ちいさなちいさな いのりのことば

 * にしだひろみ *

にしだひろみ朗読会@森のいえ*お知らせ*

2015年11月19日 | Weblog

12月2日は、 Akiha森のようちえん支援センター「森のいえ」さんでの朗読会です。

まさに森の中の心休まるお家での朗読会。

大好きな場所です。



森のいえさんのホームページからお申し込みいただけます。
(ご案内が出るまで、もう少しお待ちくださいね)




スタッフの青木さんからご連絡いただき、どんな内容にしましょうか、ご相談。

毎日精一杯がんばっているお母さんたち。

エネルギー切れになってしまうことも、しばしばですよね。

みなさんが、ほっとして、心が満タンになれるような時間にできたらいいですね、ということに*

そこで、テーマを『がんばっているあなたへ』といたしました。



時間は、10:30~11:30 と、あっという間ですが、

詩を厳選して(〃⌒ー⌒〃) お伺いします。




素敵な時間になりますように。

あたたかな時間になりますように。












『どんぐり』*私の本棚*

2015年11月18日 | Weblog

オノ・ヨーコ さんの『どんぐり』という本をご存知ですか?

現代社会を生き抜いていくための、素敵で思いがけない提案集、のような本です。

ロンドンやニューヨークのアーティストで、この本を知らない人はいない、とか。





その中に、わたしのお気に入りの提案がいくつかあるのですが、そのひとつをご紹介します。



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一年に一度 すべての人が歌うところを想像する。

その日には、

a) 弁護士は、歌で弁論合戦を行う

b) 政治家は、歌でスピーチを行う

c) 教師は、歌で講義を行う

d) 兵士は、敵に向かい 互いに歌い合う


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想像すると、なんて愉しいことか!



裁判所は、ミュージカルのような雰囲気になるでしょう。

国会は、拍手喝采の渦になるでしょう。

学校は、子どもたちの歌声笑い声に包まれるでしょう。

戦場では、武器を投げ出し、敵味方なくひとつの歌を大合唱するようになるでしょう。



愉しく、涙が溢れてくるような提案です。


名曲『イマジン』に込められたメッセージが、さらにパワーアップしたような、よりユーモラスになったような提案です。




一人の人の想像力が、どれほどの力をもつか、はかり知れません。

もし、世界中の人が一度に同じ想像をしたら、何も起こらないはずはありませんね。




だからわたしは、この提案が大好きです。

一人でこっそり、この想像をして楽しんでいたのですが、そんなの勿体ない!

そう気づき、ここに書かせていただきました。




新しい学びの場でも、こんな時間を持ちたいと夢みています。

子どもたちと、大人もみんなで、この世界を素敵に変えていくイメージを描くのです。




何人かの力でも、合わせれば、空に虹を架けてしまうようなパワーを持てるかもしれません。











『サンタクロースの部屋』*私の本棚*

2015年11月17日 | Weblog

松岡享子さんの『サンタクロースの部屋』という本に、素敵な、素敵なことが書かれていました。

この本のタイトルの意味も、そこでわかりました。




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アメリカの児童文学評論誌からの引用です。


「子どもたちは、遅かれ早かれ、サンタクロースが本当はだれかを知る。

知ってしまえば、そのこと自体は他愛のないこととして片付けられてしまうだろう。

しかし、幼い日に、心からサンタクロースの存在を信じることは、その人の中に、信じるという能力を養う。

わたしたちは、サンタクロースその人の重要さのためではなく、サンタクロースが子どもの心に働きかけて生み出す この能力のゆえに、サンタクロースをもっと大事にしなければならない。」


この言葉を受けて、松岡さんはこう語ります。

「心の中に、ひとたびサンタクロースを住まわせた子は、心の中に、サンタクロースを収容する空間をつくりあげている。

サンタクロースその人は、いつかその子の心の外に出ていってしまうだろう。

だが、サンタクロースが占めていた心の空間は、その子の中に残る。

この空間がある限り、人は成長に従って、サンタクロースに代わる新しい住人を、ここに迎え入れることができる。」


「この空間、この収容能力、つまり目に見えないものを信じるという心の働きが、人間の精神生活のあらゆる面で、どんなに重要かはいうまでもない。

のちに、いちばん崇高なものを宿すかもしれぬ心の場所が、実は幼い日にサンタクロースを住まわせることによってつくられるのだ。」


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サンタクロースの真価を、見事に言い当てておられると思います。


わたしは、確か小学五年生くらいまでは、サンタクロースを信じきっていました。

はるばる遠い外国から、わたしのところへも来てくれるのだと。



うっすらと、そうでないとわかった後にも、わたしに生み出された“サンタクロースの部屋”は残り、

それから、たくさんの住人を住まわせてくれました。

その部屋は、今も健在です。

(むしろ拡大しているかもしれません。)




信じるという能力。

これがどんなに尊いものか、そして、重要なものか、誰もが分かっていますね。


それを拓いてくれるのが、サンタクロースなのですね。

すんなりと心に入り、とても嬉しくなりました。





9才の息子の心には、まだサンタクロースがいるようです。

(実は、わたしに、そう感じさせてくれているのかもしれませんが。)


その心の部屋を、大事に大事にしていきたいと思います。

たくさん、素敵な住人に来てもらえるように。

そしていつか、息子がつまづいた日の、希望となるように・・・。














みんなが必要とされる世の中に*日々のつれづれ*

2015年11月16日 | Weblog

高齢の方の長寿をお祝いする集いに朗読を、と招いていただきました。

ブログにも『いのちへ』にも収めていませんが、お年寄りへのラブレターのような詩が何編かありますので、読ませていただこうと思います。





わたしは、独身の頃、お年寄りのそばで働いていました。

お話しを聴き、少しのお手伝いをすることが好きでした。

そして、みなさんから多くのことを教えていただきました。



人は、どんな身体になっても、動けなくなっても、誰かから必要とされたいのです。



“あなたがいてよかった”


全てのお年寄りが、まわりの人からそう言って(感じて)もらえたら、どんなに素晴らしいでしょう。

お年寄りにとって、どれほどの希望、喜びになるでしょう。




でも、それは、若い人でも子どもでも、同じですね。

みんな誰かに、必要とされていたい。

そうでなければ、生きることはできません。




多くのお年寄りが“痴呆”という病になり、タイムスリップをしたように最も忙しかった頃の自分に還っていかれるのは、

“わたしは必要とされたいのです”という悲痛なメッセージに思えてなりませんでした。





様々なご家族がいて、様々な環境があって、様々な事情があるこの世界。

簡単にはいかない、できないこと、とも思います。






そんな自分をゆるしながら、

在りたい姿、それだけは、間違えず、見失わずに、

歩いていく。




必ず、何かが変わっていって、願う方へと近づいていくと信じています。











木の言葉 *日々のつれづれ*

2015年11月15日 | Weblog

印象的な夢でした。

目覚めてから、胸が高鳴り、しばらく動くことができませんでした。




大きな木が出てきたのです。

そして、その木が、わたしに言葉をかけてくれました。



“ここだよ”

“ここにある”


木は、そう言いました。


それは、言葉というより、もっと強くて確かな、響きのようでした。

耳からでなく、胸に直接届く言葉でした。


こういうものを“想い”というのでしょう。




わたしはその木を知っていました。

わたしのよく知る木でした。


その木が、わたしを待ち、わたしの問いに応えてくれているのだ、と感じました。


この数日、わたしは想い、問いかけていました。

そしたら、木が、(あるいは、木を通して大いなるものが)、わたしに応えてくれたのです。


わたしの心の声は、決して大きな声ではなかったし、力も弱かったかもしれない。

でも、そんな声をも、受け取ってくれたのですね。






逢いにいこう。

感じてこよう。

いいえ、伝えてこよう。

受け取ってくれて、応えてくれて、ありがとう、と。










新しい学びの場へ(2) *お知らせ*

2015年11月14日 | Weblog

先日お話ししました、“これからの学びの場について考える会”ですが、

想いある方々からご連絡をいただき、想定していた人数に至りました。

ありがとうございました。



会場については、個々にご連絡しています。

雨天中止としていましたが、素敵な会場が見つかったため、雨天でも大丈夫そうです。

どうぞ気をつけていらしてください。




想いの力で、素敵な空間を生み出していけますように。


新しい時代のために、

新しい世界のために。












『語感の辞典』*わたしの本棚*

2015年11月13日 | Weblog

ついに購入してしまいました。

ずっと欲しかった『語感の辞典』。




ことばの感触、類語の微妙な意味の違いを解説した辞書。

名文を引用した用例も、味わい深い。







わたしにとって辞書は読むもの、味わうもの。

またひとつ、愛読書が増えました。




無心になって辞書を楽しむわたしに影響されてか、息子もなかなかの辞書好きです。

旅行にも国語辞典、漢字辞典を持っていくほど。

わからない言葉に出会ったら、すぐに調べないと気になるとか。



昨日も、

「なんで“泣く”という字は、さんずいに立つ、なんだろう?」

と、漢字辞典を調べていました。




小学生用の漢字辞典では、立っている人から涙が流れ落ちる様子を表した字、とありました。

中学生用の漢字辞典では、立つの部分は“粒”の略字で、水の粒が落ちる様を表した字、とありました。

息子はさらに、わたしの本棚に走り、大人用の漢字辞典を調べていました。

中学生用の漢字辞典の解字とほぼ同じで、より詳しく説明されていました。


「ママの辞書が一番詳しくて、ぼくの辞書(小学生用の漢字辞典)が一番覚えやすいね。」

とのことです。

面白いですね。






テレビのない我が家。

今夜も、食後のゆったりとした時間、二人で本の世界へ。




わたしはもちろん、『語感の辞典』。

息子はたぶん、今大好きな『こども歴史新聞』。









創造を*日々のつれづれ*

2015年11月12日 | Weblog

よきことを、素晴らしいことを、想う。


人にこそできる、ほんとうのお仕事。





その時間を、奪われないように、

奪われてしまっていることに、気づけるように・・・。



『モモ』のように、時間を奪うものたちは、それはそれは上手だから。





情報の海から上がることを、

いくつもいくつも覆い被せられた観念を外していくことを、

思いつけるように・・・。







願いはなに?

魂からのほんとうの願いは?





一番大切な問いのための時間を、奪われないように・・・。


もしかしたら、食べることよりも、眠ることよりも大切かもしれない、この問いのために。




人が、この本来の仕事を思い出すことを、自然界のすべてのものが切望しているように思えてならない。


じっと待ち続けているように、思えてならない。

気の遠くなるほどの歳月。





願わなくては。

想わなくては。

造っていかなくては。




森を歩き、しんとしたその霊気に触れて、強く強く思いました。








松 *日々のつれづれ*

2015年11月11日 | Weblog

息子が、庭先で呼んでいます。

行ってみると、何かを両手に包んでいます。



「ぼく、これを育ててみたい。」


それは、松の小さな苗でした。

苗というのか、若芽というのか。




息子は、大切そうに、松を鉢植えにしました。

水をやり、慈しむように見つめています。





その様子を見ていたら、突然、心が震えるような感動をおぼえました。

小さな松が、息子に見いだされ、愛を注がれ、どんなに嬉しく感じているか、突然、伝わってきたのです。


大げさに感じすぎているかもしれません。

でも、その感動は、あまりにも強く、大きく、

しかも、わたしが生み出したものではないため、

松が教えてくれたとしか思えませんでした。






土を変えられ、移されたことは、松にとってよいことではなかったと思いますが、

松にとって、ちいさな子どもが注ぐ愛情は、土や光にも勝る重要なものではないでしょうか。

わたしには、どうしても、そう思えるのです。




「どうしたら、元気に育ってくれるの?」

息子は尋ねました。



「そんな風に、言葉や想いを送ってもらうことが、松は一番嬉しいんじゃないかしら。」

わたしは応えました。





「うん。」

息子は、それからしばらくの間、松と二人きりで過ごしました。






松は生きるでしょう。

息子の想いに応えようと、強く大きく育つでしょう。

今もきっと、慈しみに満ちた想いを、息子に送っているでしょう。


この先、息子に何か起ころうとした時、息子を助けようとするでしょう。

想いの力によって。


息子によきことが起こるなら、その全身を喜びに震わせるでしょう。






植物とは、そういうもの。

人の想いを受けた植物とは、そういうもの。



わたしは、息子に教えられながら、人と植物との素晴らしい交流を、見守っています。












新しい学びの場へ*お知らせ*

2015年11月09日 | Weblog

各地に、素敵な学校がどんどん生まれています。

あちこち訪ね、雰囲気を感じてきました。

どこも素敵でしたし、どこも手探りでしたし、どこも可能性に溢れていました。



息子もどこかに加わり、馴染むことができたら、いいだろうなあ、と思います。

そんな可能性も感じます。


でも、今の息子は、もう少し違う場所を求めています。




やりたいことが明確で、そのやりたいことの中から様々な学びができることを発見した息子は、

それをのびのびとやりたい。

そして、同じように自分の道を進む友だちを求めています。

友だちがそこにいても、ずっと一緒に同じことをするのではなく、少なくとも一日の半分以上は自分のことをしたい。

興味が重なった時は、一緒に思いきりやりたい。

時々、衝動のままに遊びたい。





そうなると、毎日行くことが必要ではない、ということになります。

週に一回、二回でもいいのかもしれません。

自分のことに集中するには、一人にならないと気が散る息子です。

ですから、普段は自宅や相応しい環境で、思いきり自分のことをする。

集団を感じたくなったら、友だちとの時間が必要になったら、参加しに行く。

それが究極の理想です。





全国の素敵な学校に、そんな参加の仕方をしてもいいのかもしれません。

受け入れてくれるだろう場所、スタッフさんの、心当たりもあります。


同時に、わたしは、息子の理想の学校をつくる、最高の場所を見出だしました。

わたしのふるさとの野山です。

そこへ、まずは月に一度、思うところのあるみなさん(大人も子どもも)と集まったらいいのでは、と思ったのです。






価値観や願いを共にする人が出逢えば、そこは素敵な心の拠り所になります。

求めあう子どもたちが出逢えば、大きな喜びと勇気が生まれます。

そんな子どもたちを信じ寄り添う大人がいれば、そこは最もちいさな学校になります。

(これは、わたしの夢ですけれどね。)





まずは、願いのある方々と、想いや夢を語り合えたら、と思います。


第一回のご案内です。


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☆山の畑でこれからの学びの場の話をしよう☆

〇日時 11月21日(土)13:00~16:00雨天中止
〇場所 新潟県魚沼市の山の畑(参加者に詳細連絡します)
〇内容 焼き芋づくりをしながらこれからの「学びの場」の話をする。
〇参加費 500円(大学生以下無料)
〇参加条件 「子どもから学ぼう」と思っている方
〇申込み、お問い合わせ先
inochinokotonoha@gmail.com (にしだひろみ)

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本当はわたしの実家の野山に来ていただきたいのですが、寒くなり、焼き芋をすることにしたので、今回は同市にあるキャンプ場を会場とします。

もしかすると、雪が降り始めてしまうかもしれませんので、開催できるかどうか、というところですが、

春を待たず、今のうちに、出逢いたくて。




新しい学びの場を必要としている子どもたち、

悩み、願い、探し求めている親御さん、

どうぞいらしてくださいね。

想いのたくさんある現役の教諭の方もいらっしゃいます。

子どもたちのフィールドの候補に考えている、素敵な森と絵本の家も、見に行きましょう。





主催は、わたしの主人です。

息子と、家族みんなで、お待ちしています。