面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「紀州」

2007年04月30日 | 落語
徳川幕府七代目将軍家継公、4歳で将軍となったものの、お7つでご他界になった。

1603年に徳川家康公が初代将軍となって開いて以来、300年余り続いた江戸幕府。
世継ぎがいなくても次の将軍を決めるシステムが出来上がっている。
即ち世継ぎは、水戸、尾張、紀伊の御三家から選出されることになるわけで。

この中で、水戸黄門で有名な水戸家は、天下の副将軍とされていて別格。
実質、尾州公か紀州公のいずれかから将軍が選ばれる。
800万石は格が上の尾州公に行くものと世間はもっぱらの評判。
尾州公も内心、まんざらではないのだが、そこはあからさまな態度には出さないように注意を払っていた。

いよいよお跡目を決めるという当日。
お屋敷からお駕籠を出すと言うと、共揃いも賑やかに、
「えいほー、寄れぇーい!」
江戸では、大名行列が通るからといって稼業を止めることはない。
鍛冶屋の前を尾州公の一行が通りかかる。
鍛冶屋の親方が真っ赤に焼けたカネを、カナシキという道具の上に乗せてトーンと打つ。
弟子が向こう槌というのをテンカーンと入れる。
「トンテンカーン、トンテンカーン!」
実にリズミカルな音色が響いている。
これを聞いていた尾州公の耳には、
「テンカトール、テンカトール!」
と聞こえた。
思い込みとはこわいもの。
自分に天下が来るものと思っていればこそ、鍛冶屋からの鎚打つ響きも「天下とる」と聞こえてしまう。
「これは縁起の良いこと」と尾州公は大喜び。

いよいよ江戸城へ。
尾州公、紀州公のお座はできあがっており、二人横並びにピタっとお着座。
前の襖がすっと開き、老中・相州小田原城主大久保加賀守登場。
まずは加賀守、格が上の尾州公の前で両手をつき、
「この度、七代の君、お七つにてご他界に相成り、お跡目これなく。下万民撫育のため、任官あってしかるべし。」
あなたに政権を握ってもらいたいが、どうですか?と尋ねた。

「はい!」
素直に受ければいいものを、世間体を気にした尾州公。
喜び勇んで受諾することを良しとせず、
「余は徳薄うしてその任にあらず。」
わたしはまだまだですとへりくだった。

加賀守、当然のことながら「受ける気は無いのか」と紀州公の前へと進んだ。
尾州公、実は内心穏やかではない。
「しまった…素直に受けておけばよかった」
と思ったが後の祭り。

紀州公の前に再びぴたっと両手をつく加賀守。
「この度七代の君、お七つにてご他界相成り、お跡目これなく、下万民撫育のため、任官あってしかるべし。」
尾州公、気が気でなかったが、紀州公曰く、
「余は徳薄うしてその任にあらず。」
尾州公、「しめしめ!紀州も断りよったわい」と、これまた内心でほくそえむが、紀州公が言葉を続けた。
「…といえども、下万民撫育のため、任官いたすべし!」

わずか5秒のためらいで、800万石が紀州公へ。
次の間へ下がった尾州公はがっかり。
お供も皆、がっかりしながら城を後にする。

再び一行が鍛冶屋の横を通ると、相変らず
「テンカトール、テンカトール」
と聞こえる。
尾州公、はたと考えた。
「紀州は利口者。一旦引き受けておいて、任が重過ぎると使いを寄越すに違いない。きっとそうだ!やはり余が天下を継ぐということだ!」
再び喜んだ尾州公、思わずお駕籠の“窓”を開けて鍛冶屋の方を見た。

「テンカトール、テンカトール、テンテンテンテン!」
鍛冶屋の親方、真っ赤になった刀を水の中へ。
とたんに
「キシュゥゥゥ…」

おそらく江戸で作られた話だろう。
それも、8代“暴れん坊将軍”吉宗公の御世以降のものである。
めったにやる人はいないが、米朝師が小噺の一つとして披露したテープと、松枝師がNHKホールで公演したものが手元にある。
しかし、小朝師がラジオで公演したものが面白い。
リズミカルで江戸言葉のキップのよさと相まって心地よい。
やはりこれは“江戸前”の噺である。
(日本語がヘン!?)



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