喜多院法興寺

住職のひとりごと

108歳の王さんの母登美さん死去

2010-08-18 06:38:30 | Weblog
8月18日付 編集手帳 読売新聞
 {108歳の異称は「 茶寿 ( ちゃじゅ ) 」だが、その人には“球寿”という辞書にない言葉を贈りたいと、 訃報 ( ふほう ) に接して思う。
◆野球の硬式球には百八つの縫い目があるという。わが子の試合ごとに、打席ごとに、祈りのひと針を心に縫い取ってきたことだろう。王貞治さんの母、 登美 ( とみ ) さんが108歳で死去した。
◆富山市の出身、中国から働きに来ていた仕福さんと結婚し、東京で中華料理店を営みながら子供たちを育てた母である。王さんの双子の姉広子さんは1歳で早世した。「広子は貞治の体の悪い所を持っていってくれた。お姉ちゃんに感謝しなさい」が口癖であったという。
◆巨人時代の王さんが756号の通算本塁打世界記録を達成したとき、登美さんは後楽園球場のセレモニーでベンチ前に並んだチームメートに頭を下げてお礼を言い、一人ずつ握手をした。
◆王さんのお子さんは、いずれも名前に「理」の字が入っている。「王家の里を忘れないで」との思いをこめた命名と聞く。“王家の里”とは取りも直さず、身を粉にして働き、家族を守り育て、誰にでも感謝の心を忘れなかった仕福さんと登美さんの生きる姿のことだろう。}

 王貞治さんの母さんが存命であって、16日108歳で死去された事を初めて知った。王さんが双子で生まれて、双子の姉さんは1歳で亡くなった事も今回知った。母親にとって王さんは、自慢の息子であったに違いない。1977年9月3日、米大リーグ記録を上回る通算756号本塁打を打った、後楽園球場での試合にご夫妻で観戦は一生の思い出であったと思う。