小田代ヶ原は、栃木県日光市の日光国立公園内の標高およそ1,400mに位置する草原への遷移期にある湿原であり、豊かな自然と希少な景観から日光国立公園の特別保護地域および特別地域である他、環境省の日本の重要湿地500、国際条約のラムサール条約湿地に登録され、国際的な保護体制が敷かれている。
小田代ヶ原は、秋になると一面の草が色づく草紅葉が美しく、2010年に訪れて撮影しているが、小さく浅い盆地状の地形のため、局地的な豪雨や台風の後には、幻の湖「小田代湖」と言われる湖沼が一時的に出現することがある。草紅葉は水没してしまうが、代わりに黄金色に染まったカラマツや真っ白なカラマツ霧氷が湖面に水鏡のように映る光景を見ることができる。
小田代湖は、21世紀に入ってからでは2003年の台風10号上陸後、2007年の台風9号上陸後、2011年の台風12号・台風15号上陸後、2018年には台風24号の上陸後に出現している。2011年は、3日間で800mm近い雨が降り、広大な「小田代湖」が出現したことから11月3日に訪れたが、気象条件が合わず茶色のカラマツを映す水鏡の光景のみの撮影で終わっていた。当初、10月29日に行く予定であったが、前日の夜は、酒の誘いに負けて居酒屋で深酒。翌日は遅く起きて静岡県までカトリヤンマの撮影に出掛けたのだが、実は、その10月29日が最高の幻想的風景だったらしいと後で聞き、とても悔しい思いをしている。参考までに、その時に撮影した写真2枚を最後に掲載した。その年は、後にもう一度訪れたが、今度は湖が全面結氷でまたしても撮りたい光景には出会えなかった。
小田代ヶ原へは、その後も3度訪れ、2度は失敗。昨年は3月に行き「小田代ヶ原の霧氷」を撮ることはできたが、湿原は真っ白な雪原。美しい光景ではあったが幻想的とは言えないものであった。また秋には7年ぶりに水がたまったが「小田代湖」と言うより「小田代池」で数日で消えてしまった。更に昨年は、12月に前立腺がんの全摘手術をしたために11月より遠征を控えており、撮影に行くこともできなかった。
2011年の悔しい思いを引きずったままの本年。台風19号は各地に災害をもたらし、その後も半日で一か月分の大雨を降らせる等の温暖化による異常気象の連続。被災者の方々には、心よりお悔やみを申し上げたいと思うが、小田代ヶ原には2011年よりは小規模ではあるものの、念願の小田代湖が出現した。
「小田代湖」ができても、目指す幻想的な光景は幾つもの気象条件が揃わないと見ることはできない。山岳と湿原では霧氷が付く条件が異なるが、小田代ヶ原では、移動性高気圧に広く覆われ深夜から朝まで快晴無風であること。つまり放射冷却で「この秋一番の冷え込み」でなければならないのである。しかも、10月下旬から11月上旬の間のみ。季節が進めば寒すぎて空気が乾燥し、また湖も全面結氷してしまう。そして一番大事なことは、会社努めである私の休日と合致しなければならないことである。連日、気象庁とウェザーニューズの予報と天気図、そしてGPV気象予報をチェック。最後の最後で、11月2日に決定し行くことにした。
11月1日は朝から秋晴れで、東京では最高気温が26℃にもなった。東北自動車道も快晴で快適な走行。ただし佐野ICを過ぎると日光方面の山々にかかる灰色の雲が見え始めた。日光に近ずくにつれて雲が厚くなる。奥日光の赤沼駐車場に到着すると、雲間から星空は見えるものの、今度は強風。一抹の不安が過る中、車中泊。
2日。午前2時45分起床。車外に出てみると快晴無風。車は霜で真っ白。最高の条件である。小田代ヶ原までは低公害バスで行くことができる。この時期の始発は4時。ただし、このバスに乗って行ったのならば、ベストポジションで撮ることは不可能であることは容易に想像できた。それだけの絶好の日和なのだ。
午前3時に赤沼駐車場を出発。月明りはなく満点の星空。寒くて真っ暗な山道を懐中電灯を照らしながらおよそ4kmを歩く。途中、藪の中で光る鹿の眼にビビるが、何とか小田代ヶ原に到着。先客は徒歩組と自転車組10名。展望スペースと木道に分かれて既にスタンバイ中。かつて木道から撮影したこともあるが、木道は霜が降りていれば滑るし、人が通るたびにカメラに振動が伝わりブレの原因になる。更には伸ばした三脚が引っ掛けられる可能性もある。今回は、溜まっている水の量と朝陽が差す方向から、あらかじめ展望スペースに撮影場所を決めていたが、辛うじて狙い通りの場所に三脚を据えることができた。
日の出時刻は6時過ぎ。それまで2時間半以上寒さとの闘いである。気温はマイナス5℃。前日との気温差が30℃もある。手足の末端が冷たさでジンジンと痛くなる。持参したチョコレートで我慢しながらの待機である。4時15分。始発のバスが到着した。案の定、50人ほどのカメラマンが降りてきた。次の5時15分着のバスでも50人・・・。歩いて苦労した者だけの特権を感じた。
日の出前。白々と明るくなってきた5時半から撮影開始。これまで出会ったことがない朝霧煙る小田代ヶ原。まるで生きているかのように霧が動く。6時半を過ぎると、「貴婦人」と呼ばれる一本のシラカンバに朝陽が当たり始め、霧氷の付いたカラマツも白く輝く。まさに奇跡の絶景である。およそ150人のカメラマンが横一列に並んでいるため、一度決めたポジションからは動けない。そのため、その場から見える方向だけに限られるが、6時48分の1枚を最後に合計100カットの写真と動画を撮影。2011年に見られたという小田代ヶ原の最上の光景ではなく、未だに悔いが残るが、9年目にしてようやく出会えた光景。次は、いつ出会えるか分からない。すべてが真っ白な霧氷ではなく、カラマツの黄葉に霧氷という組み合わせも、秋と冬を感じて良いかも知れない。この日この時の一番美しい瞬間を収めることはできたと思う。以下に、選別した13カットと動画を掲載したいと思う。ちなみに、帰りは楽をして7時15分のバスに乗って赤沼駐車場まで戻った。
以下の掲載写真は、1920*1280 Pixels で投稿しています。写真をクリックしますと別窓で拡大表示されます。 また動画においては、Youtubeで表示いただき、HD設定でフルスクリーンにしますと高画質でご覧いただけます。
東京ゲンジボタル研究所 古河義仁/Copyright (C) 2019 Yoshihito Furukawa All Rights Reserved.
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます