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猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

麻生太郎の「オオカミ少年」発言と「国の借金」の使い道

2020-08-01 22:15:50 | 経済と政治


7月28日の朝日新聞『(耕論)羊飼いの沈黙』は、5月12日に財務大臣の麻生太郎がマスコミと財務省とを「国の財政破綻を煽るオオカミ少年」と言ったことへの反論である。

その4日前、5月8日、財務省は、「国の借金」が2020年3月末時点で1114兆5400億円となったと発表した。「国の借金」とは、国債と借入金、政府短期証券の残高を合計したものを言う。この額は、日本の昨年の国民総生産の約2倍である。

「国の借金が日本の財政への信認を損なうのではないか」という記者の質問に対して、麻生太郎はつぎのように言ったのである。

「国債が増えても、借金が増えても金利が上がらないというのは普通私達が習った経済学ではついていかないんだね、頭の中で。今の答えを言える人が多分日銀にもいないんだと思うけれどもね。そこが問題なんだ」
「金利が上がるぞ、上がるぞと言って狼少年みたいなことをやっているわけだよね。だけど現実問題としては本当に上がっていないんだよ」

2013年6月17日に横浜市内で行った講演でも、麻生太郎が「日本は自国通貨で国債を発行している。お札を刷って返せばいい。簡単だろ」と答えている。

麻生の講演の要旨は次のようである。

借金というものは貸し手と借り手とがある。銀行が国債を買ってくれるから、国が借金できる。銀行は国民に預金という形で借金している。いま、企業は銀行からお金を借りない。だから、国が銀行からお金を借りてやることで、銀行が稼げてつぶれないのだ。

そして、麻生は言った。

「日本という国は間違っても、日本の政府が借金しているのであって、みなさんが借金しているのではない。それと、当然、円で賄われているから、いざ満期になったときどうすればいいかって、日本政府がやっているんですから、日本政府が印刷して返すだけでしょうが。だって日本円なんだから。簡単なことだろうが。」

麻生の話は細かい点でも間違っているが、大局でも大嘘である。

麻生の前段の主張に関していうと、預金者と銀行と政府との間で話が閉じていて、政府は借金して、そのお金をどう使っているのか、ということが欠けている。しかも、いまや、銀行が国債の買い手を日銀以外に見つけにくくなっている。

後段の主張は、お金や政府にたいする信用を崩壊させる。75年前、敗戦と同時にお金と政府の信用が崩壊し、経済が混乱し、戦争が終結したにもかかわらず、人々が死んだ。飢え死にや自殺である。信用の崩壊はある日突然やってくる。

政府はサービス機関である。国民はサービスの対価として政府に税金を納める。サービスに要する物と人のコストが歳出である。歳出と税収が釣り合わないから借金をするわけである。この歳出に財政出動という景気対策のための出費がある。

1990年にバルブがはじけて以来、景気対策として巨額の財政出動をしてきたが、景気はいっこうに改善せず、国の借金は増えるばかりである。ということは、疑うべきは、財政出動の有効性である。

財政出動では、政府のお金が民間の企業に支払われる。その企業が、なにか政府の仕事をして、国民のサービスになると、同時に、企業の支払われたお金が市場の需要を引き起こす。景気が良くならないのは、どうでもよい仕事をしており、また、お金が一部の人にしか行きわたらず、景気は良くならなかったということだ。

景気が良いというのは、株価が高いということでも、大企業の経営者が満足しているとアンケートに答えることでもない。普通の国民が欲しいものを買えるお金をもっているかである。モノが売れないということは、景気が悪いからだ。横浜の郊外に住んでいるが、モールの店が次々と閉じていく。モノが売れないからだ。

一部の人だけがレクサスや外車が買えても景気が良いことにならない。株価は政府が操作しているから景気指標とならない。

問題は、この間の財政出動は富みの偏在を強め、より景気を悪化させる方向に動かしていることだ。国が巨額の借金をして、毎年、国の景気を悪化させている。それは、安倍晋三の政権維持のために、財政出動という名目で、国費を選挙の論功行賞に使っているからだ。

国民は安倍晋三に刑罰をあたえるべきである。土下座ですまされない。

国の借金は 国民の借金ではなく 政府のモラル崩壊

2020-07-30 21:31:46 | 経済と政治
 
2日前の朝日新聞『(耕論)羊飼いの沈黙』が物足りなかった。
 
この(耕論)は国の借金をテーマにしている。「国の借金」は、経済の問題というよりはモラル崩壊の問題ではないかと思う。この点で、法学者や社会学者あるいは哲学者が参加した方が良かったと思う。
 
論者の一人、平野未来は「でも、膨大な借金という『負の遺産』だけを次世代に残してしまうことはいけないと思います」と言っているが、見当ちがいの発言である。なぜ、この平野に朝日新聞がインタビューしたのか、理解しがたい。
 
2014年に麻生太郎が「国の借金」は「国」が民間に借金することだと言っている。今年になって、この麻生の主張がネットで飛び交っている。この主張には、国の借金を国民が返す必要はないという考えが潜んでいる。私も、国民が返す必要がないと思う。
 
「借金」とは、「返す」約束にもとづく富の移動である。経済から見れば、富の総和は同じだから、返さなくとも何の問題も生じない。「返さない」は信用を傷つける。モラルの問題である。
 
貸し主は、借り主の「国」や政策担当者を訴えるしかない。裁判を行って、賠償金を勝ち取れるかという問題でもある。責任はだれにあるかである。自民党や公明党に投票しなかった国民もいるから、国民にまで責任をなすりつけることはできない。
 
返されなかった借金の結末は、安倍晋三や麻生太郎を禁錮刑にするか、死刑にするか、そうでなければ、怒った債権者が安倍や麻生の目玉をえぐり取ることで終わりそうである。
 
そうでなければ、「革命」が起きて、すべて、チャラになるだろう。
 
国の借金は、借り手と貸し手のモラルの問題だけで済まない、と私は思う。借り手が、借りたお金をどう使ったかが、さらに問題である。
 
景気浮揚のために、政府が、お金を借りて、一時的に財政出動するというのは、J. M. ケインズの景気対策である。景気がよくなれば税収が増えて借金を返せる。財政政策で、景気の波を平滑化したことになる。
 
しかし、1990年にバブルがはじけて以降、政府は借金をずっと返せなかった。政府は借金を繰り返した。政府の借金が国民にばらまかれて、景気が浮揚したのではない。政府から一部の人にお金が流れ、富の偏在が増したのである。経済的格差が増したのである。
 
これに反対して、2009年に民主党が、「コンクリートから人へ」という標語で、政権を勝ち取った。残念ながら、2012年の暮、自民党や公明党が再度政権を勝ち取ると、政府は爆発的に借金をするようになる。政権獲得に貢献した人たちにお金をより配るようになったからである。
 
東日本大震災の復興工事でも、福島第1原発事故の除染でも、政府の財政支出はホステスとの飲み代、愛人の生活費、レクサスや外車の購入費となったのである。これでは、マクロ経済理論がどんなに饒舌であろうとも、景気浮揚の効果が期待できず、モラル崩壊を生むだけである。
 
新型コロナ対策の補正予算でも同じモラル崩壊が起きつつある。
 
『(耕論)羊飼いの沈黙』は、モラルの崩壊が国の借金を引き起こし、国の借金がさらなるモラルの崩壊を生むことに、光をあてるべきだった。

ファーウェイ製品排除に反対、良ければ使えばよい

2020-01-30 22:21:13 | 経済と政治
 
私はいまだにガラケーを使っている。
5G時代になったらサポートしないから、スマホに買い替えよ、とのパンフレットがキャリアから送られてくるようになった。
 
知人がファーウェイのスマホを使っている。見せてもらったがパフォーマンスがすごくよい。買うならファーウェイの製品にしょうと思っている。
 
ところが、送られてくるパンフレットにはファーウェイの製品が載っていない。ドコモ、au、ソフトバンクのキャリア各社は、自主規制をやっていて、すなわち、安倍政権に忖度していて、中国のファーウェイ製品が存在しないかのように、ふるまっている。
 
2年前に、中国のファーウェイ社がアメリカの安全保障をおびやかしているから、ファーウェイ製品を使うなと、トランプ大統領は、親米諸国の政府に告げた。
 
きのうの朝日新聞に、イギリス政府が1月28日、次世代通信規格「5G」の通信網で、中国のファーウェイの機器の一部使用を正式に認めた、という。フランスもドイツも特定のメーカーを排除しない方針という。
 
「アメリカの安全保障をおびやかす」とトランプ大統領が言うが、ファーウェイ社が具体的に何かをしたわけではない。中国のIT技術がアメリカのIT技術をこえたから、トランプがたたいているだけだ。それなのに、IT技術は軍事にも使えるという漠然とした国民の恐怖心を利用して、ファーウェイ製品排除をはかったのである。
 
製品の排除だけでない。ファーウェイ社副社長がカナダで2018年12月1日に逮捕された。アメリカ政府の要請だという。その時点では、副社長はアメリカでまだ起訴もされていず、翌年の1月に、イランを拠点とするスカイコム社が実際はファーウェイの関連企業だったことを理由に起訴した。
 
現在、副社長は保釈されているが、GPSを足につけ、カナダから出国できない状態である。ようやく、今年の1月20日から、アメリカに引き渡すか否かの裁判がカナダで始まった。
カナダ政府もトランプに対して腰がひけている。
 
日本は、トランプにひきずられて、中国企業たたきに巻き込まれないようにすべきだ。産業構造がグローバル化した現在、その国の政治体制にかかわらず、優れた工業製品が各国から出てくるのが当然だ。知識は国境をこえる。政府間の対立から優れた工業製品を市場から排除するのは納得がいかない。市場にまかすべきだ。

トランプを支持したのは権威主義者と書く豊永郁子

2019-08-22 21:57:58 | 経済と政治


きょうの朝日新聞の《政治季評》に、豊永郁子が『トランプ氏を支持したのは「違い」を嫌う権威主義者』と書いていた。私は、意味がわからないし、本当かなと思った。

意味がわからないというのは、社会学者アドルノや政治心理学者ステナーの言う「権威主義者」とは何か、私は知らないからだ。どうも特定の政治的イデオロギーを持つものを指すのではなく、心理学的な用語、パーソナリティの1つのように見える。

豊永が「トランプ氏を支持したのは権威主義者」という意見に飛びついたのは、「2016年大統領選挙でのトランプ氏の勝利は、当初、経済的格差や貧困に関連づけて理解され、グローバル化の敗者である貧しい労働者階級の白人有権者がトランプ氏を支持したという物語」への疑いからである。

「トランプ氏に票を投じた個人についての調査」の結果、「所得も階級もトランプ票には関係しない」ということがわかったという。トランプ支持層の共通点は心理的傾向が「権威主義」であるという。

私の記憶では、「所得も階級も学歴も関係ない」は、2015年の予備選のときから、トランプ支持層に言われていたことである。問題は、これまで民主党の基盤であった労働組合が草の根のレベルの動きをしなかったことと思っている。バーニー・サンダースを支持した若者たちもヒラリー・クリントンのために動かなかった。ヒラリーが「映画の中の英国女王」のような髪型・服装・化粧をしてテレビにあらわれたとき、私は彼女をバカかと思った。

豊永によれば、「権威主義者」は「〈一つであること、同じであること〉を求める。〈違い〉を嫌い、多様性が苦手だ。強制的手段を用いてでも規律を全体に行き渡らせてくれる強いリーダーを好む」だそうだ。

さらに、「子供には〈行儀の良さ〉と〈思いやり〉のどちらが重要かという質問に、前者と答えるのが権威主義者だ。〈行儀の良さ〉を重視する人々の間では、どの所得層でも一様にトランプ票が多い」という。

ここで、本当かな、と思う。

私の印象では「権威主義者」のアメリカ人は、大統領選の勝敗を決定するほど、いるように思えない。ピューリタンのような「権威主義者」はアメリカにそんなにいるように思えない。普通のアメリカ人は もっと ざっくばらんである。「なんとかなる」という意味で、“Another day, another dollar”と、私もよく、向こうで声をかけられた。

コツコツ貯金して交通規則を守るのは異常者だ。普通は、政治家のいうことより、自分の目で見たことを信頼し、ルールは破るものだ。

たまたま、この調査担当者が「権威主義的コミュニティ」に育ったから、偏った結論に至ったのではないか、と思う。

アメリカ社会の抱えている問題と日本社会の抱えている問題と大きな違いはない。権威主義的な人は確かにいるが、少数派だと思う。「本音」と「建て前」という考え方のほうが適切ではないか。別な言い方をすれば、「情動」と「理性」となる。「きれいごと」より「怒りのことば」を吐く者のほうが、人は信頼する。

この問題は、「大義に殉じろ」「享楽はだめだ」という安倍晋三を支持する人々がなぜいるのか、それなのに彼の周りにはなぜ不正にかかわるものが多いのか、に通じるのではないか。安倍を支持する理由は、単に、安倍についていけば得する、ということにすぎない。

日本のことわざに「勝てば官軍、負ければ賊軍」「よらば大樹の陰」「勝ち馬に乗る」「長い物には巻かれろ」「尾を振る犬は叩かれず」というではないか。ハンナ・アーレントの言うように、普通の人間は小心で利己的である。だから、問題なのだ。

【補遺】
思うに、心理学的傾向をもって、政治的立場を批判するのは単なる「悪口」だと思う。心理学的傾向は個性であり、それは敬意をもって接するべきで、個人の政治的立場の批判は外的に現われる社会的行動をもってすべきではないか。

アメリカ精神医学会の診断マニュアルDMS-5を見てみたが、権威主義的パーソナリティ障害はなく、しいて言えば、強迫性パーソナリティ障害(Obsessive-compulsive personality disorder)が権威主義的パーソナリティに近い。

参院選の争点:日本の労働者の賃金は不当に低い

2019-07-07 22:19:23 | 経済と政治


日本の平均年収はいくらかを、昨日、最低賃金はいくらにすればよいか、という問題の中で、書いた。私の推定した平均年収は830万円だ。

推定方法は、国民総生産を労働人口で割る方法である。2017年の国民総生産545兆円を、労働人口6590万人で割って、830万円を得た。

給料所得者の年収については、じつは、国税庁のデータがある。事業者が支払った給与総額は215兆7153億円で、給与所得者数は5811万人であるから、平均年収は371万円である。

国税庁は1年を通じて働いた者の平均年収をも求めている。432万円である。男女別では、男性532万円、女性287万円となる。また、正規・非正規別では、正規494万円、非正規175万円となる。

非正規の平均年収は、あまりに低すぎて、子どもを育てるには、きつすぎる。

じつは、韓国の一人当たりの国民総生産は日本より1万ドルも低いのに、韓国国税庁による給料所得者の平均年収は480万円である。日本の371万円からも、432万円からも、高い。

すなわち、国民総生産が、どのような形で分配されるかによって、給与所得者の平均年収が変わる。事業主であれば、給与所得者のなかに入らない。また、株など金融資産の形で分配を受けていれば、給与所得総額のなかに入らない。しかも、金融資産からの収入には累進課税が施されない。1割の国税を払えば良いのである。

したがって、国民は、830万円を平均年収だと認識して、もっと高い賃金を請求してよいのだ。ストライキを忘れた労働者は低賃金労働のなかに捨てられるのだ。

せめて、今回の参院選で、共産党、社民党、立憲民主党に投票することで、怒りを自公連立政権にぶつけよう。