超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

母とのプチ旅行記Ⅱ

2013-11-14 19:40:39 | 旅行お出かけ
プチ旅行2日目・・・前日は早朝から新幹線に揺られ、観光地でたぶん1万5千歩以上歩いた私と母だったが、強力な硫黄泉で疲れもとれた様子だった。年寄りは(むろん私も)朝は早い。日が昇るともう起き出し、朝食の前に朝風呂に向かう。前日は真っ暗で周囲は何も見えなかったが、少し赤みや黄色がかった山々のど真ん中だったのだ。幸い天気はよいようだった。岩風呂と外側に面した風呂があるが、温泉にありがちな熱い湯ではなくちょうどよい湯加減なので長くはいっていられるし、ものすごい硫黄臭だから疲れた身体に効くような気がするのだ。これほど沁みつくような香りは万座温泉以来である。誰も入っていないと思い超兵器を持参で行ったのだがすごい湯けむりで中はちゃんと写らなかった。  

      

少しゆっくり目に朝食を摂り、とどめの入浴納めをしてホテルを出たのが10時、田沢湖駅まで小さな車で送ってくれたのだった。駅でレンタカーを借りる手配になっていたが、前日ガイドさんと別れる時に半日くらいでお勧めの場所があるか尋ねたら「そうねえ・・・角館方面もう行きたくないよね。玉川温泉の方はどうかなあ・・・」駅まで送ってもらう時に運転するお姉さんにも訪ねたが、「この先(玉川温泉方面)に行ってもダムしかないし・・・田沢湖周辺が無難かなーと。。。」「あの山、昨日見えなかったけど頂上付近には雪が積もってるみたいよ」母が後部座席から指差すと「あー、あれが秋田駒ケ岳です。今日は天気がいいから、てっぺんまで綺麗に見えますねえ」前々日、秋田は竜巻も含む暴風雨だったらしいが、この辺りも結構強い雨が降ったらしい。真っ赤な紅葉の葉っぱは結構落ちてしまったらしい。しかしこの辺の人でもあまり観光にここぞと進める場所はないのだな。

  

前日、田沢湖を半周したが陽も落ちかけており、十分に紅葉や山々の景色を楽しめなかったから、「車で走る回るだけでも楽しい」という母の言葉を元に、半日タクシーのモデルコースを参考にいくつかポイントを決め、湖畔をぐるぐるドライブすることにした。KICKPOP師匠のサイトに時々登場する「輝く青空」には及ばないが日本にもイケる青空はあるものだ。「県民の森」には見事なまでに燃えるような紅葉があった。最初に向かったのは「思い出の潟分校」と呼ばれる文化資料施設である。明治時代から設置されていたが、40年前くらいに一度廃校となり、解体も検討されたが「地域の歴史や文化を見続けた木造校舎、そして美しい日本の風景美を残したい」という地元の有志により2年がかりで修復。私はこの手のモノがどうにも好きで、いかにもマイナーな閑散とした施設だったがパンフレットに小さく載っていたこの分校を見て必ず訪れるつもりだった。

      

二人ずつくっついた長い机・・・よく隣が女子だと「境界線」を引いたりした。また彫刻刀をぐりぐり回して小さな丸い穴を空け、消しゴムのかすで作ったボールでゴルフゲームもした。教室には「学級文庫」があり、「算数係」だったこともある私は授業前に職員室に巨大な三角定規や分度器を取りに行って先生に言われた図面を黒板に書いておくのが得意だった。この教室のように「薪」ではないが、後ろ側に灯油のストーブがあり、給食のパンや牛乳をよく温めていた。修復したものだから立派なのかもしれないが、我々の教室にあった木製の椅子はもう少しボロかった。縦横の足の継ぎ目は古くなるとギシギシ言って中途半端に揺れるし、座るところは細い板と板の間には隙間があって、女子はよく座布団をくくりつけていた。尻に引く細い板は釘で並べ打ってあったが、これまた古くなるとその頭が浮き上がって半ズボンに引っ掛かって穴が開いてしまうのである。あまりにイライラしら私は釘の浮き上がった細板ごとばきーっと外したのだが、その板っ切れをどうしてよいか分らずに証拠隠滅のため石油ストーブにくべてしまい、えらい怒られたことがある。

      

教室からはこの季節になると見事な紅葉が見られたのだな。冬になると校庭は雪化粧になるらしい。「先生、おはようございます」という生徒たちの声が聞こえてくるようだ。20数年の学校生活を通産するとその後半からは考えられぬことだが、こう見えても私は学校へ行くのが大好きだった。内申点や定期試験成績、受験などという「邪念」が入らなければ「勉強する」というのはホントに楽しかったのだ。私の教室は何故か3階が多く、席替え時はいつも裏工作によって窓側を占有していたから、窓の外ばかり見ていたが。。。ちなみに山々の紅葉も雪景色もなく、松林に烏帽子岩くらいしか見えなかった。入館料は大人200円、用務員室のようなところに係員がいて、後は自由見学でき、展示物も自由にいじることができる。(たぶん持って行っちゃってもわからない)誰もいないのに教室は薪のストーブがガンガン焚かれ、お茶と甘い菓子が用意されていた。一体どうやって運営しているのか不思議だったが、帰り際に大型バスがぎりぎりの道路を入り込んできて理解できた。結構観光コースになっているのだな。

1時間近く中で色々懐かしく見て周り分校を後にした。湖畔に出ると天気がよいから湖のブルーと秋田駒ケ岳が見事にマッチしているようだ。たつこ像も陽の光を受けて金色に輝いている。その先に「御座石神社」というのがある。佐竹の殿様が田沢湖を遊覧した際に腰かけたのが由来だそうだ。田沢湖に面した朱色の鳥居がシンボルで雨乞い岩やそれを取り囲む七種木などが見られる。陽の光に反射すると湖全体も不思議な色に感じるが、巨岩の縁あたりを見るとさらに不思議な瑠璃色をしていて吸い込まれてしまいそうな感じがする。手を叩くと魚が寄ってくるがこれは「ウグイ」だという。酸性の水が流入して固有種だったクニマスなどが死滅してしまい、生存して天敵のいなくなったウグイが巨大化していったそうだ。田沢湖は日本最深の湖だが、観光地で人間からの餌に集まるウグイなどを除いては魚も住まず、この標高ながら冬も凍結しないのでスケートなどウィンタースポーツもできず、伝説と色を楽しむ湖のようなのだ。

            

しかし光の加減によって微妙に色を変え、赤から黄色の見事な紅葉の連続、遠くの山々など景色は素晴らしく「車で走りまわるだけでも」という母の感想はずいぶん的を得たものだった。前日のガイドさんによれば、田沢湖周辺は紅葉した落ち葉はあるが、湖面に残って埋め尽くすようなことはない。大きな対流があって沈んだものは一旦水深432m湖底の中心に集まってしまうという。水死体も中々上がらないところが「伝説の多い」理由だと言うがどうも少し怪しいような気がする。
ところどころで停車し、風景を楽しんで湖畔を一周したら、そろそろ昼食の時間となってきた。この旅行最後の昼食だが前日の角館で有名な稲庭うどんのちょっと観光値段っぽいところに「やられた感」のあった私達は「比内地鶏」の親子丼を探していた。角館観光を終えてバスに戻ったグループが「比内地鶏の親子丼を注文したらすごい時間がかかった」というのを耳にしていて気になっていたのである。(今となってはこれも怪しいが)ところが「たつこ像」周辺の飲食店や「春山」周辺のパン工房レストラン、遊覧船乗り場のレストハウスのどこに言っても「親子丼」メニューすら見当たらないのである。

  

妙に高い「稲庭うどん」はどこにもあったが、考えてみればこの地は比内でも稲庭でもないのである。秋田というだけで知っている有名食品を求めるのはちと短絡的で、厚木で「大山豆腐」を求めるようなものか?!「この辺はあんまり『これが名物』というのはないようだねえ」私と母は唯一大きな「比内地鶏の焼鳥串」を一本500円で売るレストハウスの露店を見つけ、「味噌たんぽ」と合わせて頬張った。親子丼はとうとう見つからなかったが、お土産屋の反対側の出口を出たところに「焼鳥」の元となる、「比内地鳥」の見学コーナーがあった。色良鳥、金八鳥・・・何種類かいたが比内鳥は何と国の天然記念物!ホントか?!さっき我々は国の天然記念物を大型の焼鳥で食ってしまったのか。店で内緒で出しているわけではないから、違法ではないと思うのだが何となく罪悪感に苛まれたものだ。後で「比内地鶏入り炊込み御飯の素」をお土産に買った時に聞いたのだが、天然記念物でも別に食用に出してはいけないことはないそうだ。日本中の「比内地鶏」表示が実は昨今出回っている「偽装」かも、と一瞬考えてしまったが、何となく不思議な気分である。

      

さて親子丼捜索で結構時間を使ってしまい、帰りの新幹線の時間までまだ余裕があったがレンタカーなので念のため早めに田沢湖駅に戻ることにした。私が一息ついてこの旅行中列車内で初めて飲むビールとつまみを買っている間に母はモダンな新しい駅舎の中を歩き回ったらしく「抱返り渓谷と角館は今、紅葉見頃らしいよ。いい時だったんだねえ」満足そうだった。(事実、帰宅した翌々日には雪が降るのである)
田沢湖駅に滑るように入ってきた初めて乗る最新鋭のE6系「スーパーこまち号」の出す、以前乗ったTGVと同じ時速300kmに揺られいい気分に浸って一路東京へ。初の母との二人旅はあっという間に終わるのである。
人は「親孝行」と言ってくれ、そう思わないでもないが単に「親と旅行しても抵抗がない」くらい「いい歳」をしてきたのだ。家族全員揃わなくなただけで、妻とも旅行するし息子とも二人ででかける。要は私が常に登場すればよい。ただ初めて一緒に連れ立った母は思ったより元気だったし喜んでもいた。何かひょんなきっかけを見つけてはまた旅しようと思う。