面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「一命」

2012年01月02日 | 映画
戦国の世が去り、平和が訪れた江戸時代初期。
平穏な世の中のはずだったが、各地で大名の取り潰しが相次ぎ、巷に多くの浪人があふれた。
他家に取り入れられる者はほんの一握りに過ぎず、多くは路頭に迷い、生活に困窮していた。

ある時、進退窮まった浪人がとある大名家を訪れ、武士の面目が保てないこと我が身を恥じ、最後の武士の情けに屋敷での切腹を願い出た。
その心根に意気を感じた大名家によって、その浪人は召し抱えられたという。
この話が評判となり、次々と同様の行動に出る浪人が出た。
しかし全ての家中が浪人を抱えられるはずもなく、また浪人の誰もが召し抱えられるわけではない。
かといって屋敷で切腹されては対応が大変。
面倒を避けたいために、切腹を願い出てきた浪人に対して幾ばくかの金子を与えて身を引かせる大名家が出始める。
すると今度は浪人たちの間で、金欲しさから腹を切る気もないのに大名家を訪れ、「狂言切腹」を騙る者が横行したのだった。

そんなある日、徳川譜代の名門大名・井伊家の門前を一人の浪人が訪れ、切腹を願い出る。
「またか。」
家老・斎藤勘解由(役所広司)は家来に取次を許す。
部屋に通された初老の浪人は、名を津雲半四郎(市川海老蔵)といった。
落ち着きはらった様子を見せる半四郎に対して斎藤は、数ヶ月前に同じように井伊家を訪ねてきた若浪人・千々岩求女(瑛太)の「狂言切腹」の顛末を語り始める。
家族のための三両の金子を懇願しながら、腰に差していた竹光で腹を突き、無理矢理に切り裂き、苦しみ悶えながら果てていった無残な最期。
戦国期に「赤備え」として名を馳せ、勇猛果敢な家柄で鳴らした井伊家は、武士としての覚悟の申し出を尊重し、望み通りに切腹の場を供したという。
「哀れな話でございますな…」
そう答えた半四郎に、斎藤は切腹する意志に変わりは無いことを確認すると、庭先での切腹を許可し、準備を整えた。

最後の願いとして介錯人の指名を許された半四郎は、藩士の沢潟彦九郎(青木宗高)を指名するが、彼は出仕していなかった。
松崎隼人正(新井浩文)、川辺右馬助(波岡一喜)と次々指名していくが、いずれも出仕していない。
しかも昨晩から自宅にも戻っておらず、無断で行方をくらましていることが分かる。
まるで出仕していないことを知っていたかのように指名した半四郎。
「貴公、何しに参られた!」
斎藤が叫ぶと同時に、一斉に家臣たちの手が刀にかかる。
「お待ちあれ!申しあげたき儀がござる。」
半四郎は、静かに語り始める…


1952年に発表され、1968年に「切腹」として映画化された、滝口康彦の『異聞浪人記』を原作に、三池崇史監督が武士の誇りと家族愛を描く時代劇。
クライマックスに大立ち回りはあるが、先の時代劇「十三人の刺客」のようなド派手な“斬り合い”ではなく、千々石が竹光で切腹する場面もスプラッターな演出などはなく、暴力的な描き方は総体的に抑えられている。
おどろおどろしい井伊家の内装に“三池節”が見えるが、「十三人の刺客」にあったように“人体真っ二つの豪快斬り”みたいな見た目の残酷性はかなり低めのトーンになっているのでる。

それよりも本作では、弱者が心理的に無残に追い詰められていく様子に重点が置かれている。
地面に落ちて割れた卵をすする若い浪人、廃屋と見紛うばかりに荒れ果てたボロ屋で暮らす浪人夫婦。
無残な切腹を遂げた千々石の遺体、貧しさのあまり医者にもかかれず亡くなった彼の赤ん坊、そして千々石の後を追う妻(満島ひかり)。
窮乏のあまり、武士としての誇りどころか人間としての尊厳までもかなぐり捨てて懸命に生きる浪人の姿を通して、主君を失い、「侍」という身分を無くした浪人の残酷な運命を描く。

名門譜代大名の家柄である井伊家から見れば、千々石も半四郎もごく小さな一介の浪人でしかない。
しかも彼らのみならず、身内の藩士でさえも「家の面目」の前には“ゴミ”みたいなものでしかない。
武士として最後の面目を果たした千々石と半四郎も、お家の面目を守るために“捨てられた”沢潟たちも、巨大な井伊家にとっては“吹けば飛ぶような”存在に過ぎないのである。
何食わぬ顔の勘解由たちに迎えられる井伊家当主の颯爽とした晴れやかな表情が、無残に死んでいった者達がたどった運命の残酷さを際立たせる。

今回描かれる残酷さは、まるで政府と東電に翻弄される福島の被災者たちを連想させる。
巨大権力が守ろうとするものは、名も無き個人の命などではないというのは言い過ぎだろうか。
「切腹」として時代劇の歴史に名を刻む名作が、今この時期にリメイクされたというのは、天の配剤だったのかもしれない。


武家社会がはらむ残酷性を押し殺すように描く現代時代劇の佳作。


一命
2011年/日本  監督:三池崇史
出演:市川海老蔵、瑛太、満島ひかり、役所広司、竹中直人