猫じじいのブログ

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「戦後レジームの脱却」を唱える自民党を支持する日本人は何を考えているのか

2022-10-04 23:05:15 | 政治時評

7月8日に殺害された安倍晋三は「戦後レジームの脱却」を一貫して叫んでいた。この「戦後レジーム」とは、1945年の日本の無条件降伏に伴う、ワシントンからの占領軍司令部(GHQ)への指示、「日本の民主化・非軍事化」による戦後のあらゆる制度の変革を総体として言う。

戦後、安倍と同じく国葬になった吉田茂も「日本の民主化」に反対した。「民主化」に反対するのは、権力者の伝統である。明治4年の岩倉使節団がヨーロッパやアメリカをまわったときの手記を見たことがある。彼らは、汽車や工場を見て感嘆していたが、議会を視察して「なぜこんな非効率的なことをしているのだろう」とバカにしていた。

行政府をにぎった者は自分に逆らう者を憎み、国民に従順を求める。これを許さないのが「民主化」である。

自民党は、「自由民主党」の略であるが、明治初期の「民権運動」とは関係なく、戦後の「民主化」を行き過ぎたものとし、戦前と同じく、民衆は上の指示に従えば良いという考える。これは、国葬を閣議決定で決めて良いいう自民党の態度にも現れている。

吉田茂と安倍晋三との違いは、「非軍事化」に対する点である。吉田は日本の再軍備に関して熱心でなかった。日米戦争で、アメリカの軍事力に日本が勝てる見込みがそもそもないとはっきりしたのだから、軍事に関してはアメリカ政府に任せれば良いと吉田は考えた。それにたいし、安倍は、祖父の岸信介と同じく、日本独自の戦力を持たなければならないと考えた。

「非軍事化」に対する態度が、1955年の保守合同以来の、自民党内の争点である。現在、憲法第9条が自民党内で改憲の対象にあがっているのは、「非軍事化」を否定し、軍事大国を目指すという自民党議員が多数派になっていることだと思う。

小野寺五典は岸田文雄の派閥に属する議員だが、GNP2%の軍事費、敵基地攻撃能力の保有の旗振りになっている。岸田派も安倍派も軍事化を推進している。

「戦後レジームの脱却」(非民主化・軍事化)を唱える自民党を支持する日本人は何を考えているのだろうか。

けさ、北朝鮮のミサイルに東京、青森、北海道でアラムのサイレンが鳴り響いた。北朝鮮、中国の脅威が必要以上に日本では叫ばれている。

北朝鮮は、まだ、アメリカに届くミサイルを開発できていない。北朝鮮は近隣国との「こぜりあい」を起こせてもそれ以上の脅威はない。すぐ、アメリカによって抑え込める。北朝鮮のミサイル実験、核実験を非難までは妥当だが、それをもって、日本の軍事化を正当化することはできない。

中国に関しても、アメリカは韓国、台湾、日本に基地を持ち、中国を軍事的に包囲している。いっぽう、中国はアメリカにたいして何らの軍事的脅威を与えることができない。中国とアメリカとの距離は、ロシアとアメリカとの距離より、はるかに遠い。バイデン政権の中国脅威論は中国が経済的主導権をアメリカから奪うことにあった。いつまにか、経済的脅威と軍事的脅威とが混同がされ、それに日本政府がのっかっている。

軍事費とは、経済の観点からすれば、人間不信からくる無駄な出費である。妄想が膨らめば出費はいくらでも膨らむ。ソビエト連邦が崩壊したのも軍事出費が経済を破壊したからだと思う。妄想が膨らまないよう、理性的な議論を行うべきだ。

ところが、政治家が他国からの軍事的脅威を訴えると安易に信じる者がいる。きょうの北朝鮮のミサイルの飛行距離が増えたと報道しているが、軍事研究家の小泉悠は、最長距離を飛ぶ角度でミサイルを発射しただけで、飛翔能力が増したわけでない。何の実験をしたのか、また、どうした政治的理由があったのかを検討しないと意味がないといっていた。

北朝鮮の意図はわからないが、大騒ぎする政府の意図は、統一教会と自民党の関係から関心をそらすことかと思う。