“自分の力で空を飛びたい”
男の子は、夢見ていました。
男の子は、鳥が好きでした。
飛行機もすごいけど、鳥は、自分の力で飛ぶ。
そして、自由だ。
きれいな羽根。
なんて上手に、風に乗るんだろう。
男の子は、お母さんを引っ張るように、鳥の集まる場所に行き、時を忘れて見とれるのでした。
さて、男の子は、鳥の図鑑をもらいました。
お誕生日プレゼントに、お願いしたのです。
嬉しくて嬉しくて、抱きしめます。
隅から隅まで、夢中で読みました。
もっともっと知りたくて、図書館にも行きました。
たくさん、鳥に関する本を集めました。
より詳しい本は、読み仮名が付いていないので、辞書で調べながら読みました。
漢字の成り立ちって、おもしろいなあ。
いろんな物を組み合わせて、その意味をあらわそうと、一生懸命かんがえたんだなあ。
ちょっと変な組み合わせもあるけど、そこがまた面白いなあ。
男の子は、『鳥のノート』に、覚えたことを、どんどん書いていきました。
そこには、鳥の絵、名前、そして、
大きさを表す単位、
速さを表す単位、
覚えた漢字とその成り立ち、
などが、ぎっしりと書かれています。
夜、眠る前に、自分で描いた鳥の絵に、色を塗りました。
図鑑の色よりも、自分で実際に見た鳥の色を塗りました。
それは、どんなに楽しい作業であったことか。
あんまり楽しくて、鼻歌も歌います。
枕元にそのノートを置いて、男の子は眠りました。
ある日、知り合いのおじいさんが、竹トンボをくれました。
おじいさんの手作りです。
男の子は、飛ばし方を教えてもらいました。
最初はすぐに落ちてしまいました。
でも、だんだん飛ばせるようになりました。
くるくるときれいに回転して、空に大きな曲線を描きます。
男の子は、考えました。
なぜ、飛ぶのか。
なぜ、回転なのか。
男の子は、さまざまな素材で“飛ぶもの”を作ってみることにしました。
様々な厚さの紙、
薄いセロファン、ビニール、
ストロー、
小枝や葉っぱ、
いろいろ、いろいろ。
何日も、何日も、“飛ぶもの”を作りました。
上手くいかない日もありました。
くやしくて、涙が出る日もありました。
でも、作るのをやめなければ、いつかは必ず、思ったようなものが作れるようになる、と、知りました。
風に乗ること。
回転すること。
もうすぐ、何かがわかりそうな気がしました。
男の子は、お母さんと、森を歩きます。
お母さんは、森が大好きでした。
男の子も、森が大好きでした。
森に入ると、力がたくさん湧いてくるのです。
そして、素晴らしいことを思い付くのです。
『鳥のノート』には、木の実や葉っぱ、季節ごとの森の様子、動物の足跡、雪の結晶、虫や微生物のこと、自分で建てたい木の家と庭の設計図なども、書き加えられました。
いつの間にか、表紙が『けんきゅうノート』に訂正されています。
その日も、楽しい気持ちで森を歩いていました。
すると、男の子の目の前に、くるくると回転しながら、何かが降りてきました。
なんでしょう?
見るとそれは、プロペラのような形をしています。
すごい!
これは、何かの種だ。
回転してきた!
男の子は、少し高い地点から、その種を下ろしてみました。
すごい、回転する!
竹トンボとおんなじだ。
植物が、何かの木が、この種を飛ばしたんだ。
真っ直ぐじゃなくて、回るように。
それは、どうしてだろう?
男の子は、何度も何度も、種を回転させてみます。
プロペラが付いていなかったら?
真っ直ぐ下に落ちる。
でも、プロペラを付けた。
それは、
それは、
遠くへ、遠くへ、
種が飛ぶように。
きっとそうだ。
すごいなあ。
すごいなあ。
男の子は、深々と満足そうにため息をつき、乾いた草のところに腰を下ろしました。
お母さんも、腰を下ろして、木々を見つめています。
森、
ぼくの大好きな森。
ぼく、今日、思ったよ。
種は、種のお母さんかお父さんが、がんばれ、って、飛ばすんだね。
遠くへ行けるように、特別なプロペラを付けて。
そしたら、風に乗ることができるんだ。
回る、ってことは、遠くへ、ってことなんだ。
回る、ってことは、風に乗る、ってことなんだ。
それは、お願いなんだ。
夢なんだ。
そのプロペラを付けたのは、種のお父さんとお母さんかもしれないし、もっとすごい何かかもしれない。
よく思いついたなあ。
すごいなあ。
ぼくにも、あったらなあ、プロペラ。
でも、ぼくにもあるんだ。
ぼくのお父さんとお母さんが、ぼくにくれた力が、きっと。
それが何か、今はまだ、わからないけど。
“この種は、森からの贈り物なんだよ。”
男の子は、その種を、大事にポケットに入れました。
帰り道、男の子はスキップをしながら話します。
調べたいことがたくさんあるんだ。
種のこと。
何の種かなあ。
他にはどんな種があるのかなあ。
それから、
プロペラを作ってみよう。
それを回すしくみを考えてみよう。
いろんな大きさのものを作ってみよう。
ぼくはとっても忙しいんだ。
男の子は、夢中になって、お母さんに話して聞かせたのです。
いつか、男の子が、自分の力で空を飛べるようになるのか、
それは、わかりません。
今もそれを目指しているのか、
もしかしたら、
もっと他のことに、心ひかれているのかもしれません。
そして、それは、どちらでもいいのですよね。
学ぶことは、よろこび。
ひとつの興味のなかに、あらゆる分野の学びが詰まっている。
それらは、分断されず、連なっている。
それは『真理』へと続くもの。
人はみな、異なる方法で、そこに至ることを目指しているのかもしれません。
男の子の毎日が、よろこびでありますよう。
世界中の子どもたちも。
そして、大人たちも。