ちいさなちいさな いのりのことば

 * にしだひろみ *

『どんぐり』②*私の本棚*

2015年11月29日 | Weblog

オノヨーコさんの『どんぐり』から、大好きな一編を、もうひとつ。


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「地球の作品」



地球は友だちのようなもの

いじめたり無視したりしてきた。



許しを請う。



地球に どれほど大切に思っているかを伝える。

地球に どれほど美しいかを伝える。

地球に 愛していると伝える。



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自分がそうしていることを、想像するだけで、ちょっと涙が出てくるのですが・・・。







二人で会議*日々のつれづれ*

2015年11月28日 | Weblog

週に一度、会議を開いています。

ホームスクールの会議です。

息子とわたし、二人で。



進行と記録を交代で担当。

議題は、だいたい、こんな風。


1.今週やりたいこと、行きたい場所
2.メンバーにお願いしたいこと
3.その他なんでも



“メンバー”としたのは、できるだけ対等に話しができように。

母と子ですから、気をつけていても、わたしの方が優位な物の言い方になったり、息子が遠慮して意見を言わなかったり、するのです。

また、逆に、わたし自身も自分の時間を大切に過ごしたいので、日中だけは“母”でなく“メンバー”と見てもらいたい。

そのための工夫です。



もちろん、おやつやお茶も用意して、

小さな会議の始まりです。




会議として向き合うと、息子から、いろんな希望や提案が出てきます。

わたしが気づかずにいた本音を伝えてくれて、ハッとすることもあります。

反省することもあります。




「やりたいこと、行きたい場所」は、できるだけ叶えてあげたいと思っています。

もちろん、わたしの希望も伝え、協力してもらいます。

息子が提案したものは、自分で計画をたててもらいます。

どこか行きたい場所があって、それが遠いところである場合、交通手段、時間、お昼御飯など、提案者が責任をもって計画します。

息子の計画の中に、ここはちょっと難しいかも…という内容があっても、そのままにしておきます。

失敗することも、発見することも、とても大切。

今度はこうしたらいいんだな、と気づくこと、それがとても大切。

困難に見舞われた時にどうするか、という体験をすることも大切。

そういう時も、息子が解決策を導き出すのを待ちます。

息子の豊かな学びのために、わたしにできることは、言いたいことや手出しをしたいことを控える、それに尽きるようです。

「母」と思うと難しいことですが、「メンバー」と思うと意外とできてしまいます。





わたしたちの小さな会議は、反省したり、気づいたり、感動したり、ワクワクしたりして、閉会。


そしてまた、次なる一週間が、素敵な一週間が、始まるのです。









ふくろうちゃん。*日々のつれづれ*

2015年11月27日 | Weblog

雑貨やさんを訪ねた時のこと。


あまりにも可愛いものを見つけて、ちょっとした悲鳴をあげてしまいました。




ふくろうちゃん。

両手サイズのぬいぐるみです。




ほわほわの毛、

まあるい輪郭、

あたたかそうなお腹、

小さな小さな羽、

気持ちよさそうに眠る顔、

なんてなんて可愛いんでしょう!


そのまま、釘付け。




でも、いけません。

このまま居たら、ふくろうちゃんに話しかけてしまうから。

家ならいいけど、ここはだめ。




そうだわ、ちょうど、大切なお友だちへの贈り物を探していたところ。

このふくろうちゃんに決めた。


でも困ったな。

あげたい人は二人いるけど、ふくろうちゃんは一羽だけ。


店員さんに聞いてみましょう。



ふくろうちゃんを、そうっと、両手に包んで、店員さんのところへ。


「あの、すみません、
この子の・・・あ、いえ、このふくろうの、仲間・・・じゃなくて在庫は、ありますか?」



冷や汗、冷や汗。

もっと気をつけなくては。

店員さんが微笑んだじゃないの。

冷や汗、冷や汗。



でも、優しい店員さんは、にっこりとして、在庫を調べに行ってくれました。


その結果、お店には在庫がなく、メーカー取り寄せとのこと。

是非とも取り寄せていただくことにしました。





数日後。

大きめの紙袋を抱えて雑貨やさんから出てきたわたし。

中を覗けば、透明な袋にラッピングされたふくろうちゃんが二羽、あたたかく眠っています。


心の中で、悲鳴。

可愛すぎる。






その日のうちに、ふくろうちゃんを、運送やさんに託しました。

あの羽では、飛べませんものね、ふくろうちゃん。



無事着いたら、わたしの友だちのそばに、ほっこりと居てね。

そして、この冬を、あたたかく過ごしてね。








出会いと再会*日々のつれづれ*

2015年11月26日 | Weblog

先週のことでした。

息子とカフェで書き物をしていたら、声をかけてくださる方がいました。

小柄で、とてもきれいな方。

わたしと同じくらいの年の女性です。




その方は、わたしの主人を知っていました。

“もしかして、奥さまではないですか?”

と声をかけて下さいました。


でも、どうして分かったのでしょう?

“息子さんが、お父さんにあまりにも似ていて…”

まあそれで!とお話しが盛り上がりました。




そこへ、お手洗いに立っていたその方のご友人が戻ってきました。


あらら?

見覚えのあるお顔・・・。


なんとそのご友人は、わたしの中学時代の先輩だったのです。



何十年ぶりの再会。

びっくりして、嬉しくて・・・。



カフェを開いてくださった店長さんと、

わたしに声をかけてくださったご友人と、

そして、主人と息子の、お蔭ですね。


再会できた先輩も、お友だちも、とても素敵な人。

おしゃべりに花が咲き、たくさんの花が咲き、来週また会いましょう、ということに。




予期せぬプレゼント。

でもきっと、わたしが送り出している想いへの応え。

だからたぶん、わたしの願いそのもの。



この出会いと再会を大切にする。


星を見上げて、決めたこと。









雨と木の葉*日々のつれづれ*

2015年11月25日 | Weblog

今日は、お年寄りのご長寿をお祝いする会で、朗読をさせていただいてきました。

深く優しく柔らかな眼差しに囲まれての朗読、背筋がしゃんとなりました。



わたしの何倍も、生きてこられたみなさまに、わたしがお伝えできることがあるとすれば、

それは、尊敬と感謝です。


短い時間でしたが、心をこめて臨みました。





その後わたしは、雨に誘われるように、森を歩いてきました。

天から降りる雨を、とても上手に受け止めている植物たち。

その音が素晴らしくて素晴らしくて、音楽を聴くような心地です。



森に降る雨は、優しい音がします。

木の葉や落ち葉が、とても上手に受け止める音。


よく見れば、何万何億とある落ち葉の一枚として、同じ色はありません。

壮大なキャンバスに描かれた、かみさまの芸術。



やがてはこの落ち葉も、みな、土になっていく。

新しい命の源になっていく。

なんと美しいサイクルでしょう。




わたしもわたしを全うしたら、後世のためのよい土になれるかしら。


・・・そんなことを思い、歩くわたしに、雨は静かな伴奏を添えてくれました。

いつまでも、いつまでも。








夢のスケッチ*日々のつれづれ*

2015年11月24日 | Weblog


こちらは、息子とわたしのメモです。

こんな場をつくりたいね、というイメージを集めたものです。



わたしが大切にしたいと思っているのは、『創造のよろこび』『みんなが先生、みんなが弟子』です。

心に沸き上がるものを創造(表現)していくことは、そこに喜びがあるなら、世界をすてきにしていく原動力になると思います。

そして、誰にも様々に優れた力があり、幼い子どもほど純粋で強い力を持つことがあります。

大人も子どもも、学びあいながら、それぞれの、あるいは共同の創造をしていけたら素晴らしい・・・と感じます。

それが、結果的に『世界をすてきにしていく』ことになれたら、こんなに嬉しいことはありません。




息子が大切にしたいのは、『自分だけの時間割』と『森と川とたくさんの本があること』だそうです。

今もそうですが、息子は毎朝、自分だけの時間割を考えます。

その日やりたいこと、挑戦したいことの大まかな計画を建てるのです。

状況や天候などで変わりますが、彼の夢や日々の衝動が指針となります。


それは、例え複数の人が集う場になっても、変えたくないそうです。

自分で自分の学びを決める。

それが、息子の生き方、学び方なのですね。



そして、息子の衝動を大きく受け止めてくれる大自然は、欠かせないパートナーです。

たくさんの本たちも、心の栄養、休養となり、時には瞑想の時間をもたらしてくれるようです。


だんだん明確になり、それが形をとりはじめ、先日の産声に繋がりました。


でも、まだこれからです。

想いをしっかり送り出し、うんと素敵な現象を起こしていこうと思います。










産声*日々のつれづれ*

2015年11月23日 | Weblog

先日、とうとう、念願だった学びの場を、開くことができました。

会場となったのは、新潟県長岡市(旧川口町)の山の上です。

焼き芋ができることを最優先に、決めた場所でした。


(前日撮った写真で雨模様ですが、素晴らしい絶景です。)


今回は、想いをたくさん語り合うことを目的としたので、少ない人数にさせていただきました。

素敵な素敵なみなさんが集まってくれました。

ユニークな学びの場を求める親子さんだけでなく、地域興しを頑張っている若い方たち、子どもたちの未来を思う教員の方たち、体操のトレーナーさん、などなど。

焼き芋をしながら、和やかに語り合いました。





子どもたちと、子どものそばにいるのが大好きな大人たちは、竹炭を使った創作活動をしていました。







もちろんこれは、子どもの衝動で、それを自由に自由に発展させていました。

息子は炭が面白くて、削って石器のようにして何かを切ってみたり、クレヨンのように文字を描いてみたりしていました。

そして、それを見守り、教わるようにそばにいる大人がいました。

その姿勢は、子どもの創造力を伸ばしていきます。

息子は余程面白かったようで、帰宅してからも炭を研ぎ続け、しまいには粉末にして水を加え、墨汁として使いました。




さて、話しは焼き芋会場に戻し、

お芋を食べながら、大人たちはおしゃべり。

様々な夢が膨らみます。



一日を通して、わたしが感じたのは、

大人でも子どもでも、“みんなが自分らしくいられる場所のひとつ”を作っていけたらいいな、ということでした。

目指すのは、松下村塾のような、誰もが先生であり弟子であるような場所。

特に子どもたちには、個々のやりたいことを存分にさせてあげたい。



急がず、時間をかけて、理想的な空間をつくっていきたいと思います。

自然にそうなっていく予感がします。



集まってくださったみなさん、本当にありがとうございました。

みなさんに会えてよかった。



次回は2月、巨大かまくら作りや、地物野菜による鍋料理をしよう、ということになりました。

もちろん、自由に過ごしてもらいたいと思っています。

たくさんの雪で、自由に自由に。

子どもたちにたくさん来てもらいたいので、親子10組ほどの規模にいたします。

(近くなりましたら、改めてお知らせします。)



新潟県にも、ユニークな学びの場を作っていきましょう。

みんなで。













もう一人のわたし*日々のつれづれ*

2015年11月22日 | Weblog

夢を見ました。

いつも見る夢。

何十年も現れ続けてきた、同じ夢。

あと少し頑張ったら、幸せになれるかもしれないのに・・・というところで、終わる夢。

わたしが高校生の頃体験したことが、夢の中で幾度も幾度も繰り返されてきました。





それが、変わりました。

ここ数日の間、二度、その夢が現れたのですが、

“あと少し”を越えて、とてもとても素晴らしい展開を迎え、わたしは、ひとつの思いを遂げました。

目覚めてからも、胸がいっぱいでした。




漠然と思ったことは、

これはきっと、わたしの次の人生か、かつての人生なのではないか、

ということです。


いいえ、もしかしたら、

いくつもの人生が、並行して存在しているのかもしれない。


そしたら、あれは、わたしの別の人生。

もう一人のわたし。




今回はたまたま、この道を行ったけれど、別の道を選んでいたら、まったく違う人生になっていて、

その別の人生を生きている、別のわたしが、いるのかもしれない。


何となく、そう思いました。



どこを行ったとしてもよい、その選択をしっかり生きたい。

どこか、楽しむような気持ちで。

そんな風に、思いが定まりました。





またきっと現れる。

あの夢が。

わたしの別の人生が。

もう一人のわたしが。











かわいい夢と光 *日々のつれづれ*

2015年11月21日 | Weblog

わたしの姪について、何度かこちらでお話ししたことがありますが、

この子は、感受性が豊かで、文章表現がとても上手です。

現在小学二年生。

両親の応援を受けて、作文や絵本や俳句のコンクールに、たくさん挑戦しています。


先日は、俳句のコンクールに入賞し、それが、伯母であるわたしのことをうたったものだそうです。


“大すきな おばちゃんにあう ぼん休み”



祖母であるわたしの母は、

「大好きな おばちゃんに“会える”盆休み、としたかったんじゃないかな。」

と言っていました。


幼い子どもの一途な愛情が伝わってきて、じんわりとしました。

「夏休み」でなく「盆休み」という言葉を選んだところもいいですね。

それぞれの都合により、あまり長い期間一緒にいられるわけではない、ほんのひとときへの、あれもしたいな、これもしたいな、という、可愛らしい期待が感じられます。



わたしは、その想いに応えられるほど、一緒にいてあげられなかったので、申し訳なく思いました。

でも、とても嬉しい。




絵本作家になるのが夢、という姪。

その、やわらかな心に、これからもたくさんの喜びとかなしみが訪れるはず。

それらをみな、時間をかけて、きれいな七色の結晶に変えて、あの子らしい方法で、表現していけるように、

ずっと、応援していけたらと思います。

時に、友だちのように。





息子も、姪たちも、甥たちも、

わたしに生きる意味と力をくれて、

いつも、いつも、ありがとうね。








友へ *日々のつれづれ*

2015年11月20日 | Weblog

心が、静まりかえりました。

一瞬、全ての音が聴こえなくなりました。



ポストに届いた、一通のお手紙。

わたしの大切な友だちからの手紙。


しばらく会えずにいた、その友だちは、わたしのことを気遣い、そして、彼女に起きた大きな悲しい試練について、綴ってくれていました。


大きな大きな試練。

とても厳しい試練。

大打撃、とはちがう、じわじわと時間をかけて迫ってくる、本当に辛い試練です。

混乱と悲しみのなか、彼女は、いまの本当の気持ちと、これからどうしていくべきかを、懸命に見つめていました。




ほとんど無意識のような状態で、お返事を書きました。

なにをどうやって書いたのか、

とにかく書いてしまいました。


そして今朝、ポストに投函してきました。




友だちよ、待っててね、

明日には届くから。



わたしに話してくれたこと、

頑張って言葉にしてくれたことへの、

この、想いだけ。