放送大学名誉教授の高橋和夫は、ハマスとイスラエルの紛争は宗教の争いでなく、土地争いだと言っている。私も宗教戦争と見るのは不適切だと考える。
そもそも、ユダヤ教というものは宗教ではない。ユダヤ教が宗教なら、望む人はユダヤ教に改宗できるはずである。ところが、ほかの宗教と異なり、母がユダヤ人なら子はユダヤ人になれるが、それ以外は国籍を変える以上に困難である。
キリスト教徒がヘブライ語聖書を旧約聖書としたため、多くの人はユダヤ教を宗教と誤解しがちである。じっさいのユダヤ人は、タルムードにしたがって日常の生活を送る。ヘブライ語聖書は自分たちの祖先に関する物語である。古代のヘレニズム世界においては、古い歴史をもっていることが、民族の誇りであった。それゆえ、ヘブライ語聖書は、神が世界を創造した物語から始まるのだ。
ユダヤ教と言われるモノは自分たちをユダヤ人とする信念の具現化である。したがって、タルムードやヘブライ語聖書は、「持ち運びできる国家」と言われる。これによって、ユダヤ人は周りに同化することなく、現代にいたるまで、ユダヤ人であることができた。
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今回、イスラエル首相のベニヤミン・ネタニヤフは、民主主義のイスラエルを支持するのか、それとも、イスラムのハマスを支持するのか、と世界に向かって呼びかけた。ここに、イスラエル国の問題の根がある。イスラエル国は西欧に属し、ハマスなどアラブの国々は野蛮国だ、文化的に劣るのだとネタニヤフが思っている。
イスラエルは1948年にパレスチナの土地に作られた国である。作ったのは、ユダヤ人のなかのシオニストと呼ばれる一派である。シオニストは、自分たちは西欧の文化の担い手で、アラブの人びとは文化とほど遠い野蛮人だと考える。さらに、シオニスト右派のリクード党は、世界は敵と味方しかいない、敵と戦わないものは愚かなものと考える。そして、敵は野蛮人だ、と考える。野蛮人が戦争の犠牲になるのは仕方がないと考える。
ハマスとイスラエルの土地争いは、第2次世界大戦において、イギリスがパレスチナ人にもユダヤ人にもパレスチナの土地を所有を約束したから、と言われている。
これも、ある意味では、誤りである。
私は、その前に、一民族一国家というナショナリズムが、19世紀にロシアを含むヨーロッパに吹き荒れたことが、ユダヤ人の国家を建設しようというシオニストを生んだと考える。国民国家というナショナリズムこそ、人類が犯した間違いである。
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ユダヤ人のパレスチナの地へ移住は1882年に始まる。それまでは、パレスチナの地に少数のユダヤ人しかいなく、多数のアラブ人のなかで、他の少数民族とともに、平和に暮らしていた。パレスチナの地に押し寄せるシオニストが多くなるとともに、もともとの住民とのいさかいが起きだした。
ナチスがユダヤ人を虐殺したから、ユダヤ人のなかで、シオニスト運動が起きたのではない。
第1次世界大戦後、オスマントルコに代わってパレスチナの土地を統治したイギリスは、シオニストとパレスチナ人の争いに巻き込まれ、統治の期限が切れる前に、国連にシオニストとパレスチナ人の争いの解決を持ち込んだ。1947年11月29日に、パレスチナの地をユダヤ人とパレスナ人の国に分割するいう解決策が国連で決議された。アメリカとソ連との共同で作成した解決策である。混在していた民族を、移住させてまで、引き離すというのが、ナショナリズムの非人道的な所である。
しかも、この国連の分割案では、当時の人口で32%のユダヤ人に面積で56%の土地を与えるという、不公平なものだった。1945年3月31日時点で、ユダヤ人の買い取っていた土地は6%である。ユダヤ人を優遇したのは、ユダヤ人は西欧化されており、アラブ人は野蛮人だという偏見が影響したとみる。この国連決議にパレスチナ人やアラブの国々は一斉に反発した。
1948年5月14日にイギリスの統治が終わるとともに、シオニストはイスラエル建国を宣言し、パレスチナ人やアラブの国々との戦争が起きた。第1次中東戦争である。翌年、イスラエルは、この戦争に勝利し、パレスチナの土地の78%を得た。その後、イスラエルは戦争のたびに国土を大きくしており、1973年の第4次中東戦争までに、パレスチナの地のすべてを支配した。
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現在、イスラエルは、ガザ地区とヨルダン川西岸の一部でのパレスチナ人の自治を認めているが、自治といっても塀に囲まれた中の生活で、イスラエル政府の許可がなければ、外の世界と行き来できない。
ガザ地区は地中海に面しているが、イスラエルの監視下にあり、漁をする小船以外、港から出られない。ガザ地区はエジプトとも国境を接しているが、現在、エジプトは軍事独裁国であり、イスラエルと友好関係にあり、イスラエルのガザ地区の封じ込みに積極的に協力している。
ヨルダン川西岸のパレスナ人自治区は、散らばった小領域の集まりで、イスラエル軍の厳しい監視下に置かれている。パレスチナ自治区以外のヨルダン川西岸にあるパレスチナ人の住宅は補修が認められず、何かの理由をつけて取り壊しの対象となっている。
また、自治区以外のイスラエル国内にパレスチナ人が住んでいても、ユダヤ人と同じ人権が認められない。日本の憲法にあたる基本法でイスラエルはユダヤ人の国としているからである。
パレスチナ紛争をパレスチナ人とイスラエル人の土地争いと見ることができなくもないが、両者の間は対等でなく、軍事国家のイスラエルが圧倒的に勝ち続けている。今回の戦争では、イスラエルは、ハマスの抹殺を掲げており、ガザに住むパレスチナ人が死ぬことは仕方のない犠牲だとしている。19世紀のナショナリズムがシオニストという怪物を生んだと言える。
イスラエル政府がガザ地区にしていることは、ナチスと同じ民族浄化である。