旧優生保護法(1948~96年)のもと、不妊手術を強いられ、憲法が保障する基本的人権を侵害されたとして、聴覚障害がある兵庫県の夫婦2組が28日、国に計4400万円の賠償を求める訴訟を神戸地裁に起こした。強制不妊手術をめぐる訴訟は各地で起こされているが、聴覚障害者の提訴は初めてという。
原告は兵庫県明石市の小林宝二(たかじ)さん(86)、喜美子さん(86)夫婦と、同県内に住む70代の夫婦。いずれも聴覚に障害がある。
訴状などによると、小林さん夫婦は60年に結婚。まもなく妊娠が判明した喜美子さんは実母に病院へ連れていかれ、中絶手術と不妊手術を受けさせられたという。また、70代の夫婦は結婚直前の68年ごろ、夫が実母に病院へ連れていかれ、不妊手術を施されたと訴えている。
原告弁護団によると、これらの手術が形式上、本人の「同意」を得て実施されたのか、各都道府県の審査会の決定によって同意なく行われたのかを示す資料は残っていない。ただ、手術前後に親や医師からは何の説明もなかったという。
原告側は、「不良な子孫の出生防止」を掲げ、不妊手術に法的根拠を与えていた旧優生保護法により、子どもをもつ選択肢を奪われたと主張。憲法が保障する幸福追求権や平等原則に照らし、同法は憲法違反だと訴えている。その上で、同法を長く放置し、法改正で不妊手術の規定が削除された後も当事者への救済措置を講じてこなかった国は賠償責任を負うべきだ、としている。
提訴を受け、厚生労働省の担当者は「訴状が届いていないので、コメントは差し控える」とした。(山崎毅朗 山崎毅朗)
年を重ねるほど増す悲しみ
原告4人は提訴後、記者会見に臨んだ。「周りの夫婦がかわいい子どもを育てている姿を見るたび、なぜ自分には子どもができないのかと悩み続けていた」。小林喜美子さんは硬い表情を浮かべ、手話でそんな思いを明かした。
幼少期の病気で聴覚を失った。生まれつき耳が聞こえない夫の宝二さんも自分も、子どもを強く望んだ。27歳で妊娠がわかり、「本当にうれしかった」。
だが、母に「赤ちゃんが腐っているから、ほかした(捨てた)方がいい」と言われ、病院へ。何の説明もなく手術をされた。中絶手術だとずっと思っていた。だから、宝二さんと「また子どもをつくろう」と励ましあった。しかし、望みはかなわなかった。
あの時に不妊手術も施されていたと気付いたのは、当事者が国を訴え始めた今年に入ってからだ。子をもてない悲しみは年を重ねるほどに増すという。「障害者に強制不妊手術が行われた事実を、みんなに知ってほしい」。裁判にかける思いをそう表現した。
原告の70代男性も幼少時の病気で難聴になった。結婚式直前に病院に連れて行かれ、診察台の上でズボンを脱がされた。不妊手術だと気づき、逃げ出したかったが、「手話のできる人がおらず、意思を伝えられなかった」。帰宅後、手術を受けたと伝えると、妻はずっと泣いていた。あの時、意思を伝えられていればという悔しさが今も残る。
「なぜ国はこんな法律を作ったのか。裁判で国に謝罪を求め、障害者への社会の考え方を変えていきたい」
大阪地裁では知的障害の女性が提訴
大阪地裁でも28日、旧優生保護法の下で不妊手術を強いられたとして、近畿地方に住む女性(75)が国に3千万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
訴状によると、女性は中学3年のときに日本脳炎にかかり、後遺症で知的障害が残った。高校卒業後、母親に大阪市内の産婦人科に連れていかれ、理由も告げられずに不妊手術を受けたとしている。原告弁護団によると、女性は「私の心の傷と体の傷は治ることなく続いている」と話しているという。
厚生労働省は「訴状が届いていないのでコメントは差し控える」としている。
全国優生保護法被害弁護団は被害者の救済制度に関する声明を発表。被害実態を十分調査し、救済されるべき被害者を排除しない▽被害者の認定機関は行政から独立させる▽被害の可能性のある人に救済制度を通知する、などを訴えた。共同代表の新里宏二弁護士は「長く放置されてきた不利益を被害者に負わせてはならない」と話した。声明は、救済策を検討している超党派議員連盟や与党ワーキングチームなどへ送る。
提訴のため神戸地裁に入る小林宝二さん、喜美子さん夫妻(中央)ら
2018年9月28日 朝日新聞