ちいさなちいさな いのりのことば

 * にしだひろみ *

明日はうんまんまさんで朗読会*お知らせ*

2017年05月16日 | Weblog

明日、5月17日(水)10:30から、うんまんまさんで朗読会です。

スタッフさん、お母さんたちにお会いするのが楽しみです。

ゴールデンウィーク、母の日と続き、思い出を重ねられたことでしょう。

ご実家へ行ってこられたお母さんも、たくさんいらっしゃるでしょうね。

お話し聞きたいな。



さて今回は、子どもの心にある2つの夢、についてお話しや朗読をしたいと思います。


そして、先日、父に渡した詩も、よませてもらおうと思います。



明日も、心をこめて、大切に、過ごせますように。









何てことのない日常の輝き*日々のつれづれ*

2017年05月15日 | Weblog

実家の田植えを手伝っていた時のことです。


田んぼ仕事は、できるだけ手作業にこだわってきた父ですが、体力の低下と共に、手作業の面積が少なくなってきていました。

そして、数年前から、機械(手押しの小型の田植え機)を使うようになりました。


今年は、機械に付いていくのが大変そうでした。

田んぼはぬかるみ、機械は重いのです。

一度にはできず、何度も休みながら、やっと植えていました。


わたしは、苗を渡したり、植えられなかったところを手で植えたり。

そうしながら、父の姿を、じっと見つめていました。



今年で最後になるのかなあ・・・と思っていました。

父のお米、父が「自分で育てた」と誇りをもって言えるお米は、今回で最後になるかもしれない、と。


周辺の田んぼは、大型機械が威勢よく走っています。

みな、大型機械を持つ人に委託して、お米を育ててもらいます。


やがては父も、その選択をしなくてはならなくなるのでしょう。

誇り高い父には、切ないことに違いありません。



父の田んぼ。

頼んで作ってもらっても、父の田んぼ。

でも、きっと、まったく違うお米になるでしょう。



毎日見廻り、水の管理や草のこと、鳥のこと、農薬の一斉散布を断っている田んぼを守りに現場へ走り、見届けていた父。

父のお米は、父が育てたもの。

父そのものでした。



わたしは、なんとか頑張って機械を押す父を見つめながら、

「ありがとう、こんなに長い間お米を育ててくれて、食べさせてくれて。」

そう、心で伝えました。


もし、来年も、「自分で植えたい」と父が言ったら、わたしは何としても手伝いたい。

よろよろしてても、転んでしまっても、わたしはそれを支える。

田んぼがめちゃめちゃになってもいい。

父の想いを、遂げさせてあげたいと思います。



不意に、想いが溢れ、悲しくなってきて、横を見たら、

息子が楽しそうに、小川で、空になった苗箱を洗っていました。


その姿を見たら、わたしの心が、穏やかなところへと戻りました。



しっかりと見ておこう、そして、おぼえておこう。

大好きな、父の、この姿を。

今日という日を。



母も同様です。

膝の痛みのため、今年から田んぼ仕事ができなくなった母。


わたしは、離れて暮らしているし、嫁に出た娘ですが、

そのわたしにできる範囲で、してあげたいことを、ひとつひとつ、大切にしていこうと思います。

そして、その時その時のよろこびを、しっかりと感じていようと思います。



洗い物ひとつ、洗濯ひとつ、してあげられることは、素晴らしいことですものね。


だから、いま、わたしには、何でもない日常のひとつひとつが、みんな、輝いて見えます。


ほんとうに、みんな、みーんな、輝いて見えるのです。













養成講座、新潟クラス開催します*お知らせ*

2017年05月12日 | Weblog
シンボルツリー育み人養成講座、新潟市のわたしの自宅で、開かせていただくことになりました。

小さく開こうと思っています。

*第一回 6月1日(木) 13:30~15:30


わたしの大切な友人や、最近お知り合いになった素敵なお母さんが来てくださることになっていて、

わたしの好きな人たちが集まり、知り合うなんて、本当に幸せ!と思っています。


二回目以降は、みなさんと相談しながら日程を決めていきます。










大波*日々のつれづれ*

2017年05月12日 | Weblog

波が来るのです。

年に何度か、不意に。


それは、“片付け熱”という波。


急に、猛烈に片付けをしたくなる。


いらないもの、無くてもいいものが、急に際立って見えてしまうのです。



そして今回、またまた大きな波が来ました。

その波は、もしかしたら、過去最大の大波。

4月末から始まり、今も続いています。



処分したものは、ごみ袋(大)20個分を越えました。

リサイクルに出したもの、出す予定のものは、段ボール10箱になりました。



この“片付け熱”、伝染するんですね。

息子も、大幅に、持ち物を減らし始めました。



わたしにとって最も難しいことは、本を減らすことだったのですが、

今回は、本当に大切なものとそうでないものとの境界が、とてもはっきりと見えたので、スムーズに整理できました。


段ボール7箱の本が、古書屋さんに。

わたしや息子を潤してくれた、たくさんの本たち。

どうも、ありがとう。

いま最も必要としてくれる人の元へ、行けるといいな。



でも、本当に不思議だな、と思うのは、

いつも、ものを減らすたびに、新しい情報が、どーんと入ってくること。

多くを減らした時ほど、その勢いが凄まじいんですね。



ものを減らすことは、もしかしたら、窓のない部屋に、小さな窓を開けていくようなこと。

塞がっていた場所を、開いていくこと。

そこから、入りたがっていた、よいものや、素敵なことが、喜んで入ってくる。

そんな感じがします。



まだまだ終わった気がしないので、もうしばらく続くのではないかと思いますが、

わたしの窓からどんなものが入ってくるか、楽しんでいこうと思っています。










ぬくもり*日々のつれづれ*

2017年05月02日 | Weblog
したいと思ったこと、欲しいと思ったものを、

誰かから、何かから、もらう。

していただく。


そんなことが、ずっと続いています。


面白いし、とっても不思議ですが、

そんな時って、ただただ、感謝の気持ちに包まれるものなのですね。


全てが、うれしい。


空が青いことも、

遠くの雪山が見えることも、

風が通り抜けていくことも、

全てが、うれしい。



わたしを包む、この清々しいぬくもりは、何だろう。


わたしは、このぬくもりを知っている。

これは、両親の心にある愛。

そして、御先祖様の心。

そして、離れたところからわたしを信じる、主人の心。


さらに、一番強く感じる、息子の愛。

息子は、生きながら、見えない力で、わたしを護っている。


なんて幸せなことでしょう。

どこにいて、何をしていても、うれしいわけですね。



風薫る、最も美しい5月。

大切な人たちが揃うお休み。


一日一日、二度とないひとときを、大事に過ごせますように。


この、あたたかなぬくもりの、恩返しのように。






父に贈る詩*日々のつれづれ*

2017年05月01日 | Weblog
頑固で一本気、気難しい父でした。

70を過ぎ、過去が嘘だったように、くしゃくしゃの顔で孫に微笑むようになりました。


大きく強い存在だった父が、だんだん、やわらかく老いていき、

病気や、過労から来る体の故障も重なり、

記憶力も、落ちてきました。



こんなに大事な大事な人なのに、いつか必ずやってくるお別れに、確実に、近づいている。


わたしに、堪えられるでしょうか・・・。



でも、わたしはきっと、ふるさとのあらゆる自然のなかに、父を感じるでしょう。

姿かたちがなくなってしまっても、ずっと、父を感じながら、生きていくでしょう。



その時が、ずっと先なのか、とても近いのか、わかりませんが、

共にいられる一日、一日を、よろこび、大切に過ごしていきたいと思うのです。



今日の、父の誕生日にと、ひとつの詩をかきました。


ちゃんと手渡せるでしょうか。


恥ずかしいけど、確かに、手渡したいと思います。


大好きな、大好きな、父に。



『おとうさん』


あなたを看取る日がきたら

その時絶対伝えよう

「あなたの娘でよかった」と


器用にできない父親と

器用にできない娘とで

大変だったね お互いに


だけど私は

幸せでした


あなたを看取る日がきたら

その時絶対伝えよう

「この次も父になってね」と


あなたの人生そのものも

わたしの父であることも

大変だったね どちらとも


でもこの次も

あなたと一緒に生きたいの



看取りができないのであれば

それでは悲しすぎるから


今すぐ伝えてしまおうか


「あなたの娘でよかった」と

「この次も父になってね」と