なっとうは偉い。一部の人達から腐れ豆などと悪態をつかれながらも腐り切らずに耐えている。
納豆ダイエットよ、納豆キナーゼでヘルシーよ、納豆プラスチックよと世間からもてはやされても奢ることなく生きている。
わたしはそんな納豆のような人になりたい。
・・・納豆を食べていると「なっとうの唄」という言葉が浮かんだのでネタにしてみようと思ったのだが、後が続かんなあ。
話は変わるが、納豆に付いてくるカラシのこと。近年のあれはカラシではなくマスタードの類ではないのだろうか。
拙は納豆に混ぜるカラシは鼻にツンとくるような和ガラシであって欲しいのだ。
納豆にカラシを落として徹底的にかき廻す。箸も折れよとばかりに糸を引きまくるまでかき廻す。
もはや混ぜるより練るといった感じ。諸君らはどうしているか?(作家先生の真似^^)
カラシと出会うと納豆の持つ微かなアンモニア臭が消える。納豆とカラシのマリアージュなのであります。
これからネギが旨くなる時期には、刻んだネギも是非混ぜたい。
納豆とカラシが結婚して和気あいあいを暮しているところにネギを割り込ませるのだ。
こういった行為は真っ当な人間としてどうかとも思うが、旨さが倍増するので黙認することにしている。
更に海苔を散らしたり、卵の黄身を落としたり、刻んだオクラでネバネバを増強したりと贅沢し放題な時も結構あるのです。
あと醤油ではなくて塩で味付けなんての粋な感じで試したりもした。
でも結局、拙はカラシと醤油に戻ってくるのだなあ。
炊き立ての飯に納豆を掛けて食べる幸せ、質素だけど贅沢な朝のひとときであります。
高校の部活の合宿の朝飯で出された納豆を女子達が揃って「納豆は食べられな~い」と言っていたのを思い出す。
あれは思春期特有の嘘ではなかったか。
いつの日か同窓会など開催されることがあったなら、そこのところを追及してみたいと思う。
木枯らしが吹き始めて、思索に耽る秋ももうすぐ終わり。