駅のホームに向かう階段の途中で、電車がやってくる音が聞こえてきた。自分が乗る電車かわからず、焦って駆け下りた――。こんなとき、電車の行き先がすぐにわかると便利だ。実は、大半の鉄道会社は行き先ごとにアナウンスする声の性別を分けている。さまざまな意味がある駅や道路の誘導音。知っていると役に立つ、音のサインについて調べてみた。
■東京メトロは若い番線が女性
東京メトロの大手町駅で、ホームに流れる案内放送に耳を傾けた。
「まもなく、5番線に電車が参ります」。千代田線のホームで聞こえてきたのは、女性の声。向かい合った隣の6番線には男性の声が流れている。念のため丸ノ内線と東西線でも聞いてみたが、どちらも若い番線が女性の声だった。
どうしてアナウンスの性別を分けているのか。東京メトロに尋ねると、「視覚障害者の方が間違えないように、声で誘導しています」。確かに、2つの線路に挟まれるようにホームがある「島式」と呼ぶ駅の場合、声の性別で行き先が区別できればわかりやすい。特に上下線ともに電車がきたときは、声が同性だとかぶってしまうこともある。若い番線が女性の声、ということは、例えば丸ノ内線だと荻窪行きが女性で池袋行きが男性、ということになる。ただし半蔵門線だけは例外で、若い番線が男性となる。
では都営地下鉄はどうなのか。路線により違うという。浅草線と三田線は1番線が女性で2番線が男性。大江戸線と新宿線は逆に1番線が男性で2番線が女性、となる。どうやら、鉄道会社によってそれぞれの法則があるようだ。そこで探検隊は東京を走る鉄道各社に片っ端から電話をかけて、駅の構内放送についての質問をぶつけてみた。
結果は表の通り。大半の会社がなんらかの形で男女の声を使い分けていた。「聞き間違いを防ぐため」(東急電鉄)、「すべての利用者にとってわかりやすい」(小田急電鉄)など、各社とも声の使い分けが効果的と考えている。ただ、分け方は各社まちまち。ホームの構造によっては分けていない駅も一部にはある。いつも使う駅がどうなっているか、一度確かめておきたい。
■東京メトロと都営地下鉄、実は同じ男の声
ふだん何気なく聞いているアナウンスの声。他の路線の駅で、「いつも使う駅と声が似ている」と感じることはないだろうか。
駅のアナウンスの声は、プロのナレーターを起用していることが多い。例えば関根正明さん。NHKの「難問解決! ご近所の底力」のナレーションを長く務めてきた関根さんは、小田急線や京急線、京王線を担当している。番組名を聞いて、思わず頭の中に声が聞こえてきた。
スポーツ番組のナレーターや入れ歯洗浄剤「ポリデント」、「コクヨ」などのテレビコマーシャルの声でおなじみの長谷川浩大さんは、日比谷線と南北線以外の東京メトロの路線や都営浅草線・三田線の声。アニメ「キャプテン翼」の実況アナウンサーの声で知られる村山明さんは、都営大江戸線やJR京葉線などを担当している。駅のアナウンスと「キャプテン翼」はなかなかすぐには結びつかなかったが、懐かしい声だ
女性では、大原さやかさんが京急や京王など数多くの駅を担当している。一時は関東地方の半分近くの路線の声が彼女だった、ともいわれているほどだ。大原さんはアニメの声優や外国映画のふき替え、百貨店の店内放送など幅広く活躍している。大原さんのホームページ/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3E5E0E5E1E2E3E4E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXをのぞくと、知っている番組の名前がずらり。アニメから駅のアナウンスまで声を使い分けるプロの力を実感した。
駅の音と言えば、ドアが閉まるときなどに流れる独自のメロディーも特徴的だ。JR東日本の高田馬場駅で流れる「鉄腕アトム」や蒲田駅の「蒲田行進曲」などがよく知られている。JR東日本の発車サイン音はCDにもなっていて、鉄道ファンの間ではひそかな人気商品だ。
京急電鉄も駅のメロディーに力を入れている。2008年には「ご当地メロディー」を公募し、現在19駅で、電車の接近を知らせるサインとして流している。2010年発売のCDは1万5000枚を超える異例のヒットとなったという。
音による誘導は、駅だけではない。街を歩くと音のサインがあふれている。中でも身近にあるのが信号機だ。
東京都新宿区にある高田馬場駅。JR山手線と西武新宿線、東京メトロ東西線が乗り入れる駅から早稲田方面に出ると、目の前の歩行者用信号機からメロディーが流れていた。唱歌「故郷の空」だ。「蛍の光」と同じく、もとはスコットランドの民謡だったという。信号を渡ると広場があり、その先にはさらに信号がある。こちらはメロディーではなく、「カッコー」と短い鳥の声。渡って左に曲がった場所にある信号機からは「ピヨ」とこれまた違った鳥の声が聞こえてきた。
信号機から流れる様々な音。そういえば最近、「通りゃんせ」をあまり聞かなくなった。何か理由があるのだろうか。そこで、警察庁に問い合わせてみた。
「原則として、4パターンの鳥の声を使うことにしています」。担当者によると、音の出る信号機は現在、「カッコー」と「ピヨ」が基本となっている。同じカッコウの鳴き声でも方向によって鳴き方を変えており、横断歩道を渡るとき、片側から「カッコー」、渡った側から「カカッコー」と鳴る(イラスト参照)。
音の出方も工夫している。「カッコー」と「カカッコー」、「ピヨ」と「ピヨピヨ」は音が出るタイミングを約1.5秒ずらしていて、音が重ならないようにしている。この「異種鳴き交わし方式」と呼ぶやり方が、音響式信号機の標準となっている。
鳥の鳴き声」に一本化、警察庁が通達
音の出る信号機はこれまで、利用者の声を取り入れながら進化してきた。
1970年代、音響式信号機は全国で設置が進んだ。信号機は各地の警察が自治体などと協議して仕様を決めるケースが多く、それぞれの地域ごとに様々な音が採用されたという。1975年ごろにはメロディー式だけで21曲あり、ほかにもチャイムやブザー、ベルなどがあった。しかし視覚障害者など利用者から音の種類が多すぎて困る、との要望があり、1975年に「通りゃんせ」と「故郷の空」、「ピヨ」と「カッコー」の4種類に統一することになった。「通りゃんせ」は採用数が多かったこと、「故郷の空」はアンケートで支持されたことが採用理由だという。
さらに2003年には鳥の声へ統一するよう、警察庁が通達を出した。実証実験を行った際、メロディー式より4種の鳥の声を使った方が横断歩道からはみ出しにくい、との結果が出たことが決め手となった。
以来、信号機を更新するたびにメロディー式は「鳥の声」に取って代わられ、「通りゃんせ」と「故郷の空」は徐々に姿を消していった。今では一部を除き、大半が鳥の声に切り替わっている。2010年3月末時点で、鳥の声の信号機が1万6155基、メロディー式は861基あるという。ただし地元の要望の強いメロディーは特例として残っている。横浜の「赤い靴」や静岡の「ふじの山」などの「ご当地信号メロディー」もそのひとつだ。
信号機の横にスピーカーがある(東京・千代田区)
ところでこの音響式信号機。実際に設置パターンを決めるのは各地の警察だ。日本盲人会連合(東京都新宿区)の鈴木孝幸さんによると、南北方向に渡る信号機が「カッコー」、東西方向が「ピヨ」と決めている地域と、その逆にしている地域がある、という。「旅行に出て方角を勘違いしてしまうことがあります。できれば同じ方向に統一してほしい」と訴える。
駅のアナウンスについても、鈴木さんはいくつか課題を指摘した。「例えば8両や10両など車両編成が違う路線の場合、次に来る電車が何両編成なのか、アナウンスではわからない駅があります。男女のアナウンスの声も、路線によっては分けている駅と分けていない駅があります。視覚障害者は何より音が頼りなので、もっとわかりやすくしてもらえれば助かるのですが……」。整備が進む音のサイン。ただ、整備が自己目的化しては意味がない。多くの人がもっと音に関心を持てば、音のサインはもっと使いやすくなる。
■東京メトロは若い番線が女性
東京メトロの大手町駅で、ホームに流れる案内放送に耳を傾けた。
「まもなく、5番線に電車が参ります」。千代田線のホームで聞こえてきたのは、女性の声。向かい合った隣の6番線には男性の声が流れている。念のため丸ノ内線と東西線でも聞いてみたが、どちらも若い番線が女性の声だった。
どうしてアナウンスの性別を分けているのか。東京メトロに尋ねると、「視覚障害者の方が間違えないように、声で誘導しています」。確かに、2つの線路に挟まれるようにホームがある「島式」と呼ぶ駅の場合、声の性別で行き先が区別できればわかりやすい。特に上下線ともに電車がきたときは、声が同性だとかぶってしまうこともある。若い番線が女性の声、ということは、例えば丸ノ内線だと荻窪行きが女性で池袋行きが男性、ということになる。ただし半蔵門線だけは例外で、若い番線が男性となる。
では都営地下鉄はどうなのか。路線により違うという。浅草線と三田線は1番線が女性で2番線が男性。大江戸線と新宿線は逆に1番線が男性で2番線が女性、となる。どうやら、鉄道会社によってそれぞれの法則があるようだ。そこで探検隊は東京を走る鉄道各社に片っ端から電話をかけて、駅の構内放送についての質問をぶつけてみた。
結果は表の通り。大半の会社がなんらかの形で男女の声を使い分けていた。「聞き間違いを防ぐため」(東急電鉄)、「すべての利用者にとってわかりやすい」(小田急電鉄)など、各社とも声の使い分けが効果的と考えている。ただ、分け方は各社まちまち。ホームの構造によっては分けていない駅も一部にはある。いつも使う駅がどうなっているか、一度確かめておきたい。
■東京メトロと都営地下鉄、実は同じ男の声
ふだん何気なく聞いているアナウンスの声。他の路線の駅で、「いつも使う駅と声が似ている」と感じることはないだろうか。
駅のアナウンスの声は、プロのナレーターを起用していることが多い。例えば関根正明さん。NHKの「難問解決! ご近所の底力」のナレーションを長く務めてきた関根さんは、小田急線や京急線、京王線を担当している。番組名を聞いて、思わず頭の中に声が聞こえてきた。
スポーツ番組のナレーターや入れ歯洗浄剤「ポリデント」、「コクヨ」などのテレビコマーシャルの声でおなじみの長谷川浩大さんは、日比谷線と南北線以外の東京メトロの路線や都営浅草線・三田線の声。アニメ「キャプテン翼」の実況アナウンサーの声で知られる村山明さんは、都営大江戸線やJR京葉線などを担当している。駅のアナウンスと「キャプテン翼」はなかなかすぐには結びつかなかったが、懐かしい声だ
女性では、大原さやかさんが京急や京王など数多くの駅を担当している。一時は関東地方の半分近くの路線の声が彼女だった、ともいわれているほどだ。大原さんはアニメの声優や外国映画のふき替え、百貨店の店内放送など幅広く活躍している。大原さんのホームページ/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3E5E0E5E1E2E3E4E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXをのぞくと、知っている番組の名前がずらり。アニメから駅のアナウンスまで声を使い分けるプロの力を実感した。
駅の音と言えば、ドアが閉まるときなどに流れる独自のメロディーも特徴的だ。JR東日本の高田馬場駅で流れる「鉄腕アトム」や蒲田駅の「蒲田行進曲」などがよく知られている。JR東日本の発車サイン音はCDにもなっていて、鉄道ファンの間ではひそかな人気商品だ。
京急電鉄も駅のメロディーに力を入れている。2008年には「ご当地メロディー」を公募し、現在19駅で、電車の接近を知らせるサインとして流している。2010年発売のCDは1万5000枚を超える異例のヒットとなったという。
音による誘導は、駅だけではない。街を歩くと音のサインがあふれている。中でも身近にあるのが信号機だ。
東京都新宿区にある高田馬場駅。JR山手線と西武新宿線、東京メトロ東西線が乗り入れる駅から早稲田方面に出ると、目の前の歩行者用信号機からメロディーが流れていた。唱歌「故郷の空」だ。「蛍の光」と同じく、もとはスコットランドの民謡だったという。信号を渡ると広場があり、その先にはさらに信号がある。こちらはメロディーではなく、「カッコー」と短い鳥の声。渡って左に曲がった場所にある信号機からは「ピヨ」とこれまた違った鳥の声が聞こえてきた。
信号機から流れる様々な音。そういえば最近、「通りゃんせ」をあまり聞かなくなった。何か理由があるのだろうか。そこで、警察庁に問い合わせてみた。
「原則として、4パターンの鳥の声を使うことにしています」。担当者によると、音の出る信号機は現在、「カッコー」と「ピヨ」が基本となっている。同じカッコウの鳴き声でも方向によって鳴き方を変えており、横断歩道を渡るとき、片側から「カッコー」、渡った側から「カカッコー」と鳴る(イラスト参照)。
音の出方も工夫している。「カッコー」と「カカッコー」、「ピヨ」と「ピヨピヨ」は音が出るタイミングを約1.5秒ずらしていて、音が重ならないようにしている。この「異種鳴き交わし方式」と呼ぶやり方が、音響式信号機の標準となっている。
鳥の鳴き声」に一本化、警察庁が通達
音の出る信号機はこれまで、利用者の声を取り入れながら進化してきた。
1970年代、音響式信号機は全国で設置が進んだ。信号機は各地の警察が自治体などと協議して仕様を決めるケースが多く、それぞれの地域ごとに様々な音が採用されたという。1975年ごろにはメロディー式だけで21曲あり、ほかにもチャイムやブザー、ベルなどがあった。しかし視覚障害者など利用者から音の種類が多すぎて困る、との要望があり、1975年に「通りゃんせ」と「故郷の空」、「ピヨ」と「カッコー」の4種類に統一することになった。「通りゃんせ」は採用数が多かったこと、「故郷の空」はアンケートで支持されたことが採用理由だという。
さらに2003年には鳥の声へ統一するよう、警察庁が通達を出した。実証実験を行った際、メロディー式より4種の鳥の声を使った方が横断歩道からはみ出しにくい、との結果が出たことが決め手となった。
以来、信号機を更新するたびにメロディー式は「鳥の声」に取って代わられ、「通りゃんせ」と「故郷の空」は徐々に姿を消していった。今では一部を除き、大半が鳥の声に切り替わっている。2010年3月末時点で、鳥の声の信号機が1万6155基、メロディー式は861基あるという。ただし地元の要望の強いメロディーは特例として残っている。横浜の「赤い靴」や静岡の「ふじの山」などの「ご当地信号メロディー」もそのひとつだ。
信号機の横にスピーカーがある(東京・千代田区)
ところでこの音響式信号機。実際に設置パターンを決めるのは各地の警察だ。日本盲人会連合(東京都新宿区)の鈴木孝幸さんによると、南北方向に渡る信号機が「カッコー」、東西方向が「ピヨ」と決めている地域と、その逆にしている地域がある、という。「旅行に出て方角を勘違いしてしまうことがあります。できれば同じ方向に統一してほしい」と訴える。
駅のアナウンスについても、鈴木さんはいくつか課題を指摘した。「例えば8両や10両など車両編成が違う路線の場合、次に来る電車が何両編成なのか、アナウンスではわからない駅があります。男女のアナウンスの声も、路線によっては分けている駅と分けていない駅があります。視覚障害者は何より音が頼りなので、もっとわかりやすくしてもらえれば助かるのですが……」。整備が進む音のサイン。ただ、整備が自己目的化しては意味がない。多くの人がもっと音に関心を持てば、音のサインはもっと使いやすくなる。