面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「恋の罪」

2012年01月10日 | 映画
殺人課の刑事・吉田和子(水野美紀)は、ラブホテルで浮気の最中に呼び出され、渋谷区円山町の殺人現場へと向かった。
廃屋のような木造アパートで発見されたのは、切断された身体がマネキンと接合されている無残な女性の死体。
遺体が置かれた部屋の壁には「城」と大きく書かれた血文字が残されていた。
優しい夫と可愛い娘に恵まれながら、心の渇きを抱えて浮気相手との関係を断ち切れない和子は、被害者に私的な興味を覚えながら捜査を進めていく。

ベストセラー作家の夫を持つ専業主婦の菊池いずみ(神楽坂恵)は、貞淑な妻として安定した静かな生活を送りながらも、夫が仕事場へと出て行った後は家事以外にすることもなく、食事も一人で済ませることがほとんどで、いつしか寂しさと虚しさを抱えていた。
ある日、近所のスーパーマーケットでアルバイト募集の貼り紙を見つけた彼女は、食品売り場で働き始める。
「いらっしゃいませ…ソーセージはいかがですか…。」
慣れない仕事に戸惑ういずみに、スーツ姿の女エリ(内田慈)が声をかけてきた。
翌日、モデルプロダクションのスカウトだと言うその女に誘われるままスタジオに向かうと、いずみを待ち構えていたのはアダルトビデオの撮影だった。
驚く間も拒否する間もなく、抵抗も無視されて撮影が強行されたが、その日を境にいずみの中に大きな変化が起きる。
女としての悦びに目覚めた彼女は、職場でもすっかり明るく堂々と振舞うようになり、自ら積極的に“男漁り”に走っていった。

ある日、いつものように男を誘って渋谷のホテル街にいたいずみは、カオルという若い男(小林竜樹)に声をかけられたことをキッカケに、道玄坂で一人の女と運命的な出会いを果たす。
尾沢美津子(冨樫真)というその女は、夜な夜な派手なメイクとファッションで道玄坂の街角に立つ街娼でありながら、表向きの顔は東都大学で日本文学の教鞭をとる助教授だった。
昼と夜の全く異なる顔を持つ美津子に惹かれたいずみは、大学の講義にも顔を出し、行動を共にするようになる。

「わたしのとこまで堕ちてこい。」
美津子の“魔力”に導かれるように、いずみは人間の業火が燃えさかるおどろおどろしい世界へと引き込まれていく…


実際に起こった事件からインスパイアされたオリジナル脚本で作品を生み出す園子温監督が今回取り上げたのは、90年代に渋谷区円山町で起こった某有名企業OLの殺人事件。
被害者は、昼間はごく普通の会社員として働き、夜はホテル街に立っていたと言われ、エリート女性の昼と夜の数奇な二重生活として、当時センセーショナルな話題を呼んだ。
この事件をモチーフとして、3人の女性による“男子禁制”の禁断の世界が禍々しく描かれる。


殺人課の女刑事、大学の助教授、人気作家を夫に持つ専業主婦。
全く立場の異なる3人の女性の心の奥底に潜む官能の炎。
和子の中では種火のように常に燃え続け、いずみの中ではくすぶっていた火種が点火した途端イッキに燃え盛り、美津子の中では妖しい光を放ちながらメラメラと揺れている。
三者三様のエロスが交錯し、3人の女性の本能がぶつかり合ってスクリーンから押し寄せてくる。
おそらくは女性よりも男性の方が、その“むきだしの本能”に圧倒されることだろう。

それにしても、クライマックスで美津子が見せるいずみに対する“本性”は、思わず「うえっ…」と声を上げそうになるほど恐ろしく、おぞましい。


ところで、先に書いたように園子温監督は実際の事件からインスパイアを受けて物語を紡ぐ。
そして「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」と、悪の登場人物において、その人物形成に幼少時代の歪んだ家族関係が大きく影響していることが秘められていた。
今回は、最も特異なキャラクターである美津子に、その秘められた過去が押し込められている。
いずみは美津子に彼女の自宅へと連れて行かれるが、そこでいずみは尾沢家に隠された異常な家族関係を知る。
尾沢家の事実をあけすけに吐露する美津子の母親・志津を演じる大方斐紗子の狂気が凄まじい。


水野美紀、冨樫真、神楽坂恵の、三人の女優の渾身の演技によって、むき出しになった三人の女の本性に、猟奇殺人の現場と降り注ぐ雨とが相まって、物語は尋常ならざる湿り気を帯びて濃厚に進んでいく。
しかし、とことんまで極まった異常な世界は滑稽で、「しょうがねぇなぁ」と笑ってしまうところもまた園子温ワールドの真骨頂。

妖気と猟奇と狂気が炸裂する、エロティック・サスペンスの快作。


恋の罪
2011年/日本  監督:園子温
出演:水野美紀、冨樫真、神楽坂恵、大方斐紗子、小林竜樹、内田慈、児嶋一哉、二階堂智