面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「座頭市 THE LAST」

2010年06月18日 | 映画
逆手居合切りの達人として、裏社会ではその名を知られる座頭の市(香取慎吾)。
タネ(石原さとみ)という伴侶を得て、故郷の村で静かに落ち着いて暮らすことを決意する。
そしてふるさとへと旅立つ日、最後の決着をつけるため、タネを先に行かせて、市を追うヤクザ者との最後の闘いに臨んだ。

これからの平和に向かって歩を進めようとするタネだったが、やはり不安に駆られて市の後を追う。
闘いの場へとたどり着くと、そこには累々と屍が横たわる中、傷を負いながらも激戦を終えて佇む市がいた。
思わず走り寄ったタネが市に抱きついたとき、闘いを傍観していた男が市を殺して名をあげるべく、刀を向けて襲いかかった。
思いもよらぬ偶然によって、タネは市の身代わりとなって刃に身を貫かれて絶命する。

渡世人に決別したその瞬間、愛する妻を失うという悲劇に身も心もボロボロになった市だったが、妻と見た夢を果たすべく、生まれ故郷の村へと向かう。
しかし市がたどり着いたはずのふるさとには、崩れ落ちた無人の廃屋が立ち並んでいるだけ。
居場所を求めて海辺へと向かった市は疲労困憊で行き倒れてしまうが、昔の友人である柳司(反町隆史)に助けられる。
回復した市は、柳司の家に世話になりながら、半農半漁の村で百姓として暮らし始め、徐々に村人達にも溶け込んでいった。
ようやく平穏な生活を手に入れたかにみえた市だったが、やがて村には、悪逆非道の限りを尽くして勢力を拡大している天道一家の魔の手が伸びる…

海外にもその名は響き渡り、熱狂的なファンを持つ「座頭市」。
子母澤寛の随筆集「ふところ手帖」にある10ページ程度の記載をベースに、大映映画で脚本家として活躍していた犬塚稔が脚色したキャラクターは、勝新太郎という名優によって命を吹き込まれ、その後大きく育っていった。

二枚目俳優として期待されたものの、同期の市川雷蔵の後塵を拝してくすぶっていた勝新太郎は、自ら企画・主演した「不知火検校」で“悪の主人公”という斬新なキャラクターで大当たりをとり、続く「悪名」シリーズでアウトロー路線に新境地を開いて一躍スターダムにのし上がったところへ持ち込まれた「座頭市物語」。
居合斬りの達人として裏街道を歩みながらも、表の顔では明るくおどける座頭市の魅力的なキャラクターに心血を注いだ勝新太郎。
ライフワークとなった座頭市シリーズはエンターテインメント性に溢れた娯楽時代活劇となって大衆の熱狂を呼び、座頭市は勝新そのものとなっていったのである。

最後の“勝新版座頭市”が公開された1989年以来、勝の死と共に封印された状態となっていた座頭市が、再びスクリーンに戻ってきたのは2003年。
北野武が初めて挑んだ時代劇でもある「座頭市」は、勝新太郎が作り上げたキャラクターを避け、金髪に赤い仕込み杖というおよそ時代劇にはありえない設定で新たな市を作り上げた。
そのうえで、スピード感溢れる殺陣による大立ち回りと、強い敵との一対一の対決が用意され、賭場や宴席における芸能のシーンも盛り込み、弱い庶民を痛めつける強い悪人どもを懲らしめるという物語の流れなど、座頭市シリーズの基本をしっかり踏襲している。
そしてラストシーンのタップダンスに代表されるように、座頭市におけるエンターテインメント性を、“北野武色満開”で鮮烈に描いた。

2008年には、座頭市を女性に置き換えて“離れ瞽女”という設定を創造し、綾瀬はるか主演で「ICHI」が公開された。
こちらも、スピード感溢れる殺陣をベースに多勢に無勢の大立ち回りと腕の立つ敵との一対一の対決という座頭市の基本パターンを踏襲しているが、大沢たかお演じる十馬という市を支えるキャラクターを加えたところに大きな特色を示している。
ここで描かれる市は笑顔を浮かべることはなく、深い悲しみと孤独を抱き続け、我が身を守るための居合斬りで敵を倒し続ける。
一方、某藩剣術指南役の父を持つ十馬は、いかにも“お坊ちゃま育ち”の人の良さで笑顔を振りまく明るい性格で、しかもとある理由により剣を振るえない。
この対照的な二人を置き、座頭市の持つ二面性を分担させるという手法を用いて新たな世界を構築した。

北野版「座頭市」も「ICHI」も、旧来のシリーズには無い新機軸を打ち出してきた。
翻って今回の「座頭市 THE LAST」は、勝新版を避けることなく真っ向勝負を挑んでいる。
それは「THE LAST」と銘打っただけあって、シリーズの最終作とするための坂本監督の意気込みの現われだろう。
そして、本作をもって座頭市のキャラクターを“封印”するべく、勝新版座頭市では成就することのなかった“愛”を一度は実らせながら突き崩し、悲哀に満ちた無敵のヒーローではない人間臭さを漂わせている。
また、香取慎吾の特性と言える滲み出るような明るさが、本家・座頭市に通ずる軽さとおかしみを作り出している。

私見の余談ながら、ラストシーンに映りこむカモメの動きが強烈な印象を残している。
撮ろうと思っても撮れるものではない面白い動きに驚いた。

これで座頭市も、いよいよフィナーレ…



座頭市 THE LAST
2010年/日本  監督:阪本順治
出演:香取慎吾、反町隆史、倍賞千恵子、加藤清史郎、高岡蒼甫、ARATA、工藤夕貴、寺島進、中村勘三郎、豊原功補、ZEEBRA