の活躍を華々しくしていた頃。
それらとは全く違う普通の形の座席指定特急にはびっくりせざるを得ませんでした。


オデコの丸みと、厚みがあるヘッドマーク。
ヘッドライトは前面ベースの鉄コレ3300のを、パイプに入るよう少しドリルレースで細く削りました。
テールライトはGM窓用塩ビ板を細く切り出し、ライトケースに差し込んでタミヤのクラフトボンドで固定しました。

パンタ周り。いつもの自分流で、一本の真鍮線から位置決め。ヒューズボックスはいにしえのエンドウ京阪5000から。
ベンチレーターは落っことしたりで二個紛失orz なのでパンタ前のだけはGM3500の付録パーツを削って形を合わせて付けてあります。

歩み板はプラ端材でちょいちょいと…
今回ナンバーはGM京成/京王用から。
台車まわりは軽く墨入れしてあります。

端面の様子。幌は懐かしいカトー201系の。
今となっては時代遅れのパーツかもですが、編成の中間に付けるならまだまだいけます。
幅広幌はカトーキハ110の、ど定番パーツ。

3297の端面。向かって左のガラスは鉄コレ3300の側面窓から。Hゴム窓はトミー113系旧製品の戸袋窓を利用。
とにかく妻面は更新で全然変わっているんで苦労しました。やはり原形赤電が製品で欲しいところです。


先頭車のアンテナ配管は大熊氏の作例に倣いやや外側寄りに配管しました。
















まあでもお顔は上手く出来ました。細かく言えば窓Rをもう少しキツめに修正すれば…とは思いますが。ターミナルプランニングの京急用の丈を詰めた幌枠と、KDワークスのステッカーの厚みに手を加えたヘッドマークは効きました。


元の記事に衝撃を受けてからピッタリ50年目。
長年の夢であった3290開運号を手元に置くことが出来ました(復活開運号は持ってますが)
悔やまれるのは室内装置を付ける方法がどうしても思い浮かばず、内装無しになってしまったこと。今思うと床板まわりを含む下回りは鉄コレから持ってくれば、比較的簡単に内装がやれたのでしょうが後の祭りです。
飾り帯のデカールはまだ手元にあるので、もしかしたらまたチャレンジする機会があるかもしれないですね。
今回種車の確保を始め、相談にいろいろのって下さったハボフさん、多くのご教示をいただいた稲葉克彦さんには本当にお世話になりました。ありがとうございます。
そしてなんといってもオリジナルの素晴らしい作品を作られて、開運号への思いを伝えてくださった大熊重男さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
素晴らしい模型には人生をも変える力があることを教えてくださいました。この場を借りまして御礼申し上げます。ありがとうございました。

長らくのご乗車お疲れ様でした。
本日は特急開運号をご利用下さいましてありがとうございました…


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