猫じじいのブログ

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敗戦75年を迎えて、戦後50年村山談話と戦後70年安倍談話

2020-08-14 20:35:37 | 戦争を考える

明日(8月15日)で、日本の無条件降伏(敗戦)から、75年を迎える。

それ以来、日本が直接戦争に巻き込まれることなく、平和に暮らしてこられたのは、戦後作られた日本国憲法第9条の

「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

のおかげである。同盟国アメリカによる戦争参加の要請を、絶対平和主義の憲法を盾に断ってきたのである。

また、幸いなことに、同盟国アメリカには、1861年から1865年の内戦(The Civil War、南北戦争)以来の、平和主義の伝統があった。内戦で同じアメリカ人同士が殺し合ったのだ。この戦争のむなしさの国民的共有によって、徴兵制がしかれていたときにも、良心的兵役拒否の権利が認められていたのである。思想信条をもとに、人を殺す武器を持たない権利が認められていたのである。

ナチス・ドイツが、1939年9月1日に宣戦布告なしにポーランドに侵攻し、2日遅れ、9月3日にイギリスとフランスがドイツに宣戦布告し、第2次世界大戦が勃発した。

アメリカの参戦は、1941年12月7日の日本の真珠湾奇襲まで、行われなかった。アメリカ国内では、戦争反対の声が強かったのである。プロペラ機でニューヨーク・パリ間の単独無着陸飛行に初めて成功した、国民的ヒーローのチャールズ・リンドバーグも、戦争反対の旗頭だった。参戦反対が多数派だった。

もし、日本がアメリカの真珠湾の軍事基地を攻撃しなければ、アメリカ政府は第2次世界大戦に参加できなかったかもしれないし、原子爆弾も開発されなかったかも しれない。歴史は変わったのである。

日本政府は、2度、日本の無条件降伏(敗戦)を記念して談話をだしている。1つは戦後50年の村山談話で、もう1つは戦後70年の安倍談話である。5年前のきょう(8月14日)、閣議決定として、安倍晋三の戦後70年談話が出された。

戦後50年の村山談話は7段落からなる簡潔明瞭なものである。戦後75年の安倍談話は29段落からなる長く屈折したものである。

   ☆    ☆    ☆
村山富市は、談話の第2段落で、日本の戦後復興に対する諸外国の援助に感謝する。

〈 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。〉

そして、第5段落で、戦前の日本が近隣諸国を武力で侵略したことを謝罪する。

〈 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。〉

   ☆    ☆    ☆
これに対し、安倍晋三は、過去に何が起きたか、その責任は誰なのか、を曖昧にする。謝りたくないのなら、黙っていればよいものを、歴史を偽造し、村山談話をぶち壊す。

安倍は、談話の第2段落で、西洋諸国がみんな他国を侵略していたではないかと言って、日本の富国強兵政策をたたえる。

〈 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。〉

特に、この「日露戦争」がまずい。これよって、朝戦半島を日本の利益防衛線内に置くことになり、日本は韓国を併合する。

そして、第4段落で、日本が戦争をしたのは、世界が日本をつまはじきにしたからだと居直る。

〈 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。〉

第9段落では、何がなんだか、わからないことを言っている。

〈 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。〉

1944年のビルマ戦線で、日本軍は、補給のないインパール作戦で、3万人以上の日本兵を死なせた。飢え死にである。生存兵には、仲間の死肉を、付近の村に持ち込み、食料をもらったものもいる。

「戦場の陰には……」の文も意味不明である。当時、日本政府は韓国政府に慰安婦問題で責められていた。「深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たち」の受け身表現では、女性たちの犠牲に感謝するというニュアンスになり、日本軍が、兵たちの性衝動を満たすため、女性を性の道具として動員したという、他動詞表現でなければおかしい。「女性」も「韓国や日本の女性」と言わないと、なんのことかわからない。

何を謝罪するか、明らかにせず、第15段落になって、すでに十分に謝っているとの言い方をする。

〈 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。〉

第23段落は、もう謝らないぞ、と本音を言っている。謝るか、謝らないかの問題ではなく、何を謝るかを言わないと、誰のためにもならない。

〈 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。〉

第28段落では、さらに恐ろしいことを言っている。

〈 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、積極的平和主義の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。〉

「国際平和」ではなく「国際秩序」となっているところが安倍らしい。強いアメリカに逆らってすみません、と言っているだけである。

「その価値を共有する国々と手を携えて、積極的平和主義の旗を高く掲げ」とは、アメリカとの軍事同盟を強化するということではないか。具体的には、同年の安保法制を国会で成立させることではないか。

安倍晋三は、戦前の国策の何が誤っていたのか検討せず、他国の批判をかわして、威張っているだけである。出す必要のない、いや、出すべきでない戦後70年談話であった。