ゴエモンのつぶやき

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障害者の「就労移行支援」、新たに松阪市に施設

2019年06月06日 17時01分32秒 | 障害者の自立

 心身の機能に不自由があっても真の自立を――。障害者の「就労移行支援」の事業所が今年5月、三重県松阪市に新たに立ち上がった。運営するNPO法人「アシスト三重」の池口充代代表(49)は「障害者も含め、みんなが一緒に働き、暮らす社会をつくりたい」と願っての出発だ。

 就労移行支援は障害者総合支援法に基づくサービスで、自治体が事業所を指定する。一般企業などでの就労を希望する障害者に対し、就職に必要な知識や技能の向上を図ったり、職場探しをしたりして就職の準備を支援する。

 アシスト三重の利用者は、池口さんらが経営する松阪市大黒田町のカフェ「ぽけっとかふぇ」で就労のためのトレーニングを受ける。イベントの計画、ホールスタッフ、調理、メニューの開発など、利用者が就労に必要とするスキルを実践しながら身につける。

 カフェに通う地元の常連客も、利用者の相談に乗ってくれる。「この店の中は失敗してもいい場所なんです」と池口さん。成功体験を積むことで、社会に出て壁にぶつかった時も、乗り越えられる力をつけてほしいと願っている。

 池口さんは、かつて「就労継続支援」のB型事業所長を務めた経験がある。B型事業所は、一般企業で働くことが難しい障害者に、雇用契約を結ばない緩やかな形で働く機会を提供する。だが、事業所を出て一般企業で就職したものの人間関係で悩んだり、仕事が続けられなくなったり、苦労している人たちを見てきた。彼らの就職後も、企業側との話し合いに参加できる就労移行支援に光を見いだしたという。

 5月末には松阪市役所を訪れ、竹上真人市長に事業所立ち上げを報告した。また、同市などでの障害者雇用の低さなどに触れつつ、行政サービスを必要とする人たちに届ける仕組みの構築などを要望。市長は「就労移行支援施設が増え、社会に認知してもらえるのは喜ばしい」と話した。

 事業所を利用できる期間は、基本的に2年。その後は、後継者不足に悩む地域の商店などでの就労を計画しているという。「社会から離れて暮らしてきた障害者を、地元に戻して共生社会をつくっていきたい」。問い合わせは、ぽけっとかふぇ(0598・20・8649)へ。

朝日新聞デジタル       2019年6月6日

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障害者雇用促進法改正案が可決

2019年06月06日 16時41分23秒 | 障害者の自立

 中央省庁の障害者雇用水増し問題を受け、厚生労働省による行政機関への監督機能強化を柱とした障害者雇用促進法改正案が6日の参院厚労委員会で、全会一致により可決された。早ければ7日に開かれる参院本会議で可決、成立する見通し。

 改正案は、雇用率への障害者の計上方法が不適切な場合、厚労省が国の機関や自治体に対し、適正な実施を勧告できる権限を設ける。雇用率算入の根拠とした障害者手帳の写しなど確認書類の保存を行政と民間企業の双方に義務付ける。

 障害者への理解を深めたり働きやすい環境を整えたりするため、国の機関や自治体に「障害者活躍推進計画」を策定させる。

障害者雇用促進法改正案を全会一致で可決した参院厚労委

2019年6月6日          西日本新聞

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フットサル場 交流アシスト 金沢 ロボ大会、障害者スポーツなど企画

2019年06月06日 16時21分06秒 | 障害者の自立

 金沢市東蚊爪町の屋内フットサル場「ジョイナス金沢」が、幅広い活動の場になろうとしている。第一弾として二十九日には、ロボットプログラミングの大会が開かれる。施設を運営する一般社団法人「障害者人材育成機構」(同市本町)の担当者は「いろんな人の『やりたい』『楽しみたい』を実現できる場にしたい」と語る。(押川恵理子)

 二十九日の大会は小学生が対象で、プログラミングでロボットを動かし、コースを走る速度や動作の正確さを競う。ブロック玩具で知られるレゴ社(デンマーク)の自律型ロボット「EV3」を使用する。

 主催するのは、同市問屋町のプログラミング教室「ロボ団金沢駅西校」の運営に関わるかほく市宇野気の合同会社「Origami」(オリガミ)。フットサル場を拠点に大会を続ける方針だ。オリガミ代表社員の安達義一さん(37)は「好奇心から学ぶことを大切にしている。子どもたちが真剣に挑む姿に感動する」と来場を呼び掛ける。

 機構が運営する障害者ビジネススクール「カラフル・金沢」学校長の別宗利哉さん(37)は「フットサル以外も楽しめる場にしたい」と話す。音楽や婚活のイベントの構想も練っている。

 フットサルの活動も充実させたい考えで、別宗さんは精神障害のある人のチームや交流の拠点づくりを思い描く。スクールの利用者の八割は精神障害がある。スポーツやゲームを取り入れたプログラムで表情が生き生きと輝き、会話も盛んになる様子を見てきた。

 別宗さんはサッカー選手歴二十年、指導歴十七年で、日本サッカー協会公認のB級コーチライセンスを持つ。日本障がい者スポーツ協会公認の指導員でもある。フットサルの体験教室や福祉事業所間の交流大会を重ね、チームの創設を目指す。

 フットサル場は今年でオープン八周年を迎え、三月に機構が取得した。機構は高齢者や大学生、障害者らが共に過ごす施設「シェア金沢」(金沢市若松町)の全天候型スタジアムも運営しており、フットサル場とともに利用申し込みを受け付けている。(問)ジョイナス金沢080(6365)0545

さまざまな交流イベントを企画中の別宗利哉さん(左)と安達義一さん(前列左から2人目)ら

2019年6月6日           中日新聞

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障害者の就職支援で知られる、ウェルビーの給料はどのくらいか

2019年06月06日 16時07分35秒 | 障害者の自立

シリーズでお伝えしている「企業年収給与研究」。最新の有価証券報告書をもとに注目企業の従業員の年収・給与や従業員数を見ていきましょう。今回は国内大手の就労移行支援事業所運営企業であるウェルビーです。

ウェルビーの平均年間給与はいくらか

ウェルビー(提出会社)の2018年3月31日時点での平均年間給与は356.9万円と300万円を超えています。また、従業員の平均年齢は36.28歳で30歳を上回っています。平均勤続年数は1.77年となっています。

ウェルビーの従業員数は何人か

有価証券報告書の提出会社(単体)の従業員数は2018年3月31日時点で546名。単体で500人以上の従業員数がいます。単体のセグメント別従業員数は以下の通りです。

  • 障害者福祉サービス事業:546名

過去5年の業績動向

ウェルビー(単体)の業績推移についても見ておきましょう。

まず、売上高ですが、過去5年をみると増収傾向が続いています。2014年3月期に3億円であった水準が、2018年3月期には43億円となっています。

また、経常利益についても増益傾向が継続しています。2014年3月期には0.8億円の水準であったものが、2018年3月期には10億円にまで増加しています。

投資家が重視する「ボトムライン」でもある当期純利益は経常利益と同様に増益傾向で、2014年3月期には0.6億円であったものが、2018年3月期には7億円となっています。

まとめにかえて

年収や給与といった金銭面での条件は仕事をする人にとっては誰もが気になる要素ではないでしょうか。金銭面での処遇以外にも、働きがいや働きやすさといった職場環境が大事なのは言うまでもありません。

ただ、年収や給与などの「お金」の話は親しい仲でも聞きにくいというのが実際ではないでしょうか。こうしたデータが就職活動や転職活動の参考になれば幸いです。

【注意点】有価証券報告書における年間平均給与及び従業員数について

平均年間給与は、賞与及び基準外賃金を含んでいます。また、従業員数は就業人数です。基本的には、社外からの出向者を含み、社外への出向者は含みません。

【ご参考】有価証券報告書とは

日本証券業協会によれば、有価証券報告書は「金融商品取引法に基づいて上場会社が事業年度ごとに作成する会社内容の開示資料です。株式を上場している会社は、各事業年度終了後、3か月以内に財務局長および上場証券取引所に有価証券報告書の提出が義務付けられています」とされています。

 2019.06.06        LIMO編集部

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手話はこうして誕生した その歴史

2019年06月06日 15時52分06秒 | 障害者の自立

聴覚障害者への偏見に対し聖職者たちが奮闘

 その昔、言語を習得するには話し言葉を耳で聞くしかないと考えられ、聴覚に障害を持つ人々は長いこと社会から排除されてきた。古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「耳の不自由な者は決まって知能が低い」と考えていた。古代ローマ法では、生まれつき耳の聞こえない者は「読み書きを学ぶことができないため物事を理解する能力がない」とされ、遺言状に署名する権利が認められていなかった。

 この偏見に抵抗する動きが出始めたのは、ルネサンスの頃だった。初めて聴覚障害者のために正式な手話を考案したとされているのは16世紀、スペイン人でベネディクト会の修道士ペドロ・ポンセ・デ・レオンだったが、手ぶりを使って意思の疎通を図ろうとしたのは、彼が初めてではない。アメリカ先住民は、ほかの部族とのコミュニケーションやヨーロッパ人との交易で手のジェスチャーを使っていたし、ベネディクト会の修道院では、日課の沈黙の時間に手話でメッセージを伝えていた。(参考記事:「先住民と入植者の協力示す壁画を発見、カリブの島」

聴覚障害者にもコミュニケーション手段を

 そこからヒントを得たポンセ・デ・レオンは、自分の修道院で使われていたジェスチャーを基に、聴覚障害者に意思疎通の手段を教える方法を考案した。これが、現在世界中で使われている手話システムへの道を切り開くこととなる。(参考記事:「「百聞は一見に如かず」を検証」

 その後、スペインの聖職者で言語学者だったフアン・パブロ・ボネットがレオンの功績を引き継いで、これを発展させた。当時、聴覚障害者に話をさせようとして、声が反響する酒樽に入れるなど残酷な方法が使われていたことに対して、ボネットは「このような暴力的なやり方は、何の目的も果たさない」と批判していた。

 
フアン・パブロ・ボネットが1620年に著した指導書「Reduction of the Letters of the Alphabet and Method of Teaching Deaf-Mutes to Speak(簡約アルファベット文字とろうあ者への発声教授法)」に描かれた詳細な手話のイラスト。(Photograph by Biblioteca Nacional de España)

 

 1620年、ボネットは現存しているものとしては最古の聴覚障害者向けの教本を出版した。そして、聴覚障害者も言葉の発音を学び、さらに意味のある文章の組み立て方を段階的に学ぶよう勧めた。その第一歩として考案したのが、右手で形を作ってアルファベットを一文字ずつ表現する指文字だ。現代の手話で用いられるアルファベットによく似ていて、中世イタリアの修道士グイード・アレティヌスが聖歌隊のために考案した楽譜記譜法が基になっている。

 一つひとつのアルファベットを口から発する音と関連付けられるようにするボネットのアプローチは、聴覚障害者が音声を通じてコミュニケーションを図る口話法と手話を組み合わせたものだった。だが、このシステムには欠点もあり、特に抽象的な言葉や接続詞など漠然とした言葉を理解させるのが難しかった。

 1755年、フランス人の神父シャルル・ミシェル・ド・レペーが、聴覚障害者のためのより包括的な教育法を確立し、パリに初の公立のろうあ者学校を設立した。フランス中から集まってきた生徒たちは、各家庭で独自の手話を編み出して使っていた。

 レペーはこれらの手話を取り入れて、さらに自分で考案した手話アルファベットを付け加え、手話の辞書を作成した。手話を完璧な言語とすることにこだわった結果、彼のシステムは前置詞、接続詞、その他の文法的要素も表現できる複雑なものだった。レペーは、その功績と21のろう学校を設立したことで、聴覚障害者の父として知られる。(参考記事:「聴覚障害者の視覚能力が高い理由」

 レペーの標準化された手話は急速にヨーロッパに広まり、その後米国へ渡った。1814年、コネチカット州の牧師トーマス・ホプキンズ・ギャローデットは、近所に住んでいた9歳の聴覚障害児に意思の疎通法を教えるため、フランスへ渡り、レペーの後継者ロシャンブロワーズ・キュキュロン・シカールの下で学んだ。3年後、ギャローデットは故郷のコネチカット州ハートフォードに米国ろう学校を設立。全米から集まった生徒たちは、レペーの学校と同様、家庭で使っていた独自の手話を携えてやってきた。アメリカ手話は、こうした手話とフランス手話を組み合わせて誕生した。

 正式な手話が発達したおかげで、聴覚障害者は様々な形で会話をすることが可能になった。現在世界中で使われている手話システムには、発音や語順、文法など、独自のルールがある。さらに、それぞれの地域が持つ豊かで複雑な話し言葉を反映して、アクセントの違いを表現できる新たな視覚言語が発達している。

(参考記事:「教師の手振りで数学の成績が上がる」

2019.06.06       ナショナル ジオグラフィック日本版

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